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本編
05. 野獣は困惑する。3
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「──お まえっ……!」
フェリクスは肩を掴んでリィナの身体を自分から剥がして、
そしてリィナに怒鳴ろうと口を開けた状態のまま、固まった。
リィナが頬を真っ赤に染めて、泣いていたからだ。
「う、あ、 わ、悪い。痛かった、か?」
慌てて肩から手を放したフェリクスに、リィナがふるふると首を振る。
その動きでぽろりと瞳から零れ落ちた涙に、フェリクスは更に慌てる。
「な、泣くな。あー、何だ、ほら、やっぱり嫌だったんだろう?俺に触れるのが怖かったなら、俺の妻になりたいなんて言わずにさっさと帰──」
「ちが……ます……」
ひくっとしゃくり上げたリィナが、自分の胸に顔を埋めてきたのを見て、フェリクスは混乱した。
「フェリクス様と、触れ合えるところまで来られたんだって……嬉しいんです」
フェリクスの背に細い腕が回されて、小さな手できゅっと服を握りしめられる。
「フェリクス様と、キス、してしまいました……」
ぽつんと、どこか嬉しそうな色を滲ませて呟かれたリィナの言葉に、フェリクスは唸る。
あんな触れただけのもの、キスとは呼べない。 キスってのはもっと──
そこまで考えて、フェリクスは慌てて違うだろうと自分を叱責する。
本当の、大人のキスを、目の前の少女に教え込んでみたらどうなるだろうだなんて事を、思ってはいけない。
彼女には自分からは指一本触れずに、さっさと侯爵家に帰らせなくては──
フェリクスがそう自分に言い聞かせたところで、リィナが小さくフェリクスに呼びかける。
「──私、自分で言うのもおかしい事ですが、蝶よ花よと育てられて……だから、男女の仲というものに、あまり詳しくなかったんです」
「お、おう?」
今度は何語りだ、とフェリクスは手のやり場に困りながらもリィナの言葉を聞く。
「結婚した男女がどのような事をするのかは、何となくは知っていました。ですが私が成人を間近に控えて、フェリクス様は未だ独身で。もしかしたら本当にフェリクス様の妻になれるかもしれないと思っていた時に、フェリクス様は "とても経験豊富" なんでしょうねと言われて、私不安になったんです。何も知らないままの子供では、ダメかもしれない、と」
「何か色々突っ込みたいんだが……誰だ、経験豊富なんて言ったのは」
「私の侍女ですわ。夜のお店に行っているのだから、きっと "すごい" ですよって」
「あんたんとこの侍女……大丈夫か?」
「えぇ、とても優秀なんです。なので私、頑張って勉強してまいりました」
「……勉強?」
「はい。初めてはフェリクス様とでないと嫌でしたから、実地、というわけにはいきませんので──巷で話題の小説を、読みましたわ」
「実地っておまえ……小説?」
「えぇ。女性にとても人気のお話だそうですわ。冒険者のトラサーンという男性が、行く先々で困っている女性を助けて恋に落ちる、という。毎回その恋は成就はしないのですけれど。その……少しオトナな内容のお話でしてね?色んなシチュエーションで、色んな、その……体位、で、いたす のです」
フェリクスはぶふぉっ!?と三度吹き出した。
その衝撃で膝の上から転がりそうになったリィナを慌てて支えて──仕方なくリィナを自分の膝の上に戻す。
「令嬢ってのは……すげぇもん読むんだな……」
「あ、これは市井で流行しているものですので。貴族の令嬢方は、読んでいないと思いますわ」
「じゃあどうやって………」
そんな本入手したんだ、と言おうとして、フェリクスは察した。
「侍女がご参考までにって、買ってきてくれたのです」
「あんたんとこの侍女……本当に大丈夫か?」
「えぇ。今7巻まで出ているのですけれど、全て読みましたわ。おかげで、とても勉強になりました。ですから、その……」
すり、と甘えたように胸に頬を寄せられて、フェリクスは息を飲む。
どくんっと、心臓が跳ねた気がした。
