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さようなら、私。こんにちは、エリカちゃん。

好きな子を傷つけてまで守りたいプライドなんて捨ててしまえ。

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「胸ばかりでかくて頭悪いんじゃね?」
「おいやめろよ…」
「よく見たらブスだしな」

 …うーん、この学校にはそういう下品な発言をする生徒はいないと思っていたけど、下方修正する必要があるらしい。 
 昨日の帰りに慎悟へ喧嘩を売っていた3年男子が廊下のど真ん中で堂々とセクハラ発言をしていたのだ。ターゲットになっているのは3年男子を袖にしたロリ巨乳。
 確かにロリ巨乳は小柄で幼い顔立ちの中で立派なお胸様が目立つけど、事実だとしてもそれを口に出すのはよろしくない。せめて心の中で思うだけにしようか。

 お嬢様育ちのロリ巨乳は、すれ違いざまにそんな暴言を吐かれたことに、ショックを受けて固まっていた。そりゃそうか。そういう下品な発言をする生徒はこの学校には少ないからね。
 私自身も背が高かったから、すれ違いざまに同年代の男から「うわ、デカっ」と吐き捨てられたことは多々ある。
 私は身長を武器にしていたし、何度も言われたから嫌でも慣れたけど…身体的特徴を野次られるのはあまり気分の良いものではない。
 ロリ巨乳の場合は更に性的な事を言われたのだ。これはキツい。
 ロリ巨乳は涙目になって震えていた。もしかしたら胸のことを密かに気にしているのかもしれない。…うん、私もロリ巨乳って心の中で呼ぶのやめようかな……あれ、ロリ巨乳の名前なんだっけ。
 …それはそうと、こんなの放って置けない。ここはこの場に居合わせた私がビシッと言ってやらなきゃな! 

「情けないなぁ。フラれたから腹いせに嫌がらせしているってこと?」
「…二階堂エリカ…?」
「二階堂さん…?」

 間に割って入っていくと、双方から訝しげな反応をされた。私が入ってくるのがそんなに意外か? いや…お淑やかなエリカちゃんだったら絶対にしないか。中の人が私で残念だったな、3年男子。最早ここまでだ。
 私はロリ巨乳を背中に隠すようにして、3年男子と対峙した。…昨日はあまりまじまじ見なかったが、小綺麗にして見た目にはすごく気を使っている感じの人だな。雰囲気イケメンの称号を与えよう。だが…フラレたからって好きな子に嫌がらせするなんて…自己愛が激しいのかな。

「あんた、自分のこと客観視できてる? この子がそんな…下品で頭の悪そうな嫌味を言うような男の事を好きになると思っているの?」
「あぁ!? お前には関係ないだろ!」

 ありゃ、ガン飛ばされちゃった。ねぇねぇやってることが完全にチンピラだって。
 だが、私にはそんな脅し効かないよ。

「仕方ないでしょ、好きな人がいるからお断りされたんじゃない。この子はちゃんと返事してあげてたじゃない。それなのになんで公衆の面前でそんなネチネチした嫌がらせするの?」
「うるせーな! 大体気に入らねーんだよ! その女も、加納も! セレブ生だか何だか知らねーけどお高く留まりやがって!!」

 相手は唾を飛ばす勢いで吠えてきた。
 …そんな事言っても、生まれた家は選べないし、価値観も何もかも違うんだからどうしようもないじゃないの。
 今の自分の現状と慎悟の立場を比べて劣等感を抱いているのかもしれないけど、そんなもの、悔しさをバネにして自己研磨するしかないでしょうが。妬んでも相手の地位を手に入れられる訳じゃない。
 悔しくてもそれが現実なんだから。

「……フラれたのは可哀想だけどさ、仮にも好きだった相手にする態度じゃないよ?」
「お前には関係ないだろ! 引っ込んでろこのブス!」

 私はその言葉に無表情になった。
 周りで野次馬していた生徒達が息を呑むのが聞こえたが、誰も助ける雰囲気はない。うん、別に期待はしていなかったけどさ。

 だけど、今の発言はいただけないな。

「…それはない」
「…あ?」
「エリ、私は可愛いから! ブスという発言はおかしいと思う! 今の発言は撤回してもらおうか!」

 美少女なエリカちゃんに向かってブスだなんて失礼しちゃうわ!!
 胸の上に手を載せて、力強く異議申し立てをすると、目の前の3年男子だけでなく、野次馬している生徒達がシーンと静まり返っていた。

「…自分で言ってしまうの?」
「……」

 ロリ巨乳にも指摘されたけど……確かに傍から見ればナルシスト発言に聞こえちゃうかもしれない。
 でも中の人は別の人間なの! だから私はナルシストではない! 断じてない!

