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父親が横領の罪で捕まらなかったIFバージョン
第9話 時間をくれ
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「まあー!!とても可愛らしいお嬢さんね!ねえあなた。」
男らしく(?)先に侯爵夫妻への挨拶をすることに決めたイルゼは、夫人のマチルダから予想外の歓迎を受けていた。
頬を染めて興奮した様子から、社交辞令や嫌味などではなく、本当に歓迎しているのだと伝わってくる。
「可愛らしいけど・・・・カッコいいわ!細いのにしなやかで力強いの。芯がスーッと通っているみたい。」
イルゼの目の前まで近づいてきて、目をキラキラさせている。今にも触り出しそうだが、そこはグッとこらえているようだ。
「す、すまないイルゼ。母は俺と好みが似てて・・・。」
「・・・・・!」
母親がイルゼを触り出さないようにだろうか?さり気なく母親のすぐ横に立っていつでもフォローできるように目を光らせているユージーンが、どさくさ紛れにサラリと何か変な事を言った気がする。
侯爵夫妻の前で何を言い出すんだ!と思って思わずユージーンの顔を見るが、本人は母親の行動に注視していて、こちらの視線に気が付かない。
まさか無意識での発言なのだろうか。
「こらこら、あまりイルゼさんを困らせるな。」
対して侯爵は冷静だった。イルゼに対して好感を持っているのか、それとも嫌悪を感じているのか。
表情からはうかがい知れない。
穏やかな笑顔が読みにくかった。
「ユージーンがお世話になっているね。騎士学校時代から、手紙には君の事ばかり書かれていたよ。お陰でうちの者は皆君のファンだ。今日は庭を見に来たんだろう?ゆっくりしていきなさい。」
「はい。ありがとうございます。」
陽が落ちないうちにと、庭へ出る。
王都の中心だと言うのに、侯爵家の庭は広大だった。
きっと領地の屋敷はこれの比ではないのだろう。
「わーすごい。美しいな。」
バラ園は本当にすばらしかった。
まず見渡す限りのバラが咲き乱れている様子に感動する。
色とりどりのバラの色と、緑色が、中央にある噴水に反射して輝いている。
近づいてよく見ると、イルゼが想像していたのは赤い色の、濃くてよく見る形のもの以外にも色んなものがあることに気が付いた。花弁が何層にも重なったフワフワの物、白や黄色やオレンジのもの。花びらが少なくバラに見えないようなものまで。
「ここは夢の国なのか?見た事がないバラが沢山ある。」
「ハハハ。庭師が喜ぶな。色々と掛け合わせて遊んでいるらしい。見事な庭を造るので、余計な指示は出さないで自由にやらせていたらこうなったと、母上が言っていた。」
イルゼが剣技が好きなように、きっとその庭師は、草花の事がとても好きなのだろう。
奥の方に東屋があり、あんな場所で一度お茶を飲んでみたいと思っていたら、メイドさんたちが丁度お茶の支度をしているではないか。
「お茶の準備ができそうだ。行こう。」
「え!私が行っていいのか。」
「当然だろう。俺の客だぞ。」
ユージーンにエスコートされて、東屋にあるテーブルの椅子に座る。
出されたお茶には、薔薇の花弁が浮かんでいた。
「いい匂い。」
「食用の薔薇だから食べても大丈夫だぞ。」
「本当か!」
何事も物は試しだと、一枚パクリとやると、美味しくはないが口の中に薔薇の香りが広がった。
「・・・・・まあ本当に食べた者はいないが。」
「なんだと?」
食べた後のユージーンの裏切りに、思わず声に怒気が混ざる。
「いやッ、俺は食べた。食べられる、大丈夫。客で食べた者がいないだけだ。」
焦った様子のユージーンに機嫌を直す。
実は本当に怒った訳でなく、怒ったふりをしただけだ。
素晴らしい景色の前で喧嘩など、もったいない。
ユージーンもそれが分かっているのか、冗談めかして弁解している。
お茶うけは、なんとケーキだった。
一体どんな技術なのだろう。イルゼが食べた事がないぐらい柔らかかった。甘いのにいくらでも食べられそうだ。
「まるでお姫様になったみたいだな。」
少し照れ臭くて、言うかどうか迷ったけれど、言葉に出してみる。
