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第36話 舞踏会への誘い
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「お嬢様、お手紙が」
ジェンが退屈そうにしているシャーロットのところに手紙を持って来た。
シャーロットはつまらなさそうに目をやった。どうせ友達のメアリ・ジェーンが最近の社交界の噂話を書いてよこしたのだろう。
ピアから帰ってきて、一週間近く経つ。
「とにかく、あのロストフ公爵が自国へ戻るまで、家にいて頂戴。あなたは田舎の親戚のところへ行っていることになってるの」
母が言った。
ロストフ公爵の愛人狩りが表ざたになった時、おびえた令嬢たちは家から出ず、社交界は火が消えたようだったが、ロストフ公爵がピアに出かけた途端、退屈した令嬢たちは、堰を切ったようにパーティに現れだした。
そのうちロストフ公爵の動きがわかってきた。おおむね候補者がシャーロットに絞られた様子を知ると、彼女たちは安心してロストフ公爵が出ない夜会に参加したり、密かにお茶会を催したりしていた。
シャーロットだけはそうはいかなかった。用心のために家に閉じ込められていた。新しいドレスを何着も用意してあったのに。
メアリ・ジェーン以外には、フレデリックから手紙が来た。
シャーロットは田舎に行っていることになっているので、彼はマッキントッシュ家を訪ねることが出来ず手紙をよこすのだったが、残念ながらフレデリックに文才はなかった。
読むのが真剣にめんどくさい。
メアリ・ジェーンが愛用する薄桜色の用箋でなく、色気も何もない白い用紙の手紙は間違いなくフレデリックからだ。
めんどくさそうに手に取ったが、字を見た途端、シャーロットの心はどきんと揺れた。
フレデリックからではない。あの人の字だ。
前置きも何もなく、短い手紙だった。
『明日の晩のメリルホテル主催の仮面舞踏会に参加しませんか。
公爵は来ません。いつかのネックレスを探します』
J.Pとだけサインが読めた。ジャックだ。ジャックの字だ!
「ジェン!」
シャーロットは叫んだ。
「仮面舞踏会に行くわ」
ジェンは驚いた。ヒルダもだ。
「急にどうされたのですか? お嬢様」
「ダメでございますよ。ご両親お二人とも絶対に外に出るなとおっしゃっています」
「仮面舞踏会ですもの。顔はわからないわ。もう、うんざりしたの。ずっと家に閉じこもっているじゃない。ホテルの仮面舞踏会にロストフ公爵は出ないわ」
「お嬢様」
「絶対に行くわ。何があっても行きますからね。こんな生活、もう、うんざり」
侍女の二人は顔を見合わせた。
気持ちはわかる。
若い娘がずっと外に出ていないのだ。
「いいじゃないの。仮面をつけて出れば誰にもわからないわ」
いつもお嬢様じゃないみたいだ……。
両親がいたら止められただろう。
だが、彼女は出かけて行った。あのネックレスと耳飾りを付けて。
仮面の下で彼女は赤くなったり、青くなったりしていた。
ロストフ公爵のことなんかどうでもよかった。
大事なのはジャックだった。
『会える!』
彼の字なのは間違いなかった。同じような白の紙なのに、フレデリックからの手紙は味気なく、ジャックからの手紙は光を放っているようだった。
会場について、シャーロットは静かに壁際に佇んだ。
シャーロットにそんなつもりはなかったのだけれど、彼女は目立った。
顔を隠していても、すらりと均整の取れた美しい姿は遠くからでも人目を引いた。
彼女の白い胸には、ジャックからのネックレスがきらめいている。耳飾りが目立つように髪をあげてもらった。
彼女はジャックに見つけてもらうしかないのだ。
目印は、いつかピアで買ってもらったネックレスと耳飾りだけ。
目立たなくてはならない。だが、ほかの男に声をかけられるのは困る。
「そんなに蠱惑的なスタイルをしているのに、踊らないなんてどうしてなの?」
ネックレスが目立つように胸を強調しすぎたのかも知れない。あっさり身を引いてくれる男もいたが、知らない男が結構しつこい。
身なりがよく、若くてイケメンそうな男の方が強引なことに驚いた。いくらでも相手がいるだろうに。そしてオジサンたちより、彼らは熱心でとても名残惜しそうだった。惹かれているのだ。
シャーロットには、ちょっとした驚きだった。
「待っている人がいるので」
「仮面舞踏会で?」
その男性は質問返しをしてきた。
事情があるのよ! と言い返したがったが、そう言えばまた会話が成立してしまう。なんの事情?と聞き返されるのが目に見えていた。
「仮面舞踏会であっても、忘れがたい人はいるものですよ」
懐かしい声がした。