 私は大きく咳払いをして誤魔化すと、3年男子を睨みつけた。

「…あんたさぁ、自分のプライド守るために必死なんでしょう? どう? この子に暴言吐いてスッキリした? 好きだった子を傷つけて楽しかった?」
「……」

 3年男子がなにか言い返してくることはなかった。ただ眉間にシワを寄せたまま、こっちを注視している。私が何を言うかを窺っているようである。

「…この子が大好きな加納慎悟という男はね、見た目はいいし、お坊ちゃんだし、頭もいい。妬んでしまうのは当然のことだと思う」

 私は腕を組んで、うんうんと納得しながら、加納慎悟という人間について語りだした。

「私だって、何だあのムカつく野郎って腹を立てたことは多々あるよ」
「……あ?」

 3年男子が気の抜けた声を出したが、私はそれに構わず続けた。

「リアルハーレム野郎だし、鼻につく言い方で喧嘩売ってくるし、ちょいちょい私の事小馬鹿にするし……あいつはもうちょっと私を敬うということを学んだほうがいいと思うんだ」

 だけど、だけどね、あいつも悪いやつじゃないんだよ。あいつもあの態度で損してるんだよね。

「だけどね、あいつはね…本当は優しいやつなんだよ。態度はちょっと悪いけど、いいヤツなんだよ」
「…はぁ?」

 3年男子がポカーンとしているが、無理もないだろう。普段接していないと慎悟のいい所なんて見つからないだろうから。

「…好意を寄せてくる女の子に対して、その気もないのに優しくしたら…期待させちゃうかもしれないじゃん。だから冷たくするのはある意味優しさだと思うんだ。…本人がどう思ってるかはわかんないけど」
「……」
「私に対してもきつい言い方するけど、それは心配して言ってくれてるってわかったし。それにね、あいつは人のことをよく見てくれてるよ。中身までちゃんと見てくれる。さり気なく助けてくれる優しいところがある。…私はあいつのそんな所を気に入ってるんだよ」

 当初は私のこと(エリカちゃんだと認識されていたし)馬鹿にしていたけど、私が本気と分かったらバレーのことを応援してくれた。上杉とか学校とか二階堂の家のことでも色々助けてくれるし、命日には私の事を心配して、わざわざ私が命を落とした現場まで駆けつけてくれた。
 それが当たり前のように出来る人ってなかなかいないよ?
 私も第一印象で敵対視していたけど、慎悟と関わることが増えるといい所も見えてきた。慎悟だって人間だから完璧ではない。それでもいい所もたくさんあるのだ。
 上辺だけで判断するのは仕方ないけど、それで切り捨てちゃうのは損だと思うんだ。

「あんたは慎悟のことをよく知らなくて上辺だけの嫌味な部分しかわからないだろうけど、あいつはあいつでいいところがあるんだよ」
「…お前」
「それにさ、あんたは一般生だけど、この学校に入れる位優秀なんだからもっと胸張りなよ。この学校じゃ平凡でも、外出たら優秀な部類なんだから。それはあんたが今まで頑張ってきた証なんだよ?」

 英学院に裏口入学って言うのはあるかもしれないが、一般家庭にはそれをするのは難しいだろう。だからそれなりの経済力に加え、本人の学力も必要になってくる。この学校にいるということは…そういう事だろう。

 自信もてよ! という気持ちを込めてベシっと相手の胸元を叩いてみると、相手がよろけた。ごめん強すぎた?

「悔しいと思うならさ、見返すだけの意地を見せてやんなよ! あんたなら出来る!」

 私は相手に向けて元気よく喝を入れてやった。私こんな慰め方しかわかんないし。

「とにかく、フラれたからって女の子にあんなひどいこと言わないことね。わかったら謝りなさい」
「…え…あ……ごめん…」

 私に促される形ではあるが、彼はロリ巨乳に謝罪をした。ロリ巨乳は複雑そうな顔をしていたが、許す許さないは彼女が決めたら良いことである。
 
 よしよし。
 なんだよ話せばわかるやつじゃないか。女ひとりに振られたくらいで腐っちゃうなんて勿体無いよ。その悔しさをバネにして頑張れよ!

