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本編

71. 計画始動。1

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「そろそろリィナ嬢……奥さんを迎えに行ったら?」

セヴィオにそう言われて、確かにそろそろ良い頃合いかと、フェリクスはニヤニヤした笑みを浮かべているセヴィオの頭を軽く小突いてからリィナ達のいる控え室へと向かう。
フェリクスがノックをする前に中からドアが開いて、クラーラが顔を出した。

「お待たせ致しました、フェリクス様。お嬢様のご準備、整いました」

そのまま室内に招き入れられたフェリクスはお?と首を傾げる。

「フェリクス様っ」

ふわりとドレスを靡かせた駆け寄って来たリィナを抱きとめて、フェリクスはリィナのスカートを見る。

「萎んでる」
「馬車で座りにくいだろうからって、パニエを変えてくれました」

先程までよりかなりボリュームダウンしている理由が分かって、フェリクスはなるほど、確かにあのままでは座りにくいだろうと頷く。
ずるずると引き摺っていたトレーンもなくなっていて、あれは着脱が可能だったのかと、女の衣装ってのはすげぇなと感心しながら化粧や髪型のせいか普段よりも控え目にフェリクスの胸に甘えているリィナの頬を撫でる。

「もう大丈夫か?」

リィナと、念の為アンネにも視線を向けて確認すれば、2人ともこくりと頷いた。

「さて、外が騒がしくなってきたし……気を付けろよ」

子供達が戻ってきたのか、少し前から外からきゃーきゃーと騒ぐ声が聞こえて来ている。
フェリクスはその声に口端を持ち上げて、リィナに手を差し出す。

「気を付ける、ですか?」

きょとりと首を傾げながらフェリクスの手に自分の手を重ねて来るリィナに、ドレス、と一言返す。

「物珍しくて寄ってくるかもしれねーから、汚されたり破られたりしねぇようにな」

フェリクスがそう言えば、リィナはあぁ、と納得したように頬を緩めた。

「こんな事言うと怒られるかもしれませんが……終わってしまえばもう着ることもないでしょうし、多少汚れるくらいなら大丈夫ですわ」

破れてしまうのは流石に悲しいですけど、と笑ったリィナをフェリクスが驚いたように見る。

「着ないのか?」
「白はやはり花嫁の色ですから社交の場には向きませんし……あぁ、でも取っておけばベティやクラーラが着られるでしょうか」

そんな事を呟いたリィナに、今度はベティとクラーラが驚いた顔をする。

「え、お嬢様のサイズは無理です」
「そもそも私、結婚なんてしませんし」

ね、と顔を見合わせた2人に、途端にリィナがサイズ……と肩を落とす。

確かに小柄なリィナのドレスを平均的な身長のベティやクラーラが着るとなると、直すのにもかなり時間がかかりそうだとフェリクスが内心で頷いている横で、早くも気を取り直したらしいリィナは今度はクラーラの "結婚しない" 発言に不満そうな顔をしている。

「ドレスは無理にしても……結婚しないかどうかなんて分からないでしょう?私はアンネもベティもクラーラも、皆の誓約式に出たいわ」
「アンネはお家同士の、なんて可能性もあるかもしれませんが、私達はそういう事もありませんし……。そもそも私達は一生お嬢様のお側にいると決めていますから!」

