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不死身の鬼
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「……」
「手負い相手とはいえ、ごぶっ、おっ、ごぼぼっ、やるじゃあないか」
隆豪は血を吐く。焔は殺意を緩めない。胴体を両断しようとするほどの力を込める。
「だがな、何故俺が一国の城主をやってるか、考えるべきだったな」
「なっ!?」
隆豪は胸元の刀を素手で掴むと、無理やり引き抜いた。
「人より、身体が、丈夫だからに決まっとろうが」
苦痛を感じてなお、口角を上げ笑っていた。焔はその笑みの奥に、この男の真髄を見つけた。何処までも抜け目無く、傲岸不遜なこの男の。彼の奥歯、群青色に光っている。床に落ちた錠剤と同じ。
「貴様ぁ!!」
「ふんっ!!」
舌を噛み千切る勢いで隆豪は歯を食いしばった。骨が折れる音に混じり、歯が砕ける音がした。隆豪は焔を蹴り飛ばす。
「ぐあっ!!」
「仕込んでおいたのよ!!死にかけでも飲めるよう、奥歯になぁ!!」
「こ、このっ!!」
「この俺の体力、強靭な肉体こそ、この薬を活かす事が出来る!!俺は神に愛されたのだ!!」
隆豪の身体は見る見るうちに変貌を始める。その姿は、何度も夢に見た鬼の姿であった。皮膚や肉が密度を増し、傷が蠢き縫い糸のような繊維が走り塞がる。老体に差し掛かった肉体が骨ごと生まれ変わるように、その身をまるごと鎧と成す。
「このような事が……」
焔が思わず零した言葉に、隆豪は過剰な反応を見せた。前のめりになり、言い聞かせるように語り上げる。
「そうだ!!許されてなるものか!!許されなくて結構!!この行為が褒められるものでないことなど、理解している!!だが、他人から、真っ向から否定された事はこれが初めてだ!!」
太い指を焔へ指差し、目を細める。
「俺は、それも含め乗り越える必要がある!!無論、お前の死すら!!踏み躙る必要がある!!それが此の世を統べるという事!!それが、此の世の礎としての責務!!俺はこの生涯、最後の人間の相手として貴様を選ぶ!!付き合って貰うぞ!!」
「驕るな!!」
焔は果敢に鬼へと斬りかかる。二度三度刃を交わすが、力の差は歴然であった。焔の動きには、受けるという行為が少なくなってきた。それを見逃す隆豪ではない。
「ぬんっ!!」
回避に合わせた掌底、腰の入らない大した動きでもない筈だが、焔の身体を吹き飛ばすには十分であった。隆豪は追撃として走り込み、焔の肩口を掴み床へと叩き付ける。
「これで、終わりか?焔?」
「ぐっ、あっ」
踏み付けられ、身動きが取れない。刀を振ろうにも足元を不格好に斬りつけるだけでは意味が無い事を理解していた。万事休す。隆豪は前傾姿勢の後、焔の顔を眺める。
「ふふ、これで、終いだ!!」
「……せっ!!」
あろうことか、焔は刀の柄で道場の床板を抜いた。隆豪の余裕の表情が歪む。視線は腹部へと落ちる。
「馬鹿な……、何故、武器が」
隆豪の腹部には槍が突き刺さっていた。その槍は、焔の叩いた床板から伸びていた。緩んだ足に苦無を深々と刺し込む。堪らず、隆豪は蹌踉めいた。
「ここは、忍の道場。あらゆる所に武器が隠してある。油断したな」
「ふ、ふふ、面白い」
「笑ってられるのも今のうちだぞ」
焔は隆豪の腹から伸びた槍を踏み付けると同時、別の床板を踏む。槍は折れ、床板から跳ねるように出てきたのは手斧、それを脇腹へ振り抜く。骨と衝突したのを確認すると二撃目を腹部の槍先ごと叩く。
「ぐっ、おおおっ!!」
反撃とばかりに隆豪は焔を掴み、壁へ投げ飛ばす。空中で翻ると、焔は足を伸ばす。壁の仕掛けが作動する。苦無と手裏剣が飛び出した。一部は焔の身を傷付けるが、彼女はそれを臆する事なく隆豪への追撃へ向かう。
「ぬっ!?」
