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本編

06. 野獣は降参する。1

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「フェリクス様、遅くなってすみません。お茶を――」

絶妙のタイミングで、客室にリシャールが入室してきた。
そしてソファに押し倒されているフェリクスを見て数回瞬くと、すっと表情が消える。

フェリクスはリシャールのその表情の意味を知っている。
爆笑したくて堪らないのを、必死で堪えている時の顔だ。

「これは失礼いたしました。まさかそこまでが進んでいるとも思わず……。一応こちらに置いておきますね」

リシャールは神速で窓際に置かれているテーブルにティーセットを置くと、フェリクスの鋭い視線S O Sをさらりと躱して部屋を出ていく。

「明朝までこちらには誰も近づけさせませんので、ごゆっくりどうぞ」

そんな言葉と、爽やかな笑顔を残して。

「はぁ!?リシャール、何言って……!おいっこらっ、待て…!」

フェリクスの叫びも空しく、パタン……と部屋のドアが静かに閉まる。


暫く室内に沈黙が落ちた。
リィナがフェリクスの上で、僅かに身じろぐ。

「……あー……リィナ嬢。とりあえず、下りて貰っても良いか?」
「………嫌です」
「いや、姿勢がな。辛い」

フェリクスがそう訴えると、リィナは渋々といった様子でフェリクスの上から下りる。

フェリクスは身体を起こして、中途半端に肘掛に乗っかっていた首をほぐす様に回した。
リィナはリシャールの乱入で少し頭が冷えたのか、しゅんとした様にその場に立っている。

そんなリィナを見遣って、フェリクスはくしゃりと髪を掻き上げる。

「なぁ、リィナ嬢。本当に俺で良いのか…?」

フェリクスの問いに、リィナはおずおずとフェリクスを見て、そしてこくんと頷く。

「フェリクス様でなければ嫌です、と、何度もお伝えしました」
「幻滅して……やっぱり嫌だと言われても、聞けないかもしれないぞ?」
「大丈夫です、幻滅なんてしません。するなら…今日これまでに、とっくにしていると思います」

そりゃそーだと苦笑して、フェリクスは少し迷ってからリィナに手を伸ばす。
リィナはきょとりと瞬いて、そして差し出された手を見つめて、そこにそぅっと自分の手を重ねた。

互いの手が触れ合った瞬間、フェリクスはリィナの手を掴んで、ぐっとその身体を引き寄せる。

「―――っ!」


自分の腕の中に、すっぽりと収まってしまった小さな身体。
今まで接してきたどんな女よりも華奢な肩。

少し力を入れただけで壊れそうだと、フェリクスは抱き締める事が出来ずにリィナの背中で両手を組んで、腕でその身体を囲い込むようにする。

「フェリクス様……?」

見上げてくるリィナの瞳は、期待と不安に揺れていた。

「俺なんかと結婚したら、あんたも何を言われるか分からないぞ」
「気にしません。むしろ私は幸せなんだと、見せつけてさしあげますわ」
なら分かってるかもしれないが……『野獣』が気に入らないお貴族様のせいで、俺の周辺はちょいちょい物騒な事になるんだが、大丈夫か?」
「絶対とは言い切れませんが、大丈夫ですわ。フェリクス様の足手纏いにならないように護身術くらいは極めておかなければと思いまして……それなりに鍛えております」
「………いや、そっちの心配じゃなくて、精神面の話だったんだが……まぁ、心配なさそうだな」

フェリクスは組んでいた手を解いて、片手でリィナの背を支えると、もう片方の手でガシガシと頭を掻く。

「あー……あとな。俺、割と性欲が強いんだが」
「それは、未経験なので、試してみないと分かりませんけれど……鍛えておりますから、そこそこ体力はあると思いますわ。若いですし」

あと身体も柔らかいですよ、という要るような要らないような追加情報を与えられて、フェリクスはおまえな……と呟きながら両手をリィナの背中で組み直して、リィナの頭に顎を乗せる。
そして目を瞑って、甘い香りを吸い込んだ。

「リィナ嬢」
「――はい」

お互いに声が掠れてしまっていた事は、気付かなかった事にした。

フェリクスはリィナの肩を細心の注意を払って握ると、そっと身体を離して視線を合わせる。
きっとものすごく凶悪な目つきになっているだろうなと思うのに、リィナは真っすぐにフェリクスの瞳を見返してきた。

「俺の妻、に……なってくれる、か?」

若干尻すぼみになってしまったのは、仕方がないだろう。
こんな事、今まで誰にも言った事がないし、言う事になるなんて思ってもいなかったのだから。

羞恥と緊張でどんどん凶悪さを増すフェリクスの目に、リィナが小さく笑う。

「フェリクス様、怖いお顔になってますわ」
「む……」

ぱちぱちと瞬いているフェリクスの目尻をそっと撫でると、リィナはふわりと微笑んだ。

「はい――はい、フェリクス様。どうか私を、フェリクス様の妻にして下さい。必ず、フェリクス様の事を幸せにしてみせますわ」

「それ、普通は男の台詞じゃないか……?」
「私、『普通』ではありませんから」
「『野獣』の妻に、なりたがるような令嬢だもんな」

クッと笑うと、フェリクスはリィナの頬を包み込む。
2人の視線が絡んで――リィナの睫毛が揺れる。

フェリクスが僅かに顔を寄せると、リィナが身体を固くしたのが伝わって来た。

フェリクスは親指でそっとリィナの柔らかい頬を撫でて、そしてわざとゆっくりと、リィナの唇に自身のそれを重ねた。


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