黒の瞳の覚醒者

一条光

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番外編~フィオ・ソリチュード~

光る希望を辿って

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「まぁ、当然の人選よね」
「むぅ……」
 天明の部下がルイズ家の悪事の証拠――にされてた人間を一部の豪商や貴族の屋敷から発見した。
 そして、捕らえられた権力者は減刑を条件にその軽い口を開き続けた。

 ルイズ家を捕らえる条件は揃った。
 天明の騎士団の一部隊が地下通路の出口を押さえて本隊がいよいよ屋敷に突入するっていうのに私は待機を言い渡された。
「なんでティナだけ……」
「それは当然でしょう? 私はエルフで能力なんか無くったって普通の混血者なんかより断然強いんだもの、フィオや能力を封じられてない時の団長さんみたいなのが居ない限り余裕よ。任せておきなさい、フィオが無茶して怪我でもしたらワタル絶対泣くわよ?」
 それはそれで凄く想われてるって気がして嬉しいんだけど……それでリオと一緒によしよしとかしたい。

「フィオちゃん……」
「分かった。行かない、散歩してくる」
 止められるのは分かってた。
 だから私は諦めた振りをして海岸に向かう、屋敷の建つ岬の真下――。
 屋敷の図面は覚えてる、あの妙な空間から崖下への脱出路を作るとしたら……この辺りに出口が来そうだけど……。

 タナトスの柄であたりを付けた岩壁の周囲を叩いてみるけど特に違和感は無い――。
 崖の上が騒がしくなってきた、突入したんだ。
 能力が使えない事を前提に混血者と武術に秀でた団員で作戦にあたるって言ってたけど、それは相手も同じ、そうなると数を揃えて迎え討とうとするんだろうけど――。

 ティナの怒声と破壊音が聞こえる。
 硝子が砕け、木材が軋む、金属がぶつかり合い、悲鳴と絶叫が響く――一切の加減なく暴れ回ってる。
 ここに脱出路があるんじゃないかと思ったけど、上の騒ぎ具合だと脱出路があっても逃げ込む余裕もなさそうに思える。
 無駄足だった。
 でもそれならそれで別にいい、これでワタルを迎えに――。

「まったくなんなんだいあのエルフ! 王族なんて立場のくせにたかだか下民一人の為に乗り込んできたっていうの!? 意味が分からないよ! なんなんだよ、そんなにが欲しいなら僕がいくらでも用意してやるって提案したのに――」
 宿に引き返そうと踵を返した瞬間真横の岩壁の一部が崩れて癇癪を起こしたキオリとその私兵三人、そして無効化能力者が現れた。
『ギュウ゛ゥ゛ゥゥゥッ!』
 傍に居たもさは侮辱の言葉を聞いた瞬間牙を剥き出しにしてもさもさだった毛を逆立てて敵意を向けてる。
 今は普段の愛らしい姿は微塵も無い、ただただ目の前の敵に怒ってる。

「お前あの時の子供――丁度いいじゃないか、そいつを捕まえろ! 逃げる為の人質にするんだ。下民だが容姿は悪くはないからね、逃げ切ったら懇意にしてた連中への手土産にして態勢を立て直すよ――何やってる早くするんだよ!」
「で、ですがキオリ様こんな幼い子供を――」
「はんっ、なら君の娘を代わりにしようか、それとも奥さんの方がいいかな?」
「ッ!? ……君、すまない」
 逆らおうとした私兵の一人は諦めた視線を私に向けた後、一度目を強く瞑り、開くのに合わせて剣を抜いた。
 残りの二人もそれに従って武器を手に迫ってくる。

 全員赤い瞳――殺さないようになんて気遣ってなんていられない、一撃で無力化して数を減らさないと――。
 迫る男達を躱そうとした瞬間妙なものを見た。
 敵の武器や体へと伸びる光、こんなの見たことがない――ううん、違う。
 幼い頃に何度か見たことのあるよく分からない光の軌跡――小さな頃、まだ戦い方も知らず訓練と称して大人達に袋叩きにされてた頃によく見たもの。

 時には相手の攻撃が辿る軌道、ある時は動き回る敵の貫くべき弱点への軌道――そういったものが可視化されたものじゃないかと気付いたのはまだ力が弱く幼かった私が教導役を打ちのめした時だった。

 経験を積んで相手の動きの予測、そして何より私自身が成長した結果相手を見てから反応出来るせいか最近はこれを見る事は無くなってた。
 危機感や圧倒的不利が鍵になってるの?