シャーロットは振り返った。
「やっと、見つけた」
よく知る声がそう言って、ジャックの手が彼女の手を取った。
ジェンが退屈そうにしているシャーロットのところに手紙を持って来た。
シャーロットはつまらなさそうに目をやった。どうせ友達のメアリ・ジェーンが最近の社交界の噂話を書いてよこしたのだろう。
ピアから帰ってきて、一週間近く経つ。
「とにかく、あのロストフ公爵が自国へ戻るまで、家にいて頂戴。あなたは田舎の親戚のところへ行っていることになってるの」
母が言った。
ロストフ公爵の愛人狩りが表ざたになった時、おびえた令嬢たちは家から出ず、社交界は火が消えたようだったが、ロストフ公爵がピアに出かけた途端、退屈した令嬢たちは、堰を切ったようにパーティに現れだした。
そのうちロストフ公爵の動きがわかってきた。おおむね候補者がシャーロットに絞られた様子を知ると、彼女たちは安心してロストフ公爵が出ない夜会に参加したり、密かにお茶会を催したりしていた。
シャーロットだけはそうはいかなかった。用心のために家に閉じ込められていた。新しいドレスを何着も用意してあったのに。
メアリ・ジェーン以外には、フレデリックから手紙が来た。
シャーロットは田舎に行っていることになっているので、彼はマッキントッシュ家を訪ねることが出来ず手紙をよこすのだったが、残念ながらフレデリックに文才はなかった。
読むのが真剣にめんどくさい。
メアリ・ジェーンが愛用する薄桜色の用箋でなく、色気も何もない白い用紙の手紙は間違いなくフレデリックからだ。
めんどくさそうに手に取ったが、字を見た途端、シャーロットの心はどきんと揺れた。
フレデリックからではない。あの人の字だ。
前置きも何もなく、短い手紙だった。
『明日の晩のメリルホテル主催の仮面舞踏会に参加しませんか。
公爵は来ません。いつかのネックレスを探します』
J.Pとだけサインが読めた。ジャックだ。ジャックの字だ!
「ジェン!」
シャーロットは叫んだ。
「仮面舞踏会に行くわ」
ジェンは驚いた。ヒルダもだ。
「急にどうされたのですか? お嬢様」
「ダメでございますよ。ご両親お二人とも絶対に外に出るなとおっしゃっています」
「仮面舞踏会ですもの。顔はわからないわ。もう、うんざりしたの。ずっと家に閉じこもっているじゃない。ホテルの仮面舞踏会にロストフ公爵は出ないわ」
「お嬢様」
「絶対に行くわ。何があっても行きますからね。こんな生活、もう、うんざり」
侍女の二人は顔を見合わせた。
気持ちはわかる。
若い娘がずっと外に出ていないのだ。
「いいじゃないの。仮面をつけて出れば誰にもわからないわ」
いつもお嬢様じゃないみたいだ……。
両親がいたら止められただろう。
だが、彼女は出かけて行った。あのネックレスと耳飾りを付けて。
仮面の下で彼女は赤くなったり、青くなったりしていた。
ロストフ公爵のことなんかどうでもよかった。
大事なのはジャックだった。
『会える!』
彼の字なのは間違いなかった。同じような白の紙なのに、フレデリックからの手紙は味気なく、ジャックからの手紙は光を放っているようだった。
会場について、シャーロットは静かに壁際に佇んだ。
シャーロットにそんなつもりはなかったのだけれど、彼女は目立った。
顔を隠していても、すらりと均整の取れた美しい姿は遠くからでも人目を引いた。
彼女の白い胸には、ジャックからのネックレスがきらめいている。耳飾りが目立つように髪をあげてもらった。
彼女はジャックに見つけてもらうしかないのだ。
目印は、いつかピアで買ってもらったネックレスと耳飾りだけ。
目立たなくてはならない。だが、ほかの男に声をかけられるのは困る。
「そんなに蠱惑的なスタイルをしているのに、踊らないなんてどうしてなの?」
ネックレスが目立つように胸を強調しすぎたのかも知れない。あっさり身を引いてくれる男もいたが、知らない男が結構しつこい。
身なりがよく、若くてイケメンそうな男の方が強引なことに驚いた。いくらでも相手がいるだろうに。そしてオジサンたちより、彼らは熱心でとても名残惜しそうだった。惹かれているのだ。
シャーロットには、ちょっとした驚きだった。
「待っている人がいるので」
「仮面舞踏会で?」
その男性は質問返しをしてきた。
事情があるのよ! と言い返したがったが、そう言えばまた会話が成立してしまう。なんの事情?と聞き返されるのが目に見えていた。
「仮面舞踏会であっても、忘れがたい人はいるものですよ」
懐かしい声がした。
シャーロットは振り返った。
「やっと、見つけた」
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