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第1章 始まり。

10 作家、ファリン・ド・スージャ。

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「どうでしたか?舞台」

 痛々しい包帯をしたまま、再び再開を果たしたアーチュウ・ベルナルド騎士爵は、どうしても私と会いたいと。
 今日だけ、護衛の任務に就く事になり。

《君が泣いた理由が、分かった気がした。国を憂い、自身を憂いての事だと》
「本は舞台とは違って描かれない事が多いので、逆にそれが私を重ね易くて、それで泣いていただけですよ。寧ろ私は今回、感動しました。舞台とはさぞ大変だろうとは思っていたんですが、舞台道具の為の工芸部に衣装制作をした裁縫部、そして舞台を彩る生花を提供した園芸部に、実際にお料理を提供し匂いも届けた調理部にダンス部。様々な方と関わってこそ叶えられた素晴らしい舞台、全く関われたなかった事が、凄く残念ですが。凄く、感動しました、人はこれだけ協力すれば、素晴らしい事を叶えられると、教えて頂けました」

《そう悲しそうな顔をされると、抱き締めたくなる》
「あの、その包帯では無理では」

《あぁ、コレは単なるブラフ、丈夫さも取り柄の1つなんだ》
「でも無理はなさらないで下さいね?脱臼はクセになるとお聞きしましたし、私も抵抗の際に加減が出来ないと思いますので」

《肘は元からのクセなんだが、肩は更に鍛えた、執拗に狙われなければ問題無い》
「肘の脱臼は、子供の頃からなんですか?」

《俺が少しでも愚図ると、家庭教師がな。最初は大袈裟に泣いているだけだ、と、だが好物を前にしても泣き止まず。果ては事故だとされ、その後も何度か、だが不審に思った両親が白状させてくれたんだ》

「貴族は、特に上位ともなればお忙しいと聞きますが」
《あぁ、だがそれ以来一緒に居る事が増え、俺は嬉しかったが。大変だったと思う、寝る間を惜しんで俺の世話と仕事をしてくれた》

「私、あまりそうした環境にはなりたく有りません。身内ですら兄弟姉妹が疎ましく感じる時期も有るのに、赤の他人が世話をするだなんて、どんなに信用の有る方でも私には無理です。寧ろ人は、隠れて悪い事をするんですから」

《君も》
「いえ私は大丈夫です、兄弟姉妹にも大事にされていますから。ただ、嫁いだ先で姉は、私達家族には分からないだろうと、いびられました」

《その相手は》
「あ、大丈夫です、既に全員が亡くなっていますので。その後の方が大変だと言ってました、相手は傾きかけた同じ商家で、だからこそ姉を大切にしてくれるだろうと、両親も安心していたんですけどね」

《恩を仇で返すとは》
「すっかり家が持ち直し、調子に乗って愛人を囲い、姉を追い出したかったらしく。全員で、虐めていたそうで」

《何て事を》
「でも姉が気を病んで実家に帰省中、仕入れに向かった先の崩落事故で旦那さんは亡くなり、向こうの家に盗賊が押し入り一家惨殺。幸いにも棚卸ししたばかりでしたので、商品は殆ど無事でしたが。姉が仕掛けたのでは、と向こうの親族に言われたので、持参金さえ返してくれるなら何もかも引き渡すと言ったら、黙ったそうです。結局は働かずにお金が欲しかっただけで、商家を継ぐ覚悟が無かったそうで」

《その》
「既に再婚し子供も居るので大丈夫ですよ、今度は凄く良い方で姉を大好きで、その方にも貴族の礼儀作法を教えて頂きました。私達家族も大切にして頂ける、素敵な伯爵様です」

《男爵令嬢と、伯爵、か》
「ですね、しかも男爵位を頂いた直後での事でしたから」

《年が離れているんだな》
「はい、様子見しながら子供を作ってたそうですから」

《様子見を》
「子供が多過ぎて仕事が出来なくては本末転倒ですから」

《仕事が優先なのか》
「いえ、私達の為です、貧乏で暇が無いと躾けも満足に出来なくなっては家が傾くと、当時から贔屓にして頂いている貴族の方に言われての事だそうです」

《そこまで子に教えているのか》
「私が妹か弟を強請った時に言われました、あまり構えなくなるけど良いのかって、やっぱり甘えたい年だったので我慢しましたけど。私が改めてお願いしたら、妹が出来て、改めて説明して貰えました、どうして我慢させたのかって」

《相当に出来たご両親だと思うが》
「貴族の方々に道理を分かり易く教えて貰っての事だそうです、しっかりしているからいつか貴族になれるぞって、そうして2人で頑張って貴族位を得たんだって両親の自慢なんです」