 私を貫いてる軌跡から体を逸して敵の目へ繋がる軌跡へとタナトスを滑らせていく――。
「ガッ!? ア、あぁあああああっ!? ああクソッ! このガキ! 痛ぇ、痛えよ――早く治癒能力者を」
 今の私だと追いつけないはずの動きに上手い具合にカウンターが入った。
 やっぱり、この軌跡は使える。

 先陣を切った男の負傷に残りの二人が動揺して動きを止めた。
 動きは悪くないけど――明らかに実戦が不足してる動きだった。

 この隙きを見逃す手は無い、明確に見える流れに身を任せるように動いていく。
 動揺の大きい左側の男の背後に回って素早く両手の指を刈り取った。
「ギャァァァッ!? 指っ、俺の指が!? なんて事してくれやがる」
 武器は握れないしナイフにはしっかり痺れ薬を塗ってある、残りは一人。

 三人目は流石に動き出した。
 でも、今の私にはこの男がどういう動きをするのかよく見える。
 普段の予測や先読みじゃない、でも確かにこの男がその動きをするって分かる、だってこんなにも明確に光の軌跡が見える。

 怒りに任せて私の首を刈ろうとしてるそれをスレスレで屈み、男の股下を抜けながら足の腱を削いだ。
 崩れて膝を突いたところをさっきの男と同じように指全てを落とした。
 これで護衛は立ち上がる事も武器を握る事も出来ない。
 残りは――。

「もう! 子供相手に何をやってるんだよこの役立たず共っ! な、何だその目は! 僕は王家の血を引く者だぞ! その僕に武器を向けるなんて……な、なんだよ、そんな小汚いナイフで僕の名剣とやろうってのかい? い、いいさ、闘技場で三十人斬りをやった僕の実力をとくと味わわせて――」
 この男が一番弱い、光の軌跡の見え方がさっきまでと違う、キオリに向かう光の線は明らかに太くて、そしてキオリの剣から伸びる光はか細くてしかも揺らめいていて剣筋がブレるのが分かる。

 半歩体を引く、それだけでキオリの振るった剣は的外れな場所をなぞっていく――。
 技術は無い、剣速も無い、そして恐らく経験も無い――隙だらけッ!

 軌跡をなぞって右の手の甲へタナトスを突き立てた。
 みっともない悲鳴を上げて剣を手放して蹲るキオリの反対の手にも同じようにアゾットを突き刺し、足にも傷を付けて逃走出来ない様にする。
「ま、待て、待ってくれ! 僕は王族だよ、こ、こんな事をしてタダで済むと思ってるのかい? い 今やめてすぐに医者を連れてくるならこの事は不問にしてやるよ――く、来るなよっ――あぐ」
 血に濡れたタナトスを逆手に握り直して一歩踏み出した私に怯えて磯を這いずった結果岩の間に落ちて身動きが取れなくなってる。

「か、体が動かない……た、助けてくれ、助けてくれたら礼はする。下民が一生遊んで暮らせるだけのお金をあげるよ」
 こういうくだらない権力者に大切なものを奪われたのが凄く腹立たしい。
 感情無くキオリを見下ろして兵士が落とした剣を投げつけて足の甲を貫きタナトスをある一点に向ける。

「ぐっ、あぁ……痛いっ痛いっ痛いっ!」
「ここまで海藻が生えてる、満潮になったらそこは水の中」
「ヒッ!? た、頼む助けてくれ! 何でもする――そ、そうだ、僕が王に即位した暁には君を貴族にしてあげるよ、下民の人生からは考えられない豪華な暮らしを与えてあげるよ! だから――」
「あなたには私が欲しいものは用意出来ない――何より、死人には何も出来ない」
「い、嫌だッ! 僕は、僕は王になる人間だよ! こんな所でこんな訳のわからない子供に殺されるなんて――アッ!? アアアアアッ!? 痛い痛い痛い痛いッ! 僕の、僕の足が……」
 自慢していた名剣をと剣は残りの足も岩に縫い付けた。
 なるほど、名剣っていうのは嘘じゃなかったみたい、しっかり岩に刺さった。