「フェリクス様。私、どんな "ぷれい" でも頑張りますわ。知識は色々詰め込んで来ましたし、覚悟だって出来ています。ですから、何をされても大丈夫だと──んむっ」
「ストップ」
フェリクスはリィナの口を掌で塞ぐ。
「あー……何だ。俺は別に特殊趣味があるわけでもないし、特別すごい……プレイをするわけでもないから、その辺は何の心配も……って違う。そうじゃなくて……。そもそも俺はあんたとそういう事をするつもりは……なかった、んだが」
「……だが?」
フェリクスの思いに反して、身体の方が、リィナに反応してしまっていた。
このまま、すぐにこの部屋を去れば、この程度の熱であればすぐに鎮まるだろう。
けれど自分に口付けて「嬉しい」とまで言ったこの少女は、もしかしたら本当に自分の事を想ってくれているのではないだろうかと、
フェリクスは確かに、リィナに期待し始めてしまっている。
だがこんな少女と自分が……というのは、犯罪臭がしないだろうか。
小柄で華奢でふわふわしていて甘く良い香りのする可憐で可愛らしい令嬢が、目つきも口も悪い乱暴でデカくてごつい『野獣』と称される男に嫁いだ、など……
恐らくは自分が何か非道な事をして無理矢理娶ったのだと、誰もが思うだろう。
それはこの少女の世間での評判に、大きな傷を作る事になってしまうに違いない。
眉間に皺を寄せたまま黙り込んでしまったフェリクスを眺めていたリィナは、フェリクスから腕を解いて膝の上から下りると、フェリクスの正面よりも少し横に立つ。
リィナの動きに顔を上げたフェリクスは、次の瞬間思い切り突き飛ばされた。
完全に不意を突かれたフェリクスの身体は、あっさりとソファに倒れ込む。
二人掛けソファのほぼ真ん中に座っていたせいで、肘掛にしたたか頭を打ち付けてしまった。
「いって……」
「野獣などと言われていらっしゃる割に、フェリクス様は意気地無しですのね」
リィナがそんな事を言いながら、起き上がろうとしたフェリクスの動きを封じるように、フェリクスの腹の上に跨る。
「──おいっ」
フェリクスの胸に手を置いて、リィナは顔を真っ赤に染めながらキッとフェリクスを睨みつけた。
「決めましたわ。私、今からフェリクス様を襲わせて頂きます」
フェリクスは肩を掴んでリィナの身体を自分から剥がして、
そしてリィナに怒鳴ろうと口を開けた状態のまま、固まった。
リィナが頬を真っ赤に染めて、泣いていたからだ。
「う、あ、 わ、悪い。痛かった、か?」
慌てて肩から手を放したフェリクスに、リィナがふるふると首を振る。
その動きでぽろりと瞳から零れ落ちた涙に、フェリクスは更に慌てる。
「な、泣くな。あー、何だ、ほら、やっぱり嫌だったんだろう?俺に触れるのが怖かったなら、俺の妻になりたいなんて言わずにさっさと帰──」
「ちが……ます……」
ひくっとしゃくり上げたリィナが、自分の胸に顔を埋めてきたのを見て、フェリクスは混乱した。
「フェリクス様と、触れ合えるところまで来られたんだって……嬉しいんです」
フェリクスの背に細い腕が回されて、小さな手できゅっと服を握りしめられる。
「フェリクス様と、キス、してしまいました……」
ぽつんと、どこか嬉しそうな色を滲ませて呟かれたリィナの言葉に、フェリクスは唸る。
あんな触れただけのもの、キスとは呼べない。 キスってのはもっと──
そこまで考えて、フェリクスは慌てて違うだろうと自分を叱責する。
本当の、大人のキスを、目の前の少女に教え込んでみたらどうなるだろうだなんて事を、思ってはいけない。
彼女には自分からは指一本触れずに、さっさと侯爵家に帰らせなくては──
フェリクスがそう自分に言い聞かせたところで、リィナが小さくフェリクスに呼びかける。
「──私、自分で言うのもおかしい事ですが、蝶よ花よと育てられて……だから、男女の仲というものに、あまり詳しくなかったんです」
「お、おう?」
今度は何語りだ、とフェリクスは手のやり場に困りながらもリィナの言葉を聞く。
「結婚した男女がどのような事をするのかは、何となくは知っていました。ですが私が成人を間近に控えて、フェリクス様は未だ独身で。もしかしたら本当にフェリクス様の妻になれるかもしれないと思っていた時に、フェリクス様は "とても経験豊富" なんでしょうねと言われて、私不安になったんです。何も知らないままの子供では、ダメかもしれない、と」
