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第二章 王都
この世界の私に
しおりを挟む私を養子にすると高らかに宣言してからの、テレーサさんの動きは早かった。
レオニダスとアルベルトさんにしれっと伝えた後、飲み込めない二人を放置してさっさと準備を進めた。
私のことを使用人や護衛のみんなに伝えて、王都にいる間は暫くテレーサさんの屋敷に移り貴族の教育を受けること、バルテンシュタッドには一緒に帰ることをみんなと共有した。
みんな妙に納得したような表情で頷いてみせ、ビル、フィンとローザは、やっと収まるところに収まったと感慨深げに頷いていた。どういう意味?
有難いのは、だからと言ってみんなの態度が変わるわけじゃないこと。ナガセ、と呼んでくれるし今までと同じ口調で軽口も叩く。
エーリクも変わらず私に色々教えてくれて、一緒に昼食を取ったりお出掛けもしてる。
従者ではなく女性としての服やドレス、小物を揃え、テレーサさんのお屋敷に行く準備を進めているうちに、やっと事態を飲み込んだアルベルトさんが「ナガセが僕の義妹になる!」と喜んでくれた。
レオニダスは喜んでくれたけど、私がテレーサさんのお屋敷に移ることに凄く抵抗していた。暫く二人は毎日のように言い合っていたけど、言い含められたのか抵抗を諦めたのか、結局テレーサさんには敵わず。
その後は私もレオニダスも急に忙しくなってしまって、中々ゆっくり話す機会がないままテレーサさんのお屋敷に移り、数日が経ってしまった。
今日はテレーサさんと一緒に王都中心部にあるお役所に養子縁組の手続きをしに来た。
仕組みはよく分からないけど、必要な書類は全てテレーサさんの旦那さん……ジョストさんが用意してくれた。王城で文官として勤務しているらしく多忙な人であまり帰宅する事もないらしい。
ちなみに私はまだ会っていない。
え、会ってない人が養父になるとか大丈夫なのかな?
テレーサさんは笑って気にするなと言っていたけど、うん?いいのかな?挨拶とか何もしてないのに、急にぽっと出の私が義理の娘とか。
歳も結構いってますけどね?
アルベルトさんが今日は特別な日だからと、一緒に来てくれた。
石造りの重厚な建物の入り口を見た瞬間から、よく分からないけどすごく緊張していた私を宥めるようにアルベルトさんが優しく背中を撫でてくれて。
私の名前を記入して担当の人に書類を出せば、あっさりと受理されて手続きは完了した。
そして私は、この世界で名前を得た。
ナガセ・カレン・バーデンシュタイン。
私は、この世界のわたしになった。
ナガセをファーストネームにしたのは、もうみんなに馴染んでいるから。カレンは、私の特別な名前だから、普通は呼ばれないミドルネームにした。
カレンという名を聞いて、アルベルトさんは何故か少し寂しそうな顔で笑って、可愛い名前だね、と頭を撫でてくれた。
テレーサさんもアルベルトさんも、私のことはこれからもナガセと呼ぶ。
「ようこそ、バーデンシュタイン家へ」
テレーサさんはそう言って私を優しく抱き締めてくれる。
アルベルトさんも優しく抱き締めてくれて、名前と共に家族も得た私はなんだか感無量で、よろしくお願いします、と小さな声で言うのが精一杯で。
この人たちの優しさに胸が張り裂けそうだった。
手続きを終え、早々に屋敷に戻って来て一息入れる。
「待望の女の子が我が家にやって来たんだもの、顔見せも兼ねて久し振りに夜会を開かなければね」
テレーサさんは美しい所作でお茶を飲む。私もあんな風に出来るようになるかな。
「夜会」
「そうよ、我が家の可愛い娘を皆さんにお披露目しなくちゃ」
「母上、流石にその前には父上に紹介しないと不貞腐れてしまいますよ」
「ふふ、大丈夫よ、流石に家族水入らずの晩餐は考えているわ」
でも今日は、と言ってテレーサさんは私を立ち上がらせ侍女さんたちに指示を出した。
「ナガセの支度をお願いね」
「支度?」
「そうよ、綺麗にしてもらいましょう」
