黒の瞳の覚醒者

一条光

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番外編~フィオ・ソリチュード~

家族の話

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 酒を飲んだ量の多い者からつぶれていく。
 ワタルの言葉が嬉しくて、今この時が楽しくて、だからみんな調子に乗って飲み過ぎた。
 私も少しだけ自分が正常じゃない自覚はある。
 飲んでいない恋はティアを別室に寝かし付けた後つぶれた人をせっせと運んでいく。

「先輩まだ飲むの? 流石にやめといた方がいいんじゃない?」
「恋もありがとうな……お前が居たおかげでガキ共が――」
「あーっ、もうわかったわかった! 酔っぱらいのループ話はもういいから! 私もそろそろ眠いから麗姉の部屋に戻るけど……三人とももうやめといた方がいいと思うよ」
 飲む前の囃し立てる様子はなくなって呆れ顔をして出ていった。

 確かにワタルもリオも自分の許容量を超えて飲んでる、だって――。
「女神が酌してくれてるのに飲まにゃいわけねぇだろ、なぁフィオ!」
「もうワタルったら……にゃんだかこの部屋暑いれすね」
 小さなワタルがリオに抱きかかえられて酌をされてる。
 そしてリオは暑い暑いって服が大分はだけてる……普段の二人なら恥ずかしがって絶対にこんな事にはなってない。

 かくいう私も思考が鈍ってきてるからそろそろやめ時だとは思うけど……こんなに楽しかった時間が終わってしまうのが嫌で、少しでも長くこの空気を感じていたくてちびりちびりと飲み続けてる。

 頭に靄がかかったみたいな夢見心地……きっとワタルの言葉のせい。
 あの時は断られたけど、今度はワタルの方から言ってくれた。
 それがこんなにも胸を熱くする。

 道具として必要とされることなら何度だってあった。
 でもワタルは私を一人の人間として必要としてくれる、私を――。

「フィオが欲しい」
 そう、こんなにも真っ直ぐに求めてくれる――。
「ふぇ?」
 気付いたら目の前にワタルの顔があって間抜けな声を出してしまった。

 ワタルの唇が頬に触れる度に体温が上昇してしまうようで、この状況をリオに見られてると思うと更に体が熱くなる。

「これでフィオは俺のもの」
 啄むように私の首筋に印を付けたワタルがいたずらを成功させた子供みたいに笑う。
 こんな顔もするんだ……きっと今のワタルを知ってる人は誰も知らない顔、私だけが知ってる。

「フィオ……俺があげられるものはお前達に全部やる……だから、ずっと一緒に居てくれな…………一人はもう、嫌なんだ……」
「ん、全部貰う」
 だから私の全部をあげるよ。
 私の上に倒れ込んで眠るワタルを抱き寄せる。
 抱きやすいけど、普段のワタルの方がいいかな。
 そんな事を思いながら酔いと嬉しさで蕩けた思考で私もワタルの首筋に印を付けた。

 目が覚めて最初に思い出すのは昨日の事――。
 そしてなんとなく身体がむずむずし始めてベッドを転げ回って悶える。
「ずっと一緒……」
 言葉にするとあの瞬間のお互いの息遣いすら鮮明に思い出して……落ち着かなくて身体を揺すってみたり足を振ったりとにかくもぞもぞと動き回る。

 一番大切な人が欲しいものをくれた。
 胸の奥が満たされて――満たされ過ぎて溢れてる。
 みんなはどうしてるのかな?
 同じ気持ちを共有出来るみんなの事が気になって跳ね起きて部屋を出る。

 談話室にみんな居たけど……なんか、ティナ意外暗い……このそわそわした気持ちを共有したかったのにみんなが纏う空気は私とは違ってた。
「どうかしたの?」
「先輩昨日の事なーんにも覚えてないんだって」
 覚えてない……。
「そう……」
「酷いよねぇ、みんなの唇まで奪ってたのに」
 覚えてないのはちょっと嫌だけど、でも私はみんなほど落ち込む気にはなれない。

 確かにあれは酔いの勢いもあったんだと思う、だって普段のワタルとは違ってたから。
 でもだからって昨日ワタルが言ってくれた言葉が消えるわけじゃない。
 それに……酔うと人は枷が外れる。
 そんな時に出た言葉だからきっとあれはワタルの本心――、同じ事を思ってたって知れただけでも嬉しい。

 それにたぶん……また言ってくれる、なんとなくそんな予感がするからもう少し待ってあげるくらい別にいいかなって思う。

「ぬぅ、どうしてフィオは落ち着き払っておるのじゃ? フィオも覚えてないのじゃ?」
「覚えてる、だからまたワタルが本音を漏らすのを待つくらい別にいい」
「ふふ、そうよね~、あのワタルが嘘や勢いだけでみんなに大告白するはずないものねぇ。私たちに対する気持ちがあるのが分かってるのだから私も待ってあげるくらい全然問題ないわ」
「そうだな、あれがワタルの私たちへの想いなのならもう少しくらい待つのも悪くはない」
「まぁ確かに……抱え込んでたものとかを吐き出したりもしてましたし昨日のワタルの言葉が嘘だとは思えませんけど……でも!」
「妾たちだけ覚えていて思い出して悶えてしまうのは不公平なのじゃ~……」
 ワタルの告白を受け入れた後のキスを思い出したのかミシャが真っ赤になって身体を揺すってる。

「その通りです! こちらだけこんなにどぎまぎさせられるなんて――」
「でもシロナ、わたくしたちも眠っているワタル様にしたことが――」
「あれは頬です! こ、今回はくち、くち、唇なんですよ!? 乙女の唇を奪っておいて覚えていないのはあんまりです……」
 白いの二人が真っ赤になってもじもじ悶えてる。
 私もちょっと、思い出したら身体が落ち着かなくなるけど――――そんな言葉を思い出して体が熱を持つ。
 そこはみんな同じみたいで不満を漏らしつつ悶えていた。

 ワタルが今度は友達の国へ行くって言い始めた。
 王族同士のゴタゴタがあるらしいのに……問題に首を突っ込まないと気が済まない性分みたい。
 それでも、また一緒旅をする、その一点に関しては嬉しい。

「フィオっちずっとにこにこだねぇ」
「ずっと?」
「うん、起きてきてからずっと蕩けた顔してる」
「そう……家族が出来たから」
「でも重婚だよ? そんなに嬉しいもの?」
「ん、私はずっと一人だった――人ですらなかった。なのにワタルが私を人間にしてみんなと繋いでくれた。だから凄く嬉しい」
「そんなもんか……まぁ先輩は悪人には見えないけど」
 私の言葉を聞いて歯切れの悪い反応を返してきた。

「恋は言われなかったから怒ってる?」
「ん~、違うよ~? 普通に考えて重婚とかどうなのかなぁって、公然と浮気してるようなものでしょ?」
 恋の声音に刺々しさを感じて私の嬉しいにケチを付けられた気がした。

「恋はワタルが嫌いなの?」
「へ? あぁごめんごめん、そうじゃないんだ。先輩の事は尊敬してるよ。人生狂わせた毒親を前にしてその事を飲み込んで前に進んでる、復讐出来る力があるのにそうしないなんてきっと私には無理だし……」
「毒が親なの?」
 聞いたことがない言葉に混乱する。

「違う違う、子供にとって毒にしかならない親ってこと。うちの親もさ、先輩のとこと同じで父親がクソだったんだよね……酒と女遊び繰り返してさ、そんで離婚だよ。しかもそのせいで麗姉と会いづらくなっちゃうし、母親の方も離婚してから壊れちゃってさ……男遊びを繰り返して――不倫とかもしててさ、最後は結局刃傷沙汰だよ? 人殺しの娘ってどんな扱い受けると思う? ホント最悪の気分だった」
 私にとって家族や親は未知のものだった。
 ワタルやリオと関わってからはこんな風にあたたかいものなんだろうって憧れしかなかった。
 だから恋の語る家族や親の話は衝撃で言葉が出てこない。

「あ~、ごめんね? 別にフィオっちたちもそうなるって言ってるわけじゃないんだけど、私としてはそういう形って納得いかないなぁってのがあって……上手く言えないや、せっかく嬉しそうだったのにごめんね!」
 気まずくなった恋は走り去ってしまった。
 家族の形……これじゃダメなのかな?

「私の家族?」
 気持ちがもやもやして城の中を歩きながら出会った人に家族の事を聞いてみる。
「そうね……特に何もない家族としか、ただ、うちの両親はお互い惹かれ合っての結婚じゃなく親と親戚が用意した縁談の結果だったからどこか冷めている感じはあったかな。世間体を気にして表面では普通を装ってだけど、家の中ではお互いに干渉を避けてたから」
「芦屋は普通じゃない家族の形ってどう思う?」
「そうね……普通は破綻すると思うわ。普通というのは当たり前でありふれていて、そしてあまねくものに適したものだからこその普通、そこから外れたものを成り立たせるのは容易じゃないと思うかな」
「そう……ありがとう」
 普通じゃないものを成り立たせるのは難しい……でも、私たちみんながそれを望んでいるならどうなの? それでも難しいのかな?

「あっら~フィオちゃんじゃなぁい、どうしたの? 眉間に皺なんか寄せちゃってぇ」
「秀麿……秀麿の家族はどんな家族?」
「あら突然ね、そうねぇ……フィオちゃんから見てアタシってどう見えるかしら?」
「……男で女?」
「ふふ、そうね。でもそれって普通の人とは違うでしょう? 父さんはそれが納得出来なかったみたいでアタシの味方をする母さんと喧嘩ばかりしてて結局家族は崩壊、父さんの方とは疎遠になってたわ」
「そう、なんだ……普通じゃないと仲良く出来ない?」
「そういう人も居るでしょうね、アタシが本当の自分を隠して普通の男としては生きてたなら両親は今も仲良く一緒に暮らしていたでしょうし……父さんの方も息子としたい事とかもいっぱいあったんだと思うわ」
 私たちの形は普通のそれとは違う、ならやっぱりいつか綻びが生じて崩れてしまうの?

「でもアタシは本当の自分を殺して生きるなんて無理だった。だってずっとずっと一生我慢して隠して生きていくなんて無理だもの、いつか綻びてそれまで積み上げいったもの崩してしまう、なら本当の自分をさらけ出してそこから積み上げていく方がいいでしょう? それに分かってくれない人ばかりじゃないもの、母さんは意外とあっさり受け入れてくれたわ。万人が受け入れてくれなくても大切な人ひとりでも理解してくれるなら意外となんとかなるものよ。だから何か悩んでるなら本当の自分がどうしたいのか聞いてみなさい、ね?」
 普通の形として積み上げるから崩れる、なら最初から違う形として積み上げていく私たちは上手くいくのかな?

 私はみんなと居ることを望んでる。
 ワタルもそう望んでる、きっとリオも、みんなだって――だから普通じゃなくたっていい。
 私たちは私たちの形で進んでいく。
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