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本編
48. 野獣、教会へ行く。2
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「テレーザの具合は?」
「もう熱は下がっているのですけどね。あの子はすぐに無理をしてしまうので……今日は1日大人しくしていなさいと言ってきたところです」
「そうか……。後で少し話したいんだが、大丈夫そうか?」
「えぇ、お話するくらいなら問題ありませんよ」
テレーザは、6年前の屋敷襲撃事件の被害者の子供だ。
母一人子一人だったテレーザは、事件後この教会に身を寄せた。
元々あまり丈夫でなかったテレーザは、すぐに熱を出す。
それでも以前よりは大分頻度は減ってきてはいるのだが、こうして月1回、多くても2回程度しか顔を出せないフェリクスが「またか」と言う程度には、今でも度々寝込んでいる。
テレーザ以外にも、事件の被害者の子供達の大半がこの教会か、町の反対側にある孤児院に身を寄せている。
そんな事もあって、フェリクスは定期的に教会と孤児院を訪れては施設の状態と子供達の様子を見ているのだ。
ブリジットにも困っていることはないか、足りないものはないかと確認をするが、いつでも「充分ですよ」と微笑まれて終わってしまう。
最近は領内の農作物の生産量も落ち着いて来ているし、大きな災害なども起きていないから、食うに困るという事もないようで、ここ2年程は単純に子供達の遊び相手になりに来ている様なものだった。
しかし今日は、フェリクスは普段とは少し違う話をする為に訪れていた。
「それで、お話と言うのは?」
ブリジットが入れてくれた、教会の裏で栽培しているハーブを何種類か混ぜたというお茶を一口飲んでから、フェリクスが切り出す。
「実は屋敷の方に使用人を入れようかと思っててな。出来ればここから2・3人、雇いたいと思ってるんだが」
フェリクスの言葉に、ブリジットがまぁと驚いたように声を上げる。
「いくら言っても聞いて頂けませんでしたのに……。まぁ、そうですか、やっとお屋敷に人を」
ブリジットが嬉しそうに微笑む。
6年前の事件は町の人間であれば知っている事で、それ以来屋敷から人を遠ざけて通いの使用人数名しか雇わずに一人で住んでいるフェリクスを、町の人達は皆秘かに心配しているのだ。
『英雄』と言われただけあって身体は大きいし、言葉遣いも荒い。何より目つきが悪すぎてよく知らない相手からは敬遠されがちのようだが、領主として心を砕いてくれる姿を見ている領民からは、実のところ絶大な人気があるし信頼もされている。
本人はちっとも気付いていない──むしろ何故だか「好かれていない」と思い込んでいるようだが。
だからブリジットは、何度となく使用人を雇ったら宜しいのにと、控えめではあるものの言い続けていた。
「一体どういった心境の変化で?」
「あー……いや、その……」
フェリクスが困ったように頭を掻いて視線を彷徨わせたのを見て、ブリジットはあら?と首を傾げる。
ちらりとリシャールを見れば、リシャールが一つ頷いて、実はですねと微笑んだ。
「何とフェリクス様、ご結婚なさる事になりまして」
「あ、おいっ……!」
「まぁ!まぁまぁまぁ!!おめでとうございます!お式はいつですか?奥方様はどちらに?」
椅子から腰を浮かせたブリジットに、フェリクスが頭を抱える。
「いえ、まだ昨日お相手のご実家に挨拶に行ったところでして。これから衣装の仕立てから入るので、まだ暫く先の事ではあるのですが」
「まぁ、そうなのですね。お相手はどのような方なのでしょう?あ、お祝い!お祝いもしなくてはなりませんね。あぁどうしましょう。急いで町の皆と相談しなくては」
楽しそうにソワソワし始めたブリジットに、フェリクスはごつんとテーブルに額をぶっつけると、勘弁してくれ……と呟く。
「まだ先だと言ってるだろう。そもそも俺への祝いなんて必要ねーから、その分自分達の記念日でも祝ってろ」
「まぁ、そうは行きませんよ。我らが領主さまの慶事ですからね。町をあげてお祝いしなくては!」
「………勘弁してくれ」
再びごつんとテーブルに額をぶつけたフェリクスに、ブリジットは本当に良かったです事、と微笑みを落とした。
❊❊❊❊❊ ✽ ❊❊❊❊❊
「テレーザ、入っても良いか?」
どんどんとドアを叩くと、小さい返事の後にドアが開いて、少女が顔を覗かせた。
「フェリクス様!」
「よぉ、まーた熱出したって?下がったとは聞いたが、大丈夫か?」
ぺたりとテレーザの額に手をあてると、テレーザがはいと笑う。
「もう熱は下がって、元気なんですよ。でもシスターがお部屋で刺繍をするのが今日のお勤めですよって」
「そうか。元気なら少し、話しても良いか?」
「勿論です!」
どうぞ、と部屋に招き入れようとするテレーザを手で制して、ブリジットと話していた部屋に来てくれと伝える。
今頃リシャールからブリジットにフェリクスの相手が成人したばかりの18歳の少女である事が伝わっているかと思うと、正直戻るのは非常に気が進まない──どころか可能ならさっさと逃げ出したいが、テレーザの将来に関わる大事な話をするのだから、そうも言ってはいられない。
リィナの年齢が暴露される瞬間にその場にいなくて済んだだけマシだと思わねばならないだろう。
