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ヴェルナード王国

ヴェルナード王国4

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 私はアルベルト様に俗に言うお姫様抱っこをしてもらいながら、質の良さそうなグ絨毯の敷かれた長い廊下を進んでいる。
 アルベルト様の顔が近く、視線の置場所に困ってしまう。
 時々チラリと盗み見るが、どのパーツも美しく絵に描いたような王子様とは彼のような人のことを言うのだろう。
 

「体調はどうだ?」

 私の視線に気付いたのか、心配そうにアルベルト様が顔を覗き込んできた。
 彼の顔がぐっと近くなり、私は耐えきれず手で顔を覆う。

「だ、大丈夫です! 楽になってきました」

「良かった」

 アルベルト様の雰囲気が少し柔らかくなったが、すぐ険しい表情を見せる。

「急だけれど、これから私の両親に会うことになる」

「アルベルト様のご両親ということは……」

「この国の王だ。 ただの謁見のはずだと思うが、一応私の言う通りにしてほしい」

 切実な顔で言うものだがら、私は思わず頷いてしまった。

「助かる。さぁ着いた」

 長い廊下の先に見えてきたのは豪華な装飾があしらわれている金の扉だった。
 見上げるとそれは天井まで届き、光を反射して眩しいくらい輝いている。


「マリのことは俺が守る」
 
 重厚な音を立てながら扉が開いていく最中、アルベルト様はそう耳元で囁くと無意識だろうか私を抱える腕に力が入った。


 会場に入ると眩しいほどに光るシャンデリアが目に飛び込んできた。
 視線を落とすと、深海を思わせる真っ青な絨毯が伸びた先に煌びやかな恰好のアルベルト様のご両親が玉座にいる。
 先ほど会ったお兄さんのレオナルド様が厳しい目でこちらを見据えながら、王様のすぐ後ろに控えていた。

 アルベルト様の2つ年上の兄、第1王子レオナルド・リグノーア様。
 短髪の輝く金髪に、碧の切れ長の瞳は知的な印象を抱かせる。
 見た目同様に彼は国の重要な仕事を請け負っていて王様も助言を求めることが多いと、ここへ来る途中アルベルト様に教えてもらった。

 絨毯の脇にはドレスやらタキシードを着たいかにもお金持ちの恰好をした人や、きっちりした服に身を包み腰に剣を携えている人たちが、私たちを見ながら口々に何かを話しざわめきが会場を包んでいた。
 何かパーティーでも開かれていたのだろうか。
 

「静粛に」

 王様の発言により、一瞬でざわめきは消え私たちが絨毯の上を歩く音だけが聞こえる。
 恥ずかしいけれど、アルベルト様に抱えられていて良かったかもしれない。
 周囲の視線が痛いほど自分に注がれていて、1人だったら逃げ出していた。

「この娘が精霊王というわけではないな」

 王様が深いため息をつき、落胆した様子で私を見定めている。
 リッカルド・リグノーア様、後ろで1つに束ねている長い金髪は、半分ほど白髪になっている。
 皺の深い中に見えるアルベルト様と同じスカイブルーの瞳には疲れが見えていた。

 それもそのはず。
 ヴェルナード王国に雨が完全に降らなくなり儀式を始めて1年が経つが、今まで何も起きていなかった。
 精霊王を呼ぶ儀式には、時間も魔力も使うため簡単には行えないそうだ。

 最後に儀式を行ったのは昨夜だった。
 その後しばらくしてアルベルト様の部屋から強い魔力を感じた王様は、その原因の私を確認するためにここに呼び出したらしい。
 

「精霊王でないのなら、呼び出す贄になってもらいましょう」

 会場の中から眼鏡をかけた栗毛の男がスッと前に出て、うやうやしく頭を下げた後そう王様に告げた。
 

 ニエとは?


 聞きなれない言葉に一瞬思考が止まる。

「生贄は最終手段だと申したはずだが」

 んん?
 生贄!?誰?私がっ!?

 私の動揺に気づいたのか、アルベルト様がグッと腕の中にいる私を引き寄せてくれた。
 それでも私の不安は高まるばかりで、心臓の音がやけにうるさく感じる。

「我々にはもう時間がありません! これだけの魔力があれば精霊王を呼び出せるかと。陛下、どうかご判断を」

 栗毛の男が更に言葉を強くして王様に進言する。


「……分かっておる」

 王様は一瞬言葉に詰まったかに見えたが、ローブを着ている者達に指示を出した。
 私達と王様の間に、すぐさま祭壇のようなものが運ばれてくる。
 絨毯と同じ深海の青に塗られたそれは綺麗に手入れがされており、いつでも使えるようにと準備されていたのだろう。

「大丈夫だ」

 アルベルト様がそう言って私を見つめる。
 そのスカイブルーの瞳には、迷いのない強い光を含んでいた。
 覚悟を感じる彼の様子に私も腹をくくり頷くと、彼は「いい子だと」と小さく呟き祭壇へ足を進めた。

 祭壇に着くと、まるで壊れ物を扱うかのように丁寧に私をそこに座らせる。
 
“マリ、何かあったら私が助けるわ”

 ここに来る時からずっと私の肩に乗っているフォンテ優しく微笑みかけてくれる。
 どうやらこの子は私とアルベルト様以外には見えていないらしい。
 私はフォンテの言葉にまた少し落ち着きを取り戻すことができた。

 私を降ろしたアルベルト様が王様に向き直り深く頭を下げる。

「儀式の前に、彼女に別れの一言を……」

「うむ、許可しよう」

 王様に承諾をもらうとアルベルト様は片膝を床に着き、跪くような格好で祭壇に座る私を見上げる。
 そして彼は私の手をそっと手に取ると言った。


「ヴェルナード王国、第2王子アルベルト・リグノーアは、マリ・コツカと婚姻を結ぶことをここに誓う」


「へ?」「アルベルトを止めろ!」

 私の間抜けな声と、レオナルド様の怒声が重なった。
 騎士が慌てて剣を抜き迫ってくるのが見えたが、アルベルト様は素早く立ち上がり祭壇に私を組み敷く。
 彼は眉根を寄せ私を見るが、さっき会ったばかりの彼が何を考えているのかさっぱり分からない。
 1つだけ分かるのは、アルベルト様は私を守ってくれるということ。
 彼を信じるしかない。

 会場のざわめきが一層大きくなる。
 
 剣を向ける騎士達はジリジリと確実に距離を縮めて来たが、一定の所まで来ると足が止まってしまった。

“ふふ、手伝うよ王子様”

 フォンテがクスクスと笑いながら祭壇の周囲をひらひらと飛び回る。
 薄い水の壁がドーム状になり私達を包み始める。
 騎士達が剣を振りかざしても水の壁を切ることも、刺すこともできない。

「さて。 マリ、君に恋人はいるか?」

「は!?」

 この状況に絶対にそぐわない質問に、私は思わず聞き返してしまった。
 私を押し倒しているアルベルト様はいたって真剣な表情で見つめてくる。

「まぁ、いても仕方ない。後で文句はたっぷり聞くから」

 アルベルト様はそう言うと、ゆっくりと顔を私に近づけてくる。
 彼の瞳から目をそらせない。
 細い黒髪が私の顔にかかってすぐ、唇に柔らかい感触が落ちてきた。



 私はアルベルト様とキスをした。

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