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05 離婚が駄目なら5
しおりを挟む結婚して間もない頃は「私の愛する旦那様を侮辱しないで」と怒ったりもしたが、愛されていないと悟ってからは、反論するだけ自分が惨めになるので控えてきた。
しかし今は、賛同とまではいかないが、割と冷静に夫の批判を聞いていられる。
シャルロット自身、前世の記憶が戻ったことで、ジェラートに対してがっかりしていたから。
ジェラートに愛されていないと悟ってから、たびたび離婚を切り出してはいたが、『女性嫌いの彼が、私を妃に選んでくれた』という事実が、妃を続けていられる支えとなっていた。
彼が生涯に渡り誰も愛さないのならば、シャルロットもいずれは割り切れるかもしれないと思っていた。けれど彼もただの男で、理想の女性に出会えば夢中になってしまう。
断罪も恐ろしくはあったが、彼に対して抱いていた高潔さが崩れ去ってしまった。
彼にとってシャルロットは、思っていた通りに都合の良い存在で、真実の愛が見つかるまでの繋ぎでしかなかったのだ。
「感謝するわ、クラフティ。それから――、このことはお父様とお母様には秘密にしておいてね」
両親のことだ。シャルロットが別居したことを知れば、クラフティと同じかそれ以上の反応を示すに決まっている。
下手に動かれたら、断罪の未来が待っているのだから。
幸い両親は、王都へ訪れることはあまりない。
ハット伯爵領は、国内でも有名なほど広大な狩猟場を有しており、秋には大規模な狩猟大会なども開かれ、貴族が娯楽で訪れる土地だ。
しかし今は聖女の力がだいぶ弱まっているので、娯楽としての狩猟のほかにも、魔獣や獣が増えすぎないための駆除も、頻繁におこなわなければならなくて忙しい。
クラフティが余計な手紙さえ書かなければ、両親に知られる心配はない。
真剣にお願いするシャルロットに対して、クラフティも慎重にうなずいた。
「敵をあざむくには、まず味方から。ですね」
「別に、大層な作戦を立てるつもりはないわ。目標は、私と離婚しても良いと思えるほど、私が必要ない存在だと悟らせることなの。クラフティは何もせずに、見守ってね」
「そうですか……。姉様がそうおっしゃるなら、ひとまず傍観することにします」
クラフティは作戦に参加できないのが残念だったのか、しょんぼりとうなずいた。
小説のストーリーが始まるのは一年後だが、ハット家が今この件に介入しても良い結果が得られるとは思えない。弟には悪いが、自分だけでなんとか頑張ろうと、シャルロットは改めて気を引き締め直した。
シャルロットが久しぶりの自室にて、眠りについた頃。
ジェラートの侍従であるフランは、ジェラートがいつまでたっても執務室へ戻ってこないので、宮殿内を探し回っていた。
いつもは晩餐を終えたらすぐに執務室へ戻るのに、寄り道しているにしても遅すぎる。
もしかして王太子妃殿下とご一緒なのだろうかと一瞬だけ考えたが、「殿下に限って、それはないな……」とため息をついた。
何か急用で外出でもしたのかもしれないと思い玄関へ行ってみると、そこには一人で立ち尽くしているジェラートの姿が。
「殿下、こちらにいらしていたのですね。外出でもされていたのですか……殿下?」
話しかけても返事がない。
それどころか、じっと門の方角を見つめたまま。
フランは自分に気づいてもらおうと、ジェラートの顔の前で手を振る。王太子に対して失礼な態度ではあるが、フランはジェラートの幼馴染でもあるので、臨機応変に雑な態度も取れる仲だ。
その雑な振り向かせ方で、やっとジェラートはフランに顔を向けた。
「……帰ってしまった」
「はい? どなたかとお会いしていたのですか?」
「シャルが……」
「王太子妃殿下が?」
「別居したいと言って、帰ってしまった……実家に」
いつもは狼のごとく威圧感があり、貴族からは恐れられている王太子が、今は捨てられた子犬のような顔をしている。
長年にわたり侍従を務めてきたフランでも、見たことがない表情。
さすがに見ていられないと思ったフランは、視線をそらすと声を殺して――笑った。
「笑うな、フラン」
「すみません。殿下とは思えぬ表情だったのでつい。ですが王太子妃殿下は、殿下のお気持ちを無視して行動を起こすようなお方ではございませんよ。殿下が許可なされたのでは?」
「許可した……」
ジェラートが今にも「くぅ~ん……」と鳴きそうな顔をするので、フランは笑いをこらえて「ごほんっ」と咳ばらいをした。
「そのように悲しまれるのでしたら、引き留めればよろしかったでしょうに」
「夫婦の義務や公務は今までどおり果たすと言われて、反対する理由が思い浮かばなかった」
「理由でしたら、殿下のお気持ちを素直に伝えるだけで十分だと思いますけどね」
このような事態になってしまったのは、全てジェラートの責任だ。もっと妻を受け入れ夫婦関係を深めれば、こんなことにはなっていなかった。
それはフランが指摘するまでもなく、本人が一番自覚しているはず。フランはそう思ったが、当の本人は狼のような目つきに戻ってフランを睨みつける。
「俺の気持ちをシャルに伝える? 無理に決まっている。俺はシャルの顔を見ただけで、頭の中が真っ白になってしまうんだ。声を聞けば鳥肌が立つし、手に触れようものなら、全身が震え出してしまう」
「えっと、それは……誉め言葉なんですよね? 凶悪な魔獣に出会った時の経験談ではありませんよね?」
「当たり前だろう。俺の女神を侮辱する気か? いくら貴様でも、許さん」
狼が獲物を狙う時のような目つきになったジェラートは、腰に帯びている剣の柄を握りしめる。
「誤解ですから、剣は抜かないでくださいよ。それより『俺の女神』と思っていることだけでも、ご本人に伝えてみたらいかがでしょうか。きっと喜ばれますよ」
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