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第32話 ミリアの毒家族
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「記憶を消す薬は、忌まわしい経験によっていやしがたい心の傷を負った者にも使用されることがある。その場合は悪しき記憶の時点から消すのだが、経験が新しければ新しいほど消す記憶は少なくなるので緩い効果の薬を使えばいいし、副作用も軽微で済む」
サラ様が薬の説明をされました。
「乙女ゲームの記憶って前世ですよね」
「ああ、そうだ。だから前世までさかのぼって記憶を消さなくてはならない。これには相当強い効果の薬を使わなければならないんだろう」
「そんな薬を使ってミリアは大丈夫なのですか?」
「命に別状はないよ。それに最近は副作用をうまく抑えるよう調整ができるようになっている。昔ならそこまでの薬を使えば魔力はゼロになる場合もあったが、今はそこまではいかない。しかし、ミリア・プレディスとしての記憶はすべて失われる。こういった措置は本来、反逆罪に問われた家の子などを別人に生まれ変わらせるための措置なんだがね」
「ミリアが別人になるということですか?」
「率直に言えばそうだ」
それはミリア・プレディスという人物がこの世界に存在しなくなるということを、意味しているのではないでしょうか?
私がその可能性に気づいてそれを口にする前にサラ様は言いました。
「この薬の使用はご家族に報告し了承を得なければならない。これは決定事項なので、いくら家族が難色を示されても覆ることはないが、記憶を失った後のミリアとのかかわりあい方などを相談しておく必要があるんだ」
「記憶を失い別人となった娘にどう接するか、複雑でしょうね」
「君は事件の被害者なので、加害者をどう処置したかは聞く権利があるし、同時に彼女の友人でもあったので、少し意見を伺いたいと思ってね」
ああ、そういうことで私が呼ばれたのですか、合点がいきました。
「ご家族がどういった反応をされるかわからないですね。私も正直言って複雑です。あんなことがあったけど、自分の中ではミリアはやはり友達ですし……」
「そうか……」
「その、サラ様はご自身でミリアの家に行かれるのですか?」
「そのつもりだ。この措置を提案した公爵家のものとして、そして学園の生徒会長として、ご家族には私も直接行って説明しなければならない責任がある」
「私も同行させていただいてよろしいでしょうか?」
「いいのかい? そうしてくれるとありがたいよ!」
サラ様の表情がぱあっと輝きました。
その日の夜、ミリアの家族が全員家にいるであろう時刻を見計らい、私たちは彼女の家に向かいました。てっきり実家の近所にあるミリアの家に行くと思っていたのに、あの事件の後、一家は別のところに引っ越していました。
ミリアの母親は、訪問者の中に私が混じっているのに気づくと、口には出さないけど苦々しそうな表情をしました。
サラ様から報告を受けると、ミリアの父は吐き捨てるような言い方をしました。
「どんな薬かは知らないけど、勝手にしてくれ。公爵家にすらにらまれた娘なんて、うちだって邪魔でしかないんだ。記憶がなくなるなら縁も切れるからありがたい限りさ」
酷薄なセリフに私は驚いて目を見開きます。
「どこまで疫病神なんだろうね。兄の力を奪った挙句、ここまで迷惑をかけるとは!」
ミリアの母もうんざりした表情で言いました。
「あの……、ミリアが兄の力を奪ったというのはどういう意味ですか?」
サラ様はミリアの家族がここまで冷淡だとは思ってもいなかったようで、それで率直に言葉の意味を問うたのです。
「わからないのかい? 兄のファヴォリットが魔力を持って生まれていたらうちはすべてうまく行ってたんだ。それを後から生まれた子のくせに……」
