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正対する刃
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「はあっ、はあっ」
徐々に早くなる鼓動を押さえつけて走る。もうそろそろ里へ着く。夢中で草木の中を駆け巡る。ふと、足に何かがぶつかり、焔は宙をくるりと回った。
「んっ、あれは……!!」
丸太か何かに足を取られたか。そう思ったが、鈍い感触であった。道に倒れていたのは忍の脚であった。木に寄り掛かっている彼の胸元には深々とした刀傷があり、肉が抉れていた。
「……ほ、む、ら」
「米助、さん」
その忍は、炊事担当である米助であった。野犬の妖怪を共に倒した仲間である。彼は少しばかり身動ぎしようとするが、力が入らないらしく諦めたようで視線を焔へ向けた。
「何処へ、行っていた?」
「……ごめんなさい」
焔はただ、謝ることしか出来なかった。それに、なんの意味が無いとしても。米助は荒い呼吸をした後に。
「にげ、ろ」
そのまま事切れた。かつて米助であった者は、ずるりと木の幹を滑り落ちた。
「っ、うっ……」
焔は唇を噛む。弔っている時間は無かった。彼女は米助の懐から使えそうな手裏剣や苦無を拝借すると、再び駆け出す。
大木へと鉤爪を投げて木の上へ上がる。飛び、駆け、跳ねた先に里が見えた。
「あ、あぁ」
忍の里は酷く荒らされていた。彼方此方の小屋は潰れ、崖際の洞窟からは煙が上がり、時折破裂音が鳴っている。中に居た者も無事ではあるまい。
「うおおおっ!!」
「持ちこたえろ!!伝達は出ているな!?」
「芹の兵が来るまでだ!!」
仲間の遺体が転がった場所でなお、抵抗を続ける者が居た。彼等は武器を手に敵へ向かっていく。
「……鬼!!」
焔は忍達の向かう先、敵の頭部に生えた角を視認した。鬼の数は五人。忍の攻撃を物ともせず、文字通り忍を千切っては投げている。焔は加勢に向かおうとするが、足が止まった。
「何故、一箇所に居る?」
忍の里を滅ぼす事が目的であれば、鬼の力を持ってすれば一人ずつ、各所で暴れれば良い。なんなら、そのほうが早く制圧出来るであろう。しかし、彼等は五人で戦いを続けている。戦い方もそうだ。時間を掛けて戦っているようにも見える。鬼には言葉や思考力がある事を焔は知っていた。
「時間を稼いでる……」
導き出した答えはそれだった。瞬間、声が聞こえた。
「頭領は!?」
「隆豪様の守護へと!!」
それだ。焔は悟った。鬼の目的は忍の里を滅ぼすと同時に、芹国の城主を始末する事であったのだ。そして、隆豪が泊まっているのは道場のはず、そこからの退路は。
「道場裏の細道!!」
彼女は木々を飛び越した。忍の里、最奥の道場。かつて修行の際に入り浸った道場へと向かった。
道場へと至る道は静かであった。見誤った、焔は思ったが耳に金属音が聞こえた。何者かが、道場で戦っている。
「急がなくては!!」
道場の屋根が見えた瞬間、木から飛び降り地を滑る。勢いのままに道場の戸を蹴破った。
「あ……」
そこには、頭領が居て。あの時と同じよう、華麗とも呼べる剣技で白銀を閃かせていた。それと交差するような軌跡を描くのは、群青色の。
「……は」
雫が、飛沫が顔に弾けた。真っ赤な雫。目の前の景色が崩れていく。身体が足元から崩折れていく。
「頭、領ぉぉぉッ!!」
また、見知った者が倒れる。焔は如何ともし難い思いを再び味わうこととなった。彼女は頭領に駆け寄ると、倒れる身体を支えて横倒しにする。
「ほ、むらか」
「頭領!!」
「ふ、ふふ、済まないな。仇すら、取れなんだ」
自嘲するように頭領は笑い、意識を失った。焔は歯噛みすると、一息に小太刀を引き抜く。鋭い眼光は前方へと向けられる。そこに居た。
「人の身で、良くぞここまで高めたわ」
「……隆豪、様」
「まだ、様を付けてくれるのか?ん?」
姿を見せたのは羽織りを真っ赤に染めた隆豪であった。無数の傷付く身体でも、彼は笑みを浮かべていた。
「何故、このような事を」
