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本編
47. 野獣、教会へ行く。1
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「おはよう、フェリクス」
朝から鍛錬場で汗を流していたフェリクスに、涼やかな声がかかる。
「おう。早いな、アリス」
「そりゃまぁ、気になって仕方なかったから──無事に?」
「あぁ、まぁ……一応」
「え、一応って何。何か言われた?」
「いや……中々に癖の強い家族で、疲れただけというか……」
「癖の強い……?デルフィーヌ侯爵は穏やかな方だったと思ったけど……」
首を傾げたアリスに、フェリクスは侯爵本人はな、と呟く。
最早取り乱した姿しか思い出せないが、確かに第一印象は穏やかそうな人だったはずだと、何とか最初に見た姿を思い出してみる。
アリスはふぅん?と首を傾げて、けれどまぁいいかと顔を上げると、ぱしんとフェリクスの背を叩いた。
「まぁとりあえず、おめでとう」
「────おぅ」
「式の日取りは決まったの?」
「そんなすぐ決まるわけねーだろ。今日仕立屋の予定を確認すんだとよ」
「あぁ。ドレスがないと始まらないもんね。盛大な式になるんだろうなぁ」
楽しみ楽しみと笑うアリスに、フェリクスはげんなりと肩を落とす。
「やっぱそうなると思うか……?」
「そりゃー、デルフィーヌ侯爵家の長女だよ?王都の中央教会でどーんっとやるんじゃない?」
「……勘弁してくれ」
右も左も分からないからリアラに任せるというような事を言ってしまったけれど、やはり不味かったかもしれない。
大船でも泥船でもなく、ごってごてに盛りに盛られた巨大豪華客船だったかとフェリクスは遠い目をして、さながら自分はその豪華客船の中で檻に閉じ込められた珍獣だろうかと、溜息を落とす。
「そうそう、部屋だけどね。リィナ様はやっぱりピンクとか花柄とかの可愛らしい感じが好みらしいから、割とがっつり変えると思うけど」
「あー……あぁ、全面的にアリスに任せる。アンネ達の協力が必要そうなら伝えておくが……」
「驚かせたいから、リィナ様にバレそうな危険を冒したくはないからね。彼女達なら上手くやってはくれるだろうけど……まぁ一応カタログでこんな感じっていう確認はして、大きい物はもう発注かけちゃったから大丈夫」
「いや、そんな急がなくても良いんだからな……?」
「分かってるんだけど。リィナ様が喜んでくれた時の顔を想像したらどうにも止まらなくて……」
ふふふっと笑ったアリスに、フェリクスは呆れたような視線を向ける。
「……まぁ、引き続き頼む」
「はいはい。お任せ下さい、フェリクス様」
アリスがおどけて笑ったところで、鍛錬場にリシャールが姿を現した。
「っと、時間か。じゃあ、悪ぃが頼んだ」
ぽんとアリスの背を叩いて屋敷へと戻っていくフェリクスを見送って、アリスはよしっと気合を入れると、自身も家へと戻った。
❊❊❊❊❊ ✽ ❊❊❊❊❊
「あ、フェリクスさまだ!」
「せんせー、フェリクスさま来たーー!」
伯爵家の馬車が教会の近くに停まったと同時に、中からわらわらと子供達が駆け出してくる。
町の端、領主の屋敷に程近い場所に建っているこの教会には、現在15名程の孤児がシスター達と共に暮らしている。
ころころと駆け寄ってくる子犬の群れみたいで、フェリクスはこの光景を見るのが割と気に入っていた。
「元気にしてたか?」
「うん!でもテレーザがまたお熱なの」
「……またか」
フェリクスが顔を曇らせたのを見て、子供達は「でも今日は下がったよ」「後で来るって言ってたよ」と口々に付け足す。
まとわりついている子供達の頭を順番に撫でてから、フェリクスは教会の入り口の脇にどんと植わっている大きなリンデの樹の下によいせと座り込む。
そうすると子供達は我先にとフェリクスの膝の上を取り合って、肩や背中によじ登り、腕にまとわりつく。
最初の頃は子供の扱いなんて分からずに戸惑ったものだが、数年もやっていれば流石に慣れたものだ。
子供達に群がられて前衛的な彫刻のようになっているフェリクスに、リシャールは毎度の事ながら苦笑を零す。
子供達も群がる相手を選ぶようで、何故かリシャールにはそこまで群がっては来ない。
一応二児の父なんだけどなぁと寂しくも思うが、どう考えても自分にあの重量を支える事は出来ないので、このままで良いかとも思う。
「テレーザ以外は?元気か?」
「困った事はないか?」
「欲しいモンは?」
そんな事を聞きながらフェリクスが子供達を順番に構っていくのを見ながら、リシャールも自分に寄ってきてくれている子供達の頭を撫でて、同じように困ったことはないかと尋ねる。
「フェリクス様、遅くなって申し訳ありません」
子供達から先生と呼ばれている年嵩のシスター・ブリジットが教会から出て来て、フェリクスとリシャールを中へと勧める。
「悪い、また後でな」
フェリクスがそう言うと、子供達は渋々ながらフェリクスから離れていく。
