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第24話 おぼろげな記憶

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「え、なになに? 二人は昔の知り合い?」

 サラ会長が質問を挟みました。

 そうみたいです、と、私が答えると、世間は狭いな、と、感心されました。

「鳥の名はどこかで霊感を受けまだ発見されていない鳥の姿と名が浮かんだのかもしれませんよ。先生は変わり者でね。将来は駐屯騎士団に併設するうちの研究施設に勤めて新種の生物や魔物を発見するのが夢なんだそうだ。駐屯騎士団は魔物を倒すためにあって新発見が目的じゃないし、研究所も魔物を効率よく倒すための武器や魔法技術を発明するための施設なのにさ」

 サラ会長が説明をしました。

「とりあえず、杖の件はリーニャがあえて犯人捜しを望まないのなら、しばらく様子見ということにしましょう。それでいい?」
 立て続けにサラ会長が言います。

 私がうなづいたので先生の依頼の件は決着しました。

 先生と一緒に部屋を出ようとすると、
「まだ相談したいことがあるから、リーニャは残ってくれるかな?」
 サラ会長が打診し私は了承しました。

「そうかい、なら、あまり遅くならないように」

 先生はそう言い残して部屋を後にしました。

 なんだか余韻に浸る間もなく、思い出話もあわただしく終わりました。
 朱鷺色という語のおかげで私は少しだけ自分の髪色が好きになったのです。
 そんな先生への感謝は機会があれば改めて伝えたいです。

「もしかしたら、君も気づいたかもしれないが、彼は多分日本で生きた前世を持っている」
 先生が去ったのを確認するとサラ様は言いました。
「やはりそうですか」
 私も同意しました。
「彼は私たちのように明確に記憶を持っているわけじゃないけど、たまにぽろっと日本で生きていたとしか思えないような知識を漏らすことがある。それで本人自身もよく混乱することがあるみたいだから、話を早く終わらせて返したんだけどね」
「なるほど」
「そういう人は多いみたいなんだ。彼のように鳥などの知識が染み出る分にはまだ可愛げがある。でも人によってはここでは合わない古臭い『常識』にとらわれた人間もいるから始末に悪い」
「……?」
「跡目相続なんか特にそうさ。わが国では長子相続が常識となっているけど、長子が女子だった場合、フリーダ女王以前の事例を持ち出して下の男子に継がせるよう主張する輩がいる。まあ、相続において利益の享受にかかわる面々がそれを言うのはまだ理解できるが、自分には関係ないくせにその基準にのっとって他人の家の相続に口を出す輩もいる、貴族社会じゃわりと多い話さ」

 あれ?
 サラ様の説明で今誰かの顔が思い浮かびそうになったのだけど……?

「これも、昔の日本や世界各国の王侯貴族などが男子相続が基本だったのを考えると、説明できるのだけど……」

 誰だったかしら?
 跡を継ぐべきは男のほうなのに、女のほうが優秀でも意味ないって人?
 もうちょっとで出てきそうなのにわからない……。

「私が言いたかったのは、前世で身につけた知識や感覚はけっこう根深いってこと。先生の場合、思い入れのある知識だったんだろうな。これが前世をきっちり覚えていて思い入れのある場合…」

「ミリアのことですか?」

 サラ会長が言及したい人物がなんとなくわかったので私は答えました。

 さっきまで引っかかっていたのが、ミリアの母親だということも思い至りました。
 魔力持ちの一代男爵のもと、長男が同じく魔力持ちで家名を継ぐことができる、と、いうのが、彼女にとっての理想の形だったのでしょう。
 でも現実は違い、あの人はその責任をミリアに全部おっかぶせて、まるでミリアが兄の恩寵を奪い取ったかのようにいつも言っていました。
 そんなわけないのに……。

「ああ、いくら日本で生きた可能性があるとはいえ、記憶のない先生に乙女ゲームのことは話せなかったが、君の杖を壊せる能力と機会のあった人間なら一人だけいる。それがミリア・プレデュスさ」

 私は息をのみました。

「パート1の断罪イベントでは、これまでの悪行を追及された悪役令嬢が隠し持っていた新入生用の小さな杖で魔法を使い、場を混乱させた隙に逃げようとするんだ。その意図をヒロインの友人が察知して、あらかじめ魔力を込めると壊れるように細工するというエピソードがある」
「悪役令嬢がフェリシアで、ヒロインの友人がミリアですか?」
「たぶんね。やり方はさっき説明した通りで、ゲームストーリーにもあるから彼女なら知っていただろう。しかも、彼女はすべての属性が同じ値という稀有な素質の持ち主だから能力的にも問題がない」
「でも、どうしてミリアが私の杖を?」
「しいてあげるなら、フェリシアを悪役令嬢に仕立て上げるためかな?」

 会長の推測は正直言ってショックです。
 でもつじつまは合っています。

「私が危惧しているのはミリアの強い思い込み、それともう一つ『ゲームの強制力』だ。それぞれの人間がどれだけ、ゲームとは違う性格と意思を持っていても、別の形で起こるべき事件が起こってしまうというやつさ。そんなものがあるかどうかもわからないし、思い過ごしならそれに越したことはないけど」
「ゲームの強制力のせいでミリアが強くこだわっているってことはあり得ますか?」
「いや、強制力に人の心を操作できるほどの力あるなら、ミリアではなくまず君がやられているだろう。でも、全くないとは言い切れないから警戒しておくに越したことはない」

 警戒するって言っても具体的にどうやって?

「強制力があると仮定したなら、次に君に起こるであろうトラブルは『制服をずたずたに破かれる』とか『階段から突き落とされる』だろうな」

「どっちも困ります! 怖いです!」

 制服は無料で支給された一着だけだし、階段落ちなんて下手すりゃ命に係わる!

「それで提案だ、これをつかってみないか?」

 サラ会長はアトマイザー型の小さな小瓶を出してきました。

「これは?」
「現在うちで開発中の魔法薬。効果も安全性も実験済で問題はないが、実践ではまだ使ったことがない代物さ」
「どんな効果が?」
「まあ、見てて」

 サラ会長はハンカチを取り出しアトマイザーでその薬を吹きかけました。

「このハンカチを折りたたんでも、くしゃくしゃにしても、何でもいいから何かしてみて」

 会長は私にハンカチを差し出しました。

 理由はわからないまま、私は受け取ったハンカチを折りたたんだりし、また会長に返しました。
 
「じゃ、見てて」

 会長が魔力の光を当てると、先ほどの私の姿が浮かび上がりました。

 私が驚いていると、会長は、
「物体に残る残留思念を読み解くのを、確か日本でも『サイコメトリー』と言っていたよね。それを可視化できる薬品なんだ」
 と、説明してくださいました。

「これを制服をはじめ、君の持ち物にふりかけてくれれば、何か良からぬことをされた場合に犯人をすぐ特定できる。効果は一か月ほど持続するからそれで様子を見るっていうのはどうだろう?」

 乙女ゲーム対策というより、新しい魔法薬の臨床試験に使われている感が無きにしも非ずですが、私は了承しました。そして話し合いが終わった矢先、再び受付嬢が部屋に入ってきてサラ会長に何やら耳打ちしました。

「今日は千客万来だな」

 サラ様はつぶやきながら立ち上がりました。
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