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本編

73. 計画始動。3

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荷馬車、と言っても車体は真っ白く塗られていて、リボンや花で飾り付けられているし、中も後方を少し高くしてあって椅子のように腰かけられるようになっている。
更にリィナに配慮したのかクッションが敷かれていて、お尻にも優しそうな作りだ。

リィナが率先して荷馬車に向かってしまったものだから、フェリクスは町の人達の"要望"に応える羽目になってしまった。
仕方なくリィナを抱き上げて荷馬車のクッションの上に下ろすと、自身も乗り込んでリィナの隣に腰かける。
さりげなく腰に佩いた剣に触れたフェリクスに、ヴィクトールが心配すんなと声を掛ける。

「鍛錬所のメンバーから4名つけるとさ。それと、中にあのお嬢ちゃんとマウロが乗るらしいぞ」

ヴィクトールがくいっと顎で示した先、マウロと共に向かってくるアンネの姿にフェリクスは僅かに肩の力を抜いた。
そしてこの荷馬車で町を周るという見世物は、一体どれだけ周到に仕込まれたんだと息をつく。

「そんなにリィナを見てぇのか……?」

ぼそりと落とされた呟きに、物珍しそうに荷馬車を観察していたリィナが顔を上げる。

「私を見たいのではなくて、フェリクス様にお祝いの気持ちを贈りたいのでしょう?」
「いや、俺の事を祝うなんてしねーだろ」

何言ってんだとばかりにそう返してきたフェリクスに、あぁまたこの人は、とリィナが頬を膨らませようとしたその時、ジェラルドに呼び掛けられて、リィナはいつの間にか荷馬車の傍まで来ていた家族に顔を向ける。

「我々は見送ったら帰るから、挨拶をと思ってね」
「はい──あの、お父様。時々は帰っても良いですか?」
「勿論だよ。いつでも帰っておいで」
「あら、でも喧嘩して逃げて来るのは許しませんよ」
「それは大丈夫です。喧嘩なんてしませんもの!」

リアラに向かって自信満々に胸を張ったリィナに、エミリオがぼそりと呟く。

「いい加減にしろって放り出されないようにだけ気を付けて下さいね」
「え?放り出されなんて……しない、ですよ……ね?」
「そこは自信ねーのか」

恐る恐るフェリクスに視線を向けたリィナに、フェリクスが可笑しそうに笑う。

「放り出せるんなら最初の時に放り出して終わってんだろ」

恐らくはあそこで追い出せなかった時点でもう負けていたようなもんだと言うフェリクスに、リィナはえー?と首を傾げて、エミリオは深々と頭を下げる。

「姉の事、よろしくお願いします。返品は無理ですが、苦情はいつでも受けますので」
「もうっエミリオ!」

エミリオに向かって頬を膨らませたリィナは、けれどふと姉の顔に戻る。

「お父様とお母様と、リディの事、よろしくね」
「大丈夫ですよ。姉上がいなくなる分、平穏になると思っていますから」
「もうっ!!!」

真面目に言ってるのに!と結局姉の顔は一瞬で脱ぎ捨てて頬を膨らませたリィナに、皆が笑う。
そんな笑いの中、それまで後ろにいたリディがとことこと前に出て来る。
そうして小さな包みを差し出されて、リィナはなぁに?と首を傾げながら受け取った。

「開けてみても良い?」
「はい。でもあの、あんまり上手く出来なくて……」

恥ずかしそうに俯いたリディに、リィナは首を傾げながら包みを開けて、まぁと声を上げた。
中には2枚の真っ白なハンカチ。そしてハンカチの隅には赤・ピンク・黄色の順で薔薇の刺繍が施されている。

「薔薇の花ね。とても上手だわ」

丁寧に刺されたのが分かる刺繍を指でそっとなぞって、リィナはありがとうと微笑む。
その瞳は少しだけ、潤んでいる。

「赤はフェリクス様の色で"愛しています"、黄色はリィナお姉様の色で"平和"、ピンクはお2人が"永遠の愛"で結ばれますようにって、そう思って刺しました」

リディの言葉に、リィナがきゅっとハンカチを握りしめる。

「ありがとう、リディ。大事にするわ」

瞳を潤ませて微笑んだリィナに、えへへと照れたように笑ったリディが、それでね、とリィナに手を伸ばしてきたので、リィナはリディの手を包んで首を傾げる。

「リィナお姉様、リディも早くお姉様の赤ちゃんが見たいので、がんばってくださいね!」

リィナの手をぶんぶんと振りながら無自覚にそんな爆弾を投下したリディに、ジェラルドとエミリオと、ついでにフェリクスがぶほっと咳き込んで、リィナは頬を染めて「えぇ、まぁ……頑張るわ」などと答えて、そしてリアラは娘二人に向かってうふふと首を傾げる。