握りこぶしをぐっと握ったベティに、クラーラがうんうんと頷いている。

「しがない男爵家にお家同士も何もないわよ。私だって結婚する気なんてありませんから、一生お嬢様のお側にいます」

すかさずそんな事を言うアンネに、リィナは唇を尖らせる。

「アンネはお見合いのお話が来てるのに全部断っているだけじゃない……会うだけでもしてみれば良いのに……」
「必要性を感じません」

きっぱりと言い切られて、もう!と唇を尖らせているリィナにフェリクスは肩を竦める。

「まぁ、結婚なんてどうなるか分からねーからな」

良い例がここにいるだろ?とリィナの頬をつまんだフェリクスに、リィナがあら、と首を傾げる。

「私はフェリクス様のお嫁さんになると思っていたので、予定通りですわ」
「リィナはな………」

俺は青天の霹靂だった、と言うフェリクスに、リィナが笑う。

「もしかしたら出会って数日で電撃結婚!なんて可能性もあるかもしれませんものね。アンネは美人だしベティもクラーラも可愛いですし、フェリクス様の鍛錬所の関係で人の出入りも増えるでしょうから……きっと素敵な出会いがあるに違いありませんわ」
「鍛錬所って……来るのは貴族様じゃないですか」
「アンネなら……」
「だから、私は関係ありませんって」

結局堂々巡りな会話に、フェリクスは苦笑を零す。

「まぁずっとリィナの傍にいたいってなら、うちで働いても構わないって人間を掴まえるんだな。そうすればリィナと離れずに済むだろ」

軽くそんな事を言ったフェリクスに、リィナが素敵!と手を叩く。

「それでしたら一緒にいられますものね。子供も一緒に育ったりしたら、もっと素敵です」

リィナとアンネとベティとクラーラと、そして皆の子供達が一緒になって転げまわっている姿を何となく想像して、リィナが楽しそうに笑う。
アンネが「ありえません」と息をついて、そしてフェリクスを見上げる。

「フェリクス様、そろそろお出になられた方がよろしいかと」

皆さまきっとお待ちです、と言うアンネにひょいと肩を上げてみせると、フェリクスはリィナの手を引く。

「行くか」
「はい」

微笑んだリィナにアンネがブーケを手渡して、そして3人はフェリクスと共に部屋から出ていくのを見送ると──
ベティが部屋の窓を開ける。

「今こちらを出ました。間もなくですよ」

窓の外でいた数人の子供達に向かってそう囁くと、わっと声が上がって、子供達が散っていく。

「では、私達もお見送りに行きましょうか」
「そうですね。お嬢様の驚くお顔を見なければならないもの」

3人は視線を合わせてこっくりと頷くと、廊下の様子を伺ってから部屋を出る。
そうしてフェリクスとリィナが歩いて行ったのとは違う方向へと、足を向けた。



「そろそろだって」
「よし、じゃあリンデ班、準備!」
「皆さまも並んでください!」

子供達がはしゃぎながら、それでも声を落として大人達をこっちこっちと、間もなくフェリクスとリィナが出て来るであろう教会の入り口の前に並ばせる。

「これをリックに投げつければ良いのかい?」
「あら、それも楽しそうですね。ぎゅっと丸めておけば良いかしら?」
「まぁ、セリスティア様。それでは綺麗ではなくなってしまいますわ」
「それもそうね……」
「お母様、リディもリンデの木に登りたいわ」
「ダメだよ、リディ。こんな日に落ちて怪我でもしたらどうするんだ」
「……お兄様のケチ」

国王夫妻とデルフィーヌ一家がそんな会話をしながら並んだところに、アンネ達が教会の裏手からぱたぱたと小走りでやって来た。
ジェラルドが手を上げると、3人はほっとしたように微笑む。

「3人ともお疲れ様。間に合ったようだね」
「はい、良かったです。さすがにドキドキしました」

アンネ達は入り口に目をやって頷き合うと、ジェラルド達と向かい合う形で並んでいる使用人達の列に並ぶ。

「おねーちゃんたちも、はい!これ!」
「ありがとうございます──とても綺麗ですね」
「でしょう?朝からみんなで頑張ったんだから!」

3人は子供から籠を受け取ると、中に入っている色とりどりの花びらにそっと触れる。

「──来たよ!」

扉にくっついて中の音を聞いていたテレーザとカリーナがそう声を上げて、そして教会の扉をゆっくりと開ける。

「「フェリクス様!リィナ様!ご結婚おめでとうございます!」」

テレーザとカリーナの息の合った音頭に、開かれた扉の前で、フェリクスとリィナは驚いたように足を止めた。


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