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ヴェルナード王国

ヴェルナード王国3

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 ヴェルナード王国。
 国の西側には海が広がり、その他の国境は山や川に囲まれる水に恵まれた王国。
 人々は地に宿る精霊から力を借りて生活を成り立たせている。
 
 ところがある日を境に、一切国に雨が降らなくなってしまった。
 枯れる土地に、疲弊する国民。
 危機感を抱いた王は古からこの国に住む水の精霊王を呼び出し、雨を降らせようとした。
 けれど、そこに呼び出されたのは妖精王ではなく私。
 そして呼び出された場所が、何故か第2王子の寝室。



「……ということで、アルベルト様合ってます?」

 フカフカのソファーに座り、私は執事さんが淹れてくれた紅茶を口にする。
 実は執事さんが去り際に、王子のことは名前に様をつけて呼ぶようにと教えてくれた。
 もし私が王子をさん付けとか呼び捨てで呼んだりしたら、不敬罪で下手したら打ち首になるらしい。

 恐ろしい話だ。

 さて。
 今私がいるここはアルベルト様の寝室。
 寝室と言えど、ベット以外にも立派なソファーやテーブルに天井まで届く本棚にはビッシリと本が埋めつくされている。どの家具も上等品なのだろう、繊細な金の装飾がなされていてついつい見魅ってしまう。

 バスルームやバルコニーも付いていて、ここで1日、いや1週間は過ごせてしまいそう。

「概ね合っているよ」

 私の隣に座り、書類に目を通しながら答える美男子。
 今は髪を1つに結い、王子様らしいかっちりしたジャケットを羽織っている。
 つい数時間前、私は彼に刃物を向けられていたと誰が想像できるだろうか。
 少し思い出しただけでもゾワゾワと恐怖で鳥肌が立つが、時間が解決してくれることを願っている。

 アルベルト様はもう危害は加えないと言い、とりあえず私を保護してくれるという話を信じるしかない。
 けれどもまたサラッと手の甲に口付けされては困るので、彼とは人1人分距離を置くことにした。
 色々大混乱。

 手から水なんて一度も出したことはないし、私を助けてくれた小人さんなんて見たことも聞いたこともない。
 幽霊だって信じていないのに、まさか自分にこんな力があるなんて……。

 あぁ、頭が痛い。
 こちらに来てから体がずっと重い。

 俯きながら手で頭を押さえていると、アルベルト様が気付き私の顔を覗き込んできた。

「どうした?」

「どうも体調が悪いみたいで……」

「この世界に体が馴染んでいないのかもしれない」

 まるで私が別世界から来たみたいな言い方に、私は首を捻る。

「先ほど君は日本から来たと言っていたな、残念だがそんな国は聞いたことがない」

 アルベルト様が見ていたのは世界地図だったらしく、私にその紙を見せてくれた。
 パッと見ただけでも描かれている大陸が、私の知らないものばかりなのが分かった。
 そして書かれている文字が全く読めない。

「じゃあ、私はどこから……」


 “ふふ、マリは落ちてきたの!”


「!」

 私とアルベルト様の間にパッと現れたのは、意識を手放す前に私を助けてくれた小人だった。

「小人さん、落ちてきたってどういうこと?」

「マリ、この子は精霊。しかも高位の大精霊だ」

 アルベルト様は驚きもせず、静かに言うと次の書類に目を通し始めた。

「精霊さん?」

“うん、私はフォンテ。やっとマリと話せたよー!嬉しいなぁ。それで私たちはね、こっちの世界に落ちてきたんだよ”

「こっちの世界?」

“そう!さっきはごめんね、マリが倒れたのは私が無理やり力を使わせたからなの”

 どうやら手からいきなり水を出せたのはこの精霊のおかげだったらしい。
 フォンテと名乗る精霊は私が差し出した手の上に降り立つと、ぺこりと頭を下げた。
 感情が羽に現れるようで、羽がシュンと閉じられていて落ち込んでいる姿が何だか愛おしい。

