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第一章 失われた記憶編
10.王子は境界線を越える▼
しおりを挟む嫌いになれたらどんなに良いだろう。
傷付かないために、拒絶する強さがあれば。
今日のノアは日中に鬱憤でも溜まっていたのか、一度で治らずに二度三度と身体を求めてきた。さすがに私も疲弊してしまって、何度か意識が飛んでいたように思う。疲れ果てて眠る度、また新たな刺激を与えられて強制的に起こされるのは酷く身体に堪えた。
「……っはぁ、」
せっかくお風呂に入ったのに、これではまた身体を流さなければいけない。少しでもよく見られたくて、振り向いてほしくて、風呂から上がっても薄く化粧をして夜に備える私の甲斐甲斐しさに彼は気付いているのだろうか。
「リゼッタ、目を開けて」
「…あ…もういや、休憩を…」
「娼婦だったんでしょう?プライドを持ってよ」
そのプライドをバキバキに折って、粉砕するぐらいには酷いことをしている癖に平気でそんなことを言う。流れているのが涙なのか、汗なのかも分からないまま、また突かれる度に声を漏らした。
ノアが何を考えているのかもう分からない。
私を抱きながらその向こうにカーラの姿を見ているのか、ただ動物的な本能として身体を重ねているのか、それとも失くす前の記憶が僅かでも残っていて肌を合わせている内は恋人だと思ってくれているのか。
どれでもない気もするし、すべてが正解であるような気もした。
「……っん、んぐ…!」
舐めるように指示されたのでチロチロと舌を這わしていたら、頭を押さえられて喉奥まで挿入された。思わず咽せて、咳き込む。疲れと眠気で吐き気がした。
ノアはこんなことしない。ノアだったら私が嫌がるようなことをしない。少しの意地悪はあっても、こんな風に私をモノのように扱ったりはしない。
冷ややかに見下ろす赤い瞳を見据えた。
気分が悪いのか、彼自身も苛ついた顔をしている。
「君が今までどんな風に愛されて来たか知らないけれど、俺は同じものを与えることは出来ない」
「………っ」
「正直言うと、娼館で働いていたと聞いて絶望した。誰が抱いたか分からないような女ってことだろう?」
「ノア…!」
「心配しなくても婚約は続けるよ。いつ記憶が戻るか分からないし、君もその方が体裁を保てるからね」
体裁。そんなものに私が囚われていると本気で思っているのだろうか。たかが体裁のために、私が身を擦り減らして毎晩彼と夜を共にしていると?
ノアは欠伸をしながら話を続ける。
「でもね、恋愛は自由にしたいんだ。カーラは生娘だし、俺のためにすべてを捧げると言ってくれている」
「……え?」
「悪い話じゃない。要は、お互い別にパートナーを持とうって提案しているんだよ」
久しぶりに見たノアの笑顔に私は言葉が出なかった。普通はこういう時、どういう反応を返すのが正解なのだろう。平手打ちをするべきか、それともメソメソと泣き出すべきなのか。
本当にショックな時、意外にも涙は出ないようで。
「……ごめんなさい。私にはもう無理です、貴方を嫌いになる前にどうか…この婚約を破棄させてください」
ノアは赤い瞳を少し大きくして驚いた顔を作った。
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