「言ったはずであろう。天下統一、世の平和。此の世の武力を集中させると」
「……ならば、貴方は!!」
「そう、鬼だ。貴様が鬼と呼ぶそれだとも」
隆豪は大きく笑ってみせた。焔は抱きかかえた頭領の身体を道場の床へと寝かせると、隆豪に正対する。
「……食えない人だとは思っていましたが、ここまでとは」
焔は摺り足で隆豪へ迫る。
「民の命を背負うには、これぐらいが丁度良いのよ」
隆豪は握った群青色の刀を、「一途」ごと両腕を大きく広げた。
「……そのよく回る舌、貰い受ける!!」
焔が一足で踏み込む。狙うは一点、喉元。しかし、寸前で群青色の刃に阻まれる。
「貴様こそ、賢しく、剛胆であるな。今も、狙える距離を計っていたろう」
「黙れ!!」
「そこが、気に入った!!」
刃が滑り、火花が散る。焔の打つ連撃を隆豪は一発、一発弾いていく。全身から流血しているとは思えない俊敏な動作。これまで多くの戦場を駆け抜けた者の洗練された武である。
「俺はな、最強の軍を作る!!」
「鬼兵隊など、世迷言を!!」
「おお、知っているではないか!!鈴から聞いたか!!あれは良い女だ!!聡明で、野心のある!!」
入れ代わり立ち代わり、刀を振り、受ける。徐々に加速している両者の剣戟。
「忍よりも役に立とうよ!!なにせ、鬼の軍なのだから!!」
「……っ!!そんな一言で!!殺されてたまるものが!!」
大きく金属音が響いた。隆豪の構えた刀は上段、攻め時は今。焔は横薙ぎの一撃を放つ。狙うは足元、風切音を鳴らす。
「見切ったわ!!」
隆豪は小さく跳躍する。焔の一撃は避けられる。再び攻守が逆転する。袈裟斬りの形で隆豪は豪腕を振るおうとする。
「っ!!」
「らああああっ!!」
焔は自身の強みを理解していた。小柄な彼女の動きは小回りが利く。横薙ぎの勢いを利用した高速回転で、再び隆豪へ正対。一撃の隙を補う二撃目。隆豪の胸元を刺し貫いた。平突き。肋骨と肋骨の間を刺し貫く。心臓からは外れたが、大きな一撃に変わり無い。隠し持っていたのだろうか、青い錠剤が散らばった。それは、彼が正しく鬼であった事を示していた。
徐々に早くなる鼓動を押さえつけて走る。もうそろそろ里へ着く。夢中で草木の中を駆け巡る。ふと、足に何かがぶつかり、焔は宙をくるりと回った。
「んっ、あれは……!!」
丸太か何かに足を取られたか。そう思ったが、鈍い感触であった。道に倒れていたのは忍の脚であった。木に寄り掛かっている彼の胸元には深々とした刀傷があり、肉が抉れていた。
「……ほ、む、ら」
「米助、さん」
その忍は、炊事担当である米助であった。野犬の妖怪を共に倒した仲間である。彼は少しばかり身動ぎしようとするが、力が入らないらしく諦めたようで視線を焔へ向けた。
「何処へ、行っていた?」
「……ごめんなさい」
焔はただ、謝ることしか出来なかった。それに、なんの意味が無いとしても。米助は荒い呼吸をした後に。
「にげ、ろ」
そのまま事切れた。かつて米助であった者は、ずるりと木の幹を滑り落ちた。
「っ、うっ……」
焔は唇を噛む。弔っている時間は無かった。彼女は米助の懐から使えそうな手裏剣や苦無を拝借すると、再び駆け出す。
大木へと鉤爪を投げて木の上へ上がる。飛び、駆け、跳ねた先に里が見えた。
「あ、あぁ」
忍の里は酷く荒らされていた。彼方此方の小屋は潰れ、崖際の洞窟からは煙が上がり、時折破裂音が鳴っている。中に居た者も無事ではあるまい。
「うおおおっ!!」
「持ちこたえろ!!伝達は出ているな!?」
「芹の兵が来るまでだ!!」
仲間の遺体が転がった場所でなお、抵抗を続ける者が居た。彼等は武器を手に敵へ向かっていく。
「……鬼!!」
焔は忍達の向かう先、敵の頭部に生えた角を視認した。鬼の数は五人。忍の攻撃を物ともせず、文字通り忍を千切っては投げている。焔は加勢に向かおうとするが、足が止まった。
「何故、一箇所に居る?」
忍の里を滅ぼす事が目的であれば、鬼の力を持ってすれば一人ずつ、各所で暴れれば良い。なんなら、そのほうが早く制圧出来るであろう。しかし、彼等は五人で戦いを続けている。戦い方もそうだ。時間を掛けて戦っているようにも見える。鬼には言葉や思考力がある事を焔は知っていた。
