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さようなら、私。こんにちは、エリカちゃん。

フラレたからって妬みをぶつけるのはよくない。

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「二階堂様、あと3教科分のプリントが終われば今日は終わりですから!」
「うううう…」

 6月下旬に入ると、ジメッとした暑さが増してきた。私は毎日、幹さん監修の元でテスト勉強をしていた。部活動がテスト前で休止になったのでその分テスト勉強に時間を費やしている。
 だが、私は勉強してもあまり意味ないと思うんだけどな…だってエリカちゃんと私の脳みそ連動してないのだもの…本当不思議だよね。
 ていうか8月のインターハイのために練習したい。バレーがしたい。バレーをさせろ。

「牛乳買ってくる!」
「でしたら私も」

 息抜きがてら牛乳を買いに行くと告げたら、阿南さんがついてくるって言ってきた。…特に深い意味はないよね? 私、今まで逃げたことはないもん。ちょびっと戻ってくるのが遅かったかもしれないけど…

 自販機でお目当てのものを購入した私はすぐに阿南さんと教室に引き返していた。阿南さんの監視厳しい。自販機のある場所は食堂近くだ、この時期はこの食堂で勉強している人の姿もちらほらいる。
 そう言えば慎悟は放課後に自習室へ行くと言っていたな。私に「ちゃんと勉強しろよ」と要らん一言を残して。…余計な一言だよ。
 いつも1人で自習室なのかな? と思ってたけど、その方が集中できるからと言っていた。その間は加納ガールズも気を遣って離れているみたい。好きな相手の意思を汲み取ることが出来る加納ガールズ。私にも是非その気遣いをして欲しいところである。
 教室でも同じクラスの男子と勉強教えあいっこしてるし、本当に勤勉だよな慎悟ったら。さすが変態上杉と次席を争うだけある。
 見習わないけど。

「あの、祭田まつりださん…良かったら一緒に勉強しない?」
「…申し訳ありませんが…」

 教室と食堂は別の校舎だ。渡り廊下を通って教室に戻っていた私は偶然、そんな会話を耳にした。「あら、祭田様ですね」と阿南さんが呟く声が耳元で聞こえた。
 …ロリ巨乳って祭田って名字だったんだ。…加納ガールズの一員であるロリ巨乳が男子生徒…3年生に勉強会のお誘いを受けていた。普通にしていれば、ロリ巨乳も美少女だもんな。口開くと嫌味飛ばしてくるけど。
 彼女は彼のお誘いを丁重にお断りすると、頭を軽く下げて男子生徒の横をすり抜けていた。…ロリ巨乳は慎悟にご執心だからなぁ。仕方ないよね、3年生どんまい。
 私はフラれた3年男子に向けて心の中でエールを送っていたのだが、まだ彼は諦めていなかったらしい。

「祭田さん! あいつの何処が良いんだ! 顔か? 金か? …祭田さん考え直してくれ、あいつよりも俺のほうが君のことを…」

 あいつって慎悟のことだよね。確かに周りからしてみたら慎悟はハーレム築いているのに、女の子に素っ気ない態度とっているように見えるかもね。
 私も最初それを気取ってて、いけ好かねぇなと思っていたけど、仲良くなった今はむしろ「その気がないから素っ気なくしている」「期待をさせないようにしている」のだと理解した。
 だって優しくされたら期待してしまうじゃない。それってある意味残酷だし。全員の気持ちには答えられない。だから期待させぬよう敢えて冷たくするってのは優しさの裏返しなんじゃないかなと思うようになったよ。 
 とはいえ加納ガールズが慎悟の何処が好きなのかなんて私は知らない。しかし顔とか頭脳とか家柄を抜きにしても、慎悟は魅力的な奴だと思うよ。

「…ごめんなさい」

 ロリ巨乳に振られ、その場に立ち尽くす男子生徒は呆然と彼女の背中を見送っていた。
 ……がんばれ、強く生きろ。
 居合わせたのは偶然なんだけど、他人がフラれる姿を目撃してしまった私は少し気まずい気分になった。阿南さんと顔を見合わせて、二人で静かにこの場から去ろうとしたのだが、その男子生徒の様子が気になって私は彼の表情をちらりと覗った。
 …その顔は、ついこないだその表情を見た気がする。そうだ、女子バレー部の先輩・平井さんだ。予選の後に私がコーチに頭を撫でられていると、そんな顔で睨まれた気がする。平井さん意中のコーチが私と親密に見えるらしくて、彼女は何かに付けて嫉妬心を向けてくるのだ。
 きっと彼はそれと同じ。ここにはいない慎悟に嫉妬しているのであろう。…慎悟も大変だな。片思いされている女子に片思いしている男子から嫉妬されるとか…完全なるトライアングル。どうしろと言うんだって話だよな。
 その場からそっと離れると、私の隣を歩く阿南さんに声を掛けた。

「…さっきの3年って一般生だよね?」
「そうですね、多分特待生ではなくて一般生の普通枠で入ってこられた方かと」

 英学院はセレブ校とは言われているが、家柄や秀でた技能がなくても、学校が求めるレベルの学力と、お金があれば入学出来る。一般水準の家庭出身の子供がこの学校に入る理由として、より良い教育が受けたいから、または箔がつくから入学した、という人がいる。学校に入る理由なんて人によって違うってことらしい。
 女子もだけど、男子にも逆玉の輿を狙って、交際を申し込んでくる人がいるってこの学校に通い始めた当初に聞いていたけど、さっきのはそれとは違うのかな? …事の真相は知らないけど。
 エリカちゃんでさえ色々と足を引っ張られたんだから、慎悟も妬まれたり、ひがまれたりとかしてるんじゃ……あいつのことだから鼻で笑って一蹴しそうな気がする。慎悟なら上手いことあしらっていそうだし… 

