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Ⅲ 帝魔戦争
7節 戦場の逢瀬 ⑤
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「そんで、キミは魔術を使わないのか?」
声を掛けると、再び距離を詰めようとしたテミスの動きが固まる。
「私には、魔術を放てるような魔力などない。いや、そもそも、私は魔力を持たない」
「え、うっそだぁ。結構な魔力があるはずだよ、キミ。人間の中では上級、あそこのお父様と遜色ないんじゃない?」
「ッ⁉︎ そんなはずは……エンチャント! ……ほら、この通りだ」
武器を強化し、属性を纏わす魔術、エンチャント。ランクは1で、込める魔力の量と質によってその効力が変わるが、魔力を持つ者で失敗することはほとんどない。
実演し、悲しそうにしたのち、テミスは顔を上げる。そこには、どこか吹っ切れたような表情があった。
「その言葉、挑発と受け取った。おのれ、魔族め!」
「あ、いや、そんなつもりは__」
「いいだろう。決めました……私は此処を死地と定める! レガリア、リミッター解除!」
「よせ! 死ぬつもりか⁉︎」
「そうだと申しました。それに、妹がいますから、私如きがいなくなっても、大丈夫でしょう。……さあ、魔族! 覚悟はいいか!」
正眼に聖剣を構えるテミス。その剣と鎧は、より強い光輝を放つ。彼女の、命の輝きだ。
「自己紹介したはずでしょ? 名前で呼んでよ、悲しいなぁ……」
「……魔王軍幹部エイジ、覚悟! せああ!」
「幹部と言ったつもりはないが……ま、いいか!」
両者は部屋の中央でぶつかり合う。
「おおっとぉ、重いねぇ!」
エイジも両手持ちで対応する。王家の装備、その真の力を解き放ったテミスは、エイジの膂力に肉薄した。
「せいっ! はあぁ! や!」
「ふん、うーり! てあっ、とーう! ちょいさァ!」
ほんの数十秒に、何十回と斬り結ぶ。ぶつかるたびに高揚し、加速していく攻撃。最初の方こそエイジは余裕で、楽しくなっていった応酬だが__
「なにっ!」
「うあぁあア!」
次第に押される。武器の種と質、そして膂力という条件が同じならば……戦闘経験の多い彼女に分がある。さらに、エイジの攻撃と鎧の反動で、極限状態になった彼女の集中力は研ぎ澄まされていた。徐々にエイジは攻撃することから、防御の方へシフトしていく。そして、その果ては……詰み。
「なぐっ……ぐぁ⁉︎」
最初は掠りだった。それが次第に大きくなり、遂に彼の肩に攻撃が届く。
「まさか、オレが圧倒されるとは……!」
「相手の癖に、慣れていっているのは………はぁ。あなただけではないということだ! しかし、やはり防御も優れているか……直撃だというのに、まるで効かないとは……ゲホッ」
「へっ、面白え……面白えぞ、テミスさんよォ!」
獰猛な笑みを浮かべ、剣を通常状態に戻すと、再び距離を詰めて斬り合う。エイジとて初めて経験する、息つく暇のない激しい剣戟だ。テミスは今にも倒れてしまいそうな限界状態ながらも、敵の動きを認めると応戦。力を振り絞り、剣を上げると、再び数十秒ひたすら振るう。
「ふふっ、いいじゃないか。素晴らしい剣術と根性だと思うよ。きっと、幼い頃から一心に剣を振ってきたのだろう」
極限状態の中、テミスの刃は何度もエイジに届いた。しかし、悲しきかな。彼ほどの防御力でなくとも、これほどに弱ってしまっては有効打とはなり得なかった。
「はぁ…はぁ…はぁはぁ…はぁ……あなたとて、そうでは、ないのか?」
両者、大きく離れる。まだ余裕ありげなエイジに対し、テミスは息が絶え絶え。