──俺がテレーザを呼んでくると、強引に逃げ出して来ただけなのだけれど。
「もう熱は下がっているのですけどね。あの子はすぐに無理をしてしまうので……今日は1日大人しくしていなさいと言ってきたところです」
「そうか……。後で少し話したいんだが、大丈夫そうか?」
「えぇ、お話するくらいなら問題ありませんよ」
テレーザは、6年前の屋敷襲撃事件の被害者の子供だ。
母一人子一人だったテレーザは、事件後この教会に身を寄せた。
元々あまり丈夫でなかったテレーザは、すぐに熱を出す。
それでも以前よりは大分頻度は減ってきてはいるのだが、こうして月1回、多くても2回程度しか顔を出せないフェリクスが「またか」と言う程度には、今でも度々寝込んでいる。
テレーザ以外にも、事件の被害者の子供達の大半がこの教会か、町の反対側にある孤児院に身を寄せている。
そんな事もあって、フェリクスは定期的に教会と孤児院を訪れては施設の状態と子供達の様子を見ているのだ。
ブリジットにも困っていることはないか、足りないものはないかと確認をするが、いつでも「充分ですよ」と微笑まれて終わってしまう。
最近は領内の農作物の生産量も落ち着いて来ているし、大きな災害なども起きていないから、食うに困るという事もないようで、ここ2年程は単純に子供達の遊び相手になりに来ている様なものだった。
しかし今日は、フェリクスは普段とは少し違う話をする為に訪れていた。
「それで、お話と言うのは?」
ブリジットが入れてくれた、教会の裏で栽培しているハーブを何種類か混ぜたというお茶を一口飲んでから、フェリクスが切り出す。
「実は屋敷の方に使用人を入れようかと思っててな。出来ればここから2・3人、雇いたいと思ってるんだが」
フェリクスの言葉に、ブリジットがまぁと驚いたように声を上げる。
「いくら言っても聞いて頂けませんでしたのに……。まぁ、そうですか、やっとお屋敷に人を」
ブリジットが嬉しそうに微笑む。
6年前の事件は町の人間であれば知っている事で、それ以来屋敷から人を遠ざけて通いの使用人数名しか雇わずに一人で住んでいるフェリクスを、町の人達は皆秘かに心配しているのだ。
『英雄』と言われただけあって身体は大きいし、言葉遣いも荒い。何より目つきが悪すぎてよく知らない相手からは敬遠されがちのようだが、領主として心を砕いてくれる姿を見ている領民からは、実のところ絶大な人気があるし信頼もされている。
本人はちっとも気付いていない──むしろ何故だか「好かれていない」と思い込んでいるようだが。
だからブリジットは、何度となく使用人を雇ったら宜しいのにと、控えめではあるものの言い続けていた。
「一体どういった心境の変化で?」
「あー……いや、その……」
フェリクスが困ったように頭を掻いて視線を彷徨わせたのを見て、ブリジットはあら?と首を傾げる。
ちらりとリシャールを見れば、リシャールが一つ頷いて、実はですねと微笑んだ。
「何とフェリクス様、ご結婚なさる事になりまして」
「あ、おいっ……!」
「まぁ!まぁまぁまぁ!!おめでとうございます!お式はいつですか?奥方様はどちらに?」
椅子から腰を浮かせたブリジットに、フェリクスが頭を抱える。
「いえ、まだ昨日お相手のご実家に挨拶に行ったところでして。これから衣装の仕立てから入るので、まだ暫く先の事ではあるのですが」
「まぁ、そうなのですね。お相手はどのような方なのでしょう?あ、お祝い!お祝いもしなくてはなりませんね。あぁどうしましょう。急いで町の皆と相談しなくては」
楽しそうにソワソワし始めたブリジットに、フェリクスはごつんとテーブルに額をぶっつけると、勘弁してくれ……と呟く。
「まだ先だと言ってるだろう。そもそも俺への祝いなんて必要ねーから、その分自分達の記念日でも祝ってろ」
「まぁ、そうは行きませんよ。我らが領主さまの慶事ですからね。町をあげてお祝いしなくては!」
「………勘弁してくれ」
再びごつんとテーブルに額をぶつけたフェリクスに、ブリジットは本当に良かったです事、と微笑みを落とした。
❊❊❊❊❊ ✽ ❊❊❊❊❊
「テレーザ、入っても良いか?」
どんどんとドアを叩くと、小さい返事の後にドアが開いて、少女が顔を覗かせた。
「フェリクス様!」
「よぉ、まーた熱出したって?下がったとは聞いたが、大丈夫か?」
ぺたりとテレーザの額に手をあてると、テレーザがはいと笑う。
「もう熱は下がって、元気なんですよ。でもシスターがお部屋で刺繍をするのが今日のお勤めですよって」
「そうか。元気なら少し、話しても良いか?」
「勿論です!」
どうぞ、と部屋に招き入れようとするテレーザを手で制して、ブリジットと話していた部屋に来てくれと伝える。
今頃リシャールからブリジットにフェリクスの相手が成人したばかりの18歳の少女である事が伝わっているかと思うと、正直戻るのは非常に気が進まない──どころか可能ならさっさと逃げ出したいが、テレーザの将来に関わる大事な話をするのだから、そうも言ってはいられない。
リィナの年齢が暴露される瞬間にその場にいなくて済んだだけマシだと思わねばならないだろう。
──俺がテレーザを呼んでくると、強引に逃げ出して来ただけなのだけれど。
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