「まぁ、心配しなくていいか」
「…二階堂様、投げやりになってはいけませんわ。まだあと2週間ありますからね」
「あ、いやテストの話じゃなくて…」

 この時点では心配する必要はないなと思っていた。慎悟は頭もいいし、肝も据わっているから、何か起きてもあっさり解決するだろうと思っていたからさ。


■□■


 ドンッ
「いってぇな…何処見て歩いてんだよ」
「……すみませんでした」

 昇降口付近で帰宅途中の慎悟が3年生とぶつかっているのを見かけた。その相手はつい1時間くらい前にロリ巨乳にフラれた3年男子だった。ぶつかる瞬間は見ていないけど、ちょっとぶつかったくらいでしょ? 何でそんなに柄悪く反応するの。ここ英学院だよね? どこぞの不良学校かって思ったよ。
 慎悟はちょっとムッとした表情をしていたが、相手が3年だからなのか素直に謝罪していた。しかしそれじゃ納得できないのか、3年男子は慎悟の胸ぐらを乱暴に掴んでいた。

 なにしてんのあの3年! ぶつかっただけだよね? イラつくかもしれないけど胸ぐら掴むのはやりすぎでしょ! 
 帰り際だった私は慌てて、二人の間に割って入った。

「ちょっと! あんた何してんのさ! か弱い慎悟になんてことを!」
「…あんた、俺を庇いたいのか? それとも貶したいのか?」

 助けてあげようとしたら、慎悟に渋い顔をされた。なんだ、まだそんな事言う余裕があるのね。
 だって慎悟は辞書より重いもの持ったことなさそうだし、体育会系ではないから決して強くはないでしょ! ほら、か弱いじゃないの!
 私は3年男子の手首を掴んで止めさせようとしたが、相手にギロリと睨まれた。
 …睨めば私が怯むと思うなよ! こちとらくぐって来た修羅場が違うんだからな! 

「…ここ、監視カメラがあるんだけど? どっちが不利かなんて冷静に考えたら…わかるよね?」
「…ッチ、2年がえらっそーに」

 私自身は生きていたら18歳だからあんたと同じ年なんだけどね?
 いつまで経っても慎悟の胸ぐらから手を外そうとしないから、相手の手首を力いっぱい握りしめてみる。流石に痛みを感じたのか、バッと乱暴に振りほどかれた。

「…てめぇ、ただで済むとか思うなよ」
「……」

 睨まれたので取り敢えず睨み返しておいたけど、エリカちゃんの顔じゃあまり迫力がないかもしれない。
 そいつが遠ざかったことを確認すると、慎悟に声を掛けた。

「慎悟大丈夫? 怪我ない?」
「……大丈夫だから、割って入ってくるなよ。危ないだろ」
「ははは、ごめんごめんついつい」

 慎悟は乱れたネクタイを片手で直しながら、疲れた様子でため息を吐いていた。なんかこの状況に慣れているように見えるんだけど。

「ああいうのはたまにいるから…相手にしないのが一番」
「えっ…慎悟に喧嘩売ってくる相手が他にも!?」

 なんて命知らずなんだ。失うものがなにもないのか? 

「どの世界にも妬みを吹っかけてくる人間がいるものだ。…あまりにもひどい場合は然るべき対応をしているから、笑さんは余計なことしないように」

 なんと、慎悟は慣れっこだったらしい。だから落ち着いていたのか。でも…こんな事に慣れるなんて悲しいこと言わないでよ…

「…いじめられっ子だったのねあんた…気づかなくてゴメンね」
「…そういう訳じゃないけど……極稀にああいう輩と遭遇するだけだから」

 私が同情の眼差しを送ると、慎悟が引き攣った顔をしていた。
 良いんだよ、恥ずかしいことはなにもない。苦しい胸の内を吐き出してもいいんだよ。
 そうか、でもそうだよな、お金持ちで頭が良くて、美形で、女の子にもてる慎悟が嫉妬の的になるのは十分にあり得るな。
 私は出来るだけ優しい声音で彼を気遣うように声を掛けてあげた。

「…辛いことがあったら、笑さんに話して良いんだよ? ほら、恐れることはなにもない。お姉さんに話してみなさい」
「…急に年上振るの止めてくれないか」
「…年上だもん、忘れたの?」

 私が首を傾げると、慎悟に鼻で笑われた。私は真面目に話しているのに。あんたを気遣ってあげたのに。
 やめて。傷つくから。
 私あんたより年上なの、知ってるでしょ? 年上の矜持が傷つくから鼻で笑うの止めて?

「そんなことよりあんたはテスト勉強だろ。幹が付いていながら何故あんな結果になるんだ?」
「赤点がないだけマシでしょ!?」
「開き直るなよ」

 英学院はセレブ生のほうが立場が上だと思っていたけど、そうでもなかったのか。慎悟はそういうイチャモンを全て無視していそうだ。
 そこまで心配しなくても良いんだろうけど……でも見てて黙っていられないんだよなぁ。さっきの人は間違いなく、ロリ巨乳にフラれたからその恨みを慎悟にぶつけてるんだと思う。

 あれで気が済めば良いんだけど。
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