「ふふん、ゴメンね。実はオレさ、キミが聞いたらきっと驚くほど、戦闘経験短くてね」
テミスの見当違いの返しに可笑しく感じながら、それでも気分良く話す。
「けどなぁ、歴戦の戦士たる魔王国幹部の指導に、キミらお抱えの帝国兵。幻獣に何十何百もの魔族、そして魔王様! 一回一回で得る経験値が、ダンチなんだよ!」
エイジが距離を詰め、満身創痍のテミスに、出鱈目攻撃をお見舞いする。しかし、テミスとて先程の攻撃からパターンが読め、鎧の加護で踏みとどまって吹き飛ばされることなく、冷静に相手の攻撃を防げる。そして、敵の左脇腹、完全ノーガードであることを見抜き。
「そこ‼︎ ……え」
左脇に放った突き。その刀身を摘まれると、ぐいと引き寄せられ。
「せえい!」
バキリと音がする。右肘と右膝で、テミスの前腕が挟まれ、粉砕された。
「くぅ…」
だが、テミスの腕は無傷。ヒビ割れたのは籠手だけだ。
「誘導成功。オレがそんな抜けてると思った? 甘いって。……って、いった!」
打ちどころが悪かったか、肘と膝をさするエイジ。隙だらけだが、倒れたテミスはもう狙えない。
「ふう、いてて。……え、まだやるの?」
「とう、ぜん……!」
不屈。剣を取ると、体を起こす。体が動く限り戦い続けるつもりのようだ。
「マジか……すごいよまったく!」
流石に痛々しくなってきて、鍔迫り合いでかなり力を抜くエイジ。だがテミスは感覚が麻痺し始めているのか、それに気づく様子はない。レガリアの出力も、ダメージからか大幅に落ちてきていた。彼女の力はもう、戦いを知らない少女程のものだった。
「ふぅッ……なぜ、だ」
「ん?」
「なぜ、このようなことを!」
「このような? ……ああ、戦争のことかな。お前達が、邪魔だからだ!」
それでも、怒りによるものか力が籠る。二者は一旦離れると、再びぶつかり合う。
「豊かで暖かい地を得るためにはなぁ!」
「無辜の民までも巻き込んですることか!」
「これまた異なことを。罪がないだと? ……たわけが‼︎」
接近した状態から更に一歩踏み込んで、気合いとともに勢いよく押し飛ばす。
「ぐあっ……!」
「考えたことはあるのか、魔族達のことを」
今度はエイジが怒りを露わにする。吹き飛ばされたテミスは、驚いた顔で彼を見上げた。
「お前達は、魔族についてどれくらい知っている」
「それは……」
「なぜ魔族は北の、この地の果てにいる。それは、排斥されたからだ。何も好んであんな場所にいるんじゃない」
静かに、されど怒気の籠った声で語り始める。
「個の力が強いがゆえに、特殊な力を持つがゆえに、姿形が異なるがゆえに、魔族は恐れられる。例えその者に害意が無くともな。それはどこでも同じだ。魔族はヒトに迫害され、追いやられた。その末に何者も住めぬような土地へ流れ着き、身を寄せ合っている。それが魔王国だ」
皇女はなんとか立ち上がろうとする。しかし、反動による体の負荷は既に限界を超えている。足が震えて立つ事もままならず、這うのがやっと。
「個の力は強いが、どこにいても虐げられ、不毛な大地で細々と暮らすしかない魔族と、個の力は弱いが集団で叩き、豊かな地でのうのうと生きる人間ども。真の弱者はどちらという話だ! このことを、お前達はどれほど知っている」
「敵の言葉に耳を貸すな、テミス!」
魔術攻撃と共に娘を叱責するイヴァン。しかし、手遅れだ。彼の言葉に、テミスの心は揺らいでしまっていた。
「だからオレは戦う。魔族に、同胞に、安寧なる生活を与える。ただそれだけのためになぁ!」
そう告げると、イヴァンを指差し、ビームで左脇腹を射抜く。
「ぐぅっ……ゴホッ…!」
「父上‼︎」
テミスの悲痛な声が響く。
「剣を持って戦うのは姫様だけか? お偉い皇帝様は、そこでふんぞり返ってるだけしか能がないのかよ」