イルゼは剣技が好きなだけで、花もケーキもお菓子も好きで、ドレスを着たお姫様に憧れたこともあるのだ。
ユージーンはバカにすることなく、微笑んでイルゼを見つめていた。
「イヤだ。せっかくお茶をしようと思ったのに、先を越されてしまったわ。確か平民のお嬢さんだったかしら。」
後ろから突如掛けられたそんな声に、イルゼの金縛りが解けた。
ユージーンから目を逸らせなくて、動けなくて、しばらくの間見つめ合っていたようだ。
とても長い時間に感じたが、実際には一瞬の出来事だった。
先ほどから人の気配が近づいてきているのは感じていたが、使用人かなにかだと思っていた。
振り返ると、豪華なドレスに身を包んだ貴族の若い女性が立っていた。
確かフェルクス侯爵家に娘はいないはず。親戚か、それとも最近結婚したと言う嫡男カーティスの・・・・。
「義姉上。お久しぶりですね。」
「ごきげんよう、ユージーン。」
どうやら、ユージーンの兄の夫人のようだ。最近結婚したばかりで、イルゼ達とそう年齢も変わらない。
イルゼよりも背が低く、折れてしまいそうなぐらい華奢で、金色のクルクル巻き毛がとても可愛い。
「あなた、ユージーンに言い寄られて舞い上がっているらしいけれど、よく考えてね。私、平民出身の義妹ができるなんて嫌なの。侯爵家に入るのは大変なのよ。伯爵家出身の私ですらすごく苦労しているのよ。」
「すいませんが義姉上・・・。」
止めようとしたユージーンの言葉を、大丈夫と軽く手を上げて制する。
なおも口を開こうとするユージーンに、本当に大丈夫とばかりにニコリと笑った。
「そうなんですね。」
「そう。すっごく大変なの。伯爵家だったら、下位貴族相手に威張っていれば良かったけれど、高位貴族の集まりに行くともう大変。あの人たち、下位貴族の事なんてどうでも良いのよ。平民何て同じ人間とも思っていないわ。あなたなんて、ユージーンと結婚したらとんでもない目に遭うわよ。今のうちにさっさと諦めるのね。・・・・ヤダあなた何ニヤニヤしているのよ。」
言われて気が付いたが、イルゼはニコニコしていた(ニヤニヤではないと思いたい)。
「いえ、可愛いなーと思って。」
小さくて可愛い貴族のお姫様。
可愛いなーと思いながら見てしまっていた。
「な・・・な・・・なによ!ちょっとおかしいんじゃない!?もう知らない!私は忠告しましたからね!」
そう言うと、プンプンしながらその女性は去って行った。
少し頬が赤かったかもしれない。
お茶しようと思ったと言う割には、メイドも連れていないし、お茶の準備もしていない。
イルゼに会いにきたのだろう。
「すまない、イルゼ。根っからの悪い人ではないんだが、ああいう言い方をするところがある人で。」
「構わないよ、ユージーン。」
まさか本当にユージーンと結婚するなどと思っていないイルゼは、女性の話を「うんうん、そうだよねー。」と思いながら聞いていた。
「あの態度は失礼だ。兄上にも言っておく。」
「本当に大丈夫なんだが・・・。」
小動物のように可愛い人という以外にも、イルゼは本気で嫌な気がしなかった。
「まあ言い方はともかく、話の内容だけを聞くと、本気で忠告してくれているようだったし。」
「・・・そうは思えないが。それに高位貴族はあの人が言ったように、下位貴族をどうでも良いと思っているだとか、そういうことはないと思うぞ。」
「うん。そうなんだろうな。」
ユージーンの態度を見ていれば分かる。騎士学校では下位貴族にも、平民にも同じ目線で平等に接していた。
ユージーンが侯爵令息だなんて、忘れていたぐらいだった。
友人のギルも貴族だが確か子爵令息だったか。
そのギルも、平民出身者にもとても優しかった。
ユージーンの周りはそうなんだろう。
でもきっと、先ほどの女性の言った事も嘘ではない。
―――――そんな世界も、きっとある。
「ユージーン。私もあの女性に賛成なんだ。私が侯爵家に入るなんて、想像もつかない。君が求婚してくれて、とても嬉しかったけれど・・・それは君と友人のように仲良くなれた嬉しさだったみたいだ。」
「・・・・・・。」
「正式に、お断りさせていただくよ。今までありがとう。」
本当に、あの女性が言ったように、舞い上がってしまっていたみたいだ。
素敵な騎士にパーティーに誘われて、一緒に踊って、求婚されて。