服についた土や葉っぱを払って、フェリクスはリシャールと共に教会の中へと足を向けた。
朝から鍛錬場で汗を流していたフェリクスに、涼やかな声がかかる。
「おう。早いな、アリス」
「そりゃまぁ、気になって仕方なかったから──無事に?」
「あぁ、まぁ……一応」
「え、一応って何。何か言われた?」
「いや……中々に癖の強い家族で、疲れただけというか……」
「癖の強い……?デルフィーヌ侯爵は穏やかな方だったと思ったけど……」
首を傾げたアリスに、フェリクスは侯爵本人はな、と呟く。
最早取り乱した姿しか思い出せないが、確かに第一印象は穏やかそうな人だったはずだと、何とか最初に見た姿を思い出してみる。
アリスはふぅん?と首を傾げて、けれどまぁいいかと顔を上げると、ぱしんとフェリクスの背を叩いた。
「まぁとりあえず、おめでとう」
「────おぅ」
「式の日取りは決まったの?」
「そんなすぐ決まるわけねーだろ。今日仕立屋の予定を確認すんだとよ」
「あぁ。ドレスがないと始まらないもんね。盛大な式になるんだろうなぁ」
楽しみ楽しみと笑うアリスに、フェリクスはげんなりと肩を落とす。
「やっぱそうなると思うか……?」
「そりゃー、デルフィーヌ侯爵家の長女だよ?王都の中央教会でどーんっとやるんじゃない?」
「……勘弁してくれ」
右も左も分からないからリアラに任せるというような事を言ってしまったけれど、やはり不味かったかもしれない。
大船でも泥船でもなく、ごってごてに盛りに盛られた巨大豪華客船だったかとフェリクスは遠い目をして、さながら自分はその豪華客船の中で檻に閉じ込められた珍獣だろうかと、溜息を落とす。
「そうそう、部屋だけどね。リィナ様はやっぱりピンクとか花柄とかの可愛らしい感じが好みらしいから、割とがっつり変えると思うけど」
「あー……あぁ、全面的にアリスに任せる。アンネ達の協力が必要そうなら伝えておくが……」
「驚かせたいから、リィナ様にバレそうな危険を冒したくはないからね。彼女達なら上手くやってはくれるだろうけど……まぁ一応カタログでこんな感じっていう確認はして、大きい物はもう発注かけちゃったから大丈夫」
「いや、そんな急がなくても良いんだからな……?」
「分かってるんだけど。リィナ様が喜んでくれた時の顔を想像したらどうにも止まらなくて……」
ふふふっと笑ったアリスに、フェリクスは呆れたような視線を向ける。
「……まぁ、引き続き頼む」
「はいはい。お任せ下さい、フェリクス様」
アリスがおどけて笑ったところで、鍛錬場にリシャールが姿を現した。
「っと、時間か。じゃあ、悪ぃが頼んだ」
ぽんとアリスの背を叩いて屋敷へと戻っていくフェリクスを見送って、アリスはよしっと気合を入れると、自身も家へと戻った。
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「あ、フェリクスさまだ!」
「せんせー、フェリクスさま来たーー!」
伯爵家の馬車が教会の近くに停まったと同時に、中からわらわらと子供達が駆け出してくる。
町の端、領主の屋敷に程近い場所に建っているこの教会には、現在15名程の孤児がシスター達と共に暮らしている。
ころころと駆け寄ってくる子犬の群れみたいで、フェリクスはこの光景を見るのが割と気に入っていた。
「元気にしてたか?」
「うん!でもテレーザがまたお熱なの」
「……またか」
フェリクスが顔を曇らせたのを見て、子供達は「でも今日は下がったよ」「後で来るって言ってたよ」と口々に付け足す。
まとわりついている子供達の頭を順番に撫でてから、フェリクスは教会の入り口の脇にどんと植わっている大きなリンデの樹の下によいせと座り込む。
そうすると子供達は我先にとフェリクスの膝の上を取り合って、肩や背中によじ登り、腕にまとわりつく。
最初の頃は子供の扱いなんて分からずに戸惑ったものだが、数年もやっていれば流石に慣れたものだ。
子供達に群がられて前衛的な彫刻のようになっているフェリクスに、リシャールは毎度の事ながら苦笑を零す。
子供達も群がる相手を選ぶようで、何故かリシャールにはそこまで群がっては来ない。
一応二児の父なんだけどなぁと寂しくも思うが、どう考えても自分にあの重量を支える事は出来ないので、このままで良いかとも思う。
「テレーザ以外は?元気か?」
「困った事はないか?」
「欲しいモンは?」
そんな事を聞きながらフェリクスが子供達を順番に構っていくのを見ながら、リシャールも自分に寄ってきてくれている子供達の頭を撫でて、同じように困ったことはないかと尋ねる。
「フェリクス様、遅くなって申し訳ありません」
子供達から先生と呼ばれている年嵩のシスター・ブリジットが教会から出て来て、フェリクスとリシャールを中へと勧める。
「悪い、また後でな」
フェリクスがそう言うと、子供達は渋々ながらフェリクスから離れていく。
服についた土や葉っぱを払って、フェリクスはリシャールと共に教会の中へと足を向けた。
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