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07 夫の様子がおかしい1
しおりを挟む翌朝、いつもより早く起きたシャルロットは、アンと一緒に今日の服装についての案を出し合っていた。
宮殿の生活では侍女が五人もいたので、彼女らがいつも完璧に身支度を整えてくれたが、伯爵家へ連れてきたのはアンだけ。
王太子妃の身だしなみに問題があると難癖をつけられて、別居が白紙に戻っては元も子もない。念入りに身支度を整えなければならない。
「本日は春らしく、淡い緑のドレスなどいかがでしょうか」
「良いわね。今日は暖かくなりそうだから、髪は束ねてサイドに流そうかしら」
ジェラートは、可愛らしい服装を好まないらしい。なんでも、そういった服装の女性は特にジェラートを怖がる傾向にあるらしく、苦手意識があるのだとか。
服装だけで人の性格を判断するのは難しいと思うが、若い子が特にジェラートを怖がっているのだろうと、シャルロットは考えている。
そんな事情を彼の侍従から教えてもらって以来、シャルロットは可愛らしい装飾のドレスは卒業した。リボンは極力使わず、フリルよりもレース、明るい色よりも落ち着いた色合い。
元々大人びた顔立ちではあったが服装の変化も相まって、八歳の年の差を感じさせないほどの見た目を手に入れることができた。
(そんな努力も、無駄だったのだけれど)
無駄と思いつつも、未だにそれを続けているシャルロット。離婚したいとは思っているが、『ジェラートに良く見られたい』という願望はなかなか消えてくれない。
矛盾した考えに苦笑しつつも、シャルロットは今日も完璧に身支度を整えた。
シャルロットとアンを乗せた馬車は、王宮の門を通り抜け、王太子夫妻が住まう王太子宮へと到着した。
今日は別居してからの宮殿訪問、初日。
職場に出勤したような、新しい気持ちで馬車を降りようとしたが。馬車の扉が開かれて目に飛び込んできたのは、御者ではなく、正面玄関を守っている騎士でもなかった。
「早かったな」
「……おはようございます、ジェラート様。朝食に遅れてはいけないと思いまして、早めに参りました」
掴まれとばかりに腕を差し出されたので、シャルロットは驚きつつもジェラートの腕に手を添えながら、馬車を降りる。
(どうしたのかしら、ジェラート様……)
今までシャルロットが外出しても、出迎えられた経験など一度もない。
不思議に思いつつも夫を改めて見たシャルロットは、さらに驚いた。
なぜか服装は昨日と同じままで、彼の表情には明らかに疲れの色が窺える。
(寝ていないのかしら……)
ジェラートは何も言わないまま宮殿の中へと足を向けたので、シャルロットも後に続いた。
玄関へ入ると、なぜかテーブルと椅子が設置されているのが目に留まる。
テーブルの上にはティーセットやら、会議でもしていたかのような紙の束。椅子の背もたれには毛布がかけられている。
玄関を守っている騎士たちが使ったのかと考えたが、玄関の横には彼ら用の詰め所が設けられている。
彼らではないとするならば、玄関でこのようなことをできる人物は限られている。
着替えもせずに、やつれた表情の彼しか思い当たらない。
「あの……、ジェラート様……」
わざわざ、玄関で会議をしなければならない理由はなんだろう。なにか緊急事態でも起きたのだろうか。
先を歩く夫に声をかけてみたが、彼は歩みを止めてはくれず、振り返ってもくれない。
それは夫のいつもどおりの態度ではあるが、シャルロットの気持ちは沈んでしまう。夫婦なのだから緊急事態が起きた時くらいは、話してくれてもよいではないか。
自然とシャルロットは歩く速度が遅くなってしまい、ジェラートとの間に距離が生まれる。
「……くても良い」
いつもならそのまま置いていかれるが、ジェラートは立ち止まって何かを呟いた。
「……え?」
シャルロットに向けて振り向きかけたジェラートは、途中でぴたりと止まって廊下の絵画を見つめる。
「朝食は急がなくて良い。明日からはもっと遅く来い」
「はい……、承知いたしましたわ」
(私を気遣ってくれたのかしら……)
シャルロットの心には一瞬だけそんな期待が浮かんだが、それはすぐに勘違いだと納得する。
「着替えてくる」と、足早にその場を去った夫を見て、週に一度だけ一緒に寝る日のことを思い出したのだ。
彼はいつも、シャルロットが寝た後も書類仕事をして、そのままソファーで寝てしまうような人だ。
シャルロットが知らなかっただけで、徹夜の会議も珍しいことではないのかもしれない。
先ほどは出迎えてくれたのかと思ったけれど、早く到着したことで彼の邪魔をしてしまったようだ。
別居は自分の都合で始めたこと。なるべく夫に負担をかけないようにしなければ。
けれど翌日。前日よりも遅く来てみたが、またも夫に出迎えられたシャルロット。
まだ早すぎたのかと思い、今日はさらに遅く来てみたというのに、またしてもジェラートに出迎えられてしまう。
さすがに自分が早く到着しすぎて、迷惑をかけているのではないと気づいた。
ならばジェラートはなぜ、毎日徹夜で、しかも玄関で会議をしているのだろうか。
「皆、私が実家に帰っている間に、事件は起きていないかしら?」
「事件でございますか? 平穏な夜を過ごしておりますが……」
朝食を終えて自室へ戻ったシャルロットは、宮殿に残している侍女たちに尋ねてみた。
けれど彼女たちは、顔を見合わせて首を傾げている。
どうやらこの宮殿自体に、問題があるわけではないようだ。
「王太子妃様、何か心配事でもございますか?」
「生活環境が変わったことで、見えていなかったことが見えただけかもしれないけれど。ジェラート様の様子がおかしいような気がするのよね……」
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