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06 離婚が駄目なら6

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 そうフランが提案すると、今度は軽蔑の目をジェラートに向けられる。

「お前は馬鹿なのか? ろくに話をしたこともない男から「俺の女神だ」と言われても、気持ち悪いだけだろう。しかも俺は八歳も年上なんだぞ。犯罪者だと思われかねない」
「ろくに話したことがないって……。結婚して五年も経つというのに、ご自分で言っていて悲しくならないんですか?」

 ジェラートは再び、捨てられた子犬に戻る。
 今日の主は完全に壊れていると思いながら、フランは続けた。

「出会ったばかりの頃でしたら、その可能性は無きにしもあらずでしたが、王太子妃殿下も二十歳になられましたし、お互いにいい大人ではありませんか」
「シャルは年々美しさが増しているというのに、俺は下り坂に差し掛かっている。俺など、女神には不釣り合いなんだ……」

 面倒くさい。
 フランの頭に、でかでかとその言葉が浮かんだが、それはなんとか消し去り、ジェラートに視線を向けた。
 ジェラートを手助けするのがフランの役目ではあるが、面倒くさいと思いつつも仕事の枠を超えて気にかけてしまう。

 貴族の中には、威圧的な雰囲気のジェラートを王太子の座から引きずり下ろしたいと思っている派閥もあるが、ジェラートにはどこか憎めない部分があるからこそフランはずっと仕えてきた。

「それほど歳の差を気にしておられるのでしたら、なぜ王太子妃殿下と結婚なさろうと思ったのですか?」

 今まで気にはなっていたが、普段のジェラートは夫婦の事情をあまり話してくれない。
 今日はなぜか、饒舌じょうぜつに事情を話してくれるが、それだけ別居が衝撃的だったのだろうと、フランは感じた。
 今なら、二人の関係を改善できる糸口が見つかるかもしれない。

「……俺を恐れない娘は、初めてだったんだ」

 そう呟いたジェラートは、昔を懐かしむような表情で話し出した。

 あの日ジェラートは、王妃から舞踏会への出席を迫られて、むしゃくしゃしていた。
 二十三歳になり、結婚適齢期を迎えつつある彼に対して、王妃の焦りも頂点に達しており。事あるごとに息子を社交場へ出させようと躍起になっていて、うんざりしていた時期だった。
 ジェラート自身も、王太子としての責務は果たすつもりでいたが、令嬢たちのほうが自分を受け入れない。自分を恐れない娘がいるのなら、今すぐ連れてきてほしいくらいだった。

 あの日も、それでむしゃくしゃしながら廊下を歩いていたところへ、偶然出会ったのがシャルロットだった。
 いつもなら無視して通り過ぎていたが、その時に限って意地の悪い考えが浮かび、足を止めた。
 自分が話しかければ、この令嬢も怯えながら逃げるだろう。憂さ晴らしにちょうど良い。と。

 しかし声をかけてみると、シャルロットは照れ笑いしながら、靴擦れを起こしたのだと打ち明けてくれた。
 狼のようだと恐れられるこの容姿に驚いたり怯えるでもなく、笑顔を向けてくれる女性は初めての経験。
 一瞬にして心奪われたジェラートは、彼女を馬車まで送り届け、馬車の家紋からハット伯爵家の娘であると突き止めた。

 しかし、ジェラートはかなり・・・浮かれていたので、確認するのを忘れていたのだ。彼女の年齢を。

「シャルがまさか、十五歳だとは思わなかったんだ……」
「確かに妃殿下は、十五歳にして絶世の美女でしたからね」

 年齢に気がついたのは、婚約の契約書にサインをしてしまった後。
 この国の成人は十八歳だが、結婚に年齢制限はない。それがかえって、ジェラートを悩ませた。

 シャルロットを優先するならば、結婚は彼女が成人してからのほうが良いと思ったが、三年後にはジェラートは二十六歳になってしまう。
 悠長に三年も待った後で、完全に結婚適齢期を過ぎた男との結婚は嫌だと、婚約破棄されたら立ち直れそうにない。

 そして王妃は、結婚適齢期が過ぎる前に息子を結婚させたがっている。
 結局、未成年の伯爵令嬢よりも、結婚適齢期間近の王太子の事情が優先されて、三か月という早さの結婚となってしまった。

「だが、俺は誓ったんだ。シャルが成人するまでは、清いままでいようと」
「王太子妃殿下はもう二十歳ですよ。なぜ今でも、他人同然の関係なんですか?」
「それが誤算だった……。シャルは俺の予想をはるかに超えて、年々美しさが増していく。そしてどういうわけか、より一層・・・・俺好みの女性になっていくんだ……。もう、俺ごときが触れてはならない域に達してしまっている」

 それには心当たりがあると思いながら、フランは顔を歪めた。
 シャルロットが宮殿に住み始めて間もない頃、「ジェラート様のお好みを教えてください」と相談を受けた事がある。
 その際に、シャルロットがジェラートを慕っていると知ったフランは、二人の仲が深まればと思い、ジェラートが好みそうな女性の髪形や服装、仕草などを教えたが……。
 まさか、逆効果だったとは。

 頭を抱えたい気持ちを抑えながら、フランは微笑む。

「事情は概ね把握いたしました。まずは別居の撤廃よりも先に、殿下が王太子妃殿下に慣れることから、始められたほうが良さそうですね」
「俺にできるだろうか……」
「弱音を吐くなど、殿下らしくありませんよ。僕もお手伝いしますから、執務室へ戻って作戦会議でも開きましょう」

 懐中時計を確認してみると、すでに日付が変っている。さっさと方針を決めて解散しなければ明日に支障をきたしてしまう。
 ジェラートを執務室へ誘導しようとしたが、彼は動こうとせずに門の方角へと視線を戻す。

「俺はここにいる」
「……はい?」
「明日の朝。シャルが戻ってくるまでは、心配でここを離れられない」

 駄々っ子か! と心の中で叫んだフランだが、それからすぐ微笑む。
 この状況の原因の一端は自分にあるのだから、とことん付き合うしかない。

「かしこまりました。すぐにでも、椅子と毛布をご用意いたしますね」
「あぁ。朝まで時間がない。テーブルと、資料も頼む」



 翌朝、いつもより早く起きたシャルロットは、アンと一緒に今日の服装についての案を出し合っていた。
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