「平民の場合、魔力が現れるにしても、同じ家族内でそうなる子とそうでない子に分かれる場合があります。でも、それは魔力持ちの子が他の子の能力や運を奪ったわけではありませんよ」
サラ様は大真面目に勘違いを正そうとしましたが、それが逆にミリアの母親の気持ちに火をつけたようです。
「御託はいいんだよ! さっき言った形でこそうちは貴族として新しく立ち上がることができたのを、あの子はぶち壊したんだ」
「長子が魔力を持たずに生まれたのは、後から生まれた子の責任ではありませんよ」
「ああ、やだやだ、お貴族様っていうのは屁理屈ばっかり。ミリアは後から生まれた上に女でもあったんだ、そんなのが魔力を持って生まれてきたからって何だというんだい?」
「ミリアが婿を取って貴族位を得る道だってわが国にはあるんですよ」
「婿は他人だろう」
「でも、ミリアはあなた方の娘……」
なんなんだろう、この親は……。
現実のミリアの姿を認めずいつもなじってばかり。
サラ様が理をもって説いているけど受けつけようとせず、ただ感情的にミリアの存在を否定しています。
言っていることは私たちの前世の日本の百年以上前なら通用した理屈。
以前サラ様が説明した『染み出す前世の知識や価値観』。
それを実感できる光景です。
「やめましょう、サラ様。この方たちにはいくら説明しても無駄です」
怒りを抑え声を荒げないように深呼吸して、私はできるだけ静かな口調で言いました。
「やっと、わかったわ。ミリアはあなたの真似をしていただけなのよ。自分が描いた理想に固執して、目の前にある相手の姿も心も見ようとしない!」
私はミリアの母親に向かって言いました。
「いくらミリアに当たっても現実は変わらないのに、みっともないこと! そんな妻をたしなめず同調する夫も、そんなバカ母の口車に乗って妹を下に見ている兄もみっともないことこの上ない!」
なんだと、と、ミリアの父と兄が大声を上げましたが、私たちの護衛として手練れの騎士も数名同行しているので、それ以上のことは何もできませんでした。
「サラ様、ご家族の了承を得るという目的は果たしたのだから帰りましょう」
私はサラ様に声をかけました。
サラ様はまだ戸惑っているみたいでしたが、これ以上の議論は無意味ということは理解されたみたいです。
「あなた方にとってミリアと縁が切れるの『良い』ことのようですが、ミリアにとってもあなた方と縁が切れるのは、とっても良いことでしょう。ではお元気で、さようなら」
捨て台詞のような言い方をして私はミリアの家族の家を出ました。
もしかしてミリアは、乙女ゲームのシナリオ通りに私や自分が王族の妃となれば、家族も見直してくれると、期待していたのかもしれない……。
そんな幻想にすがるしかないミリアの環境を、本当の意味では私は理解していませんでした。自分と同じ家族構成だから、境遇だから、自分の暖かい家族と同じような感情を持っているに違いない、と、勝手に思い込んでいました。
肝心のところを私は何もわかってなかったのです。
わかったうえでミリアと接していれば、今とは違った展開になったでしょうか?
それは言っても詮無いことですね。
ごめんね、ミリア。
サラ様が薬の説明をされました。
「乙女ゲームの記憶って前世ですよね」
「ああ、そうだ。だから前世までさかのぼって記憶を消さなくてはならない。これには相当強い効果の薬を使わなければならないんだろう」
「そんな薬を使ってミリアは大丈夫なのですか?」
「命に別状はないよ。それに最近は副作用をうまく抑えるよう調整ができるようになっている。昔ならそこまでの薬を使えば魔力はゼロになる場合もあったが、今はそこまではいかない。しかし、ミリア・プレディスとしての記憶はすべて失われる。こういった措置は本来、反逆罪に問われた家の子などを別人に生まれ変わらせるための措置なんだがね」
「ミリアが別人になるということですか?」
「率直に言えばそうだ」
それはミリア・プレディスという人物がこの世界に存在しなくなるということを、意味しているのではないでしょうか?