「貴様__」
「なんてな。そこから動けないんだろ。この城の魔力は、玉座でしか操作できない。よって、立ち上がれば結界も強化も消えてしまう。そうだろう? それが意味することは……ただの的でしかねえってことだ」
禍々しく光る指先が、今度は皇帝の眉間を捉えた。
「ぐぉっ……なぜ、なぜ誰も応援に来ないのだ!」
「なんで玉座の間がこんなにも騒がしいのに兵士たちが来ないのか。そのくらい薄々勘づいているんでしょう? そう、その通り。ここに来るまでの間に彼らを全滅させたからですよ」
「なんだと⁉︎ この帝国の精鋭達が……」
「所詮帝国など、この程度。大人しく滅んで__」
「陛下! 皇女さま!」
そこへ突然、衛兵どもが雪崩込んできた。まず彼らが見たのは、大きく抉れた壁。次に倒れているテミス、そして腹に穴の空いた皇帝だ。
「なんだ……この状況は⁉︎」
「おっとぉ、扉を封印したり、城中に罠を張って足止めしていたはずなんだけど」
「ふっ、やはりブラフでしたか」
なんとテミスは立ち上がった。否、懐に忍ばせていた魔術薬品で体を騙し、無理をしているだけだ。兵の前で、戦姫たるもの無様な姿は見せられない。
「敵はあの者だ!」
「者共、かかれ!」
「「オオ‼︎」」
「いや、ホントに半分くらいは殺ったはずなんだけどね。仕方ないか……ボクと姫さまとの楽しい逢瀬を邪魔するなら、お望み通り殺して差し上げよう‼︎」
周囲に武器を何十と展開、連続で打ち出す。さらに、ランク3,4級の魔術もいくらか織り交ぜる。それを四十秒ほど斉射すると、敵は完全に沈黙した。
「なぁんだ、帝国兵ってのはこんなものかぁ? ……弱いなぁ、弱い。がっかりだよ」
向かっていった順に犠牲となり、攻撃するどころか近づくことすらできなかった。
「さて、これで邪魔者はいなくなった。さあ、続きを始めようか?」
この光景を見て二人は絶句、否、絶望したようだ。エイジが微塵も本気を出していないことに気が付いたのだろう。
「残念ながら、オレは剣より魔術が得意なんだ。それに今見せたような能力もある。さあて、どう出る?」
「例えそうだとしても、最後まで抗う!」
「勝機もないのにか? 投降した方が楽だよ」
そんな言葉に従うわけもないだろうなと苦笑いしたエイジは、吶喊するテミスに向き直る。
「武器召喚」
突きに掌を向けると、彼女の剣に武器が複雑に纏わりつく。
「な、んだ⁉︎」
絡み合った武器群は、そう簡単には外せない。大剣は最早使い物にならなくなった。
「ほいよ。……そぉれい!」
次は彼女の真上から長剣を何本も降らせると、動きを阻害する。そしてその剣ごと砕くように横へ大振り。
「ッ……オォ!」
その攻撃を屈んで避けると、鉄塊を振り回す。
「……っと、流石に邪魔」
召喚した武器を一度全て収納すると、重量変化でバランスを崩したテミスに向けて、数本の武器を飛ばす。それを辛うじて打ち落とし、必死に体を捩って逃れると、距離を取られるのはまずいと判断し超接近。彼は数度去なすと受け止め、二者は鼻がつきそうな至近距離で睨み合う。
「ぅおおおおっ!」
そんな金属の擦れる音の中、エイジの耳はある音を捉えた。気づくと、エイジはテミスを軸とするように、回転し移動。背中合わせになったところで剣を薙ぎ、イヴァンの放ったランク4炎魔術を斬り払う。
「威力も低けりゃ狙いも甘い!」
剣の柄でテミスの腰部を殴り、押し飛ばすと、皇帝へ雷撃を放つ。
「グアァァ!」
「お父様⁉︎ よくも……!」
「ほう、お父様ねぇ。そいつ今、キミごとオレを攻撃しようとしてたけど。こんな奴が__」
テミスとイヴァンのちょうど間、エイジは立っている。テミスは近寄れない。
