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第58話 会いたい
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「ここは、どこ?」
目を覚ますと見慣れない天井が目に入り、嫌な予感を感じて急いで体を起こす。
「わぁ?!」
そうすると近くからクラウンの驚く声が聞こえ、声のする方を見れば椅子ごと後ろにからひっくり返っていくのが見えた。
「ごめんなさい、驚かせてしまったわよね」
「だ、大丈夫でやす」
彼がいるという事はここは地上なのだろう。わたくしは高鳴る鼓動を鎮めるように深呼吸をした。
(また眠っている間に海底界に連れ戻されたかと思ったわ……)
あの時と似た状況であった為に勘違いをしてしまった、それと同時にあの時の事を思い出し、鼓動がまた早くなる。
冷や汗がどっと出て来たため頭を振って、リーヴの事を忘れようと努める。
「あっしの事よりもお嬢さんの調子はどんなもんでやすか?」
クラウンが倒れた椅子を直しながら起き上がったのだが……。
「あなた、誰ですか?」
見慣れない顔に思わずそう言ってしまう。
「え? あぁ、これはちょっと理由がありやして。正真正銘クラウンでやんす」
彼は気恥ずかしそうに頭を搔いている。
そういう仕草や声は紛れもなくクラウンのものなのだけれど、顔がまるで違う事に驚いてしまった。
(白塗りの下はそのような顔をしていたのね)
メイクであると以前に聞いてはいたけれど、このように変わるとは思っていなかったのだ。
黒い髪に赤い目をした美丈夫。兄様ほどではないにしろ、皆が振り返りそうな顔立ちだと思う。
「ごめんなさい、いつもとあまりにも違うから別な人かと思ってしまったわ」
「いえいえ、そういう反応には慣れてやす。それにしてもお嬢さんが目を覚ましてくれてよかった、このままだったらどうしようかと思ってやした」
安堵の表情をしてくれるクラウンにに申し訳なさと温かな気持ちを感じる。
「心配をかけてごめんなさい、そしてありがとう」
こんなわたくしをこんなにも案じてくれる人など、そう多くはない。
周りに誰も頼れる人がいない中で彼の優しさはとても沁みる。
「気にしないで、まずはしっかりと休みやしょう。さ、横になって」
「はい……」
促されるままに再び毛布を被り横になった。手触りの良い感触やふわふわとしたベッドの居心地の良さに体から力も抜けていく。
気づけば服も清潔なものへと取り換えられていた。
「わたくしが倒れた後一体何があったのです? 一体ここはどこ?」
着替えをさせてくれたのはクラウンなのかと問い詰めそうになったが、そこはさすがに直接聞くのが憚られる。
「倒れてしまったのは確か外だったはずなのに、どうやってこのようなところまで来たの?」
「偶々知り合いにが通りかかりまして、それで街まで乗せてもらえやして。ここの部屋もその知り合いに貸してもらいやした。いやぁ本当に運が良かった」
「まぁ」
何と有難い事だろうか。
「ではこの服もその知り合いの方が?」
頷くクラウンを見て安堵する。
「ぜひ後でお礼を伝えたいわ」
「そうでやすね。もう少し休んだら、ここのご主人に会いに行きやしょう」
「えぇ、優しい人に会えてよかったわ」
心のつかえが取れ、少し眠気が出てくる。
「お嬢さん、一つ尋ねたいことがありやして」
うとうととしているときにクラウンの声が聞こえる。
いつもよりも若干硬い声だ。
「ソレイユとは誰ですか?」
「え?」
クラウンの口から何故その名が出て来たのだろうか、一瞬で眠気が飛ぶ。
「どうして彼の事を?」
「お嬢さんが譫言で言ってやしてね。どんな関係かと思いやして」
今までこのような事を聞かれたことがないから少し戸惑うが、特に隠すようなことではないからと正直に話す。
「ソレイユは、わたくしの愛する男性です」
そう言えばクラウンの表情がいつもと同じものに戻る。
「なるほど、そうでやしたか。いや、そうでやんすよね。譫言で呟くなんて余程心に強く想うものしか……」
そこまで言ってクラウンは少し辛そうな顔をした。
「どうしたのクラウン、大丈夫?」
「大丈夫でやんす。ちょっと安心したのと、残念な気持ちが湧き上がって来やしてね」
苦笑いをするクラウンかその後わたくしに背を向ける。
「何か食べ物をもらってきやすね。お嬢さんはそのまま休んでいてください」
わたくしの返事を聞くこともせずにクラウンは部屋を出て行ってしまう。
(何かクラウンを落胆させるようなことを言ってしまったかしら)
普段と違うクラウンの様子にどうしたらいいかわからないけれど、部屋を出て行ってしまったために聞くことも出来ない。
「ソレイユの事で何かあるのかしら?」
クラウンが彼を知っているとは思えないけれど、ソレイユの名を出した後で急に様子が変わった。
「でもクラウンは人間だし、あんなにも目立つならソレイユも話題に出してくれるわよね」
ソレイユは外に出られないわたくしの為に色々な話をしてくれた。
クラウンのような人と知り合いならば絶対に話題に上りそうなのだけれど、よくわからない。
「ソレイユ……」
久しぶりに彼の名を口にした気がする。
まさか譫言で彼の名を出していたなんて。
クラウンに問われた時にはとても驚いたけれど、心の中ではずっと想っていたからおかしくはないだろう。
「早く、会いたいな」
思わず涙が零れてきた。
クラウンは優しくしてくれるけれど、ソレイユの代わりではない。
今まで抑えていた感情が言葉に出してしまったからか、心の奥底から溢れてしまって止まらない。
「会いたい、会いたいの」
