陰陽師と伝統衛士

花咲マイコ

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結婚指輪喪失事件

8☆思い出と想い出

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 あれは、瑠香にとって愛おしい妻が亡くなって暫くして落ち着いた頃にルカの神との誓約により宮中に出仕した。
 仕事はこなすが悲しみ漂う瑠香に東殿下が逢い引き廊下に設置された道祖神の小さな石像の事をお話になられた。

「あの時の二人のラブラブぶりを僕がデザインしておさめた道祖神は今や絶大の縁結びスポットになってるよ」
 と言っていた。
 その道祖神のモデルは、まだ初々しい恋人同士だった時、瑠香は葛葉子を膝の上にのせて葛葉子の柔らかい胸の中に顔を埋めて抱き合っていた所を東殿下に見られた。
 そのイチャイチャぶりを愛を告白し結ばれると言われていた逢引廊下の道祖神の石像にしたと言っていた。

 とてもあのときの懐かしい気分を感じたくなって、興味がわき見たくなった。

 侍女寮と舎人寮の間に隔てるような大廊下の突き当りの壁にその像は置かれていた。
 石像は男女が、お互い抱き合うような形の道祖神だった。
 そして、設置されて十五年の歳月が経っている。
 それは、葛葉子とともに過ごした年月でもあった。

 狩衣の男神と巫女装束の女神の白い石に掘られた道祖神だった。
 抱き合って見つめている姿は相思相愛、見ているこっちが恥ずかしくなるような恋人の抱擁している石像だ。
「ほんっと、似ている…」
 瑠香は苦笑しながらもの思う。
 十五年の夫婦、家族生活の幸せな気持ちを思い出す。
 今に思えば十五年という歳月も長い月日に感じる。
 だけど、葛葉子と、もっとそばにいたかった……

逢いたい…逢いたいよ…葛葉子……
夢でもいいから……

 と、つい強く願い拝んでしまっていた。

 宮中で葛葉子を感じたくなるとふらっと訪れては、気持ちを込めて願うようになっていた。
 物忌みや休暇のときではなくてば墓参りはできない。
 死は不吉の卦を連れてくるから…
 ならばと、自分たちに似たこの神に願っていた。
 神ならば穢は無いのだから…
 それで少しは心が癒やされていた。

 そんな、哀愁漂う色男の瑠香にときめく侍女たちの心を察して、時間を見計らって道祖神に拝みに行くことにしたのだが、一人の侍女職員が仕事を抜け出して、必死に拝んでいた。
 瑠香はその女の記憶を覗くと、
中堅でもあって、若い職員に
「道祖神に願っても意味ないわ!仕事しなさい!」
 と叱りつつ実は自分が一番気になっていたらしい。

「もう年なので、運命の人が現れますようにっ!なみあむだーなむあみだ!」
 と強く願っていた。
 その必死な様子につい、瑠香は
「ぷっ!」と笑ってしまった。
「なっ⁉」
 必死だったために後ろに瑠香がいることに気がつかず振り向いて瑠香を見た。
「あ、申し訳ない…あまりにも必死に拝んでいたので…」
 瑠香は口元を抑えて笑いを堪えた。それはとても美しかった。
 そんな瑠香を見た瞬間、胸がなる。
 ドキドキ胸が高鳴る。頬が熱くなる。
 
「あなたは…もしかして噂の?」
 陰陽寮職員がこの道祖神に願い事をしているのを知っていたけれど…
 こんなに素敵な人だったとは…と瑠香に見惚れる。
 しかも、どことなくこの道祖神の男神様に似ている……
 いえ、これはもしや、

「あなたが、私の運命の人…?」
 瞳を輝かせて頬を染めてるかを見つめてつぶやいていた。

(この人が神様が運んでくれた運命の人なのよ!)
 と思い込んだ。
 その後、恋は盲目というように、瑠香につきまとって、自分の気持ちをアピールして来た。
 陰陽寮にまで押しかけるほどに…
 瑠香は流石に迷惑を感じて、自分を好きだという記憶を相性の良い他の男に変えさせて、適当にあてがった。

 それでおさまればよかったのだが、瑠香が記憶を変えてあてがった男がドメスティックな人格だった。
 いくら誕生日占いの相性が良くても、成熟していない未熟な魂心の持ち主は誰をも不幸にする。
 無理やりあてがわれた縁ならなおさらだ。

 夫の暴力で怪我をして病院で昏睡状態が続いている鷹島絢子…

(その中でやっぱり私が好きなのは瑠香さん。
 瑠香さんに振り向いてもらいたい…隣に寄り添いたい…一度でいいから…結ばれたい…

夢でもいいから…

 神さまどうか、最後にこの願いを聞いてください…)

「夢ならいいなら……すこしだけだよ…」

 白い狐が現れて、サファイアの指輪を媒体に瑠香さんとの夢を見る……

 でも、夢だけでは物足りない……

 すべての記憶をすり替えてでも、結ばれてやるんだから……

 瑠香に、そうされたように……
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