35 / 57
第35話 フレデリックのお礼
しおりを挟む
フレデリックがジャックの家まで彼に礼を言いにやってきていた。ピアでシャーロット嬢と過ごした時間への礼だ。
「マッキントッシュ夫人もモンゴメリ卿もほめていた。ありがとう。うまい具合に公爵をあしらってくれたね」
フレデリックはすっかり満足しているようだった。ジャックへの礼も丁重で、含むところなど何もなさそうだった。
ピアのパーティーでは、ジャックとシャーロットの結婚祝いまでしてくれたが、フレデリックは今となっては全部演技だったと信じているらしい。
ジャックは、街に戻って来て以来、一度もマッキントッシュ家を訪ねていない。
そして、フレデリックはロストフ公爵をうまくあしらってくれた礼を言いに来たわけでもないようだった。
フレデリックは、嬉しそうに言葉をつづけた。
「父だけが少し渋い顔をしていたが、母は大乗り気でね。マッキントッシュ家もこんなことなら、とにかく早く結婚した方がいいだろうと言う考えに傾いてきたみたいなんだ」
「そうか」
「さすがにシャーロット嬢本人は、デビューしたてで、直ぐに結婚することなど考えていなかったらしい。なかなか同意してくれなくてね。まあ、時間の問題だけど。やっぱり社交界には憧れがあったらしく、どこぞのパーティですてきな男性がいたとか、そんな話をしていた」
「へえ?」
そう言えば、そんなことを言っていたかもしれない。
「聞いていないか?」
「いや。あまり話もしなかったからな」
ジャックは嘘を言った。このままフレデリックの妻になるなら、余計な火種は撒かない方がいい。
「そうらしいね」
フレデリックは満足そうだった。
「婚約者を決めるのはもう少し先延ばししたいらしいんだ。でも、そんなことを言っている場合じゃないと、今日も説得してきたところだ」
「そうなのか。やはりロストフ公爵は相当強引なのかな?」
「僕はよく知らない。でも、僕と結婚しなければ、本当に愛人にされてしまうかも知れないだろう? デビューして間がないから、ほかに婚約者候補は誰もいないからね。今のうちだよ」
得意そうにフレデリックは声を立てて笑った。
「君のところの父上は渋い顔をしてたと言っていたね?」
ジャックはさっきのフレデリックの話の中で気になった部分があったので聞いてみた。シャーロット嬢は、花嫁として歓迎されていないのだろうか?
フレデリックは正直者だった。包み隠さず打ち明けてくれた。
「それなんだよ。父は小心者でね。バーミンの工場の出荷のうちの十%ほどが帝国に輸出されていくらしい。シャーロット嬢をもらい受けたら、帝国の受けが悪くなるんじゃないかと心配しているんだ」
「ははあ、なるほど」
「だが、母は断然僕を押してくれているんだ。ぜひ、結婚しなさいと」
「それはまた、どうして? 夫君の考えと違うじゃないか」
「シャーロット嬢と結婚すれば、僕がマッキントッシュ家の商売を継ぐことになる。実のところ、実家の商売全体よりマッキントッシュ家の家業の方が大きいのだ。全体で見れば、損失よりその方がずっと大きいと母は言うんだ」
「へえ」
ジャックはなんだか心が冷たくなっていった。誰も、シャーロット嬢の気持ちの話をしていない。
「それにシャーロット嬢はとても美人だ。すぐに僕は惚れ込んだよ」
「シャーロット嬢は君のことを好きなのかね?」
フレデリックは照れたように答えた。
「それは聞いたことがないが、別に不満はないと思っている」
「そうだな。フレデリックは顔立ちも整っているし、誠実ないいやつだ」
面と向かって褒められて、フレデリックは少し照れた。
「まだ十六歳だ。恋に恋するお年頃だ。正直なところ、僕はジャックみたいに話上手じゃないからね。でも、今回の縁談は事情があるだけにうまくいくと思っているんだ」
「その例の誰だかわからない、パーティで出会ったすてきな人と言うのは?」
フレデリックは顔をしかめた。
「誰だか知らない。本人もわかっていないんだろう。気にしなくていいと思う」
ジャックへの礼なんて口実だけだ。