一緒に食事をしたり、冗談を言い合ったり、全力で戦ったり。楽しくて仕方がなかった。
最初は突然の求婚に動揺して、断りそびれて。
でもその後何週間も、断らなかったのはなぜだろうか。
―――――イルゼはその理由は、深く考えないようにした。
「・・・・本当に、俺の周りで出身を気にするような奴はいないし、母上だって君の事を気に入った様子だった。何かあっても必ず・・・。」
「それは嬉しいけれど。」
イルゼは、決意が鈍らないようにと、ユージーンの言葉を遮った。
「君の事を、まだ恋愛として、好きとは思っていない。本気で好きなら、身分差がどうであろうと、努力をするかもしれないし、君が守ってくれたらありがたいのかもしれないけれど。」
「本気で、お前が俺のことを好きだったら、侯爵家だとか身分だとかは気にしないのか?」
「そうかもしれない。でもまだ好きでもないのに、わざわざ大変な道を選ぶこともないだろう?」
「・・・・・・・・・・。」
ユージーンはその後、しばらく無言で、何かを考えている様子だった。
イルゼはしばらく待っていたが、段々と陽も落ちてきてしまった。
「さて。じゃあそろそろ帰ろうか。ウサギと馬は見たかったけれど、夕飯までには戻りたい。」
「時間をくれ。」
「うん?まあ少しなら。あと30分くらいなら余裕があるかな。」
「もう少し、時間をくれ。お前以外に考えられない。まだまともに話すようになってから、いくらも経っていない。俺もお前とよく話すようになって、友人として過ごせるようになって、とても嬉しくて、楽しいんだ。だからもうちょっと、断るのを待って欲しい。1年で良い。」
「1年て・・・・・長いだろ。侯爵令息がそんな悠長なことを言っていて良いのか。」
「問題ない。もう少しチャンスをくれ。」
「困るよ。」
「じゃあ半年。」
「時間の問題じゃなくて。・・・頭を上げてくれ。そんな侯爵令息が軽々しく下げるものではないだろう。」
「3か月で良い!頼む。」
「・・・・・じゃあ、3か月。」
その日は、残り30分で急ぎ足で厩舎を見せてもらい、ウサギを少し撫でさせてもらったら、フェルクス家の馬車で騎士寮まで送ってもらった。
侯爵家の庭の滞在時間は少なくて、もっとゆっくり見てみたい場所はたくさんあったが、ここに来ることはもうないだろうと、イルゼは思った。
男らしく(?)先に侯爵夫妻への挨拶をすることに決めたイルゼは、夫人のマチルダから予想外の歓迎を受けていた。
頬を染めて興奮した様子から、社交辞令や嫌味などではなく、本当に歓迎しているのだと伝わってくる。
「可愛らしいけど・・・・カッコいいわ!細いのにしなやかで力強いの。芯がスーッと通っているみたい。」
イルゼの目の前まで近づいてきて、目をキラキラさせている。今にも触り出しそうだが、そこはグッとこらえているようだ。
「す、すまないイルゼ。母は俺と好みが似てて・・・。」
「・・・・・!」
母親がイルゼを触り出さないようにだろうか?さり気なく母親のすぐ横に立っていつでもフォローできるように目を光らせているユージーンが、どさくさ紛れにサラリと何か変な事を言った気がする。
侯爵夫妻の前で何を言い出すんだ!と思って思わずユージーンの顔を見るが、本人は母親の行動に注視していて、こちらの視線に気が付かない。
まさか無意識での発言なのだろうか。
「こらこら、あまりイルゼさんを困らせるな。」
対して侯爵は冷静だった。イルゼに対して好感を持っているのか、それとも嫌悪を感じているのか。
表情からはうかがい知れない。
穏やかな笑顔が読みにくかった。
「ユージーンがお世話になっているね。騎士学校時代から、手紙には君の事ばかり書かれていたよ。お陰でうちの者は皆君のファンだ。今日は庭を見に来たんだろう?ゆっくりしていきなさい。」
「はい。ありがとうございます。」
陽が落ちないうちにと、庭へ出る。
王都の中心だと言うのに、侯爵家の庭は広大だった。
きっと領地の屋敷はこれの比ではないのだろう。
「わーすごい。美しいな。」
バラ園は本当にすばらしかった。
まず見渡す限りのバラが咲き乱れている様子に感動する。
色とりどりのバラの色と、緑色が、中央にある噴水に反射して輝いている。
近づいてよく見ると、イルゼが想像していたのは赤い色の、濃くてよく見る形のもの以外にも色んなものがあることに気が付いた。花弁が何層にも重なったフワフワの物、白や黄色やオレンジのもの。花びらが少なくバラに見えないようなものまで。
