恋愛サティスファクション

可視化ライブラリ

アビスの入口5

「拐かされた際に付けられた傷が原因で男娼は引退。今度は小峠会が責められる番だ。皆の人気者が客を取れない身体にされた。何事だって詰められてね」

ざまあみろって笑ってるけど。
笑わなきゃやってられないくらい酷いことされてるもんな。
しかし、人気があったと言ってるけど。
ヤクザ相手に詰め寄れるガチファンさんはヤバくないですか。何者ですか。
詳しい説明は遠慮します。キャパオーバーしちゃいそうなので。
個人名とか本当に言わないで。

「私としては面倒な仕事がなくなって清々したね。それまでの稼ぎもあったから食うには困らなかったし。早期リタイアをして後生をのんびり過ごそうと思っていたよ」

リタイアするには早すぎますよ。鈴村少年！
10代って人生これからでしょ。

「それをいきなり寝込みを押しかけてきて猟銃で撃つのは違うだろう。私は獣ではないぞ。せめて事前の連絡ぐらいしろ。アポイントを取るのはビジネスの基本だ」

たしかにアポ取りは大事です。
でもこれってヤクザの抗争の話ですよね？
そんな紳士的なやり取りをするもの？

「発砲音でご近所さんは通報する。通報から救急車は来る。寝てれば治るような傷だったのに搬送される。病室には警官がかかしのように24時間待機する」

迷惑この上ないって感じだけど当たり前の対応では？
だいたい撃たれた傷は寝てても治らない。

「というわけで私も発砲事件から先のことは詳しく知らないのだ。私が病室に缶詰めされている間に何もかもが終わってしまった。裏柳組も上前津抗争も。私が殺した男のことも。私は誰よりも当事者であったのに蚊帳の外で放置だ」

そうだ。鈴村さんの正当防衛は？ 認められたの？

「ホテルの一室で覚醒剤打ってアタマおかしくなった男が、一人で転んで頭打って死んだ。そういう筋書きになっていたよ」

覚醒剤だけでもスキャンダル。
未成年売春。しかも買っていたのはヤクザが管理する男の子。
芸能界としても隠しておきたい不祥事だったんだろう。
だからって殺人事件がひとつ消されるとか。
これまで正しいと思っていた倫理観が揺らぐ。

「私はヤクザに売春を強要され、発砲事件に巻き込まれた可哀想な被害者としてそれはそれは丁重に扱われたよ。馴染みの客に代議士や警視庁のキャリアもいたから口添えがもらえたのかもね」

今しれっと特大スキャンダル打ち込んだ！
国会議員が！ 警察官が！ 馴染みの客って！
もしかして他のファンの皆様も社会的地位の高い人達なんじゃ？
怖くて聞けない！ 聞きたくない！

「私は罪に問われなかったけれど。組員が何人も傷害や器物破損などで逮捕されたよ。それはネットの記事にも載っているね」

上前津抗争では最終的に82人の逮捕者が出たとウィキペディアに書かれていた。
その中にはお義父さんの名前も。
お義父さんは傷害罪の教唆に関する罪で懲役4年の判決をうけている。

懲役が長い人だとまだ刑務所の中にいる。
終わっているように見えて、まだ終わっていない抗争。

「いっそのこと私も逮捕してくれたら良かったのに」

そうだよね。ちゃんと罪を償わないと。

「シャバより塀の中のが安全じゃないか」

そういう理由？？
自分の身を守るために逮捕されたかった？

「私は私を買った者達の顔や話した内容、どのようなサービスを提供したかなどを記憶している。忘れようにも忘れられなくてね。誰かに話すつもりはないけれど。もしも私の記憶を表に出されては困る人々が世の中にたくさんいるのだ。とうに時効の過ぎた今でも。だから過去を消したい方々は私ごと消そうと躍起になった」

スキャンダルを暴かれたくない人達から命を狙われる危険。
それは刑務所の中のが安全だというのも頷ける。
だけど、そんな事実は悲しすぎる。