訳がわからないまま自室へ促される。
「ずっと我慢してきたんだもの、今日は譲ってあげるわ」
テレーサさんのそんなセリフに、アルベルトさんは声を上げて笑った。
* * *
それこそこれから夜会なのかな!? と思うくらい、侍女さんたちに凄く綺麗に飾ってもらった。
サンドブルーのドレスは深めのVネックで、背中も大きく開いている。総レースのドレスは今回は七分袖。前回より肌の露出があるのは少し暖かくなったからだろうか。
ピッタリと身体の線を拾う身頃はウエストで切り替え、細かなギャザーが寄ったスカートはボリュームを抑え裾に向けゆったりと広がっていく。
繊細なレースの重なりがシンプルなドレスをとても上質なものにしている。総レースは今シーズンの流行とのこと。
侍女さんたちがため息を吐きながらこのドレスの素晴らしさを褒め称えた。
部屋にノックの音が響き、テレーサさんが箱を手にやって来た。
「まあまあ、やっぱりオリビアのドレスは素晴らしいわね!」
テレーサさんが満足そうに頷きながら、私の周りを一周した。
「それにしてもちょっと……前回の悔しさを取り返そうとしているかのようなドレスね……素敵だけど」
何かぶつぶつ言っている。
「あの、これは……?」
サイズが私にピッタリだし、この繊細なレースも覚えがあってテレーサさんが用意してくれたのかと思ったのだけど。
「ザイラスブルク公が用意したのよ」
そしてこれも、と青い箱を開いて見せると、そこには白い天鵞絨の布に鎮座するサファイアのネックレスとピアス。
金色の繊細なチェーンに大粒の雫型のサファイアがひとつ付いた、シンプルなのにとても豪華な存在感を放つもの。
「え、これ」
「さあさあ、早速着けてみましょう」
テレーサさんは有無を言わさず私の後ろに回って、侍女さんに手伝ってもらいながらその大粒のネックレスを着けてくれた。
シンプルだけど、首の後ろからゴールドチェーンが二本長く伸び、腰の辺りで小さなサファイアの粒が揺れる。
ピアスは丸くカットされた飴玉のような大きなサファイアとゴールドの小さな粒が二つ付いているスタッドピアス。
私の髪型はショートヘアが中途半端に伸びて襟足が長くなっていた髪を、侍女さんたちが綺麗に顎のラインで切り揃えてくれて、ショートボブになっている。今日はその髪型を耳に掛けてピッタリとタイトにセットしただけなので、大粒のピアスがとても映える。
ドレスとかアクセサリーは、とても気分が良くなる。
姿見で全身を見て、綺麗にしてくれた侍女さんたちにお礼を言う。
本当にプロって凄い。
未だにお風呂を手伝われるのは慣れないけどね!
今回もやり切った感のある侍女さんたちは満足げに頬を上気させた。
コンコン、とノックの音が響く。
侍女さんが扉を開けると、そこにはレオニダスが立っていた。
「レオニダスさま!」
ああ、久しぶりのレオニダス! 本物!! 会いたかった!
たくさん話したい事があるのに、周りの女性陣の視線が恥ずかしくて俯いてしまった。飛び付きたい衝動をなんとか抑える。
俯いた視界が直ぐに覆われた。
「カレン」
レオニダスが背中に腕を回して優しく抱き締め、耳元でそっと名前を呼ぶ。もうそれだけで、私は顔が熱くなった。
「ザイラスブルク公、ほどほどにしてくださいね。折角綺麗にセットしたのだから」
「分かっている」
「まさか部屋まで迎えに来るなんて」
呆れた声でレオニダスを追って来たアルベルトさんが声を掛けた。
「ほら、お店を予約したんでしょ、楽しんでおいでよ」
お店?
顔を上げてレオニダスを見る。
私の好きな深い青の瞳が優しく細められ、するりと頬を撫でた。ボッと音が聞こえるんじゃないかと思うくらい顔が熱くなった。
もう絶対真っ赤だと思います! 甘いです! レオニダスさん!!
必ず今日中に送るようにとテレーサさんから何度も念を押され、私たちは馬車でお屋敷を出発した。
応援ありがとうございます!
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