「何か色々突っ込みたいんだが……誰だ、経験豊富なんて言ったのは」
「私の侍女ですわ。夜のお店に行っているのだから、きっと "すごい" ですよって」
「あんたんとこの侍女……大丈夫か?」
「えぇ、とても優秀なんです。なので私、頑張って勉強してまいりました」
「……勉強?」
「はい。初めてはフェリクス様とでないと嫌でしたから、実地、というわけにはいきませんので──巷で話題の小説を、読みましたわ」
「実地っておまえ……小説?」
「えぇ。女性にとても人気のお話だそうですわ。冒険者のトラサーンという男性が、行く先々で困っている女性を助けて恋に落ちる、という。毎回その恋は成就はしないのですけれど。その……少しオトナな内容のお話でしてね?色んなシチュエーションで、色んな、その……体位、で、いたす のです」
フェリクスはぶふぉっ!?と三度吹き出した。
その衝撃で膝の上から転がりそうになったリィナを慌てて支えて──仕方なくリィナを自分の膝の上に戻す。
「令嬢ってのは……すげぇもん読むんだな……」
「あ、これは市井で流行しているものですので。貴族の令嬢方は、読んでいないと思いますわ」
「じゃあどうやって………」
そんな本入手したんだ、と言おうとして、フェリクスは察した。
「侍女がご参考までにって、買ってきてくれたのです」
「あんたんとこの侍女……本当に大丈夫か?」
「えぇ。今7巻まで出ているのですけれど、全て読みましたわ。おかげで、とても勉強になりました。ですから、その……」
すり、と甘えたように胸に頬を寄せられて、フェリクスは息を飲む。
どくんっと、心臓が跳ねた気がした。
「フェリクス様。私、どんな "ぷれい" でも頑張りますわ。知識は色々詰め込んで来ましたし、覚悟だって出来ています。ですから、何をされても大丈夫だと──んむっ」
「ストップ」
フェリクスはリィナの口を掌で塞ぐ。
「あー……何だ。俺は別に特殊趣味があるわけでもないし、特別すごい……プレイをするわけでもないから、その辺は何の心配も……って違う。そうじゃなくて……。そもそも俺はあんたとそういう事をするつもりは……なかった、んだが」
「……だが?」
フェリクスの思いに反して、身体の方が、リィナに反応してしまっていた。
このまま、すぐにこの部屋を去れば、この程度の熱であればすぐに鎮まるだろう。
けれど自分に口付けて「嬉しい」とまで言ったこの少女は、もしかしたら本当に自分の事を想ってくれているのではないだろうかと、
フェリクスは確かに、リィナに期待し始めてしまっている。
だがこんな少女と自分が……というのは、犯罪臭がしないだろうか。
小柄で華奢でふわふわしていて甘く良い香りのする可憐で可愛らしい令嬢が、目つきも口も悪い乱暴でデカくてごつい『野獣』と称される男に嫁いだ、など……
恐らくは自分が何か非道な事をして無理矢理娶ったのだと、誰もが思うだろう。
それはこの少女の世間での評判に、大きな傷を作る事になってしまうに違いない。
眉間に皺を寄せたまま黙り込んでしまったフェリクスを眺めていたリィナは、フェリクスから腕を解いて膝の上から下りると、フェリクスの正面よりも少し横に立つ。
リィナの動きに顔を上げたフェリクスは、次の瞬間思い切り突き飛ばされた。
完全に不意を突かれたフェリクスの身体は、あっさりとソファに倒れ込む。
二人掛けソファのほぼ真ん中に座っていたせいで、肘掛にしたたか頭を打ち付けてしまった。
「いって……」
「野獣などと言われていらっしゃる割に、フェリクス様は意気地無しですのね」
リィナがそんな事を言いながら、起き上がろうとしたフェリクスの動きを封じるように、フェリクスの腹の上に跨る。
「──おいっ」
フェリクスの胸に手を置いて、リィナは顔を真っ赤に染めながらキッとフェリクスを睨みつけた。
「決めましたわ。私、今からフェリクス様を襲わせて頂きます」
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