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本編
72. 計画始動。2
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「あら?」
教会の入り口までやって来たリィナとフェリクスは首を傾げた。
通常教会は『誰でも受け入れます』という姿勢を表すために、入り口の扉は開けておく。
勿論天候等によって閉じられている事はあるが、今日のような天気の良い日に閉じている事は、普通はない。
誓約式の最中はさすがに閉められていたが、その後は開けていたはずだ。
「間違えて誰かが閉めちまったのかもな」
深く考えずにそんな風に言って、フェリクスが扉を開こうとした瞬間──
外から扉が開いて、軽やかな少女達の声が響いた。
「「フェリクス様!リィナ様!ご結婚おめでとうございます!」」
驚いて足を止めた2人の視界は、次の瞬間ぱぁっと色の洪水に襲われた。
「ふわっ……!?」
リィナがフェリクスの腕をぎゅっと掴んで、驚いたように空を見上げる。
「ばかっ!何やってんだよ!」
「え?だって全部撒くって……」
「いっぺんにって意味じゃないだろ、ばか!!」
教会の入り口の脇に植わっているリンデの木の上からそんな子供達の声が聞こえて来て、そしてフェリクスとリィナは色の洪水の正体が色とりどりの花びらだという事に、やっと気がついた。
「……きれい、です」
どうやら少しずつ撒くはずだった花びらを、勘違いした子供の1人が籠を一気にひっくり返してしまったらしい。
運が良いのか悪いのか、緩やかな向かい風に乗って、一気に落とされた花びらがフェリクスとリィナを襲ったようだった。
ぽかりと口を開けているフェリクスとリィナの髪や肩に花びらがくっついていって、そして花びらより少し遅れて花々の香りがその場にいる人達の鼻腔をくすぐった。
リィナは目の前にひらりと落ちて来た、風に遊んでいる花びらを目で追って、そしてフェリクスに絡めている腕に力を込める。
「フェリクス様、きれいですね……とってもとっても、きれいです」
呟いたリィナに、あぁ、と、まだぽかんとしたまま頷いたフェリクスの顔に、次の瞬間ばさーっと花びらが投げつけられる。
「ぶっ!?」
「いつまで間抜け面してるつもりだい。さっさとこっち来なよ」
皆待ってるんだからさと笑うセヴィオの手には、空になった籠。
その隣でセリスティアが籠の中から掬った花びらをふわりと空に向かって放ると、フェリクスとリィナを誘うように花びらがひらりひらりと風に舞った。
その花びらに誘われるように、リィナがフェリクスの腕を引いて一歩踏み出す。
「行きましょう、フェリクス様」
嬉しそうな笑顔で見上げられて、腕を引かれて、フェリクスはようやく自身を取り戻すと、リィナに彩りを添えている花びらを一枚、その髪からつまみ上げる。
「こんな花びら、どうしたんだかな……」
「準備、して下さったのでしょうか」
瑞々しい花びらが、その花びらに残っている香りが、準備されてからそう時間が経っていない事を教えてくれている。
とても大変だったでしょうねと、リィナはフェリクスの肩に乗っている花びらをつまむと、そっと唇を寄せた。
そして2人は花びらのシャワーと祝辞が降り注ぐ中を、ゆっくりと歩き始める。
ただただ感動しているらしいリィナが一人一人に礼を言いながら歩を進めている横で、フェリクスは内心で「後片付けが大変そうだな……」などと思っていたのだが。
流石に今この場でそれを口にしてはリィナの気分を壊してしまうだろうと、
リィナの為に頑張った皆の努力を無駄にしては悪いなと、相変わらずの斜め上の解釈をもって、フェリクスは口を噤んだ。
そして人で作られた道の終わりには、何故かヴィクトールが鍛錬所の騎士達と、恐らくは今日国王夫妻について来たのであろう騎士達を従えて立っている。
「友人として、言わせて貰おう」
普段は大きすぎる程の声で話すヴィクトールの抑えられた静かな声に、フェリクスが僅かに眉を持ち上げる。
「こいつは色々困ったやつだが──よろしく頼みます」
ヴィクトールがリィナにそう言って頭を下げると、リィナは慌ててブーケごと手をぱたぱたと振る。
「い、いえ、私はそんな……あの、こちらこそ、よろしくお願いいたします」
頭を下げたリィナに、ヴィクトールは目元を和らげて頷くと、次の瞬間ニヤリと口端を持ち上げた。
「あのフェリクスがこんな可愛い嫁さんをなぁ……めでたい。実にめでたい──てぇ事で!」
ヴィクトールがばっと手を上げると、後ろに控えていた騎士達がざっと二手に分かれた。
「────は?」
見事な騎士達の動きよりも何よりも、そこに現れた物に、フェリクスとリィナはパチパチと瞬く。
