恋愛サティスファクション

いちむら

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召しませゴクドー2

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楓さんの言われるがまま服を脱いでパンツ1枚になったら、今度は着物用のインナーを着ていく。
赤いシルクの長襦袢を着た僕を「置屋にいそう」と言ったのは鈴村さん。
「高く売れそうね」と言ったのは楓さん。
僕は芸も色も売りませんからね!
まあ、花街っぽいとは僕も思ったけど。

「この振り袖はね、明治時代のお公家さんが娘さんのために誂えたものなんよ。糸の産地から染めの原料、染め付けの機元さんまで厳選した逸品。当時の技術の粋が詰まってる私のお気に入り」
「そんな大事なものを僕が着ても良いんですか?」

お公家さんって日本の貴族みたいなものでしょ?
僕はとっても庶民なのに。
長い袖をどこかに引っ掻けてしまいそうで怖い。
汚しても弁償できないよ。

「ええんよ。服なんだから着てもらってこそ。だから何度も直して、綺麗にして、次の子に着てもらえてるこの振り袖は幸せだわ」
「何度も? そんな風には見えないです」

まるで新品みたいだよ。

「やっぱり古いものだからね。メンテナンスは必要なのよ。弱った所には裏から新しい布を添えてあげて、傷になってしまったら、上から新しく刺繍をしてあげて」
「それって新しい振り袖を作るんじゃ駄目なんですか?」

それだけの手間をかけるなら、新しい振り袖を買った方が早そう。

「そやねぇ。でもこれが人やったら、怪我したからってすぐ新しい人にってなる?」

ならない。病院に行って治療して。
それが圭介さんや玲司君なら、僕はリハビリにだって付き合うよ。

「着物も一緒。ご縁があった着物は大事にしたいんよ。もちろん今日出会えたサクラちゃんとのご縁も」
「楓さんには気に入られておいた方が得だぞ」

鈴村さんが言うと冗談じゃなく損得だけの間柄っぽい。

「損得の計算で人とお付き合いをするかを決めるなんて駄目ですよ。でも、楓さんにはこれからも色々教えてもらえたら助かります。僕はまだまだ若輩者ですから」
「私もこんなに可愛い子なら、いつでも大歓迎」

楓さんは本当に姐さんだった。
血腥いんじゃなくて懐の深さみたいなのが姐さんなんだ。

そんなこんなで、僕のために二人が選んでくれた振り袖を着せてもらう。
朱色の振り袖には一面に色とりどりな花と金糸で刺繍された蝶。
とっても華やかな柄だ。でも……。

「桜柄じゃないんですね」

桜の花見だから、てっきり桜の柄の着物だと思ってた。
けど、この振り袖の花は桜も少しあるけど、牡丹や撫子、菖蒲など、いろんな花があって。
柄で一番目立つのはチョウチョだし。

「桜を見るから桜の着物を着るのはちょっと野暮やね。ほら蝶々の歌は知らない?」

すいません。素人がダサいこと言って。
チョウチョの歌って幼稚園とかで歌う童謡のこと?
菜の花や桜の花にって歌詞の。
そっか。そのまま過ぎないのが着物のお洒落なんだ。
勉強になるな。

「それに桜ならもうここに咲いているからね」

僕の頭をポンポン叩きながら言わないで。
鈴村さんがそれを言うと、なんか映画みたい。照れちゃう。

「くすくす。鈴ちゃんはお上手やねぇ。さあ、帯締めるから、ちょっと踏ん張りやぁ。それっ」
「ふえっ」

楓さんが帯をギュッと締めてくる。
引っ張られてフラつくと「だらしない」って叱られた。だけど仕方ないよね。
こんなに力込めて引っ張られるなんて思わなかったんだよ。

「ふぅ~。帯が苦しいです~」

帯ってこんなに重たいの?
コルセットみたい。

「はじめてで、いきなり丸帯はハードル高いわよねぇ。本当なら半幅帯とか染めの名古屋帯辺りから慣らしてあげたかったんだけど。今日が親父さん達とのはじめましてになるんやろ? 大変だろうけど頑張って」

そうだった。
人は見た目が~なんて言ってた僕がこの程度で泣き言を言っちゃ駄目だよね。
未婚女性の第一級礼装、気合いで着こなしてみせます!
って、あれ? 未婚女性? 僕、女の子の格好で良いの?

「今さらですが、僕はなんで振り袖なんですか?」
「君の安全のためと言えば良いのか。ぶっちゃけ、圭君には敵が多い。そして君はそんな圭君の恋人なわけだ。花見会の場で紹介されるからには普通の生活というものを諦めてもらわなくてはならない」
「そこまで?」
「死にたくはないだろう」

ヤクザの抗争に巻き込まれて流れ玉で死亡とか嫌だ。
ここは身元を隠して大人しく女装のが良いのか?

「私としても君を殺すのは忍びない。故に花見会では女のふりをしたまえ。それでも危険はゼロにならないが減りはするだろう」
「そういうものなんですか?」
「まあ一つの保険だ」
「大丈夫やって。私も口の固い商売させてもらってるから、サクラちゃんの秘密は誰にも言わんよ。だから安心してな。そいで圭君に巧くおねだりするんよ。姐さんとこの銘仙が欲しいなぁって」

楓さんはそう言って、僕の背中を勇気付けるように軽く叩いた。
きっとこの人は幾つもの修羅場を越えてきたんだ。
うーん。僕もその仲間入りか。
いまいち実感わかないな。
でも、楓さんが大丈夫って言ってくれたから大丈夫なんだろう
やわらかい関西訛りの楓さんに励まされて、ちょっと勇気が出てきた。

最後に舞子さんみたいな花の髪飾りを付けてもらって完成。
ゆらゆら揺れる藤の花が赤から紫のグラデーションになってて、すごく可愛い。
とっても大きな花の飾りで振り袖も派手だからケバいかなって心配したけど。
振り袖ってデザインがシンプルだからか意外と平気。
むしろ華やかな印象で悪くない。
着替えが終わって、玲司君達を待たせたことを謝る。

「待つのも男の甲斐性だ。いくらでも待たせれば良い」

鈴村さんは美人だからってワガママばっかり言ってると、ヤクザな彼氏さんからフラれちゃいますよ。
それともヤクザな彼氏さんは鈴村さんに待たされたい系なのかな?

「ムダに待たされるのは勘弁だけど、待ったかいあるな。キレイだぜ、佐倉」
「本当に。お人形さんみたいですね」

玲司君達は僕の振り袖姿をたくさん誉めてくれた。
そんなに誉められたら照れちゃう。
綺麗なのは僕じゃなくて着物だよ。

「さて、うまく時間も潰せたしそろそろ行こうか。これより外に出たらウサギモードで頼むよ。サクラ」

さっきまでの軽い雰囲気とは違う真剣な鈴村さんに僕は頷くしか出来なかった。
女の子の格好のときはおしゃべり禁止。
男ってバレたら駄目。

うん。いつも通りだね。
だからきっと大丈夫。
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