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第二章 王都

王都イェッテンエルブ

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 王都まで、馬車で十日。

 途中、手配した宿に泊まったり、町がなければ野営をした。

 病み上がりの私に合わせているのかと申し訳なく思ったけれど、この馬車での移動は本当に大変で、段々傷が痛んでくる私は休み休み進めてくれる行程に心から感謝した。

 レオニダスとエーリク、私が乗る馬車が一台と、アンナさんと侍女のローザ、年若い従僕のビルとフィン、他に荷物を載せた馬車が四台。
 凄い大移動だなと思っていたら、どうやらこれでも連れて行く人も荷物も少ないらしい。連れて行く使用人が少なすぎるとヨアキムさんが文句を言っていたけど、向こうのテレーサさんと言う人に任せているとレオニダスは撥ねつけていた。

 使用人より護衛騎士達と一緒に来る王国軍、第一部隊の人達が多い。三十、四十人くらいいない?
 アルベルトさんは第一部隊の兵達と馬に乗っている。
 そして勿論、オッテとウルもついて来ている。賢い!

 野営と聞いて、キャンプ? と思ったけれど、そこはさすが王国軍。設営も手慣れたもので、建てられた天幕の中はまるでグランピングだった。ふかふかのベッドがあるしソファまで! え、どうやって?
 食事も野営に慣れた兵士の方が作るアウトドア料理!  みんなで食べる食事は本当に美味しかった。
 私はアンナさんとエーリクと同じ天幕で休む。

 この世界に来て誰かと一緒に夜を過ごすのが初めてで、私は浮かれてしまった。楽しい! 小さなピアノを持って来てもいいと言われたので、天幕では弾きたい放題、時々天幕の外から護衛の方が音楽に合わせて歌ってくれたりして、飽きる事なく移動を楽しんだ。



 王都に入ってからはずっと窓にへばり付いていた。

 王都イェッテンエルブ。

 王城を中心に、蜘蛛の巣状に城下町が拡がる。すぐ目の前に王城が見えるのに、ぐるぐると巡る道を行かなければ辿り着かない作りらしい。

 城門を潜ってまず目に飛び込むのはイェッテンエルブ城。

 ファンタジーの世界……!! エーリク、プルプル震えているのは寒いからではないよ、大丈夫! 気にしないで!

 幾つもの尖塔が空に伸び、その大きさからものすごい圧を感じる。
 凄い…! ドイツの古城のようなイメージを勝手に持っていたけれど、今、このお城に王族が暮らし国を動かしていると言う事実が、王城を現実感のある存在にしているのかもしれない。観光地のお城ではなく、今まさに呼吸をしている、生きた城だ。

 遠くで教会の鐘の音がする。
 ゴーンゴーンと幾つもの音が重なり合い、空を見上げると白い鳥が羽ばたいていった。
 人々の喧騒に馬車の行き交う音、食べ物の匂い、埃や水の匂い。
 王都の名に相応しく、あちらこちらに美麗な建造物が立ち並び、街行く人々も服装や雰囲気が違う。
 からりと晴れた空に響く鐘の音。生活の音。

 ああ私、今すっごくピアノが弾きたい。


 バルテンシュタッド(砦のある街の名前! 覚えた!)も十分規模は大きくて、辺境とは言え人も多くてお店も物も充実していた。

 けれど、ここは違う。
 見た事のない品物や商品が並んだお店がたくさんあって、他国との貿易が盛んだと教えてくれたロイトン先生の言葉通り活気のある都市だった。
 興奮する私にエーリクは丁寧に教えてくれて、そんな私たちをレオニダスは書類片手に時々笑って見ていた。



 * * *



「着いたぞ」

 ほぼ中心部にある煉瓦造りの大きなアパルトマンのような建物の前にある停車場で馬車が停まった。黒の鉄格子にバルテンシュタッドの紋章が模られている。

 ここが、今回滞在するタウンハウス。やっぱり貴族ってすごい……。

 思わずゴクリと喉を鳴らしてしまった。だって庶民だし。
 見上げると、うん、四階建の建物だね……えっと、横はどこまで続くのかな?

 ぼんやりしていると正面の大きく重そうな扉が開いて、中からそれはもう信じられないくらいキラキラした金髪の美しい淑女が現れた。え! 王妃さまデスカ?

「母上!」

 アルベルトさんがそう言ってサッと馬から降り、頬にキスをして挨拶する。

 母上! 母上って言った、今?

「テレーサ、すまないな、急に」

 世話になる、とレオニダスもアルベルトさんのお母様の頰に挨拶のキスをする。
 この方が、アルベルトさんのお母様でレオニダスの乳母のテレーサさん! すんごい美女!
 この子供にしてこの親あり! 逆だけど!
 キラキラの金髪を緩くひとつに纏め、濃紺に白襟の上品なドレスを纏ったテレーサさんは輝かんばかりの笑顔で私たちを出迎えた。

「ようこそ、イェッテンエルブへ! 二人とも全然顔を出さないんだもの、今回も本当に来るのか不安だったわ」
「何度も手紙で確認されたもんね」
「そのくらいあなた達が来なかったからよ!」

 テレーサさんは嬉しそうに笑う。上品な紫眼が煌めく。アルベルトさんと違って、テレーサさんはオッドアイではないのね。

「エーリク」

 レオニダスがエーリクを前に促す。エーリクは胸に手を当て、挨拶をした。

「エーリク様。まあまあ、大きくなられて……」

 テレーサさんは懐かしいものを見るように優しく眼を細めてエーリクと挨拶をした。次に、アンナさんがそっと前に出る。

「テレーサ、お久しぶり」

 ふふっ、と頬を染めたアンナさんが嬉しそうに挨拶をした。

「まあ! アンナも来てくれたのね!?」

 テレーサさんは目を瞠いて両手で口を覆ってすぐ、アンナさんに抱きついた。

「嬉しいわ! またあなたと会えるなんて! 連絡してくれたら良かったのに!」
「ふふ、驚かせたかったのよ」

 そう言って笑うアンナさんは、いつものアンナさんより少女のようでとても可愛らしい。エーリクと私は顔を合わせて、ふふっと笑い合った。

「……そして、あなたは」

 ふと、テレーサさんは私に眼を止めた。
 紫眼に見つめられ固まってしまった私の手を取り、テレーサさんはにっこりと笑った。そしてそのまま、何故かギュッとハグされる。

「??」

 何が起こったか分からないまま固まっていると、テレーサさんは私からそっと身体を離して言った。

「レオ、アル。これは一体何の冗談なの?」

 見事な笑顔で振り返り男二人を固まらせた。
 横でアンナさんはクスクスと笑う。

「だから言ったではありませんか、先に伝えるべきだと」

 そう言って。

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