騎士達の後ろにあったもの──それは馬車だった。
正確には、何だか可愛らしく飾り付けられた、荷馬車だった。
「……荷馬車?」
こてりと首を傾げたリィナに、ヴィクトールがふふんと胸を張る。
「2人には今からこれに乗ってもらう」
「いや、何でだよ」
即座に突っ込んだフェリクスに、ヴィクトールは問答無用!とぴしゃりと言い放つ。
「これに乗って町を一周して、嫁自慢をして来い!」
「しねーよ!!」
ビシリと指された指を叩き落としたフェリクスの後ろから、まぁまぁとおっとりとした声がかかる。
「可愛らしい奥様を閉じ込めて見せたくないというお気持ちもおありなのでしょうけれど……これは皆からの要望なんですよ」
「……ブリジット」
ゆっくりと子供達の後ろから進み出てきたブリジットが、飾り付けられた荷馬車を見て「あら、素敵ですね」と微笑む。
「要望って……何だよ」
嫌な予感にフェリクスがそう問えば、ブリジットが楽しそうに微笑む。
「フェリクス様の慶事を祝いたい、という事で、町の者皆で考えたのですよ。その結果、馬車で通りを走って頂くのはどうだろうかという案が出ましてね。けれど普通の馬車では奥方様のお顔が見えませんでしょう?あぁ、決してフェリクス様のお心を射止めた奥方様を一目見たい、なんて事ではありませんよ?そんな事は決してないのですが、まぁ屋根はない方が皆の気持ちもより一層届くのではないかという事になりましてね。ですから、フェリクス様とリィナ様には荷馬車に乗って頂いて、町をぐるりと走って頂こう。という事に決まりました」
「決まってんじゃねーか」
"要望"じゃねーだろそれと突っ込んだフェリクスに、ブリジットがそう言えばそうですねぇと笑って、ぱちんと掌を合わせる。
「そういう事ですので、さぁさ。どうぞ遠慮なくお乗りください」
「いや、乗らねー……」
乗らねーし周らねーと言おうとしたフェリクスの袖がつんと引かれる。
あ?と振り返ったフェリクスは、そこに頬を紅潮させているリィナを見つけて──ひくりと頬を引き攣らせた。
「フェリクス様、私乗ってみたいです!」
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*
いくら体格が良いからって十数人で荷馬車が隠せるかい!というツッコミはご容赦下さい(笑)
ちんまいリィナからは見えなかったはずです……たぶん。
教会の入り口までやって来たリィナとフェリクスは首を傾げた。
通常教会は『誰でも受け入れます』という姿勢を表すために、入り口の扉は開けておく。
勿論天候等によって閉じられている事はあるが、今日のような天気の良い日に閉じている事は、普通はない。
誓約式の最中はさすがに閉められていたが、その後は開けていたはずだ。
「間違えて誰かが閉めちまったのかもな」
深く考えずにそんな風に言って、フェリクスが扉を開こうとした瞬間──
外から扉が開いて、軽やかな少女達の声が響いた。
「「フェリクス様!リィナ様!ご結婚おめでとうございます!」」
驚いて足を止めた2人の視界は、次の瞬間ぱぁっと色の洪水に襲われた。
「ふわっ……!?」
リィナがフェリクスの腕をぎゅっと掴んで、驚いたように空を見上げる。
「ばかっ!何やってんだよ!」
「え?だって全部撒くって……」
「いっぺんにって意味じゃないだろ、ばか!!」
教会の入り口の脇に植わっているリンデの木の上からそんな子供達の声が聞こえて来て、そしてフェリクスとリィナは色の洪水の正体が色とりどりの花びらだという事に、やっと気がついた。
「……きれい、です」
どうやら少しずつ撒くはずだった花びらを、勘違いした子供の1人が籠を一気にひっくり返してしまったらしい。
運が良いのか悪いのか、緩やかな向かい風に乗って、一気に落とされた花びらがフェリクスとリィナを襲ったようだった。
ぽかりと口を開けているフェリクスとリィナの髪や肩に花びらがくっついていって、そして花びらより少し遅れて花々の香りがその場にいる人達の鼻腔をくすぐった。
リィナは目の前にひらりと落ちて来た、風に遊んでいる花びらを目で追って、そしてフェリクスに絡めている腕に力を込める。
「フェリクス様、きれいですね……とってもとっても、きれいです」
呟いたリィナに、あぁ、と、まだぽかんとしたまま頷いたフェリクスの顔に、次の瞬間ばさーっと花びらが投げつけられる。
「ぶっ!?」
「いつまで間抜け面してるつもりだい。さっさとこっち来なよ」
皆待ってるんだからさと笑うセヴィオの手には、空になった籠。
その隣でセリスティアが籠の中から掬った花びらをふわりと空に向かって放ると、フェリクスとリィナを誘うように花びらがひらりひらりと風に舞った。
