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第57話 偶然
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「お嬢さん?!」
意識を失ったルナリアを慌てて抱き止めたが、急な容体の変化に一瞬頭が真っ白になる。
(急にどうしたんだ? まさか産気づいたのか?)
さすがにそれは困る。
出産に関しての知識など俺にあるわけがない。
「どうしやしょう」
(とりあえずこのような場所ではいけないな。どこか落ち着く場所にいかなくては)
「簡単に言いやすけど、そんな簡単には行けませんて」
周囲を見渡すに人はいるが、手を貸してほしいなどは言えない。
誰が味方かもわからないのに迂闊に話しかけるのは危ないからだ。
もしかしたら良からぬに者に狙われるかもしれないから、見知らぬものに助けを求めるなんては、と戸惑ってしまう。
「もしかして、クラウンじゃない?」
そう声を掛けてきたのは一人の女だ。
こんな所を歩くような恰好ではないような綺麗なドレスを着、化粧をしている。
ピシッと整えられた髪型はしっかりと手入れをされていて、外にいたにしては風の影響も受けていないように思える。
おおよそ縁があるような類の者には思えない、どこかで会ったことがあったか?
「以前、お世話になったお嬢さんじゃないですか。どうしてこんなところに?」
(知り合い、だったのか?)
いまいち思い出せないけれど、そんな事は本人を前にしては言えない。
無難な言葉で躱すのが一番だ。
「覚えていてくれてありがたいわ。それよりもお連れさんはどうしたの? とても具合が悪そうね」
そう言って女は無遠慮にルナリアのフードを取ろうとしたために、思わずその手を掴んでしまった。
「すいやせん。この方は肌が弱くてあまり日光を浴びちゃあ駄目なもので、フードを捲るのは勘弁してもらえやせんか」
「あら、そうなの?」
戸惑いつつも女はその手を下げてくれる、よかった。
これで無理矢理にでもはぎ取ろうとしたのなら、こちらもそれなりの対処をするところであった。
女は掴まれた部分を擦りながらも怒ってはいないようで涼しい顔だ。
「ひとまず一緒に来なさいな。顔なじみのよしみで馬車に乗せてあげるから」
そう言って女の視線の先を追うと、馬車が数台止まっていて御者がこちらのやり取りを伺っていた。
願ったり叶ったりの事だが、いいのだろうか。
「良いんでやんすか?」
「えぇ。以前旦那様にあなたの話をした時是非に見てみたいとおっしゃってたからね。もちろんあたしと一緒の馬車ではないけれど」
促されたのは人が乗る用ではなく荷物を乗せるようなものだが。それでも有難い申し出だ。
「助かりやす」
「お礼なら旦那様にしてね」
ふふっと女は笑うと一番綺麗な馬車へと乗り込んでいった。
ドアが開く際に見えた旦那様とやらが気難しい顔でこちらを見ていたが、彼の気持ちもわかる。
「そりゃあこんな得体の入れない輩を乗せたいと言われたら戸惑いやすよね」
(俺だったら無視するか、見ないふりをするな)
白塗りで奇抜なメイクをしている自分の顔を見て、好感触を持つものなど稀有な事だ。
蔑むか嘲笑うかのどちらかばかりである。
(そういえばルナリアも最初はとても驚いていたな)
それが今や普通に接してくれる。慣れとは恐ろしいことだ。
積み込まれた荷物の合間の空いている場所に座らせてもらうと、馬車はすぐに走り出した。
日が沈む前に街に着きたいだろう、それなのに面識があるとは言え、お金もない俺をこうして馬車に乗せてくれるなんて何と奇特な者だろうか。
「以前素顔を見せたから、ですかねぇ」
覚えていないが、そのようなところだろうか。
(何でもいいさ。今はルナリアが休めるところに行ければどこだって)
いまだルナリアは苦しそうな息をしながら目を覚まさない。汗をかき、譫言を紡いでいる。
「ソレイユ……」
それが愛しい男の名前なのかと少し気になったが、聞けるようになるのはもう少し後だろう。
同じように荷物と共にこの馬車に乗っている者たちがいる。
下働きか、それとも奴隷か。
身形的にそのような者達だろう。
(何もして来ないならこちらから手出しはしないさ)
俺の異様な風体に警戒してか、街に着くまで声を掛けられることはなかったが、ずっと好機の目は向けられていた。
「主の気まぐれで乗せた得体のしれないものでやんすから、当然な反応じゃあありやせんか」
(寧ろ助かる事だ)
これで俺たちの素性を知りたがるようであれば厄介であったがそういうのが一切ない。
おかげで乗り心地以外は快適な旅であった。
意識を失ったルナリアを慌てて抱き止めたが、急な容体の変化に一瞬頭が真っ白になる。
(急にどうしたんだ? まさか産気づいたのか?)