会える資格も、会える希望もないのだけれど、それでも止められない。せめて一目だけでもいいから、とそう望んでしまう。
目を覚ますと見慣れない天井が目に入り、嫌な予感を感じて急いで体を起こす。
「わぁ?!」
そうすると近くからクラウンの驚く声が聞こえ、声のする方を見れば椅子ごと後ろにからひっくり返っていくのが見えた。
「ごめんなさい、驚かせてしまったわよね」
「だ、大丈夫でやす」
彼がいるという事はここは地上なのだろう。わたくしは高鳴る鼓動を鎮めるように深呼吸をした。
(また眠っている間に海底界に連れ戻されたかと思ったわ……)
あの時と似た状況であった為に勘違いをしてしまった、それと同時にあの時の事を思い出し、鼓動がまた早くなる。
冷や汗がどっと出て来たため頭を振って、リーヴの事を忘れようと努める。
「あっしの事よりもお嬢さんの調子はどんなもんでやすか?」
クラウンが倒れた椅子を直しながら起き上がったのだが……。
「あなた、誰ですか?」
見慣れない顔に思わずそう言ってしまう。
「え? あぁ、これはちょっと理由がありやして。正真正銘クラウンでやんす」
彼は気恥ずかしそうに頭を搔いている。
そういう仕草や声は紛れもなくクラウンのものなのだけれど、顔がまるで違う事に驚いてしまった。
(白塗りの下はそのような顔をしていたのね)
メイクであると以前に聞いてはいたけれど、このように変わるとは思っていなかったのだ。
黒い髪に赤い目をした美丈夫。兄様ほどではないにしろ、皆が振り返りそうな顔立ちだと思う。
「ごめんなさい、いつもとあまりにも違うから別な人かと思ってしまったわ」
「いえいえ、そういう反応には慣れてやす。それにしてもお嬢さんが目を覚ましてくれてよかった、このままだったらどうしようかと思ってやした」
安堵の表情をしてくれるクラウンにに申し訳なさと温かな気持ちを感じる。
「心配をかけてごめんなさい、そしてありがとう」
こんなわたくしをこんなにも案じてくれる人など、そう多くはない。
周りに誰も頼れる人がいない中で彼の優しさはとても沁みる。
「気にしないで、まずはしっかりと休みやしょう。さ、横になって」
「はい……」
促されるままに再び毛布を被り横になった。手触りの良い感触やふわふわとしたベッドの居心地の良さに体から力も抜けていく。
気づけば服も清潔なものへと取り換えられていた。
「わたくしが倒れた後一体何があったのです? 一体ここはどこ?」
着替えをさせてくれたのはクラウンなのかと問い詰めそうになったが、そこはさすがに直接聞くのが憚られる。
「倒れてしまったのは確か外だったはずなのに、どうやってこのようなところまで来たの?」
「偶々知り合いにが通りかかりまして、それで街まで乗せてもらえやして。ここの部屋もその知り合いに貸してもらいやした。いやぁ本当に運が良かった」
「まぁ」
何と有難い事だろうか。
「ではこの服もその知り合いの方が?」
頷くクラウンを見て安堵する。
「ぜひ後でお礼を伝えたいわ」
「そうでやすね。もう少し休んだら、ここのご主人に会いに行きやしょう」
「えぇ、優しい人に会えてよかったわ」
心のつかえが取れ、少し眠気が出てくる。
「お嬢さん、一つ尋ねたいことがありやして」
うとうととしているときにクラウンの声が聞こえる。
いつもよりも若干硬い声だ。
「ソレイユとは誰ですか?」
「え?」
クラウンの口から何故その名が出て来たのだろうか、一瞬で眠気が飛ぶ。
「どうして彼の事を?」
「お嬢さんが譫言で言ってやしてね。どんな関係かと思いやして」
今までこのような事を聞かれたことがないから少し戸惑うが、特に隠すようなことではないからと正直に話す。
「ソレイユは、わたくしの愛する男性です」
そう言えばクラウンの表情がいつもと同じものに戻る。
「なるほど、そうでやしたか。いや、そうでやんすよね。譫言で呟くなんて余程心に強く想うものしか……」
そこまで言ってクラウンは少し辛そうな顔をした。
「どうしたのクラウン、大丈夫?」
「大丈夫でやんす。ちょっと安心したのと、残念な気持ちが湧き上がって来やしてね」
苦笑いをするクラウンかその後わたくしに背を向ける。
「何か食べ物をもらってきやすね。お嬢さんはそのまま休んでいてください」
わたくしの返事を聞くこともせずにクラウンは部屋を出て行ってしまう。
(何かクラウンを落胆させるようなことを言ってしまったかしら)
普段と違うクラウンの様子にどうしたらいいかわからないけれど、部屋を出て行ってしまったために聞くことも出来ない。
「ソレイユの事で何かあるのかしら?」
クラウンが彼を知っているとは思えないけれど、ソレイユの名を出した後で急に様子が変わった。
「でもクラウンは人間だし、あんなにも目立つならソレイユも話題に出してくれるわよね」
ソレイユは外に出られないわたくしの為に色々な話をしてくれた。
クラウンのような人と知り合いならば絶対に話題に上りそうなのだけれど、よくわからない。
「ソレイユ……」
久しぶりに彼の名を口にした気がする。
まさか譫言で彼の名を出していたなんて。
クラウンに問われた時にはとても驚いたけれど、心の中ではずっと想っていたからおかしくはないだろう。
「早く、会いたいな」
思わず涙が零れてきた。
クラウンは優しくしてくれるけれど、ソレイユの代わりではない。
今まで抑えていた感情が言葉に出してしまったからか、心の奥底から溢れてしまって止まらない。
「会いたい、会いたいの」
会える資格も、会える希望もないのだけれど、それでも止められない。せめて一目だけでもいいから、とそう望んでしまう。
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