【完結】狐と残火

藤林 緑

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成り損ない

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 しばらくすると、目が慣れてくる。予想通り、人の手が入っているようだ。近場にあった蝋燭と火打ち石。何者かが使っていたであろうそれに着火し、明かりとしつつ進んだ。やがて、少し開けた場所に出る。
「う……」
「こ、これは?」
 開けた場所には二枚の畳と、うず高く積まれた夥しい数の資料。平たい岩の上には大きな布が敷かれ、薬研や石臼、乳鉢が置かれていた。そして、その道具はどれも薄蒼く光って見えた。
「もしかして、星怪の」
「あ、あれか!!」
 二人は見たことがある。巨大な星怪が咥えていた宝石のような物体。それを挽いた物が、薬研などに付着した粉なのだろう。それを焔が手に取ろうとした。
「助けて」
「なにっ!?」
 声がした。若い男の声だ。震える弱々しい声。洞窟の奥から聞こえた。仁之助は手に持った蝋燭を振るい、照らす。何かが反射した。線上の軌跡が何本か並んでいる。それは、二点だけ途切れている。
「牢じゃないか」
「そこに、誰か、いるのか。あの、女ではない」
 牢に巻き付くのは肉であった。元々手だったのか、ぐしゃぐしゃに潰れた肉塊に小さな骨が混じり、鉄格子に纏わり付いていた。
「よ、妖怪!?」
「……ああ、違う。俺は、その」
「人間、ですよね」
 仁之助を制し、焔が牢へ近付いた。焔は仁之助から蝋燭を受け取り、中を照らす。酷い有様であった。あらゆる臓器や器官を蒔き散らしながらも、中の生物は生きていた。周囲には同様の者達が転がっている。それらは、既に息が無い。
「それで、あったけど、お、鬼だ」
「っ!!」
 唯一形を保った上半身から伸びた頭から、角らしき突起物が生えている。
「俺は、鬼に、成り切れなかったらしくて、中途半端らしい。そだ、く、薬、薬を飲まされて、こうなった」
「……周りの、人達は?」
「こいつらも、薬を飲まされた。けど、合わなかったらしい。でも、俺の後の奴は、綺麗だった」
「綺麗?」
 焔が眉を上げた。鬼の成り損ないは、何度も頷いた。
「薬が、安定した、って、言っていた。何人か、鬼の薬を飲んで、無事だった」
「あぁ、整理するとこうか?鬼の薬は最初、人が飲むと死ぬ薬だったけど、実験のうちに完成したって?で、あなたは中途半端な鬼で、何人か薬に適正のある者が居たと?」
「あう、そ、そう。お前、頭良い」
 仁之助の話に鬼の成り損ないは手と思わしき肉塊を震わせる。焔はしばし考えた後、続けて問う。
「それで、その薬を作った人は?」
「材料が足りない、とか言っていた。妖怪の死体がどうとか」
「妖怪……」
「あ、あと、戦がどうとか」
 どうやら妖怪の死体から鬼の薬を作るらしい。その時、焔の後方から声がした。仁之助が口を開けている。
「鳴き谷……」
「……っ!!」
 仁之助が洞窟の入口へ走った。焔も後を追おうとする。
「あ、待って、待って」
「ど、どうしました」
「助けて、助けて……、殺してくれよ」
「……」
 成り損ないの目が焔を映した。綺麗に反射した眼球の表面は濡れている。焔は鉄格子の側に屈むと、懐から手袋を取り出した。それは、鉄蔵の所から持ち出した鍛冶手袋。それをはめた。かつて、手であった器官を優しく撫でた。
「……また、来るから。仇取って、その後に、必ず」
「……ありがとう。気を付けて」
 焔は踵を返した。洞窟の声から、細々とした声が止むことは無かった。

「焔、早く!!」
「わかってる!!」
 仁之助の声に急かされつつ外へ飛び出た。急いで崖を登る。ふと、赤色が差した。
「火の手が……」
「里が、燃えている!?」
 赤黒い空に煙が燻る。里の方面へ向けて明るさを増す赤は不吉を予兆した。仁之助は前のめりになるままに駆け出した。彼の後ろを焔は駆ける。
「は、早くっ!!早く!!」
「……っ!?」
 焔は仁之助の背を掴み、思いっきり引き寄せた。彼の身体が撥条のように撓る。
「んだよっ!?」
「……人影」
 焔の言う人影は、枯木の後方より姿を見せた。背の高めの、すらりとした細目が印象的な女。
「鈴さん」
 薬師の鈴はゆるりと歩み寄る。普段と何も変わらない所作。ただ一つ違う点を挙げるならば、槍を携えている事であろうか。ひゅっ、と一息に鈴は槍先を薙いだ。
「あの洞窟、手掛かりはありました?」
「……」
「なら、伝えておきましょう。鬼の薬を作ったのは私です」
「そんな」
 信じ難い、信じたくない事実を鈴は笑顔で口にする。
「今夜、忍の里は無くなります。忍より強く、使い勝手の良い兵を作る為に」
「な、何を言って」
「鬼兵隊、あの方はそうお呼びになられました。それを作る為には、多くの妖怪の死体が必要です」
 言い切った時、焔の側から仁之助が飛んだ。彼は鎖鎌を構え、鈴の首を刈り取りにかかった。鈴は槍を傾けて仁之助の攻撃を受け止める。
「ふざけんなよ……」
「これから、鳴き谷を接収します。鬼を作るとして、それを許す里ではないでしょう?そして、貴方でも」
「っ、行け!!焔っ!!」
 一瞬の逡巡の後、焔は大回りして鈴を追い越す。
「ふんっ」
 槍が仁之助を弾き飛ばした。鈴は瞬き一つもせず、焔が里へ向かう事を許してしまう。二人の間に静寂が訪れる。
「……何故、見過ごした。槍を伸ばせば届いただろ」
「通せ、と言われているので」
 仁之助の言葉につまらなそうに答える鈴。その語気には怒りのような感情が含まれていた。
「仁之助殿は、どちらでも構わないと言われておりますので」
「なら、俺も通してくれないか?」
 鈴は仁之助を無視して槍を下段に構え直した。
「手合わせ、願います」
「……やってやろうじゃないか」
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