シャーロットとの婚約がうまく決まりそうなので、誰かにしゃべりたかっただけだろう。
フレデリックは結婚式にはぜひ来てほしいと言って帰って行った。
ジャックは帰って行くフレデリックを自室の窓際に立ち尽くして見ていた。
フレデリックは、ピアで二人がどんな時間を過ごしたのか知らない。
モンゴメリ卿もマッキントッシュ夫人も、何も言わないだろう。多分、誰も何も知らない。ボードヒル子爵だけは何か勘づいているかもしれなかった。
シャーロット自身もジャックも何も言わなかった。言葉はどこにも存在しないが、何かがあった。
今更、自分に嘘は付けない。
ピアで過ごした十日ほどの時間は彼を変えてしまった。
だが、言葉がなかったと言うことは、こうまで不安定なものなのか。確証が何もない。
フレデリックと違って、ジャックはシャーロットを知っていた。十六歳なら言うことをすべて聞く子どもだと思ったら間違いだ。
シャーロットは、ジャックと一緒に街に帰ることを拒否した。
あんな苦境に立っても、ジャックに甘える気はさらさらなかった。
そんなシャーロットが、もしどこかで誰かを見染めたのだと言うなら、それは本気の可能性があった。
何か不穏なことを言っていた。どこかの舞踏会ですてきな男性を見染めたとか、そんなことを言っていた。
自分にもフレデリックにも言っているのなら、本当にそんな存在がいるかも知れない。
見た目が素敵なだけの男性より、十日間一緒に過ごして嫌な思いもせず、それどころかとても楽しかった自分の方が、結婚するなら絶対よいだろう!
違いますか? シャーロット嬢?
あなたは言いたいことを言い、自分も素のまま接した。
それで楽しかった。
結婚相手として自分に不足はないだろう?
フレデリックでいいのなら、ジャックだって資格があるだろう。結婚を申し込みさえすればいいのだ。
姉のクリスチンは、もうシャーロット嬢に近づく理由がないのだとジャックが言ったた時、『そんなの、自分で考えなさいよ』と、見下げ果てたように言ったが、それは本当だった。
ジャックは手紙を書いた。会って、申し込めばいいのだ。
ジャックが会いたいと言えば、彼女は絶対来てくれる。それくらいには、想われている。ジャックは感じていた。
でも、ジャックは大事なことを忘れていた。
彼はまだシャーロット嬢に好きだともなんとも言っていなかった。
空気でわかるとか、妄想である。
二人の間にはあれほどの信頼があったと思えるのに、一言も言葉にしていない関係がこんなにもあやふやで、頼りにならないものだとは。
ジャックは今から、何回も断られ、満身創痍になり、すっかり自分に自信を無くしてしまった告白を、もう一度しに行かねばならないのだ。
「マッキントッシュ夫人もモンゴメリ卿もほめていた。ありがとう。うまい具合に公爵をあしらってくれたね」
フレデリックはすっかり満足しているようだった。ジャックへの礼も丁重で、含むところなど何もなさそうだった。
ピアのパーティーでは、ジャックとシャーロットの結婚祝いまでしてくれたが、フレデリックは今となっては全部演技だったと信じているらしい。
ジャックは、街に戻って来て以来、一度もマッキントッシュ家を訪ねていない。
そして、フレデリックはロストフ公爵をうまくあしらってくれた礼を言いに来たわけでもないようだった。
フレデリックは、嬉しそうに言葉をつづけた。
「父だけが少し渋い顔をしていたが、母は大乗り気でね。マッキントッシュ家もこんなことなら、とにかく早く結婚した方がいいだろうと言う考えに傾いてきたみたいなんだ」
「そうか」
「さすがにシャーロット嬢本人は、デビューしたてで、直ぐに結婚することなど考えていなかったらしい。なかなか同意してくれなくてね。まあ、時間の問題だけど。やっぱり社交界には憧れがあったらしく、どこぞのパーティですてきな男性がいたとか、そんな話をしていた」
「へえ?」
そう言えば、そんなことを言っていたかもしれない。
「聞いていないか?」
「いや。あまり話もしなかったからな」