「た、頼む――早く治癒能力者を――」
「そんなの居ても意味が無い、それに――すぐに痛くなくなる」
 私の隣に呆然と立っている覚醒者を指差すとキオリの顔が絶望に染まっていく。
「や、屋敷に気つけ薬があるんだ! だからそれを使って――ま、待って! 待ってくれ! 頼むから……こんな――あぁくそ、痛い痛い痛い痛い、王家の血を引く僕が、王になるべきこの僕が、あんな下民の子供如きに――許さない……必ずお前の周りの奴らを――」
 このまま放置して覚醒者を連れて戻るつもりだった。
 あの男には何もできない、喚いているのは負け惜しみ、そんなの理解してた、けど――。
 もしまた今回のような事が起こったら?
 ワタルだけじゃない、今の私には大切なものがたくさんある。
 それを傷付ける事を仄めかした。
 それだけで排除する理由に値する――タナトスをきつく握ってゆっくりと振り返りながら、その刃を私は――。

「頭冷やしなさいおバカ!」
 ッ!? 投擲する瞬間海水が降ってきて手元を狂わされた。
 放った刃はキオリの頬を掠めて刃は深々と岩に突き刺さってる。
「ティナ……」
「ワタルとの約束があるんでしょう? さっきの投げ方だと確実に額を貫いてたわよ? ワタルに避けられてもいいの? なでなでも、ぎゅっ! もしてくれなくなるかもしれないわよ?」
「でもっ――だって…………」
「途中から聞こえてたからなんとなく分かるけれどね、でもあんな低俗な輩を相手して好きな人に嫌われる事ほどつまらない事もないでしょう? そんな事より、あれ捕まえたらようやくワタルを迎えに行けるのよ? くだらない事に時間を使ってる暇は無いの」
 不満が顔に出てたんだと思う、だからティナはワタルがするみたいに私の頬をみょんみょんしながら瞳を覗き込んできた。

 ティナの瞳そこに映る自分が酷く醜く見えて、途端に馬鹿らしくなって足の力が抜けた。
『きゅう』
「もさ……ワタル怒るかな?」
 駆け寄ってきたもさは立ち上がって私の顔に頭を何度も擦り付けてくる。
 なんとなく、落ち着けって言われてる気がして強張ってた全身から力が抜けていく。

「それにしてもよくもまぁ……技術だけで身体能力の差を覆すなんて……本当にもう、呆れた娘ね」
「……疲れた」
「船に乗ったら休んでなさい、それとあなたもね」
 ティナは覚醒者を一撃で昏倒させて私を抱えながら男を引き摺って歩き出した。
 なんだろう……軌跡を見て最小限の動きをしたはずなのに体がとても重い。

「よっ、と……やれやれ、これはフィオちゃんがやったのか? 側付きはそれなりの手練のはずだったけど……本当に凄いな」
 能力が戻ったおかげで崖から飛び降りて来た天明がこの場の惨状を見て顔を歪めてる。
「天明……たす、助けてくれ……僕の体が、血がいっぱい出て……」
「ええ、その代わり貴方がたルイズ家の王族としての権利の剥奪、そして治療後は厳正なる裁きが下されます」
「小娘に取り入って成り上がった異界者風情が……」
 暗い目をしたキオリが天明を睨みつけるけど天明はもうキオリを見ていない。

「フィオちゃんティナさん、航がこういう物を身に着けていた記憶はありますか? 海賊達に攫わせる標的の目印に使われてたみたいなんですが」
 天明が見せた腕輪には見覚えがあった。
 航海中にリオがワタルに渡してたはず……リオが海賊の協力者? ――馬鹿馬鹿しい、あり得ない。
 だとしたら何か騙されて利用された可能性がある、知ったらリオが傷付く……そんなの見たくない。

「ん~? そういえば船を降りた時に着けてたような?」
 船酔いしてたティナははっきり覚えてないみたいだけど、この事は口止めしておかないと。
「リオがワタルに渡してた、たぶん誰かに利用されて……だからっ――」
「うん、この事はリオちゃんには伝わらないように取り計らっておくよ。後始末はアルアに任せて俺たちは船に急ごう」
 姿は全然似てないのに問題無いと笑う天明の笑顔はなんとなくワタルに似てた。
 友達って似るのかな?
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