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ゼノウのお話 その二
しおりを挟む「悪い、イヴァン。待たせたな。飯どこいく?」
ハルを無事レオのところまで送り届け、いらない惚気攻撃を躱し、急いで詰所に戻る。
先日もらった大隊長用居室の扉を開けると、イヴァンが窓の外を眺めながら待っていた。
「ハルはもういいのか?」
「あぁ、レオのところに送ってきたから心配ない。」
「・・・・ゼノウは、よかったのか?」
イヴァンにしては脈絡のない質問に対し、ゼノウは首をかしげる。
「なにが?」
「ハルだ。気に入っていただろう?」
「まぁ、気に入ってはいるが。それがどうした?
そんなことより早く飯に行こう。新人の休憩時間と被ると混むぞ。」
「・・・・その前にゼノウ、言っておくことがある。」
その真剣な声にゼノウは剣呑な気配を感じ、佇まいを正す。
「改まってどうした?なんかあったのか?」
イヴァンは少し言い淀んだあと、決心したように口を開いた。
「・・・・・・・・騎士を止めようと思う。」
「・・・・・・・・・・・・はっ?」
想定外のイヴァンの発言にゼノウは大いに狼狽した。
「本気か?理由は?」
「・・・・・・・・結婚、しようと思っている。
南端のバークスという領地を治めるアスラン卿から婚約の打診が来た。
随分と迷ったんだが、ここらが潮時だと思ってな。
アスラン卿はアルファだが、オメガの匂いが感じ取れない質だし、私みたいなものでも構わないと言ってくれている。」
いつも人と話す時は目を見るイヴァンが、珍しくゼノウから視線を逸らしている。
ゼノウにはそれが気に食わない。
「イヴァン、こっち見ろ。」
イヴァンの頬を鷲掴み、無理やり自分の方へと向かせた。
イヴァンの澄み渡るような碧眼は、後ろの窓に見える空と同じ色だ。
その美しい瞳を真っ直ぐ捉える。
イヴァンも観念したかのようにゼノウと視線を交わした。
「・・・・俺を捨てるのか?」
「はぁ?」
怫然としたゼノウの言葉に今度はイヴァンがまぬけな声をあげる。
それに対し、ゼノウはさらに怒りのボルテージを上げた。
「だから!俺を捨てるのか?と聞いている!」
「いや・・・・捨てない、というか元々ゼノウは私のものではないだろう。」
「はぁ?何言ってる。」
「いや、私のセリフなんだが。なぜ私がおかしいみたいになっているんだ。」
納得いかないような顔でイヴァンは眉根を寄せた。
「10歳のときに言っただろう。『もし俺がお前に勝てたら俺の番になれよ』って。
まさか忘れたのか?」
「いや、覚えてる・・・・が、子供の時の約束だし有効とは思っていなかった。
それに・・・・ゼノウが覚えてるとも思ってなかった。」
イヴァンは片時だってこの約束を忘れたことがない。
これを言われた時、純粋に喜びで胸がいっぱいだった。
イヴァンはこの頃にはすでにゼノウに恋心を抱いていたのだから。
「覚えてるに決まってるだろ。あんなこと言ったせいでこんな歳までお前に勝つことができなかったんだから。
勝ったらイヴァンを番にできると思ったら、やけに緊張して本領発揮できなかったんだ。」
・・・・15年来の謎が解けた。
イヴァンとの試合のときだけなぜかゼノウの動きが悪いと思っていた。
一時期、イヴァンを番にしたくないばかりにワザとやっているのでは?と疑心に陥ったこともあるが、試合後のゼノウの悔しがり方が尋常ではないためその説はそうそうに消去していたのだ。
まさかその逆だったとは・・・・。
「・・・・ふっ、ふふっ。まさかそんな理由だったとは。」
「笑うなよ。くそっ、可愛いな。怒るに怒れないだろ。」
思わず笑ってしまったイヴァンに対し、ゼノウは顔を赤くした。
しかし、吐かれたゼノウの言葉によってイヴァンもまた赤面することになる。
「私はてっきりゼノウはハルのことが好きなんだと思っていた。」
「いや、まぁ、イヴァンと重ねちまって少し構いすぎた自覚はある。
でもお前に対する好きとは全く別物だ。
誤解させたなら悪かった。」
照れ隠しなのか少しむくれた様子でそんなことを言うゼノウが愛おしい。
「あーー、まぁ・・・・じゃあ、誤解も解けたし、試合にも勝ったことだし、その・・・・キスしていいか?」
「もちろんだ。私もしたい。」
イヴァンが頬を染めながら答えるので、ゼノウはもう堪らない気持ちになる。
ゼノウのスイッチが一気に切り替わったことにイヴァンはすぐに気がついた。
ゼノウの試合中の鬼気迫る顔も堪らないが、自身を求めてくれるこの色気を滲ませた男臭い顔もまた堪らない。
ゾクゾクする。
ずっと見ていたいと思いつつも、イヴァンは自然と目を閉じた。
「チュッ、クチュッ」
触れる程度の優しいキスは、意外なほど柔らかいゼノウの唇の感触をより鮮明に味わうことができる。
一度角度を変えただけで離れた唇。
子供の戯れみたいな拙いキスだったが、ゼノウもイヴァンもとても満たされた気分だった。
「イヴァン、好きだ。」
「私も好きだよ。」
「婚約の話、断ってくれるよな?」
「ふふっ、ゼノウが私を望んでくれるなら勿論断るよ。」
二人はおでこをコツンと合わせると、幸せそうに微笑んだ。
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