手裏剣と共に隆豪へ向かった焔は衝突の直前で減速する。迷った隆豪の腕や胸に手裏剣と苦無が刺さる。持ち上がった上体、出来た隙を見て足元に滑り込む。再度踏み抜いた床板からは鎖鎌、焔は分銅を隆豪の首へと引っ掛け、首の骨をへし折る勢いで引き絞る。
「ぐっ!!ぐぐっ!!」
隆豪も堪らず唸りを上げる。この機を逃す手はない。焔は片手ながらも、背部から心臓への一突きを狙いにいった。
「むっ!?」
刃が、入らない。何かに弾かれた。目を丸くした焔の顔が揺さぶられた。気が付けば、鎖ごと身体は宙に浮いている。
「力比べなど、馬鹿な真似をしたばかりに!!」
隆豪は首に絡まった鎖を腕に巻き付け、焔を引き寄せると蹴り上げた。焔は天井へと激突し、落下する。
「がっ!?」
「これが俺の隠し玉だ!!」
隆豪は背部に手を回し、羽織りを千切る。その手には羽織りの布地と共に板状の鋼を取り出した。刀が弾かれたのはあの鋼板のせいか。鋼板は厚みがあり、細長い箱のようにも見える。
「火薬の、匂い!?」
焔は立ち上がろうと手を着いた。
「点火ァ!!」
鬼の爪が擦れ、火花が散った。鋼板の中身が弾き出される。無数の火薬玉が放たれ、連鎖で爆発していく。花火の応用か、それは道場内を火の海にした。
「ぐあああっ!!」
炸裂した火薬玉の多くは焔の衝突した天井を崩落させ、大穴が空いた。砕けた燃え盛る破片は焔を押し潰し、灼熱の檻に焔は囚われる。
「……え、あ」
落下した破片の一部が深く皮膚を貫いた。背中から流れるのは、止め処無い流血。体温が一気に奪われるような錯覚。焼けるような空気の中で、呼吸が一気に早くなる。この呼吸が終わってしまえば、自身は。
「は、ハハハッ!!見ろ!!この火力、流石は芹の武器職人よ!!これぞ、火薬さえあれば瓦礫でも石でも放つ事の出来る秘策、火筒よ!!恐れ入ったか!!焼けて灰になって、この俺の天下を見届けよッ!!」
隆豪は笑って腹部の槍先を引き抜いた。身体からは苦無や手裏剣が抜け落ち、深々とした腹の傷すら再生を始める。鬼の薬により、彼が生来持ち得た傷の治りの早さが尋常ではなくなっていた。
彼を殺す事は、不可能に近かった。
「手負い相手とはいえ、ごぶっ、おっ、ごぼぼっ、やるじゃあないか」
隆豪は血を吐く。焔は殺意を緩めない。胴体を両断しようとするほどの力を込める。
「だがな、何故俺が一国の城主をやってるか、考えるべきだったな」
「なっ!?」
隆豪は胸元の刀を素手で掴むと、無理やり引き抜いた。
「人より、身体が、丈夫だからに決まっとろうが」
苦痛を感じてなお、口角を上げ笑っていた。焔はその笑みの奥に、この男の真髄を見つけた。何処までも抜け目無く、傲岸不遜なこの男の。彼の奥歯、群青色に光っている。床に落ちた錠剤と同じ。
「貴様ぁ!!」
「ふんっ!!」
舌を噛み千切る勢いで隆豪は歯を食いしばった。骨が折れる音に混じり、歯が砕ける音がした。隆豪は焔を蹴り飛ばす。
「ぐあっ!!」
「仕込んでおいたのよ!!死にかけでも飲めるよう、奥歯になぁ!!」
「こ、このっ!!」
「この俺の体力、強靭な肉体こそ、この薬を活かす事が出来る!!俺は神に愛されたのだ!!」
隆豪の身体は見る見るうちに変貌を始める。その姿は、何度も夢に見た鬼の姿であった。皮膚や肉が密度を増し、傷が蠢き縫い糸のような繊維が走り塞がる。老体に差し掛かった肉体が骨ごと生まれ変わるように、その身をまるごと鎧と成す。
「このような事が……」
焔が思わず零した言葉に、隆豪は過剰な反応を見せた。前のめりになり、言い聞かせるように語り上げる。
「そうだ!!許されてなるものか!!許されなくて結構!!この行為が褒められるものでないことなど、理解している!!だが、他人から、真っ向から否定された事はこれが初めてだ!!」
太い指を焔へ指差し、目を細める。
「俺は、それも含め乗り越える必要がある!!無論、お前の死すら!!踏み躙る必要がある!!それが此の世を統べるという事!!それが、此の世の礎としての責務!!俺はこの生涯、最後の人間の相手として貴様を選ぶ!!付き合って貰うぞ!!」
