恋愛サティスファクション

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召しませゴクドー4

玲司君の運転する車は先程から山道を進んでいる。
この先がヤクザさんの集まる花見会の会場なんだ。
どうしよう。緊張してきた。
膝の上で拳を握り締めちゃう。

そしたら、玲司君がそっと僕の拳の上から片手を添えてくれた。
言葉なんてなくても気持ちって伝わるんだね。
玲司君の優しさ。すっごく嬉しい。ありがとう。
大きな手を握り返して。運転する横顔を見てるだけで緊張が解れてく。

「そうだ。サクラには今のうちに私の呼び方を決めておいて欲しい」
「俺のもお願いします！」

キリッとした玲司君の横顔に見惚れてたら、後ろのシートから話しかけられた。
呼び方って鈴村さんと店長さんじゃ駄目なの？
楓の姐さんみたいなカッコいいやつにする？

「オレのOKサインみたいな片手で簡単に伝わるやつが鈴村とテンチョーも欲しいんだろ」

なるほど。その方が話すのも便利だもんね。

「俺、今度転職するんで店長じゃなくなります。店長は卒業して社長秘書になります」

それはおめでとうございます。
パチパチパチー。
両手を叩いてお祝いだ。

「なら、テンチョーって呼べなくなるのか」

そっか。店長さんじゃなくなっちゃうんだ。
秘書さんって呼び方はしっくりこないし。

「昔のように成瀬と呼んでやれば良いだろう」

店長さんのお名前。成瀬天空そらさん。
前に名刺貰ったときに覚えた。
けど、最初に心の中で呼んでいた店長さんで慣れちゃったから、そのまま呼んでたんだよね。
良い機会だし成瀬さんって呼べるように直そう。
成瀬の音を一つずつ指文字でやってみるけど、しっくりこないな。

「佐倉、空って手話だとどんな動きなんだ？」

空は手のひらで空中を撫でるみたいなやつ。
説明するより、やってみた方が早いよね。

「テンチョーがバイバイされてる」

玲司君、バイバイとは違うよ。
手のひらは往復しないから。
一回空中を撫でて、行ったらそのまま。

「成瀬はそれで良いだろう。いつでもバイバイしてしまえる程度の男だ」
「鈴さん酷いです。俺これでも期待の若手枠なんですけど」

そうだよね。
あんなに大きなクラブの店長さんしてて、次は社長秘書になるのは出来る男だ。

店長さん、じゃなかった、成瀬さんがんばれ。
僕は応援してます。

「んじゃ、次は鈴村な。簡単に鈴で良いんじゃね」

鈴村さんだから、鈴ね。
鈴の手話ってどんなだったっけ？
鈴を鳴らすみたいな動きだったはず。
手のひらはお饅頭持ってるみたいにふわっと丸めて。

「なんだか、もっさりしてるから私は好きではないな」

鈴村さんの美意識には合わなかったらしい。
じゃあ、親指、人差し指、中指で摘まんでるみたいな形で振るのは？
イメージは鈴についた紐を摘まんでリンリンって鳴らしてる感じ。
これでも鈴の意味になるはず。

「熱燗もう1本って言ってるときの鈴村のモノマネか？」
「私はぬる燗派だ」

玲司君のツッコミに鈴村さんがさらにツッコむ。

「鈴さんは猫舌ですもんね」

成瀬さんもほんわかツッコミ。
この手話で持っているのは徳利じゃなくて鈴なんだけど。
まあ、伝われば良いか。
そして、鈴村さんは猫舌のぬる燗派。
よし。覚えた。
一緒に飲むときは間違えないようにしよう。
僕も日本酒の味とか覚えた方が良いのかな。

「とにかく。鈴村さんのサインはこの指の形で良いですか？」
「それも好かないから別のものにしてくれ」

徳利も嫌だとか。鈴村さんはとってもわがまま。
それっぽいサイン、他に何かあるかなぁ。
鈴村理人。名前の音を1つずつ指文字で表してみるけど。今度は僕の方がしっくりこない。

何度も呼ぶ名前だから、片手で簡単に表現出来るのがいいんだよな。
それでいて鈴村さんだって分かりやすい手の形。

そういえば。鈴村さんは怒る時、人差し指を立ててメッてする。
小さな子供を叱るような仕草。
試しに真似をして人差し指を立ててみる。

「いいね。それ」

ミラー越しに見られていたようで、鈴村さんからようやく合格がもらえた。
だけどこれで本当にいいの？

「これだと手話でお母さんっていう意味になりますよ」

そうなんだ。人差し指はお母さん指。
とってもシンプルな手話。

「別に構わないだろう。私達の間で伝わればいいのだから」

呼び方はニックネーム的なノリで決めちゃうので大丈夫？
もし何か不具合があったら、その時に直せばいいか。

成瀬さんのサインは手のひらをパーに広げた形。
鈴村さんは人差し指を立てたサイン。
それぞれに決まったところで、そろそろ目的地に到着するようです。