さすがにそれは困る。
出産に関しての知識など俺にあるわけがない。
「どうしやしょう」
(とりあえずこのような場所ではいけないな。どこか落ち着く場所にいかなくては)
「簡単に言いやすけど、そんな簡単には行けませんて」
周囲を見渡すに人はいるが、手を貸してほしいなどは言えない。
誰が味方かもわからないのに迂闊に話しかけるのは危ないからだ。
もしかしたら良からぬに者に狙われるかもしれないから、見知らぬものに助けを求めるなんては、と戸惑ってしまう。
「もしかして、クラウンじゃない?」
そう声を掛けてきたのは一人の女だ。
こんな所を歩くような恰好ではないような綺麗なドレスを着、化粧をしている。
ピシッと整えられた髪型はしっかりと手入れをされていて、外にいたにしては風の影響も受けていないように思える。
おおよそ縁があるような類の者には思えない、どこかで会ったことがあったか?
「以前、お世話になったお嬢さんじゃないですか。どうしてこんなところに?」
(知り合い、だったのか?)
いまいち思い出せないけれど、そんな事は本人を前にしては言えない。
無難な言葉で躱すのが一番だ。
「覚えていてくれてありがたいわ。それよりもお連れさんはどうしたの? とても具合が悪そうね」
そう言って女は無遠慮にルナリアのフードを取ろうとしたために、思わずその手を掴んでしまった。
「すいやせん。この方は肌が弱くてあまり日光を浴びちゃあ駄目なもので、フードを捲るのは勘弁してもらえやせんか」
「あら、そうなの?」
戸惑いつつも女はその手を下げてくれる、よかった。
これで無理矢理にでもはぎ取ろうとしたのなら、こちらもそれなりの対処をするところであった。
女は掴まれた部分を擦りながらも怒ってはいないようで涼しい顔だ。
「ひとまず一緒に来なさいな。顔なじみのよしみで馬車に乗せてあげるから」
そう言って女の視線の先を追うと、馬車が数台止まっていて御者がこちらのやり取りを伺っていた。
願ったり叶ったりの事だが、いいのだろうか。
「良いんでやんすか?」
「えぇ。以前旦那様にあなたの話をした時是非に見てみたいとおっしゃってたからね。もちろんあたしと一緒の馬車ではないけれど」
促されたのは人が乗る用ではなく荷物を乗せるようなものだが。それでも有難い申し出だ。
「助かりやす」
「お礼なら旦那様にしてね」
ふふっと女は笑うと一番綺麗な馬車へと乗り込んでいった。
ドアが開く際に見えた旦那様とやらが気難しい顔でこちらを見ていたが、彼の気持ちもわかる。
「そりゃあこんな得体の入れない輩を乗せたいと言われたら戸惑いやすよね」
(俺だったら無視するか、見ないふりをするな)
白塗りで奇抜なメイクをしている自分の顔を見て、好感触を持つものなど稀有な事だ。
蔑むか嘲笑うかのどちらかばかりである。
(そういえばルナリアも最初はとても驚いていたな)
それが今や普通に接してくれる。慣れとは恐ろしいことだ。
積み込まれた荷物の合間の空いている場所に座らせてもらうと、馬車はすぐに走り出した。
日が沈む前に街に着きたいだろう、それなのに面識があるとは言え、お金もない俺をこうして馬車に乗せてくれるなんて何と奇特な者だろうか。
「以前素顔を見せたから、ですかねぇ」
覚えていないが、そのようなところだろうか。
(何でもいいさ。今はルナリアが休めるところに行ければどこだって)
いまだルナリアは苦しそうな息をしながら目を覚まさない。汗をかき、譫言を紡いでいる。
「ソレイユ……」
それが愛しい男の名前なのかと少し気になったが、聞けるようになるのはもう少し後だろう。
同じように荷物と共にこの馬車に乗っている者たちがいる。
下働きか、それとも奴隷か。
身形的にそのような者達だろう。
(何もして来ないならこちらから手出しはしないさ)
俺の異様な風体に警戒してか、街に着くまで声を掛けられることはなかったが、ずっと好機の目は向けられていた。
「主の気まぐれで乗せた得体のしれないものでやんすから、当然な反応じゃあありやせんか」
(寧ろ助かる事だ)
これで俺たちの素性を知りたがるようであれば厄介であったがそういうのが一切ない。
おかげで乗り心地以外は快適な旅であった。
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