【完結】狐と残火

藤林 緑

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亀裂

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「嘘臭い」
「でも、それしかないんじゃないか?」
 夜更け、仁之助は焔の部屋に入った。襲撃と勘違いされた焔により仁之助は制圧され、ふん縛られた。彼は隆豪からの言葉を伝えると、焔はそう吐き捨てた。
「……私達だけで偵察する必要は無いはず」
「なら、明日まで待つか?」
「……」
「やっぱり、気になるんじゃないか」
 仁之助は縛られた後ろ手首を何度が揺する。緩んだ縄から手を引き抜いて腕を伸ばす。
「行ってみよう、駄目元なのは最初からじゃないか」
「わかった」
 焔は合理的な判断では無いと思いつつも、自身の思いに逆らえなかった。二人は支度を整えて里を後にした。

「……出たか」
「ええ」
「お前も行って来い」
「御意」
「あとな」
「わかりました。仁之助だけ止めます」
「くく、はは、わかっておるなら良いわ」
 闇の中で、笑い声がした。
「良し、これより忍の里を滅ぼす」
「御武運を」
「お前もな」


「確か……このあたり?」
「らしいけど……」
 仁之助は手元の紙片をぐるぐる回しながら見る。それは地図のようで、里の位置や川、山の位置が適当に描かれているだけのものである。その中に一点、丸印が描かれていた。
「どういう手掛かりかも聞いてないの?」
「うぅ……、聞き忘れたんだよ」
「まぁ、良いよ。隆豪様も逃げないし、また聞けばいいから」
 焔は仁之助の肩を小突いた。二人は枯れ葉を踏みながら林を探す。途端、仁之助の足が滑った。
「うおっ!?崖!!」
「舌、噛んでない?ったく、足元に注意しなきゃ……っ」
 焔は崖へ滑り落ちそうになった仁之助を自身の方へ引き込む。一瞬だが、視界の端に妙な物を捉えた。這いつくばるように崖へ向かう。
「どうしたんだよ……」
「屋根だ」
「え?」
「下に建物がある」
 仁之助もまた、焔の隣から崖へ顔を出した。黒光る瓦の屋根が見えた。彼は紙片を取り出し、指でなぞった。
「この位置じゃないか?」
「て、ことは。あれが手掛かり?」
「行こう。とりあえず」
「うん」
 二人は回り道をして、崖を降りた。件の建物は二部屋くらいか。小さいものであった。中には作業机と薬学の資料が入った棚。
「もぬけの殻?」
「いや、つい最近まで使われていた。埃が少なすぎる」
 焔は机の端を指でなぞる。次いで資料を手に取り、斜め読みするが変わった資料でもない。彼女が考え込んでいると、不意に足元に冷たさが襲った。
「あっ、すまん!!」
 探し物をしていた仁之助が桶に躓いたのだ。中の水が弾けたのだろう、焔の足袋を濡らした。
「……水?」
 焔は気になって、桶の水を掬った。濡れた手を払うと仁之助に手を伸ばした。
「地図を」
「え?お、おう」
 焔は地図を受け取ると、やはり、と口を開いた。
「この建物には水場が足りない」
「水場?」
 首を傾げた仁之助に焔は顔を向ける。彼女は再び桶の水を掬い取った。
「薬作りには湯や水が必要。でも、この近くには川すらない」
「何処かから汲んで来りゃ良いだけでは?」
「薬作りなら、川の側でやれば良い。手間を踏む必要があったんだ。きっと」
 焔は二つの可能性を思い描いていた。一つは、隠された水源があるという事。そして、もう一つは。
「この場所は、倉庫みたいなものかもしれない」
「て、事は。本拠地が何処か別の場所にあるって事か!?」
「……駄目元じゃなかった。きっと、本当にここで」
 焔と仁之助は身を震わせた。二人は再び地図を囲んだ。仁之助は指先を川の位置へ当てた。
「川の本流から、この場所まで傾斜になってる。なら、水路があるとしたら」
「落ちそうになった崖際辺りに、水路と本拠地があるか……?」
「行こう。多分、そこしかない」
 倉庫と思わしき建物を飛び出して移動する。丁度、彼女達の上方は落ちかけた崖。予想通りであれば。
「あった……」
「この先か?」
 崖の岩肌には亀裂。そこからは湿った空気が流れていた。洞窟のような場所へ意を決して、足を踏み入れた。
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