《そうか》
「あ、長々と失礼致しました」

《いや、まだ》
「未だにミラ様への罪悪感も、アーチュウ・ベルナルド騎士爵への罪悪感も消えておりませんので、申し訳御座いません、あまり物分かりが良くなくて」

《いや、驚かせたコチラも悪い、あんな光景を見てはさぞ驚いただろう》
「はい、凄く怖かったです、馬に噛まれれば指は無くなるし踏まれたら死ぬから丁寧に扱え、と教えられていたので」

《まぁ、確かにそうだが、本来は穏やかな生き物で》
「でも嫌な事には誰でも激しく抵抗しますから、はい」

《触ってみないか、大丈夫かどうか》

「ですから大人の口説き文句はお控え下さいとお伝え致しましたよね?こんな地味で隠れ蓑にされる様な子女の何が良いんですか?特段に変わった所も何も」
《こんなに口の上手い子女はそう居ない》

「ミラ様も喋り倒せば相当だと思いますが」
《敢えて話さない美学も有る、そうだ》

「あぁ」
《それに知識と教養も有る、確かに騎士爵に相応しいとは言い難いかも知れないが、それも今だけ。時に評価は後から正しくなされる事も有る、君は気負わず、ありのままで居て欲しい》

「重用なされていらっしゃいますし、とても王室が手放すとは思えないのですが」
《そこは俺が交渉している最中だ》

「お忙しいのに申し訳御座いません、どうぞご自愛下さいますよう、失礼致します」
《アニエス》

「すみません、ありがとうございました」

 ガーランド侯爵令息や、ミラ様、護衛の女騎士の方とも話す様になったと言うのに。
 お喋り好きはダメですね本当に。

 そう反省した次の週、もっと反省する事が起こりました。



《どう言う事ですか》
『だから言っただろう、政略結婚させるって』

《相手がアニエスなら》
『コレも彼女の為だよ』

《説明して下さい》
『僕や王室が信用ならなくなったのかな』

《いえ、ですが》
『なら王命に従って貰う、コレは国王からの命令だ、騎士なら従うしか無い』

《ですが日取りが来週とは》
『うん、勿論、既に用意して有った事だからね』

《何処まで》
『知るべき時、そうした立場になったなら話せるよ』

《コレは、本当に八つ当たりでは》
『それも含んでる』

《アナタって人は》
『アニエス嬢の事は心配要らないよ、ガーランド侯爵令息も傍に居る事になったからね』

《一体、何が》
『全ては国の為、国民の為になる国政の最中だよ』

《離縁は》
『事が終わったら、ちゃんと君の希望通りになる』

《分かり、ました》

 そうして俺は何の説明も無いまま、アニエス嬢に会う事すら叶わず。
 包帯を付けたまま、好きでも無い相手と結婚する事に。

 そして、その相手は。

《あの、確か、ミラ様の護衛さんですよね?》

 よりによってマリアム嬢。
 何て事だ、一体、どうなっている。

《あぁ、君は》
《あ、マリアムです、学園の特待生なんですけど、私を知ってます?》

《まぁ、少しは》
《あ、もしかして食べに来てくれました?》

《あぁ》
《そっかー、ありがとうございます》

《あぁ》
《あ、でもコレ、偽装結婚なんですよね確か》

《君は、どの様に説明を受けているんだろうか》
《えーっと》

 俺は任務中に大怪我を負い、それを助けたのがマリアム嬢。
 その恩から、庶民のマリアム嬢を支える為、結婚。

 そして、俺が浮気をし、同情した王太子がマリアム嬢を奪う。

 そうした筋書きだ、と。

《それは》
《あ、親切な人が貴族さんだったんですよね、カサノヴァ家とか言う有名な家で、俺に任せておけば大丈夫だって》

 王室から、その名を聞いたら注意して丁重に扱え、と聞かされていた家名の1つ。
 となると、その黒幕が王室を潰しに掛かっているのか、コレこそが国政の1つなのか。

《すまないが、俺には想い人が既に居るんだ》
《あー、ですよね、騎士様が私を娶りたがるワケ無いんですし、偽装結婚ですし》

《あぁ》

《でも、どうせバレないんですし、少しは楽しみましょうよ?》

《何を》
《女は処女かどうかバレますけど、ほら男の人って言わなければバレないじゃないですか、羨ましいな》

《止めてくれないか》
《あ、大丈夫ですよ、相手は王子様だけですから》

《王太子と何を》
《あ、そこも知らないんだ、まぁ良いや、お互いに黙ってれば良いじゃないですか》

《無理だ、止めてくれ》
《大丈夫ですって、私上手いみたいなんで》

 あの方は、こんなにも俺に地獄を味わせたい程、恋焦がれ。
 狂ってしまったんだろうか。

《失礼する》
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