ジャックは嘘を言った。このままフレデリックの妻になるなら、余計な火種は撒かない方がいい。
「そうらしいね」
フレデリックは満足そうだった。
「婚約者を決めるのはもう少し先延ばししたいらしいんだ。でも、そんなことを言っている場合じゃないと、今日も説得してきたところだ」
「そうなのか。やはりロストフ公爵は相当強引なのかな?」
「僕はよく知らない。でも、僕と結婚しなければ、本当に愛人にされてしまうかも知れないだろう? デビューして間がないから、ほかに婚約者候補は誰もいないからね。今のうちだよ」
得意そうにフレデリックは声を立てて笑った。
「君のところの父上は渋い顔をしてたと言っていたね?」
ジャックはさっきのフレデリックの話の中で気になった部分があったので聞いてみた。シャーロット嬢は、花嫁として歓迎されていないのだろうか?
フレデリックは正直者だった。包み隠さず打ち明けてくれた。
「それなんだよ。父は小心者でね。バーミンの工場の出荷のうちの十%ほどが帝国に輸出されていくらしい。シャーロット嬢をもらい受けたら、帝国の受けが悪くなるんじゃないかと心配しているんだ」
「ははあ、なるほど」
「だが、母は断然僕を押してくれているんだ。ぜひ、結婚しなさいと」
「それはまた、どうして? 夫君の考えと違うじゃないか」
「シャーロット嬢と結婚すれば、僕がマッキントッシュ家の商売を継ぐことになる。実のところ、実家の商売全体よりマッキントッシュ家の家業の方が大きいのだ。全体で見れば、損失よりその方がずっと大きいと母は言うんだ」
「へえ」
ジャックはなんだか心が冷たくなっていった。誰も、シャーロット嬢の気持ちの話をしていない。
「それにシャーロット嬢はとても美人だ。すぐに僕は惚れ込んだよ」
「シャーロット嬢は君のことを好きなのかね?」
フレデリックは照れたように答えた。
「それは聞いたことがないが、別に不満はないと思っている」
「そうだな。フレデリックは顔立ちも整っているし、誠実ないいやつだ」
面と向かって褒められて、フレデリックは少し照れた。
「まだ十六歳だ。恋に恋するお年頃だ。正直なところ、僕はジャックみたいに話上手じゃないからね。でも、今回の縁談は事情があるだけにうまくいくと思っているんだ」
「その例の誰だかわからない、パーティで出会ったすてきな人と言うのは?」
フレデリックは顔をしかめた。
「誰だか知らない。本人もわかっていないんだろう。気にしなくていいと思う」
ジャックへの礼なんて口実だけだ。
シャーロットとの婚約がうまく決まりそうなので、誰かにしゃべりたかっただけだろう。
フレデリックは結婚式にはぜひ来てほしいと言って帰って行った。
ジャックは帰って行くフレデリックを自室の窓際に立ち尽くして見ていた。
フレデリックは、ピアで二人がどんな時間を過ごしたのか知らない。
モンゴメリ卿もマッキントッシュ夫人も、何も言わないだろう。多分、誰も何も知らない。ボードヒル子爵だけは何か勘づいているかもしれなかった。
シャーロット自身もジャックも何も言わなかった。言葉はどこにも存在しないが、何かがあった。
今更、自分に嘘は付けない。
ピアで過ごした十日ほどの時間は彼を変えてしまった。
だが、言葉がなかったと言うことは、こうまで不安定なものなのか。確証が何もない。
フレデリックと違って、ジャックはシャーロットを知っていた。十六歳なら言うことをすべて聞く子どもだと思ったら間違いだ。
シャーロットは、ジャックと一緒に街に帰ることを拒否した。
あんな苦境に立っても、ジャックに甘える気はさらさらなかった。
そんなシャーロットが、もしどこかで誰かを見染めたのだと言うなら、それは本気の可能性があった。
何か不穏なことを言っていた。どこかの舞踏会ですてきな男性を見染めたとか、そんなことを言っていた。
自分にもフレデリックにも言っているのなら、本当にそんな存在がいるかも知れない。
見た目が素敵なだけの男性より、十日間一緒に過ごして嫌な思いもせず、それどころかとても楽しかった自分の方が、結婚するなら絶対よいだろう!