「ここは夢の国なのか?見た事がないバラが沢山ある。」
「ハハハ。庭師が喜ぶな。色々と掛け合わせて遊んでいるらしい。見事な庭を造るので、余計な指示は出さないで自由にやらせていたらこうなったと、母上が言っていた。」
イルゼが剣技が好きなように、きっとその庭師は、草花の事がとても好きなのだろう。
奥の方に東屋があり、あんな場所で一度お茶を飲んでみたいと思っていたら、メイドさんたちが丁度お茶の支度をしているではないか。
「お茶の準備ができそうだ。行こう。」
「え!私が行っていいのか。」
「当然だろう。俺の客だぞ。」
ユージーンにエスコートされて、東屋にあるテーブルの椅子に座る。
出されたお茶には、薔薇の花弁が浮かんでいた。
「いい匂い。」
「食用の薔薇だから食べても大丈夫だぞ。」
「本当か!」
何事も物は試しだと、一枚パクリとやると、美味しくはないが口の中に薔薇の香りが広がった。
「・・・・・まあ本当に食べた者はいないが。」
「なんだと?」
食べた後のユージーンの裏切りに、思わず声に怒気が混ざる。
「いやッ、俺は食べた。食べられる、大丈夫。客で食べた者がいないだけだ。」
焦った様子のユージーンに機嫌を直す。
実は本当に怒った訳でなく、怒ったふりをしただけだ。
素晴らしい景色の前で喧嘩など、もったいない。
ユージーンもそれが分かっているのか、冗談めかして弁解している。
お茶うけは、なんとケーキだった。
一体どんな技術なのだろう。イルゼが食べた事がないぐらい柔らかかった。甘いのにいくらでも食べられそうだ。
「まるでお姫様になったみたいだな。」
少し照れ臭くて、言うかどうか迷ったけれど、言葉に出してみる。
イルゼは剣技が好きなだけで、花もケーキもお菓子も好きで、ドレスを着たお姫様に憧れたこともあるのだ。
ユージーンはバカにすることなく、微笑んでイルゼを見つめていた。
「イヤだ。せっかくお茶をしようと思ったのに、先を越されてしまったわ。確か平民のお嬢さんだったかしら。」
後ろから突如掛けられたそんな声に、イルゼの金縛りが解けた。
ユージーンから目を逸らせなくて、動けなくて、しばらくの間見つめ合っていたようだ。
とても長い時間に感じたが、実際には一瞬の出来事だった。
先ほどから人の気配が近づいてきているのは感じていたが、使用人かなにかだと思っていた。
振り返ると、豪華なドレスに身を包んだ貴族の若い女性が立っていた。
確かフェルクス侯爵家に娘はいないはず。親戚か、それとも最近結婚したと言う嫡男カーティスの・・・・。
「義姉上。お久しぶりですね。」
「ごきげんよう、ユージーン。」
どうやら、ユージーンの兄の夫人のようだ。最近結婚したばかりで、イルゼ達とそう年齢も変わらない。
イルゼよりも背が低く、折れてしまいそうなぐらい華奢で、金色のクルクル巻き毛がとても可愛い。
「あなた、ユージーンに言い寄られて舞い上がっているらしいけれど、よく考えてね。私、平民出身の義妹ができるなんて嫌なの。侯爵家に入るのは大変なのよ。伯爵家出身の私ですらすごく苦労しているのよ。」
「すいませんが義姉上・・・。」
止めようとしたユージーンの言葉を、大丈夫と軽く手を上げて制する。
なおも口を開こうとするユージーンに、本当に大丈夫とばかりにニコリと笑った。
「そうなんですね。」
「そう。すっごく大変なの。伯爵家だったら、下位貴族相手に威張っていれば良かったけれど、高位貴族の集まりに行くともう大変。あの人たち、下位貴族の事なんてどうでも良いのよ。平民何て同じ人間とも思っていないわ。あなたなんて、ユージーンと結婚したらとんでもない目に遭うわよ。今のうちにさっさと諦めるのね。・・・・ヤダあなた何ニヤニヤしているのよ。」
言われて気が付いたが、イルゼはニコニコしていた(ニヤニヤではないと思いたい)。
「いえ、可愛いなーと思って。」
小さくて可愛い貴族のお姫様。
可愛いなーと思いながら見てしまっていた。
「な・・・な・・・なによ!ちょっとおかしいんじゃない!?もう知らない!私は忠告しましたからね!」
そう言うと、プンプンしながらその女性は去って行った。
少し頬が赤かったかもしれない。