「初孫、楽しみねぇ。大丈夫よ、リディ。きっとすぐに見られるわ」
「本当ですか!?でも、そうですよね。フェリクス様とリィナお姉様はとっても仲良しですから、神様もすぐに赤ちゃんを運んできてくれますよね!」

そうね、すぐにねと微笑み合っているリアラとリディを、げふんごふんと咳き込んでいたジェラルドとエミリオが「じゃあそういう事で!」と腕を引っ掴む様にして撤収してしまったものだから、結局締まる事のないまま終わってしまった挨拶の時間に、リィナは「お手紙書きますねー」と手を振って家族を見送った。

「何かデルフィーヌ侯爵を見る目が少し変わるというか……」
「セヴィオ」

いつも冷静な印象なのにねと呟きながらゆっくりと近寄ってきたセヴィオは、慌てて立ち上がろうとしたリィナにそのままでと手を上げる。

「僕らもこのまま出ちゃうから、挨拶をね。落ち着いたらたまには城にもおいでよ」
「私も、リィナさんとは一度ゆっくりお話してみたかったの。是非遊びにいらして」

セヴィオの横で意味深に微笑んだセリスティアに、リィナは私とですか?と首を傾げる。

「エリアーヌから、可愛くて面白い従妹がいるとずっと聞いていたから。でもちっとも社交界に出てこないし、出て来てもすぐに帰ってしまっていたでしょう?」
「まぁ、お姉様から……」

突然出された10歳ほど年上の従姉の名前に、リィナは驚きつつも納得したように頷いた。
まさか王妃から動向チェックをされているなんて思ってもいなかった上に、面白いだなんてお姉様は一体何をおっしゃったのでしょう、と恥ずかしそうにしているリィナに、セリスティアは微笑みだけを落とすと、フェリクスに視線を向ける。

「そんなわけですから、もしかしたら可愛い奥様を呼び出してしまうかもしれないけれど……宜しいかしら?」
「と言うってことは、どうせ呼び出すんでしょう。お好きにどうぞ」

フェリクスのセリスティアに対する気安そうな口調に、リィナが瞬く。

「婚約者だった頃から、知ってるからな」

リィナの視線の意味に気付いてさっさと答えを出したフェリクスに、リィナはそうですか、と頷く。

皇太子だったセヴィオとフェリクスが単なる主従ではなく、友人と言っても過言ではない関係だったのだろうという事は分かっていたけれど、婚約者だった王妃様とまでお会いしていたなんて……と、少しばかり胸の中がもやっとしたリィナは、ちろりとフェリクスに視線を向ける。

「……また妙な事考えてんなら、絞めるぞ」
「うっ……いえ、妙な事と言いますか……王妃様はその頃のフェリクス様をご存知で……良いなぁって……」

手の中のブーケをくるくると回して俯いたリィナに、セリスティアが笑う。

「容姿だけではなくて、性格も可愛らしいのね。フェリクスには勿体ないわ」
「可愛いっていうのか、これ……?」

面倒の間違いだろと独り言ちたフェリクスに、セリスティアはまぁと呟いてその綺麗な眉を寄せる。

「こんなに可愛らしいのに酷い事を言うのね、フェリクス。良いわ。呼び出したら暫く帰してあげないんだから」
「何でそうなる……」
「すぐに帰して欲しかったら、うちのリィナは世界一可愛い、くらい言ってみる事ね」
「だから何でそうなる……」

つーんとそっぽを向いたセリスティアの頬を、セヴィオがこらこらと撫でる。

「新婚の2人をいじめては可哀想だよ」
「あら、だって可愛いも愛してるも、私は言って欲しいもの。ねぇ、リィナさんだってそうでしょう?それなのにフェリクスったら」

ぶつぶつと文句を言っているセリスティアに、リィナは困ったように眉を下げる。

「いえ、あの。確かに言って頂ければ嬉しいですけど……フェリクス様はそういう事を口にするような方ではありませんし……それに、あの、普段言葉で頂けなくても、ベッドの中d──んむっ」