その花びらに誘われるように、リィナがフェリクスの腕を引いて一歩踏み出す。
「行きましょう、フェリクス様」
嬉しそうな笑顔で見上げられて、腕を引かれて、フェリクスはようやく自身を取り戻すと、リィナに彩りを添えている花びらを一枚、その髪からつまみ上げる。
「こんな花びら、どうしたんだかな……」
「準備、して下さったのでしょうか」
瑞々しい花びらが、その花びらに残っている香りが、準備されてからそう時間が経っていない事を教えてくれている。
とても大変だったでしょうねと、リィナはフェリクスの肩に乗っている花びらをつまむと、そっと唇を寄せた。
そして2人は花びらのシャワーと祝辞が降り注ぐ中を、ゆっくりと歩き始める。
ただただ感動しているらしいリィナが一人一人に礼を言いながら歩を進めている横で、フェリクスは内心で「後片付けが大変そうだな……」などと思っていたのだが。
流石に今この場でそれを口にしてはリィナの気分を壊してしまうだろうと、
リィナの為に頑張った皆の努力を無駄にしては悪いなと、相変わらずの斜め上の解釈をもって、フェリクスは口を噤んだ。
そして人で作られた道の終わりには、何故かヴィクトールが鍛錬所の騎士達と、恐らくは今日国王夫妻について来たのであろう騎士達を従えて立っている。
「友人として、言わせて貰おう」
普段は大きすぎる程の声で話すヴィクトールの抑えられた静かな声に、フェリクスが僅かに眉を持ち上げる。
「こいつは色々困ったやつだが──よろしく頼みます」
ヴィクトールがリィナにそう言って頭を下げると、リィナは慌ててブーケごと手をぱたぱたと振る。
「い、いえ、私はそんな……あの、こちらこそ、よろしくお願いいたします」
頭を下げたリィナに、ヴィクトールは目元を和らげて頷くと、次の瞬間ニヤリと口端を持ち上げた。
「あのフェリクスがこんな可愛い嫁さんをなぁ……めでたい。実にめでたい──てぇ事で!」
ヴィクトールがばっと手を上げると、後ろに控えていた騎士達がざっと二手に分かれた。
「────は?」
見事な騎士達の動きよりも何よりも、そこに現れた物に、フェリクスとリィナはパチパチと瞬く。
騎士達の後ろにあったもの──それは馬車だった。
正確には、何だか可愛らしく飾り付けられた、荷馬車だった。
「……荷馬車?」
こてりと首を傾げたリィナに、ヴィクトールがふふんと胸を張る。
「2人には今からこれに乗ってもらう」
「いや、何でだよ」
即座に突っ込んだフェリクスに、ヴィクトールは問答無用!とぴしゃりと言い放つ。
「これに乗って町を一周して、嫁自慢をして来い!」
「しねーよ!!」
ビシリと指された指を叩き落としたフェリクスの後ろから、まぁまぁとおっとりとした声がかかる。
「可愛らしい奥様を閉じ込めて見せたくないというお気持ちもおありなのでしょうけれど……これは皆からの要望なんですよ」
「……ブリジット」
ゆっくりと子供達の後ろから進み出てきたブリジットが、飾り付けられた荷馬車を見て「あら、素敵ですね」と微笑む。
「要望って……何だよ」
嫌な予感にフェリクスがそう問えば、ブリジットが楽しそうに微笑む。
「フェリクス様の慶事を祝いたい、という事で、町の者皆で考えたのですよ。その結果、馬車で通りを走って頂くのはどうだろうかという案が出ましてね。けれど普通の馬車では奥方様のお顔が見えませんでしょう?あぁ、決してフェリクス様のお心を射止めた奥方様を一目見たい、なんて事ではありませんよ?そんな事は決してないのですが、まぁ屋根はない方が皆の気持ちもより一層届くのではないかという事になりましてね。ですから、フェリクス様とリィナ様には荷馬車に乗って頂いて、町をぐるりと走って頂こう。という事に決まりました」
「決まってんじゃねーか」
"要望"じゃねーだろそれと突っ込んだフェリクスに、ブリジットがそう言えばそうですねぇと笑って、ぱちんと掌を合わせる。
「そういう事ですので、さぁさ。どうぞ遠慮なくお乗りください」
「いや、乗らねー……」
乗らねーし周らねーと言おうとしたフェリクスの袖がつんと引かれる。
あ?と振り返ったフェリクスは、そこに頬を紅潮させているリィナを見つけて──ひくりと頬を引き攣らせた。
「フェリクス様、私乗ってみたいです!」
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*
いくら体格が良いからって十数人で荷馬車が隠せるかい!というツッコミはご容赦下さい(笑)
ちんまいリィナからは見えなかったはずです……たぶん。
応援ありがとうございます!
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