「驕るな!!」
焔は果敢に鬼へと斬りかかる。二度三度刃を交わすが、力の差は歴然であった。焔の動きには、受けるという行為が少なくなってきた。それを見逃す隆豪ではない。
「ぬんっ!!」
回避に合わせた掌底、腰の入らない大した動きでもない筈だが、焔の身体を吹き飛ばすには十分であった。隆豪は追撃として走り込み、焔の肩口を掴み床へと叩き付ける。
「これで、終わりか?焔?」
「ぐっ、あっ」
踏み付けられ、身動きが取れない。刀を振ろうにも足元を不格好に斬りつけるだけでは意味が無い事を理解していた。万事休す。隆豪は前傾姿勢の後、焔の顔を眺める。
「ふふ、これで、終いだ!!」
「……せっ!!」
あろうことか、焔は刀の柄で道場の床板を抜いた。隆豪の余裕の表情が歪む。視線は腹部へと落ちる。
「馬鹿な……、何故、武器が」
隆豪の腹部には槍が突き刺さっていた。その槍は、焔の叩いた床板から伸びていた。緩んだ足に苦無を深々と刺し込む。堪らず、隆豪は蹌踉めいた。
「ここは、忍の道場。あらゆる所に武器が隠してある。油断したな」
「ふ、ふふ、面白い」
「笑ってられるのも今のうちだぞ」
焔は隆豪の腹から伸びた槍を踏み付けると同時、別の床板を踏む。槍は折れ、床板から跳ねるように出てきたのは手斧、それを脇腹へ振り抜く。骨と衝突したのを確認すると二撃目を腹部の槍先ごと叩く。
「ぐっ、おおおっ!!」
反撃とばかりに隆豪は焔を掴み、壁へ投げ飛ばす。空中で翻ると、焔は足を伸ばす。壁の仕掛けが作動する。苦無と手裏剣が飛び出した。一部は焔の身を傷付けるが、彼女はそれを臆する事なく隆豪への追撃へ向かう。
「ぬっ!?」
手裏剣と共に隆豪へ向かった焔は衝突の直前で減速する。迷った隆豪の腕や胸に手裏剣と苦無が刺さる。持ち上がった上体、出来た隙を見て足元に滑り込む。再度踏み抜いた床板からは鎖鎌、焔は分銅を隆豪の首へと引っ掛け、首の骨をへし折る勢いで引き絞る。
「ぐっ!!ぐぐっ!!」
隆豪も堪らず唸りを上げる。この機を逃す手はない。焔は片手ながらも、背部から心臓への一突きを狙いにいった。
「むっ!?」
刃が、入らない。何かに弾かれた。目を丸くした焔の顔が揺さぶられた。気が付けば、鎖ごと身体は宙に浮いている。
「力比べなど、馬鹿な真似をしたばかりに!!」
隆豪は首に絡まった鎖を腕に巻き付け、焔を引き寄せると蹴り上げた。焔は天井へと激突し、落下する。
「がっ!?」
「これが俺の隠し玉だ!!」
隆豪は背部に手を回し、羽織りを千切る。その手には羽織りの布地と共に板状の鋼を取り出した。刀が弾かれたのはあの鋼板のせいか。鋼板は厚みがあり、細長い箱のようにも見える。
「火薬の、匂い!?」
焔は立ち上がろうと手を着いた。
「点火ァ!!」
鬼の爪が擦れ、火花が散った。鋼板の中身が弾き出される。無数の火薬玉が放たれ、連鎖で爆発していく。花火の応用か、それは道場内を火の海にした。
「ぐあああっ!!」
炸裂した火薬玉の多くは焔の衝突した天井を崩落させ、大穴が空いた。砕けた燃え盛る破片は焔を押し潰し、灼熱の檻に焔は囚われる。
「……え、あ」
落下した破片の一部が深く皮膚を貫いた。背中から流れるのは、止め処無い流血。体温が一気に奪われるような錯覚。焼けるような空気の中で、呼吸が一気に早くなる。この呼吸が終わってしまえば、自身は。
「は、ハハハッ!!見ろ!!この火力、流石は芹の武器職人よ!!これぞ、火薬さえあれば瓦礫でも石でも放つ事の出来る秘策、火筒よ!!恐れ入ったか!!焼けて灰になって、この俺の天下を見届けよッ!!」
隆豪は笑って腹部の槍先を引き抜いた。身体からは苦無や手裏剣が抜け落ち、深々とした腹の傷すら再生を始める。鬼の薬により、彼が生来持ち得た傷の治りの早さが尋常ではなくなっていた。
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