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宴の後始末

10,ノルノア分隊の災難

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ハメをはずしているだけの可能性が9割。
だが、なにかのトラブルに巻き込まれている可能性もないではない。
取り越し苦労かもしれんが万全を期す。

バラン隊長は、そう言って、ノルノア分隊を送り出した。

西の街区でなにかうまいものでも食べてくる。

そう言って、カルド分隊は、出かけていったまま、連絡が途絶えてすでに半刻がすぎている。

ノルノア隊は、今回派遣された聖竜師団のなかでは、もっとも若い。
隊長のノルノアからして、ようやく成人に達したばかりの18歳だった。彼女も含め、分隊の6名は、みな今回が初の対外任務となる。
竜鱗を使えるものは、ノルノアのみ。
ブレスを使えるものは、皆無だった。

つまり、今回のグランダ遠征を聖帝国がどの程度、重要視していたかが、これでわかる。

実戦経験をつんだ猛者たちを、各地から呼び寄せるかわりに、見習いとでもいうべき、若い竜人で充分。足りない数合わせは、ランゴバルドのギルドから呼び寄せた。

かといって、ノルノアたちは無作為に選ばれた訳では無い。

「走りますか、分隊長どの?」

「バカを言うな。」
ノルノアは笑って、バルコニーから身を踊らせた。背中から黒い羽がひろがり、そのまま空に舞う。
続いて分隊の各員もてんでに翼をひろげて空に飛び立った。
空中に待機したまま、ノルノアは隊員たちに呼びかけた。

「半径100メルトル以内にはいれば、竜人同士の感応で居場所はわかる。たとえば・・・・
カルド分隊が全員、泥酔して意識を失っていたとしてもだ!」

全員がどっと笑った。

「まずは、西の商業地区に飛ぶ。高度は低く。だが、間違っても洗濯物にはひっかかるなよ。」



西の商店街にまで飛び、そこから分かれて、地区の上空をくまなく飛び回る。
まだ、夕暮れまでには間のある時間である。上空を飛び回る彼らがひと目につかぬはずはない。
わらわらと、通りやベランダ、屋上から唖然と口を半開きにして、竜人たちを見上げるグランダ王都の市民たちは、みな純朴そのもの。
これが、西域国家の大都市の上空を勝手に飛び回ろうものなら、例えばランゴバルドあたりならば、停滞フィールドを展開されて捕獲されかねないし、少なくともボウガンの的にされかねない危険な行為である。

だが、しばらく傍若無人に飛び回ったもののカルド分隊の反応はなく、もう少し範囲をひろげるか・・・と、ノルノアが思い始めたところで、ひとりが反応ありのジェスチャーでノルノアを呼んだ。

「だいぶ、商業地区からははずれるな。どこだ?」

部下の竜人は、立派な作りの3階建ての建物を指さしたが、その顔色があまりよくない。

「あの中にいそうだな。降りてみるか。
そもそもなんだ、あの建物は?」

「治療院です。」

「・・・・それは怪我をした人間を治療するところのあの治療院か?」
「それ以外の治療院があるんでしたら、教えてください。」

ノルノアも信じられない状況に、首をふるしかない。

「ガルド分隊が、全員連絡もできないような傷を負って、あそこの世話になっている?」

「いや、そんな」
部下の無理やり笑顔が無惨にひきつっていた。
「そんなバカな。」

とにかく、降りるぞ。

そう言って、ノルノアたちは、治療院の庭に降り立った。
もし、ベテランの分隊長ならば、ひとりかふたりを空中に残し、様子を見させ、なによりも本隊との連絡を途絶えさせないように配慮したであろう。
ノルノアはこの点、若すぎた。

治療院の庭で、彼女たちを迎えたのは、年の頃は20歳前後。顔立ちは整っていてかなり美女だったが、どういうものか古ぼけてサイズの合わないコートを羽織っている。

「ギアリーク聖帝国聖竜師団。」

そう名乗ったが。相手の無反応さに、あらためて西域文化が伝わらぬ未開の地にきたのだなあ、とノルノアは、実感した。
ミトラでは、彼女たちは半ばアイドル扱いなのだ。合えば老若男女問わず、サインをせがまれひとことふたことたわいもない、会話を交わしてもらい、それを喜ぶ。

「クローディア公国嫡子フィオリナ姫より伝言を預かっています。」
女、つまり「不死鳥の冠」サブマスター、ミュラはパペットのように感情を押し殺した無表情で淡々と述べた。

「不幸な結果となったのを残念に思う。怪我の内容は、治癒士に確認してほしい。いずれも10日以内には退院可能だ。」

「竜人6名分を完治に10日かかるまで叩きのめしたと言うのか!」
「わたしと、もう1人は止めたのだがな。」
女は肩を竦めた。
「申し遅れた。わたしはギルド“不死鳥の冠 ”サブマスターを務めるミュラという。」

「わかった。」
ノルノアは、ゆっくりと手を伸ばして、彼女の手首を掴んだ。
「なんのつもりかな? 竜人部隊。」
「聖竜師団分隊長のノルノアだ。おまえを拘束する。」

竜人の握力である。本気になれば人間の手首などそのまま握りつぶすことが出来る。

「事情の説明もきかずに、これか?」

「我々は、せいいきしょこ…聖帝国の特使だ。それを傷つけてただで済むと思うな。」

「列に割り込んできたのはそっちだぞ。」

なんのことを言ってるのかわからん、といった顔でノルノアは手首を握る手に力を込めた。
怪我をさせる気はない。ただ少し痛い思いをしてもらって、しかるべき敬意を思い出させてやろう。そう思っただけだ。

その手が、つるり、と抜けた。

「手首を握りつぶすつもりか? 西域の竜人はずいぶんと暴力的なんだな。」

ノルノアにはなにが起きたのかわからなかった。しっかりと握りしめていたはずの手首が突然、なんの摩擦もなく抜け落ちたのだ。
ノルノアは人間の武術もたしなんでいる。だが、彼女の知る武術にもこんな技はなかった。

「気をつけろっ!」ノルノアは叫んだ。「この女は武術を使うぞ。」

「不死鳥の冠、サブマスターのミュラ。名前くらい覚えて帰ってください、ノルノアさん。」


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