「…あんたは…なにしてるんだ……」
「いたの慎悟」

 いつもよりもどこか弱々しい声で声を掛けてきたのは慎悟だ。彼は口元を抑えて珍しく赤面していた。
 おや、こんな慎悟を見るなんて新鮮だ。いつも気位の高い猫みたいな態度しか取らないのに。
 ……もしかして、本当はずっと辛かったとか…ずっと我慢してきたのがこみ上げてきたのか…?

「どうした? 泣くか?」
「…やめろ」

 背伸びして頭を撫でてやると、慎悟に腕を振り払われた。
 あんたまだ高2なんだから助けてほしい時や辛い時は声を上げて良いんだよ? まだ子供じゃないの。恥ずかしがらなくてもいいのに。
 私は心配して声を掛けたのに、慎悟は物言いたげな目つきで見てくる。
 なんだよ。私は何も悪いことはしていないぞ。ちょっとだけあんたの悪口言ったけど、ちゃんとフォローもしてあげたでしょ。

「…危ないから関わるなといっただろう」
「でも相手は話せばわかる奴だったし。これにて一件落着ってことでいいじゃないの」

 女の子が性的嫌がらせを受けていたんだ。誰かが庇うわけでもなかったし、それを黙って見ているのが嫌だったんだよ。
 私が一件落着と締めくくると、慎悟は苦々しい表情で沈黙してしまった。
 …もしかして、自分でロリ巨乳を助けたかったかな? 自分に好意を持ってくれている女の子が困っている所をカッコよく助けたかったか?

「大丈夫だよ。あんたの良いところは私がちゃんと知っているからね」
「……だから…」

 ポンポンと慎悟の肩を叩いて宥めると、慎悟が脱力していた。こっちを見て遠い目をすると、深々とため息を吐いていた。
 いい格好したい年頃なのね。大丈夫大丈夫、またチャンスはあるからそんな凹みなさんな。それに普段めったに見せないような、そんな動揺した様子を加納ガールズが見たらきっと……

「…二階堂サァン…お話があるんだけど、ちょっとよろしくて…?」
「へっ?」
「…公衆の面前で堂々と慎悟様を口説いて……本当あなたって人は油断ならない人ね…」
「ぎゃっ!? ちょっなにをする」

 何処からともなく現れた加納ガールズの残り2人、巻き毛と能面が私を囲むと、ガッシリと二の腕を掴み、何処かへと連行し始めた。

「腕痛い! 何処に連れて行くつもりなんだよ!」
「おだまりっこの女狐!」
「慎悟様になんて顔をさせるの! ズルいわ!」

 女狐って言葉の選び方が古いよ巻き毛!
 能面、ズルいってなにが!? 
 人聞き悪いから性悪女みたいな扱い止めて!? あんたらロリ巨乳の友達なんでしょ!? 私をリンチするよりも友達を気遣ってやんなさいよ!
 連れて行かれてなるものかと抵抗していたが、2対1で私は引きずられていた。

「…櫻木、烏杜からすもり…そこまでにしておけ。彼女は何も悪いことをしたんじゃない」
「ですがっ…」

 罪人のように引っ立てられていくのを流石に哀れんだのか、慎悟が阻止させた。巻き毛はそれが不満なようだが、能面は私から素早く手を外していた。

「……慎悟様の温情に感謝なさい」
「私は大罪人か」

 捨て台詞のように巻き毛に投げかけられた言葉に私は口をヒクヒクさせた。なんでどいつもこいつも…
 私はやさぐれた気分で加納ガールズ2人に掴まれた腕を擦っていたのだが、そこにロリ巨乳が静かに声を掛けてきた。

「…二階堂さん」
「文句は受け付けないよ」

 ロリ巨乳まで女狐とか言いに来たのかと構えたのだが、彼女は心外だとでも言いたげな表情をしていた。

「…ありがとう……べ、別に助けてくれなくても構わなかったけど、人としてお礼を言うのは当然のことだからね!」
「……」

 なにそのツンデレ。私ツンデレ萌とかしないから。
 追い打ちの毒吐きが来るんじゃないかって構えていたらツンデレが返ってきたので、拍子抜けでリアクションが遅れた。
 だけどロリ巨乳は私の返事を必要としなかったらしい。すぐさま慎悟の腕に抱きついて「怖かったですぅ~」と泣き付いていたから。…したたかすぎるだろう。肉食女子つえぇぇ…私の助け要らなかったかもしれないな。

 今になってドッと疲れた気がする。ここに居ても仕方ないし教室に帰ろ。
 
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