お茶しようと思ったと言う割には、メイドも連れていないし、お茶の準備もしていない。
イルゼに会いにきたのだろう。
「すまない、イルゼ。根っからの悪い人ではないんだが、ああいう言い方をするところがある人で。」
「構わないよ、ユージーン。」
まさか本当にユージーンと結婚するなどと思っていないイルゼは、女性の話を「うんうん、そうだよねー。」と思いながら聞いていた。
「あの態度は失礼だ。兄上にも言っておく。」
「本当に大丈夫なんだが・・・。」
小動物のように可愛い人という以外にも、イルゼは本気で嫌な気がしなかった。
「まあ言い方はともかく、話の内容だけを聞くと、本気で忠告してくれているようだったし。」
「・・・そうは思えないが。それに高位貴族はあの人が言ったように、下位貴族をどうでも良いと思っているだとか、そういうことはないと思うぞ。」
「うん。そうなんだろうな。」
ユージーンの態度を見ていれば分かる。騎士学校では下位貴族にも、平民にも同じ目線で平等に接していた。
ユージーンが侯爵令息だなんて、忘れていたぐらいだった。
友人のギルも貴族だが確か子爵令息だったか。
そのギルも、平民出身者にもとても優しかった。
ユージーンの周りはそうなんだろう。
でもきっと、先ほどの女性の言った事も嘘ではない。
―――――そんな世界も、きっとある。
「ユージーン。私もあの女性に賛成なんだ。私が侯爵家に入るなんて、想像もつかない。君が求婚してくれて、とても嬉しかったけれど・・・それは君と友人のように仲良くなれた嬉しさだったみたいだ。」
「・・・・・・。」
「正式に、お断りさせていただくよ。今までありがとう。」
本当に、あの女性が言ったように、舞い上がってしまっていたみたいだ。
素敵な騎士にパーティーに誘われて、一緒に踊って、求婚されて。
一緒に食事をしたり、冗談を言い合ったり、全力で戦ったり。楽しくて仕方がなかった。
最初は突然の求婚に動揺して、断りそびれて。
でもその後何週間も、断らなかったのはなぜだろうか。
―――――イルゼはその理由は、深く考えないようにした。
「・・・・本当に、俺の周りで出身を気にするような奴はいないし、母上だって君の事を気に入った様子だった。何かあっても必ず・・・。」
「それは嬉しいけれど。」
イルゼは、決意が鈍らないようにと、ユージーンの言葉を遮った。
「君の事を、まだ恋愛として、好きとは思っていない。本気で好きなら、身分差がどうであろうと、努力をするかもしれないし、君が守ってくれたらありがたいのかもしれないけれど。」
「本気で、お前が俺のことを好きだったら、侯爵家だとか身分だとかは気にしないのか?」
「そうかもしれない。でもまだ好きでもないのに、わざわざ大変な道を選ぶこともないだろう?」
「・・・・・・・・・・。」
ユージーンはその後、しばらく無言で、何かを考えている様子だった。
イルゼはしばらく待っていたが、段々と陽も落ちてきてしまった。
「さて。じゃあそろそろ帰ろうか。ウサギと馬は見たかったけれど、夕飯までには戻りたい。」
「時間をくれ。」
「うん?まあ少しなら。あと30分くらいなら余裕があるかな。」
「もう少し、時間をくれ。お前以外に考えられない。まだまともに話すようになってから、いくらも経っていない。俺もお前とよく話すようになって、友人として過ごせるようになって、とても嬉しくて、楽しいんだ。だからもうちょっと、断るのを待って欲しい。1年で良い。」
「1年て・・・・・長いだろ。侯爵令息がそんな悠長なことを言っていて良いのか。」
「問題ない。もう少しチャンスをくれ。」
「困るよ。」
「じゃあ半年。」
「時間の問題じゃなくて。・・・頭を上げてくれ。そんな侯爵令息が軽々しく下げるものではないだろう。」
「3か月で良い!頼む。」
「・・・・・じゃあ、3か月。」
その日は、残り30分で急ぎ足で厩舎を見せてもらい、ウサギを少し撫でさせてもらったら、フェルクス家の馬車で騎士寮まで送ってもらった。
侯爵家の庭の滞在時間は少なくて、もっとゆっくり見てみたい場所はたくさんあったが、ここに来ることはもうないだろうと、イルゼは思った。
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