「それは、私の意思だ‼︎ 国を護るが我らの務め! 私には、代わりに国を継いでくれる妹がいる。ならば今この場で! たとえ道連れであろうとも、貴様を葬れば一矢報いることくらいは叶う! 父を批難するな!」
なお揺るがぬその意志。エイジは眩しそうに目を細めながらも、悲しそうな顔をする。
「ッ⁉︎ いえ…そんな……まさか……!」
その顔。テミスは気づいた、気づいてしまった。よく考えれば、声も、顔も、性格や考え方さえも。どこか、あの人を感じさせる。
「まさか……貴方は……アイ、ザック……?」
震える声で、蒼白となった顔で、テミスは後退りながら、その名を、遂に口に出してしまった。
「あ~れ、バレちゃったぁ? ふ、そうよ……そのまさかよ‼︎」
一瞬、エイジは自分に、アイザックとしての幻影をかける。テミスは剣を取り落した。
「まさかバレちゃうとはね。とはいえ、バレなかったらバレなかったで悲しいケド。そう、アイザック。潜入用のボクの偽名。あの時、検問で通すべきじゃなかったんだ。じゃなけりゃあ、こんなことにはならなかったかもしれないのに」
テミスは膝から崩れ落ち、項垂れた。
「キミが話してくれた情報、実にこの侵略の発案に役立ったよ、ありがとう。この国を治め守る者が、滅びの要因を迎え入れて、剰(あまつさ)えそのお手伝いしちゃうとは、なんたる皮肉よな」
「テミス……」
その顔は、絶望に染まり上がっていた。
エイジは、この顔が見たかった。この顔を拝むために、わざわざ帝城へ一人忍び込んだのだ。だが、実際目の当たりにしたら、どうだ。まるで満たされなかった。むしろ、見たいなどと思ってしまっていた自己を、心底嫌悪しただけだった。
テミスは、完全に戦意を喪失した。イヴァンもまた腹に穴が空いており、下手に動けば失血でそのまま死んでしまう。さて、エイジはどうしたものかと悩む。殺すつもりはなかったのだが、この状況で、次どうすれば良いかと考える。
「さーて、キミたちをどうしてやろうかねぇ」
ニヤニヤしながら剣をクイクイして煽る。相手は動かない。万策尽きた、といった様子だ。どうしようもなく、彼の出方を伺うだけだ。
『……、……! ……、……!』
「ん?」
何かが、聞こえる。
『エ……、エ……ジ、おいエイジ、聞こえているか‼︎』
「ああ、通信機か」
ポケットの中から声が聞こえた。ここで話しても、通話相手は魔族語で話すから敵にはわからないはずだろう。と、取り出して通話を始める。
「うん、どうした? その声はレイヴンか?」
『やっと応答したか! おい、よく聞け、緊急事態だ。南から増援が現れた!』
「近くの村の人かな? それなら迎え撃てばいいじゃないか」
『違う! アイツらは村人じゃない。王国の兵団だ‼︎』
「なっ、王国兵だと⁉︎ そんなまさか‼︎ ありえない! 帝国と王国は対立しているはずだ⁉︎」
「フアッハッハッハ‼︎ ゴボッ……」
突然高笑いが聞こえた。声の元はイヴァン皇帝だ。
「腹に穴空いてんだから無茶すんなよ……」
「残念だったな、魔王軍の。ワシら帝国と王国は貴様らの脅威に対抗する為、秘密裏に手を結んでおったのだよ」
「ウソだろ⁉︎ クソッ、完全に予想外だ……」
「流石のワシも肝を冷やしたわ。さて、お主らはどうするかの?」
「くっ……どうする? どうすればいい!」
予想外の事態だが、引き際を悩んでいたので好都合でもある。判断を暫し悩んでから切り替える。決断してからのエイジは早い。
「魔王軍全隊に告ぐ! 直ちに戦闘行為を中断し転進、全速力で撤退だ! 急げ!」
通信機に向け怒鳴った後、敵に背を向けて……と、足を止め振り返る。
「ああ、そうだ。この借りは決して忘れない。また会いに行くから。ではな」
今度こそ背を向け、全力で外に向かっていった。
