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宴の後始末

9,フィオリナが全部悪い

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「甘いものでも食べるか。」

と言い出したのは、分隊長のカルドだった。
日のあるうちから酒というのもどうかと、思われたし、グランダの王都とはいってもあまり見るものもない。一応、索敵も含め防御魔法も展開はしているのだが、ほんとうにのどかな田舎町という感じで、緊張感を保つほうが大変だった。

「そうだな。小腹もすいてるし。」
答えたのは、ランゴバルドの冒険者マハルであった。
反対するものも無かったので、六人は連れ立って、人気があるとの評判をききつけた「ビットの店」と看板のかかったカフェにはいった。
ちょうど、3人の若い女が案内を待っていたが無視して、店員に話しかける。

「ギヴリーグの聖竜師団のものだ。
すぐに6名分の席を用意しろ。」

先に待っていた女の一人が、チッと舌打ちをした。

「なにか文句があるか? 女。」

女がこちらを向き直る。
不覚にもカルドの胸がときめいた。
美人、である。
髪は短くし、顔はサングラスと口元をストールで隠していたが、目鼻立ちのよさはそれでも隠しきれていない。
なにより、いいのはその体つきだ。
全体に細身で筋肉質でありながら、出るところは出て、くびれるところはくびれている。

「私たちが先に待っていんだけど。」

内容はほとんど耳に入ってこなかった
ただ、魂まで染み入るようないい声だ、と感じただけだった。

「そうか。それならどうだ。一緒にテーブルを囲まんか。代金は聖教会が払うから好きなものをたのめ。」

店員がいやな顔をした。教会の関係者は、とかくそうやって、飲み食い、買い物をし、いざ教会に代金の支払いを頼むと「喜捨」を求められることがしばしば。

西は知らぬが、北では教会関係者の飲み食いは「食い逃げ」と同義語である。

「分隊長どの、そいつはまずい。」
ランゴバルドのマハルが印を結ぶと魔力を流した。清流に洗われたように、意識がはっきりとした。

カルドは歯噛みした。
くそっ! 俺としたことが魅了をかけられていたというのかっ!

「その女は吸血鬼だ。おそらくは爵位持ちの。」
マハルの声をきいた客たちにざわめきが広がる。
マハルには悪意はなかったのだろう。
彼の出身地ランゴバルドでは、吸血鬼と呼ばれる種族もまた、冒険者として同じように街で暮らす。
だから、彼は実際にロウが吸血鬼という種族であって、その種族特有の魅了という能力に分隊長がかかりそうになっていたのを指摘したに過ぎない。

だが、店の中にはざわめきが広がる。

北のグランダでは、
亜人
と言えるのは森に住む「長寿族」と呼ばれる魔法をよくする民だけだ。

吸血鬼は魔物であり、退治すべき存在だった。

客の何人かは悲鳴をあげ、なかには恐ろしさのあまり逃げ出すものもいた。

なによりの悲劇は、パイスタンドと呼ばれている焼き上がったパイを積んだ棚が、そんな客の足に引っ掛けられて転倒してしまったことだろう。
まだアツアツのパイの下敷きになったその男性客は、たしかに悲劇であったが、限定数のアップルパイはおそらく今日はもう焼けない。
このとき、一番冷静で正しい判断をしたのは、真祖吸血鬼ロウ=リンドだった。

彼女は、サングラスをはずし、ストールを脱いで素顔を晒した。
深い藍色の瞳。口元は品のよい微笑みをうかべ、ぐるっと店内を見渡す。

「誰が吸血鬼だって? 竜人部隊の諸君。」

口元から溢れる白い歯は、別に尖ってもおらず、きれいに切り揃えられた爪は健康そうなピンク色だ。
彼女自身の中世的な美貌も相まって、店内のパニックは急速に収まりつつあった。

「これはすまない。オレの勘違いのようだ。」

次に良い判断をしたのは、竜人部隊のマハルだった。彼は、吸血鬼、という言葉が場内にもたらした効果をいち早く察知したのだ。
繰り返すが彼に悪意はない。ただ、ここが迷信深い北の田舎町であって、最先端の知識をもって、亜人たちを遇するランゴバルドではないのをうっかりしていただけだ。

「西域じゃあ、吸血鬼の冒険者は珍しくはなくてな。
オレの知り合いがプライベートじゃあ、そんな風にサングラスとストールを愛用してたのを思い出して勘違いしたんだ。」

まわりに聞こえるようにわざと大きな声でそう言った。

フィオリナは。

フィオリナは、いきなり右のこぶしを全力フルスイングしていた。
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