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本編

04. 野獣は困惑する。2

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「……理由を、お伺いしても?」
「リィナ嬢はまだ若い。それに……その、可愛らしい、と、思う。家柄も、容姿も、何の問題もなく、むしろ……言い方は悪いが、超優良物件だ。俺などのところに来ずとも、もっと良い縁談が腐るほどあるだろう」
「何度でも申しますが、、フェリクス様でなければ嫌なのです」
「子供の頃に、俺に夢を見過ぎたのだろう。どうせすぐに醒める」
「醒めるものならば、とっくに醒めていますわ」
「もしも、戦の時に"結果的にデルフィーヌ侯爵領を護った"事への礼だとか、そういう事であれば一切気にしなくて良い」
「その理由で送ってみた婚約の申し込みは、書面の時点で断られておりますわ──8年前と6年前に。恐らく、年齢を気にされたのでしょう」
「その年齢だ。俺とあんたでは、倍も違う」
「えぇ、ずっと不安でした。私が成人する前にフェリクス様が妻を娶ってしまったらどうしようかと。ですから、成人してすぐに無礼を承知で陛下に謁見させて頂いたのです」
「……一人でか?」
「はい。陛下の御許しさえ頂ければ父だって反対出来ませんもの。加えてフェリクス様の妻になれなかったら修道院へ参りますと言ったら、父もすぐに許して下さいましたわ」
「それは脅迫……」
「交渉と言って下さいませ」
「……いくら聞いてもさっぱり理解は出来ないが……。ひとまず、あんたが俺の妻になりたいという……熱意は、分かった」

はーっと息を吐いたフェリクスに、リィナがでしたら、と顔を上げる。

「ここで無理矢理帰らせてもまた来そうだしな。暫くは、ここに留まっても構わない」
「暫く……ですか?」
「そうだ。客人としてもてなそう。だから気が済んだら───?」

突然リィナが勢いよく立ち上がったと思ったら、ツカツカとフェリクスの前にやって来る。

「どう言えば、理解してわかって下さるのですか?私は、貴方が好きなのです。フェリクス様の妻になりたいのです。年齢?そんなの、20も30も違う相手と結婚するなんてザラにあります。18歳差なんて可愛いものですわ。すぐに醒める?夢すら見られずに結婚する方だってたくさんいます。結婚生活が幸せなものでない方だって大勢いますわ。私は、フェリクス様が優しい方だと知っています。出自や見た目や、そんな物で蔑むような馬鹿な人達の言葉に、きっと傷ついていらっしゃるのだろうなって事だって想像できます。見ていれば分かりますもの。ずっと見ていましたもの。だから仮に私が思っているフェリクス様と本当のフェリクス様に違いがあったとしても、そう不幸な事にはならないと確信しておりますわ。それとも、私の容姿が気に入りませんか?そこは残念ながらどうにも出来ない事ですので、今まで通りヴィアンカ様やカトリーナ様の元へ通って頂いて構いませんし……」

突如始まったマシンガントークに呆気に取られていたフェリクスは、そこでぶほっ!?と盛大に吹き出した。

「ちょっ……待て。何でヴィアンカやカトリーナの事を……」
「あら、好きな方の事ですもの。今日は何をしていらっしゃるのかしらって、気になりますでしょう?」
「……は?ずっと見てたって……本当に見て……?」

呟いて、けれどフェリクスはいやいやと首を振る。
フェリクスは視線には敏感な方だ。そんなにじっとり見つめられていて気付かないわけがない。
そもそも侯爵家の令嬢が、こんなところでフラフラしているわけがない。

「さすがに私が見ていたわけではありませんわよ?我が家には、優秀な使用人が多いものですから」

微笑んだリィナに、フェリクスは背中が寒くなって、ハハハと乾いた笑いを零す。


ヴィアンカとカトリーナ。

それはフェリクスのの名前だ。
つまりこの18歳の少女は、フェリクスが度々に出入りしている事も分かっているという事で……。

「普通は、あんたくらいの年のお嬢さんだったら 不潔ー!とか、ならないか?」
「『普通』では、『野獣』の妻にはなれませんでしょう?」

可愛らしく微笑まれて、フェリクスは黙り込む。

「フェリクス様。確かに私はヴィアンカ様のような美人でも、カトリーナ様のように豊満な身体でもありません。ただの、ちょっと可愛いかしら、胸はどちらかと言えば大きい方かしら、という程度の、18歳の小娘ですわ」

いや、ちょっとではなくかなり可愛いと思うが……と思ったものの頷く事も否定する事も出来ずに、更にはヴィアンカとカトリーナの容姿まで把握されている事に冷や汗をかきつつ、フェリクスは自分の前に立っているリィナを見上げる。
確かにこうして見ると胸も大きめだ、と考えて、いやいやいやと慌てて頭を振った。

「嫁き遅れ気味の令嬢を無理に娶るのでしたら、私で我慢してください」

リィナが一歩、フェリクスに近づく。

「嫁き遅れ気味の、令嬢?」

フェリクスは何の話だ?と首を傾げる。

「養子を取ってまで跡取りを残そうと思っていらっしゃるのでしたら、は少し我慢して頂いて、私にフェリクス様の子を産ませて下さい」

ぶほっ!とフェリクスが再び吹き出す。

「おまえな……っ」

リィナに物申そうとしたフェリクスは、同時に自分の胸に飛び込んできた小さな身体に、動きを止める。
フェリクスの鼻腔を、また甘く優しい香りがくすぐった。

「好きです……ただの、子供の憧れの延長なのかもしれません。でも、だけど……それでも私は、貴方の事が好き、なんです」

次の瞬間フェリクスの胸に僅かに重みがかかって、そしてふわりと、唇に柔らかい物が押し付けられる。


その "柔らかい物" がリィナの唇で、
自分が少女に口付けられていたのだと、

フェリクスはリィナがゆっくりと唇を離してから、やっと気が付いた。


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