「ふっ、借りがあるのは、こちらの方だ……」
「また会いに行く、ですか。もしそうなら……望む、ところです」
声を掛けると、再び距離を詰めようとしたテミスの動きが固まる。
「私には、魔術を放てるような魔力などない。いや、そもそも、私は魔力を持たない」
「え、うっそだぁ。結構な魔力があるはずだよ、キミ。人間の中では上級、あそこのお父様と遜色ないんじゃない?」
「ッ⁉︎ そんなはずは……エンチャント! ……ほら、この通りだ」
武器を強化し、属性を纏わす魔術、エンチャント。ランクは1で、込める魔力の量と質によってその効力が変わるが、魔力を持つ者で失敗することはほとんどない。
実演し、悲しそうにしたのち、テミスは顔を上げる。そこには、どこか吹っ切れたような表情があった。
「その言葉、挑発と受け取った。おのれ、魔族め!」
「あ、いや、そんなつもりは__」
「いいだろう。決めました……私は此処を死地と定める! レガリア、リミッター解除!」
「よせ! 死ぬつもりか⁉︎」
「そうだと申しました。それに、妹がいますから、私如きがいなくなっても、大丈夫でしょう。……さあ、魔族! 覚悟はいいか!」
正眼に聖剣を構えるテミス。その剣と鎧は、より強い光輝を放つ。彼女の、命の輝きだ。
「自己紹介したはずでしょ? 名前で呼んでよ、悲しいなぁ……」
「……魔王軍幹部エイジ、覚悟! せああ!」
「幹部と言ったつもりはないが……ま、いいか!」
両者は部屋の中央でぶつかり合う。
「おおっとぉ、重いねぇ!」
エイジも両手持ちで対応する。王家の装備、その真の力を解き放ったテミスは、エイジの膂力に肉薄した。
「せいっ! はあぁ! や!」
「ふん、うーり! てあっ、とーう! ちょいさァ!」
ほんの数十秒に、何十回と斬り結ぶ。ぶつかるたびに高揚し、加速していく攻撃。最初の方こそエイジは余裕で、楽しくなっていった応酬だが__
「なにっ!」
「うあぁあア!」
次第に押される。武器の種と質、そして膂力という条件が同じならば……戦闘経験の多い彼女に分がある。さらに、エイジの攻撃と鎧の反動で、極限状態になった彼女の集中力は研ぎ澄まされていた。徐々にエイジは攻撃することから、防御の方へシフトしていく。そして、その果ては……詰み。
「なぐっ……ぐぁ⁉︎」
最初は掠りだった。それが次第に大きくなり、遂に彼の肩に攻撃が届く。
「まさか、オレが圧倒されるとは……!」
「相手の癖に、慣れていっているのは………はぁ。あなただけではないということだ! しかし、やはり防御も優れているか……直撃だというのに、まるで効かないとは……ゲホッ」
「へっ、面白え……面白えぞ、テミスさんよォ!」
獰猛な笑みを浮かべ、剣を通常状態に戻すと、再び距離を詰めて斬り合う。エイジとて初めて経験する、息つく暇のない激しい剣戟だ。テミスは今にも倒れてしまいそうな限界状態ながらも、敵の動きを認めると応戦。力を振り絞り、剣を上げると、再び数十秒ひたすら振るう。
「ふふっ、いいじゃないか。素晴らしい剣術と根性だと思うよ。きっと、幼い頃から一心に剣を振ってきたのだろう」
極限状態の中、テミスの刃は何度もエイジに届いた。しかし、悲しきかな。彼ほどの防御力でなくとも、これほどに弱ってしまっては有効打とはなり得なかった。
「はぁ…はぁ…はぁはぁ…はぁ……あなたとて、そうでは、ないのか?」
両者、大きく離れる。まだ余裕ありげなエイジに対し、テミスは息が絶え絶え。
「ふふん、ゴメンね。実はオレさ、キミが聞いたらきっと驚くほど、戦闘経験短くてね」
テミスの見当違いの返しに可笑しく感じながら、それでも気分良く話す。
「けどなぁ、歴戦の戦士たる魔王国幹部の指導に、キミらお抱えの帝国兵。幻獣に何十何百もの魔族、そして魔王様! 一回一回で得る経験値が、ダンチなんだよ!」