「ううん。フォンテは私を助けようとしてくれたんだよね、助かったよ。ちょっと体は辛いけど」

 ちょっと所ではないが、フォンテが気にしないようにっこりと微笑む。

“体が辛いのは無理に私が魔法を使わせたのもあるけど、マリの魔力が戻っていないのもあるかな”  
 
「魔力?そんなファンタジーな力が私にあるわけ……」

 ないはずなんだけど。
 手から水は出るし、精霊はいるし、日本はないって言うし。

「まさか、アルベルト様も魔力があったりします?」

「私に魔力はないが、精霊の加護があるおかげで力を使うことが出来る」

 そう言うとアルベルト様は書類に目をやったまま、いとも簡単に手の平から炎を繰り出した。
 小さな炎だが、消える様子はなく赤々と燃え続けている。
 魔力のない人間でも、精霊に好かれると簡単な初歩魔法なら使えるし勝手に守ってくれるらしい。

「これが魔法?」

“精霊魔法だよ。土地や物に宿る精霊たちから力を借りて人は魔法を使うことができるの”

「その力が私にもあるってこと?」

“うん。フィオレ……じゃなくて、花が何か言っていなかった?”

 花は私の母さんの名前だ。
 確かお母さん、荷物を用意したんだった。

 母の用意したカゴバックを探すと、私の座っているソファーのすぐ横に置いてあった。
 中を確認すると、私の着替え一式に、醤油にお味噌、他にも調味料がある。
 ん、なぜ調味料?
 さつまいもの苗に、数個の小瓶、奥の方に母の手作りクッキーがあった。

「そうだ!クッキーを食べるよう言われてたんだった」

“そうね、早く食べたほうが良いかも。花が作ったものなら魔力が安定して落ち着くはずよ”

「よし!」

 具合が良くなるのならと、私は急いで包装を解いてクッキーを口に含んだ。
 いつもの母の味にほっとしたのもつかの間、体に異変起こる。 
 体の中を生暖かいものが、グルグルと激しく巡り始めた。

「マリ!」

 静かに座っていたアルベルト様が、慌てた様子で私の背に手を回し体を支えてくれる。
 
“魔力の戻りが早いけど、少しすれば安定するよ”

 それを聞いて安心したが、アルベルト様の表情は暗い。

「まずいな、この魔力の強さだと気づかれてしまう」

 誰に?と聞く前に、寝室のドアが勢いよく開けられる。
 廊下から人が続々と寝室へ入り込み、あっと言う間に人で埋めつくされてしまった。
 武装をしていたりローブを羽織っていたりと、どこかで読んだ小説のような格好をしている。

 その一体が整列し終えると、きらびやかな衣装を纏った人物が前に出てきた。
 金髪に碧い瞳。
 アルベルト様と似ているが彼の優しい眼差しとは違い、その人物の目つきは鋭く纏う空気はピンと張りつめていて隙がない。
 私と目が合うと、彼の目が細められ見極められているのが分かった。
 
「王がお待ちだ」

 彼は厳しい口調で告げると、マントを翻し背を向ける。
 
「兄さん!」

 アルベルト様が呼ぶが、兄と呼ばれた男は振り返らずそのまま行ってしまった。

「……はぁ。 マリ、触れるぞ」

 アルベルト様は諦めたように、1度深いため息をついた。
 そしてゆっくりと私の両膝の後ろに腕を回す。
 

 まさか!


「ひぇ!」

 情けない声と共に、私はアルベルト様にお姫様抱っこをされてしまう。
 恥ずかしさに耐えられず俯く私。
 きっと顔は真っ赤だろう。

「急で申し訳ないが、私と来てもらいたい」

「え、どこに?」
 
「私の父、この国の王へ謁見する。 君は体調が優れないから、このまま向かうことにするよ」

「こ、国王様!?」

 慌てる私の姿が面白いのかアルベルト様は軽く微笑むと、寝室に押し入ってきた者たちを後ろに侍りながら長い廊下を進んだ。
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