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第三章 二人の冷戦編
44.リゼッタは王宮へ帰る
しおりを挟む帰り道、私とノアは一言も言葉を交わさなかった。ノアが待たせていた車の運転手は、そんな私たちの様子をミラー越しに気にしながら黙って運転を続けてくれた。謝罪も説明も今は聞きたくない。ただ、自分の部屋で一人静かに眠りたいと思った。
「リゼッタ…!」
車が到着すると、すぐにヴィラが中から飛び出して来た。おそらくノアが何か事情を話していたのだろう。心配そうに近付いて来たヴィラは、私の格好を見てハッとしたような顔をする。ノアから上着は受け取ったものの、私の服装はボロボロも良いところだった。
「部屋へ連れて行ってあげてくれ」
「ノア!貴方間に合わなかったの?リゼッタに何が、」
「ヴィラ」
ノアを攻め立てる綺麗な青い目を見つめた。
怒りの表情を残したまま、ヴィラがこちらを向く。
「部屋で話しましょう。あと、私の食事やタオルは今度から私の部屋へ運んでほしいの」
「……え?」
「お願いできる?」
「あ、え…ええ、もちろん」
驚いた顔で私とノアを交互に見比べるヴィラの手を引いて階段に足を掛けた。久しぶりに吸い込む宮殿内の空気はすっきりと清潔な柑橘系の香りがした。マリソンが調香師でも呼んだのだろうか。
国王夫妻に私はなんと説明すれば良いだろう。「貴方たちの息子のことが信じ切れないので、冷却期間として暫く距離を取ります」なんて伝えたら、彼らとて何事かと思うだろう。
「馬鹿げていると思う…?」
部屋に入って、扉を閉めながら隣に立つヴィラに問い掛けた。眉間に皺を寄せて困った顔をしたままヴィラは黙り込む。私はベッドに腰掛けて目を閉じた。何かを考えるには今日はもう疲れ過ぎてしまった。
「私、ノアと距離を置くことにしたの」
自分に言い聞かせるように話す。ヴィラからの返事を望んでいるわけではない。ただ、自分の気持ちを整理したかった。目が覚めて、またすべて忘れたようにノアの元へ走って行かないように、理解しておかなければいけない。
「ノアは何て…?」
「さあ。話し合いも接触も拒否したわ」
「……貴女らしくないことをするのね」
視線を落としてそう言うヴィラの白い顔を見る。
「私らしくない事をしないとノアへの罰にはならない」
「罰?」
「ヴィラ、私本当はすごく嫌だった。ノアが私を忘れて他の女の子を近くに置くことが許せなかった。でも、責めてはいけないと思ったの。嫉妬してはいけないと」
自分を言い包めるのは、他人を責めるより得意だった。相手に自分の主張を伝えて聞き入れてもらうよりも、何か理由を付けて自分自身を納得させる方がはるかに楽だと思っていた。
でも、気付いたのだ。そうした自己犠牲は知らないうちに私の心の中に黒くて澱んだ汚れを蓄積していく。その汚れを溜めたまま、ノアの隣で笑い続けられるほど私は器用ではなかった。
「共に生きていくのなら、一度リセットする必要がある。私はもう…今までの私では居られないから」
気弱で人の機嫌を伺うリゼッタ・アストロープ。私が自分の人生を生きるためには、私自身を強くする必要があった。それは見かけ倒しの赤い口紅なんかではなくて、明確な行動を伴って。
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