エイジが距離を詰め、満身創痍のテミスに、出鱈目攻撃をお見舞いする。しかし、テミスとて先程の攻撃からパターンが読め、鎧の加護で踏みとどまって吹き飛ばされることなく、冷静に相手の攻撃を防げる。そして、敵の左脇腹、完全ノーガードであることを見抜き。
「そこ‼︎ ……え」
左脇に放った突き。その刀身を摘まれると、ぐいと引き寄せられ。
「せえい!」
バキリと音がする。右肘と右膝で、テミスの前腕が挟まれ、粉砕された。
「くぅ…」
だが、テミスの腕は無傷。ヒビ割れたのは籠手だけだ。
「誘導成功。オレがそんな抜けてると思った? 甘いって。……って、いった!」
打ちどころが悪かったか、肘と膝をさするエイジ。隙だらけだが、倒れたテミスはもう狙えない。
「ふう、いてて。……え、まだやるの?」
「とう、ぜん……!」
不屈。剣を取ると、体を起こす。体が動く限り戦い続けるつもりのようだ。
「マジか……すごいよまったく!」
流石に痛々しくなってきて、鍔迫り合いでかなり力を抜くエイジ。だがテミスは感覚が麻痺し始めているのか、それに気づく様子はない。レガリアの出力も、ダメージからか大幅に落ちてきていた。彼女の力はもう、戦いを知らない少女程のものだった。
「ふぅッ……なぜ、だ」
「ん?」
「なぜ、このようなことを!」
「このような? ……ああ、戦争のことかな。お前達が、邪魔だからだ!」
それでも、怒りによるものか力が籠る。二者は一旦離れると、再びぶつかり合う。
「豊かで暖かい地を得るためにはなぁ!」
「無辜の民までも巻き込んですることか!」
「これまた異なことを。罪がないだと? ……たわけが‼︎」
接近した状態から更に一歩踏み込んで、気合いとともに勢いよく押し飛ばす。
「ぐあっ……!」
「考えたことはあるのか、魔族達のことを」
今度はエイジが怒りを露わにする。吹き飛ばされたテミスは、驚いた顔で彼を見上げた。
「お前達は、魔族についてどれくらい知っている」
「それは……」
「なぜ魔族は北の、この地の果てにいる。それは、排斥されたからだ。何も好んであんな場所にいるんじゃない」
静かに、されど怒気の籠った声で語り始める。
「個の力が強いがゆえに、特殊な力を持つがゆえに、姿形が異なるがゆえに、魔族は恐れられる。例えその者に害意が無くともな。それはどこでも同じだ。魔族はヒトに迫害され、追いやられた。その末に何者も住めぬような土地へ流れ着き、身を寄せ合っている。それが魔王国だ」
皇女はなんとか立ち上がろうとする。しかし、反動による体の負荷は既に限界を超えている。足が震えて立つ事もままならず、這うのがやっと。
「個の力は強いが、どこにいても虐げられ、不毛な大地で細々と暮らすしかない魔族と、個の力は弱いが集団で叩き、豊かな地でのうのうと生きる人間ども。真の弱者はどちらという話だ! このことを、お前達はどれほど知っている」
「敵の言葉に耳を貸すな、テミス!」
魔術攻撃と共に娘を叱責するイヴァン。しかし、手遅れだ。彼の言葉に、テミスの心は揺らいでしまっていた。
「だからオレは戦う。魔族に、同胞に、安寧なる生活を与える。ただそれだけのためになぁ!」
そう告げると、イヴァンを指差し、ビームで左脇腹を射抜く。
「ぐぅっ……ゴホッ…!」
「父上‼︎」
テミスの悲痛な声が響く。
「剣を持って戦うのは姫様だけか? お偉い皇帝様は、そこでふんぞり返ってるだけしか能がないのかよ」
「貴様__」
「なんてな。そこから動けないんだろ。この城の魔力は、玉座でしか操作できない。よって、立ち上がれば結界も強化も消えてしまう。そうだろう? それが意味することは……ただの的でしかねえってことだ」
禍々しく光る指先が、今度は皇帝の眉間を捉えた。
「ぐぉっ……なぜ、なぜ誰も応援に来ないのだ!」
「なんで玉座の間がこんなにも騒がしいのに兵士たちが来ないのか。そのくらい薄々勘づいているんでしょう? そう、その通り。ここに来るまでの間に彼らを全滅させたからですよ」
「なんだと⁉︎ この帝国の精鋭達が……」
「所詮帝国など、この程度。大人しく滅んで__」
「陛下! 皇女さま!」
そこへ突然、衛兵どもが雪崩込んできた。まず彼らが見たのは、大きく抉れた壁。次に倒れているテミス、そして腹に穴の空いた皇帝だ。
「なんだ……この状況は⁉︎」
「おっとぉ、扉を封印したり、城中に罠を張って足止めしていたはずなんだけど」
「ふっ、やはりブラフでしたか」
なんとテミスは立ち上がった。否、懐に忍ばせていた魔術薬品で体を騙し、無理をしているだけだ。兵の前で、戦姫たるもの無様な姿は見せられない。
「敵はあの者だ!」
「者共、かかれ!」
「「オオ‼︎」」
「いや、ホントに半分くらいは殺ったはずなんだけどね。仕方ないか……ボクと姫さまとの楽しい逢瀬を邪魔するなら、お望み通り殺して差し上げよう‼︎」
周囲に武器を何十と展開、連続で打ち出す。さらに、ランク3,4級の魔術もいくらか織り交ぜる。それを四十秒ほど斉射すると、敵は完全に沈黙した。
「なぁんだ、帝国兵ってのはこんなものかぁ? ……弱いなぁ、弱い。がっかりだよ」
向かっていった順に犠牲となり、攻撃するどころか近づくことすらできなかった。
「さて、これで邪魔者はいなくなった。さあ、続きを始めようか?」
この光景を見て二人は絶句、否、絶望したようだ。エイジが微塵も本気を出していないことに気が付いたのだろう。
「残念ながら、オレは剣より魔術が得意なんだ。それに今見せたような能力もある。さあて、どう出る?」
「例えそうだとしても、最後まで抗う!」
「勝機もないのにか? 投降した方が楽だよ」
そんな言葉に従うわけもないだろうなと苦笑いしたエイジは、吶喊するテミスに向き直る。
「武器召喚」
突きに掌を向けると、彼女の剣に武器が複雑に纏わりつく。
「な、んだ⁉︎」
絡み合った武器群は、そう簡単には外せない。大剣は最早使い物にならなくなった。
「ほいよ。……そぉれい!」
次は彼女の真上から長剣を何本も降らせると、動きを阻害する。そしてその剣ごと砕くように横へ大振り。
「ッ……オォ!」
その攻撃を屈んで避けると、鉄塊を振り回す。
「……っと、流石に邪魔」
召喚した武器を一度全て収納すると、重量変化でバランスを崩したテミスに向けて、数本の武器を飛ばす。それを辛うじて打ち落とし、必死に体を捩って逃れると、距離を取られるのはまずいと判断し超接近。彼は数度去なすと受け止め、二者は鼻がつきそうな至近距離で睨み合う。
「ぅおおおおっ!」
そんな金属の擦れる音の中、エイジの耳はある音を捉えた。気づくと、エイジはテミスを軸とするように、回転し移動。背中合わせになったところで剣を薙ぎ、イヴァンの放ったランク4炎魔術を斬り払う。
「威力も低けりゃ狙いも甘い!」
剣の柄でテミスの腰部を殴り、押し飛ばすと、皇帝へ雷撃を放つ。
「グアァァ!」
「お父様⁉︎ よくも……!」
「ほう、お父様ねぇ。そいつ今、キミごとオレを攻撃しようとしてたけど。こんな奴が__」
テミスとイヴァンのちょうど間、エイジは立っている。テミスは近寄れない。
「それは、私の意思だ‼︎ 国を護るが我らの務め! 私には、代わりに国を継いでくれる妹がいる。ならば今この場で! たとえ道連れであろうとも、貴様を葬れば一矢報いることくらいは叶う! 父を批難するな!」
なお揺るがぬその意志。エイジは眩しそうに目を細めながらも、悲しそうな顔をする。
「ッ⁉︎ いえ…そんな……まさか……!」
その顔。テミスは気づいた、気づいてしまった。よく考えれば、声も、顔も、性格や考え方さえも。どこか、あの人を感じさせる。
「まさか……貴方は……アイ、ザック……?」
震える声で、蒼白となった顔で、テミスは後退りながら、その名を、遂に口に出してしまった。
「あ~れ、バレちゃったぁ? ふ、そうよ……そのまさかよ‼︎」
一瞬、エイジは自分に、アイザックとしての幻影をかける。テミスは剣を取り落した。
「まさかバレちゃうとはね。とはいえ、バレなかったらバレなかったで悲しいケド。そう、アイザック。潜入用のボクの偽名。あの時、検問で通すべきじゃなかったんだ。じゃなけりゃあ、こんなことにはならなかったかもしれないのに」
テミスは膝から崩れ落ち、項垂れた。
「キミが話してくれた情報、実にこの侵略の発案に役立ったよ、ありがとう。この国を治め守る者が、滅びの要因を迎え入れて、剰(あまつさ)えそのお手伝いしちゃうとは、なんたる皮肉よな」
「テミス……」
その顔は、絶望に染まり上がっていた。
エイジは、この顔が見たかった。この顔を拝むために、わざわざ帝城へ一人忍び込んだのだ。だが、実際目の当たりにしたら、どうだ。まるで満たされなかった。むしろ、見たいなどと思ってしまっていた自己を、心底嫌悪しただけだった。
テミスは、完全に戦意を喪失した。イヴァンもまた腹に穴が空いており、下手に動けば失血でそのまま死んでしまう。さて、エイジはどうしたものかと悩む。殺すつもりはなかったのだが、この状況で、次どうすれば良いかと考える。
「さーて、キミたちをどうしてやろうかねぇ」
ニヤニヤしながら剣をクイクイして煽る。相手は動かない。万策尽きた、といった様子だ。どうしようもなく、彼の出方を伺うだけだ。
『……、……! ……、……!』
「ん?」
何かが、聞こえる。
『エ……、エ……ジ、おいエイジ、聞こえているか‼︎』
「ああ、通信機か」
ポケットの中から声が聞こえた。ここで話しても、通話相手は魔族語で話すから敵にはわからないはずだろう。と、取り出して通話を始める。
「うん、どうした? その声はレイヴンか?」
『やっと応答したか! おい、よく聞け、緊急事態だ。南から増援が現れた!』
「近くの村の人かな? それなら迎え撃てばいいじゃないか」
『違う! アイツらは村人じゃない。王国の兵団だ‼︎』
「なっ、王国兵だと⁉︎ そんなまさか‼︎ ありえない! 帝国と王国は対立しているはずだ⁉︎」
「フアッハッハッハ‼︎ ゴボッ……」
突然高笑いが聞こえた。声の元はイヴァン皇帝だ。
「腹に穴空いてんだから無茶すんなよ……」
「残念だったな、魔王軍の。ワシら帝国と王国は貴様らの脅威に対抗する為、秘密裏に手を結んでおったのだよ」
「ウソだろ⁉︎ クソッ、完全に予想外だ……」
「流石のワシも肝を冷やしたわ。さて、お主らはどうするかの?」
「くっ……どうする? どうすればいい!」
予想外の事態だが、引き際を悩んでいたので好都合でもある。判断を暫し悩んでから切り替える。決断してからのエイジは早い。
「魔王軍全隊に告ぐ! 直ちに戦闘行為を中断し転進、全速力で撤退だ! 急げ!」
通信機に向け怒鳴った後、敵に背を向けて……と、足を止め振り返る。
「ああ、そうだ。この借りは決して忘れない。また会いに行くから。ではな」
今度こそ背を向け、全力で外に向かっていった。
「ふっ、借りがあるのは、こちらの方だ……」
「また会いに行く、ですか。もしそうなら……望む、ところです」
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