ばしんっと中々の勢いで口を塞がれて、リィナは「痛いです」と視線でフェリクスに訴える。

「お前は何でそういう事をぺろっと恥ずかしげもなく言おうとすんだ!?」
「ふぁっふぇ、ふぇりくふはふぁふぁ……」
「リック、それは流石にリィナ嬢が可哀想だよ……」

苦しそうにもごもご言っているリィナに、セヴィオがほらほら手を離してとフェリクスに促して、セリスティアが「やっぱり帰さない方が良さそうね」と頷いている。
フェリクスに「余計な事言うなよ」とじろりと睨まれて、リィナはこくこくと頷いた。
──リィナ本人は、余計な事など言ったつもりはちっともなかったのだけれど。

「そんで?セヴィオ達はこのまま旅行とやらに行くのか?」

あ、逃げたなと思いつつも、セヴィオはそうだねとセリスティアの手を取る。

「思ったよりもこの変装は出来が良いみたいでね。城を出る時も気付かれなかったんだよ」
「……おい、騎士団。鍛え直せ」
「それな。すげぇ思った」

傍に控えたままだったヴィクトールが、フェリクスの唸るような呟きに困ったもんだと息を落とす。

「変装した陛下に気付けないとかなー。俺はこう、"えっ!?陛下!!?"みたいな反応を期待してたんだがなぁ……意外と気付かない奴が多くて、どうしたもんかと」

顎の不精髭を撫でながら困った困ったと、大して困った風でもなく呟いたヴィクトールが、おぉそうだとわざとらしく声を上げる。

「こういうのも基礎だろ。基礎だよな。てぇことでその辺も頼むわ、指南役殿」
「はぁ!?」
「あぁ、良いねそれ。それで僕はたまに変装して抜き打ちテスト視察にでも来れば良いわけだ」
「あら、楽しそうね。私も一緒に来ても良いかしら?」
「来んな!城で大人しくしてろ!」
「だってさぁ、ここって王都から適度な距離だし自然も多いし町の治安も良いし、結構良いんだよね。何か目玉でも作ってちょっと良い宿作ったら儲けられるんじゃない?」

そんな事を言い出したセヴィオに、フェリクスはいや無理、と即座に首を振る。

「余所モンほいほい入れるなんて出来るかよ」
「あー、まずそこかぁ……まぁ、もう大丈夫だとは思うんだけど」

これだけ後ろ盾がたっぷり付いたんだからさと笑ったセヴィオに、フェリクスは眉間に皺を刻むと、

「────大丈夫だと判断出来たら、考える」

そうぼそりと呟いたフェリクスに、セヴィオは満足そうに頷いた。

「そんなわけで、騎士団の人間でも気付かなかったんだから、王都から離れた場所ならそうそう気付かれないだろうからね。ちょっと羽を伸ばしてくるつもり」
「ヴィクトールと近衛2人で、本当に大丈夫なのか?」

何なら今うちに来てる奴らも……と言うフェリクスに、セヴィオが笑う。

「リックは相変わらず心配性だよね。大丈夫だよ、うっかり何かあったって僕だってセリスを護りながら戦うくらい出来る」
「いや、それは分かってるんだが……」
「フェリクス、俺達が散々言ってダメだったんだ。諦めろ──というか諦めてる。万が一うっかり俺に何かあったら『後は頼んだ』と副団長のロベールに伝えてくれ」

そんな縁起でもないことを言い出したヴィクトールに、フェリクスはじっとりとセヴィオに視線を送って、そして諦めたように息を落とす。

「まぁ、滅多にない時間だろうからな──楽しんで来いよ」
「うん、ありがとう──さて、あんまり時間を貰っては悪いから、僕らはこの辺で」

またねと軽く手を上げたセヴィオと、「招待状を送るわね」とリィナに手を振ったセリスティアを見送って、フェリクスは荷馬車越しに「まぁ頑張れ」とヴィクトールの肩を叩いた。




*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*
別にヴィクトールさんに何かフラグが立ったわけではありません(笑)

あとリィナの従姉のエリアーヌさんは、以前上げていた拍手お礼SSの方で名前だけ出てきた人です。
この場で軽く紹介しておきますと……

ジェラルドのお姉さんの娘で、リィナより10個上の従姉さんで、セヴィオの宰相を務めてる人の奥さんです。
この人のおかげでリィナはセヴィオとの謁見が実現しました。
エリアーヌがいなかったらこの物語は始まっていないという、裏番的なお姉様。
名前しか出て来ませんけど(笑)
割とお茶目な性格なんじゃないかな、と思っています。


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