私がその可能性に気づいてそれを口にする前にサラ様は言いました。
「この薬の使用はご家族に報告し了承を得なければならない。これは決定事項なので、いくら家族が難色を示されても覆ることはないが、記憶を失った後のミリアとのかかわりあい方などを相談しておく必要があるんだ」
「記憶を失い別人となった娘にどう接するか、複雑でしょうね」
「君は事件の被害者なので、加害者をどう処置したかは聞く権利があるし、同時に彼女の友人でもあったので、少し意見を伺いたいと思ってね」
ああ、そういうことで私が呼ばれたのですか、合点がいきました。
「ご家族がどういった反応をされるかわからないですね。私も正直言って複雑です。あんなことがあったけど、自分の中ではミリアはやはり友達ですし……」
「そうか……」
「その、サラ様はご自身でミリアの家に行かれるのですか?」
「そのつもりだ。この措置を提案した公爵家のものとして、そして学園の生徒会長として、ご家族には私も直接行って説明しなければならない責任がある」
「私も同行させていただいてよろしいでしょうか?」
「いいのかい? そうしてくれるとありがたいよ!」
サラ様の表情がぱあっと輝きました。
その日の夜、ミリアの家族が全員家にいるであろう時刻を見計らい、私たちは彼女の家に向かいました。てっきり実家の近所にあるミリアの家に行くと思っていたのに、あの事件の後、一家は別のところに引っ越していました。
ミリアの母親は、訪問者の中に私が混じっているのに気づくと、口には出さないけど苦々しそうな表情をしました。
サラ様から報告を受けると、ミリアの父は吐き捨てるような言い方をしました。
「どんな薬かは知らないけど、勝手にしてくれ。公爵家にすらにらまれた娘なんて、うちだって邪魔でしかないんだ。記憶がなくなるなら縁も切れるからありがたい限りさ」
酷薄なセリフに私は驚いて目を見開きます。
「どこまで疫病神なんだろうね。兄の力を奪った挙句、ここまで迷惑をかけるとは!」
ミリアの母もうんざりした表情で言いました。
「あの……、ミリアが兄の力を奪ったというのはどういう意味ですか?」
サラ様はミリアの家族がここまで冷淡だとは思ってもいなかったようで、それで率直に言葉の意味を問うたのです。
「わからないのかい? 兄のファヴォリットが魔力を持って生まれていたらうちはすべてうまく行ってたんだ。それを後から生まれた子のくせに……」
「平民の場合、魔力が現れるにしても、同じ家族内でそうなる子とそうでない子に分かれる場合があります。でも、それは魔力持ちの子が他の子の能力や運を奪ったわけではありませんよ」
サラ様は大真面目に勘違いを正そうとしましたが、それが逆にミリアの母親の気持ちに火をつけたようです。
「御託はいいんだよ! さっき言った形でこそうちは貴族として新しく立ち上がることができたのを、あの子はぶち壊したんだ」
「長子が魔力を持たずに生まれたのは、後から生まれた子の責任ではありませんよ」
「ああ、やだやだ、お貴族様っていうのは屁理屈ばっかり。ミリアは後から生まれた上に女でもあったんだ、そんなのが魔力を持って生まれてきたからって何だというんだい?」
「ミリアが婿を取って貴族位を得る道だってわが国にはあるんですよ」
「婿は他人だろう」
「でも、ミリアはあなた方の娘……」
なんなんだろう、この親は……。
現実のミリアの姿を認めずいつもなじってばかり。
サラ様が理をもって説いているけど受けつけようとせず、ただ感情的にミリアの存在を否定しています。
言っていることは私たちの前世の日本の百年以上前なら通用した理屈。
以前サラ様が説明した『染み出す前世の知識や価値観』。
それを実感できる光景です。
「やめましょう、サラ様。この方たちにはいくら説明しても無駄です」
怒りを抑え声を荒げないように深呼吸して、私はできるだけ静かな口調で言いました。
「やっと、わかったわ。ミリアはあなたの真似をしていただけなのよ。自分が描いた理想に固執して、目の前にある相手の姿も心も見ようとしない!」
私はミリアの母親に向かって言いました。
「いくらミリアに当たっても現実は変わらないのに、みっともないこと! そんな妻をたしなめず同調する夫も、そんなバカ母の口車に乗って妹を下に見ている兄もみっともないことこの上ない!」
なんだと、と、ミリアの父と兄が大声を上げましたが、私たちの護衛として手練れの騎士も数名同行しているので、それ以上のことは何もできませんでした。
「サラ様、ご家族の了承を得るという目的は果たしたのだから帰りましょう」
私はサラ様に声をかけました。
サラ様はまだ戸惑っているみたいでしたが、これ以上の議論は無意味ということは理解されたみたいです。
「あなた方にとってミリアと縁が切れるの『良い』ことのようですが、ミリアにとってもあなた方と縁が切れるのは、とっても良いことでしょう。ではお元気で、さようなら」
捨て台詞のような言い方をして私はミリアの家族の家を出ました。
もしかしてミリアは、乙女ゲームのシナリオ通りに私や自分が王族の妃となれば、家族も見直してくれると、期待していたのかもしれない……。
そんな幻想にすがるしかないミリアの環境を、本当の意味では私は理解していませんでした。自分と同じ家族構成だから、境遇だから、自分の暖かい家族と同じような感情を持っているに違いない、と、勝手に思い込んでいました。
肝心のところを私は何もわかってなかったのです。
わかったうえでミリアと接していれば、今とは違った展開になったでしょうか?
それは言っても詮無いことですね。
ごめんね、ミリア。
応援ありがとうございます!
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