違いますか? シャーロット嬢?
あなたは言いたいことを言い、自分も素のまま接した。
それで楽しかった。
結婚相手として自分に不足はないだろう?
フレデリックでいいのなら、ジャックだって資格があるだろう。結婚を申し込みさえすればいいのだ。
姉のクリスチンは、もうシャーロット嬢に近づく理由がないのだとジャックが言ったた時、『そんなの、自分で考えなさいよ』と、見下げ果てたように言ったが、それは本当だった。
ジャックは手紙を書いた。会って、申し込めばいいのだ。
ジャックが会いたいと言えば、彼女は絶対来てくれる。それくらいには、想われている。ジャックは感じていた。
でも、ジャックは大事なことを忘れていた。
彼はまだシャーロット嬢に好きだともなんとも言っていなかった。
空気でわかるとか、妄想である。
二人の間にはあれほどの信頼があったと思えるのに、一言も言葉にしていない関係がこんなにもあやふやで、頼りにならないものだとは。
ジャックは今から、何回も断られ、満身創痍になり、すっかり自分に自信を無くしてしまった告白を、もう一度しに行かねばならないのだ。
0
お気に入りに追加
129
あなたにおすすめの小説
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです
こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。
まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。
幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。
「子供が欲しいの」
「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」
それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。
このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。
若松だんご
恋愛
「リリー。アナタ、結婚なさい」
それは、ある日突然、おつかえする王妃さまからくだされた命令。
まるで、「そこの髪飾りと取って」とか、「窓を開けてちょうだい」みたいなノリで発せられた。
お相手は、王妃さまのかつての乳兄弟で護衛騎士、エディル・ロードリックさま。
わたしのあこがれの騎士さま。
だけど、ちょっと待って!! 結婚だなんて、いくらなんでもそれはイキナリすぎるっ!!
「アナタたちならお似合いだと思うんだけど?」
そう思うのは、王妃さまだけですよ、絶対。
「試しに、二人で暮らしなさい。これは命令です」
なーんて、王妃さまの命令で、エディルさまの妻(仮)になったわたし。
あこがれの騎士さまと一つ屋根の下だなんてっ!!
わたし、どうなっちゃうのっ!? 妻(仮)ライフ、ドキドキしすぎで心臓がもたないっ!!
私は既にフラれましたので。
椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…?
※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています
猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。
しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。
本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。
盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。
【完結】捨ててください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。
でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。
分かっている。
貴方は私の事を愛していない。
私は貴方の側にいるだけで良かったのに。
貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。
もういいの。
ありがとう貴方。
もう私の事は、、、
捨ててください。
続編投稿しました。
初回完結6月25日
第2回目完結7月18日
王子殿下の慕う人
夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。
しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──?
「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」
好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。
※小説家になろうでも投稿してます
[完結]婚約破棄してください。そして私にもう関わらないで
みちこ
恋愛
妹ばかり溺愛する両親、妹は思い通りにならないと泣いて私の事を責める
婚約者も妹の味方、そんな私の味方になってくれる人はお兄様と伯父さんと伯母さんとお祖父様とお祖母様
私を愛してくれる人の為にももう自由になります
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる