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✠ 後日談 ✠
Ever after《クリフォード》①
しおりを挟むその日クリフォードは別邸で仕事をしていた。
結婚する以前は自宅は私物を保管し、たまに寝に帰る場所だったが、今は家に戻ればトリシャが笑顔で迎えてくれる。結婚する前もそうだったが、結婚後も毎日欠かさず帰宅、さらに家で紙仕事するスタイルに変わった。
本邸は客を招いたり夜会を行えるよう街の中心部においたがもっぱらビジネス利用だ。別邸は人を避け温室も備えた癒やしの空間。トリシャとの生活もほとんどが別邸だ。
今日も書斎で持ち帰った仕事を片付けている最中だ。以前は帰宅する時間が惜しかったが今では出社する時間が惜しい。必要があれば秘書が書類を届けに来る。業務上も問題はない。口うるさい経営者が会社にいない。社員も喜んでいることだろう。
午前中に集中して片づければ午後トリシャと温室で甘い時間を過ごせる。ご褒美目指してまっしぐらだ。やる気も上がるため時間効率もいい。
仕事に一段落ついたその時、絶妙なタイミングでノックの音がした。
「クリフ、そろそろ休憩しては如何ですか?」
ノックに応じればトリシャが書斎に入ってきた。仕事モードのトリシャは詰め襟の控えめなデザインのドレスを纏い艷やかな栗毛もきっちり結い上げている。禁欲的でいつもの通り可憐で美しい姿。夜であればクリフォードの欲情を駆り立てる姿だ。結い上げた髪のヘアピンを抜いて栗毛が流れ落ちる瞬間がたまらなくいい。
今までのトリシャは肌を晒すことを嫌がり詰め襟のドレスを纏っていた。だが今このドレスを纏う理由はクリフォードのせい。クリフォードが戯れにつける赤い刻印がうなじからデコルテに散っている。このせいで詰め襟ドレスしか纏えない。鏡を覗いたトリシャは困ったようにため息をついているが嫌がってはいないとわかっている。ダメだと言わないその甘やかしが嬉しい。クリフォードの口角が上がる。
トリシャのワゴンには紅茶とつまめる菓子が載っている。今朝届いた郵便も届けてくれたようだ。既に開封され、内容で伯爵家の領地管理系か事業系かで仕訳されている。緊急や要返信には付箋がついていた。
一月前、トリシャはクリフォードと入籍した。
せっかちなクリフォードが金を積み上げ自分のツテや兄のコネも総動員、通常二十日のところを急かしに急かして三日で結婚許可証を入手した。早く籍を入れたい独占欲の塊のクリフォードにトリシャが合意して教会で先に記名をすませた形だ。
しかしロージア伯爵位継承者が結婚式も挙げないのか、とゴネるイルゼにトリシャが再婚を理由に辞退するもクリフォードも加わった似た者親子の猛反発に遭いトリシャが折れた。
せめてささやかなもので、というトリシャの条件付きで来月結婚式を上げることとなった。ここでも金と権力に物を言わせ急ピッチで豪奢なウェディングドレスの準備が進められた。
独身主義の次男に待望の嫁が出来た、しかも賢くて従順で働き者。歓喜に浮足立つイルゼが王都の大聖堂を押さえようとしたが、涙目トリシャの切なる希望で郊外の小さな教会で式は執り行われる予定だ。
将来クリフォードがロージア伯を継げばトリシャはロージア伯爵夫人となる。
クリフォードが正式にロージア伯爵継承者となり男爵位を継承したため、その際にロージア伯爵領の実務をイルゼからトリシャが引き継いでいた。最後の確認のためにクリフォードにも見せに来るのだが、トリシャの仕事はきっちりしている。安心して任せられるから正直クリフォードの確認もいらない程だ。
トリシャが半年後に十八歳になればダグラスの莫大な株式も相続する。そのためにクリフォードも自社分の仕事を分配すべく部下を育てている最中だ。外部から何人か役員も迎える。トリシャからはいくらか株式を売却する案があったが主だった会社は経営を引き継ぎたいとクリフォードは考えていた。
弱みが補われ強みが増える。
ダグラスの言通り、トリシャとふたりでなら可能だ。
ダグラスからクリフォードとトリシャへの遺産、それがダグラスの遺志を継ぐことだろう。
「ああ、そうだな。少し休むか」
部屋に入ってきた愛妻を抱きしめ深く口づける。トリシャも頬を染めて応じている。愛し愛されている、それを実感するだけでこれ程に癒やされる。未だにこの幸せが信じられないくらいだ。トリシャがティーセットを準備している間、長椅子に腰掛けクリフォードは至福の息を吐いた。
家で仕事をするようになってから、トリシャがクリフォードの身の回りを整えようとする。本人曰く、元夫の故ダグラスの頃からの習慣を当たり前のようにやっているらしいのだが。それが恐ろしく居心地がいい。
今出された紅茶もクリフォード好みの濃いめに出したダージリン。いつもの如くゆるく温めたミルクもついている。茶菓子もクリフォードのためにトリシャが焼いた、甘さ控えめな特製マドレーヌだ。はちみつの香りがいいにおいだ。
トリシャを甘やかしたいと思うも、気がつけばトリシャに甘やかされている状況だ。これはクリフォードの本意ではない。
愛情をもらってばかり。こんな状況で自分はトリシャを幸せにできているのだろうか。
ここはトリシャとふたりきりの楽園。色々世話をされ、いたれりつくせりな状況にクリフォードから苦笑が漏れた。
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