「時間を稼いでる……」
導き出した答えはそれだった。瞬間、声が聞こえた。
「頭領は!?」
「隆豪様の守護へと!!」
それだ。焔は悟った。鬼の目的は忍の里を滅ぼすと同時に、芹国の城主を始末する事であったのだ。そして、隆豪が泊まっているのは道場のはず、そこからの退路は。
「道場裏の細道!!」
彼女は木々を飛び越した。忍の里、最奥の道場。かつて修行の際に入り浸った道場へと向かった。
道場へと至る道は静かであった。見誤った、焔は思ったが耳に金属音が聞こえた。何者かが、道場で戦っている。
「急がなくては!!」
道場の屋根が見えた瞬間、木から飛び降り地を滑る。勢いのままに道場の戸を蹴破った。
「あ……」
そこには、頭領が居て。あの時と同じよう、華麗とも呼べる剣技で白銀を閃かせていた。それと交差するような軌跡を描くのは、群青色の。
「……は」
雫が、飛沫が顔に弾けた。真っ赤な雫。目の前の景色が崩れていく。身体が足元から崩折れていく。
「頭、領ぉぉぉッ!!」
また、見知った者が倒れる。焔は如何ともし難い思いを再び味わうこととなった。彼女は頭領に駆け寄ると、倒れる身体を支えて横倒しにする。
「ほ、むらか」
「頭領!!」
「ふ、ふふ、済まないな。仇すら、取れなんだ」
自嘲するように頭領は笑い、意識を失った。焔は歯噛みすると、一息に小太刀を引き抜く。鋭い眼光は前方へと向けられる。そこに居た。
「人の身で、良くぞここまで高めたわ」
「……隆豪、様」
「まだ、様を付けてくれるのか?ん?」
姿を見せたのは羽織りを真っ赤に染めた隆豪であった。無数の傷付く身体でも、彼は笑みを浮かべていた。
「何故、このような事を」
「言ったはずであろう。天下統一、世の平和。此の世の武力を集中させると」
「……ならば、貴方は!!」
「そう、鬼だ。貴様が鬼と呼ぶそれだとも」
隆豪は大きく笑ってみせた。焔は抱きかかえた頭領の身体を道場の床へと寝かせると、隆豪に正対する。
「……食えない人だとは思っていましたが、ここまでとは」
焔は摺り足で隆豪へ迫る。
「民の命を背負うには、これぐらいが丁度良いのよ」
隆豪は握った群青色の刀を、「一途」ごと両腕を大きく広げた。
「……そのよく回る舌、貰い受ける!!」
焔が一足で踏み込む。狙うは一点、喉元。しかし、寸前で群青色の刃に阻まれる。
「貴様こそ、賢しく、剛胆であるな。今も、狙える距離を計っていたろう」
「黙れ!!」
「そこが、気に入った!!」
刃が滑り、火花が散る。焔の打つ連撃を隆豪は一発、一発弾いていく。全身から流血しているとは思えない俊敏な動作。これまで多くの戦場を駆け抜けた者の洗練された武である。
「俺はな、最強の軍を作る!!」
「鬼兵隊など、世迷言を!!」
「おお、知っているではないか!!鈴から聞いたか!!あれは良い女だ!!聡明で、野心のある!!」
入れ代わり立ち代わり、刀を振り、受ける。徐々に加速している両者の剣戟。
「忍よりも役に立とうよ!!なにせ、鬼の軍なのだから!!」
「……っ!!そんな一言で!!殺されてたまるものが!!」
大きく金属音が響いた。隆豪の構えた刀は上段、攻め時は今。焔は横薙ぎの一撃を放つ。狙うは足元、風切音を鳴らす。
「見切ったわ!!」
隆豪は小さく跳躍する。焔の一撃は避けられる。再び攻守が逆転する。袈裟斬りの形で隆豪は豪腕を振るおうとする。
「っ!!」
「らああああっ!!」
焔は自身の強みを理解していた。小柄な彼女の動きは小回りが利く。横薙ぎの勢いを利用した高速回転で、再び隆豪へ正対。一撃の隙を補う二撃目。隆豪の胸元を刺し貫いた。平突き。肋骨と肋骨の間を刺し貫く。心臓からは外れたが、大きな一撃に変わり無い。隠し持っていたのだろうか、青い錠剤が散らばった。それは、彼が正しく鬼であった事を示していた。
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