魔王国の宰相

佐伯アルト

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Ⅲ 帝魔戦争

7節 戦場の逢瀬 ④

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 エイジは剣を肩に担ぐと、大きく前へ跳び上がろうとする。

「使いたくありませんでした。だが、致し方なし! 『レガリア』‼︎」

 彼の剣が迫る中、彼女の叫びに呼応し、鎧が光を発し始める。

「ハァアア‼︎」
「うえっ? おわっ!」

 エイジの斬撃はテミスの剣とぶつかる。だが、テミスのバッティングに情けない声を上げて、今度はエイジが吹っ飛ばされた。

「なんだよそりゃあ……いてて」

 吹っ飛ばされ仰向けになった状態から、言葉と裏腹に痛がる様子もなく上体を起こすと、座り込んだままテミスを見る。

「レガリア……王家の装備ってとこか。なら、なんでそれを最初から使わなかった」
「それは……言うと思いますか?」
「ふっ、その辺り君はお父上より賢いよ。まあおおかた、使用中は体にかかる負担が大きいんだろ。命を削る奥の手というわけだ」

 エイジは立ち上がると、服を払って埃を落とす。離れたところに飛ばされた剣を拾い上げにはいかず、手元に召喚して構え直す。

「さあ、短期決戦したいならお早めに」
「言われなくても!」

 此度はテミスが攻める番。剣をやや上段に持ち、斬りかかる。それに対しエイジは、彼女の頭上に突きをすることで剣の軌道を逸らす。テミスの手がすぐさま返され、下段から切り返しが来る。エイジは大剣を突き立てると。高跳び棒のようにして退避。着地に合わせた追い打ちの突きに剣の腹を添えると、絡め取るように時計回し。すぐさま剣の根本を根本で押さえつけ、エイジ有利の鍔迫りに。

「どう? 戦いにくいでしょう。君の剣は真っ直ぐすぎるからね、こういうのらくらした剣、苦手だと思ってさ」
「く……もう見切ったつもりでいたが、甘かったか……!」

 テミスは退き下がると、剣先を下ろす。そこから縦円を描くように上段へ。そのまま振り下ろすが__

「ガラ空き」
「うぁ……」

 デコピンを喰らう。慌てて振り下ろすも、そこにエイジの姿はなく。

「こっち。目を離しちゃダメでしょ」

 目線が一瞬外れた。その隙に真横に。

「フッ!」
「だめだめ、焦り過ぎ」

 剣を振ろうとしたテミスの手首を、左手で掴んで止めてしまう。

「よいっ」

 次の攻撃姿勢を取られる前に、足払いでこかして妨害。また距離を取る。

 テミスはすぐさま立ち上がり、追い縋って攻撃を仕掛ける。だが、その悉くは、剣を沿わせ、横から打たれ弾かれることで軌道を逸らされたり、剣先で根元が押さえられ、腕を掴まれたりローキックで体勢を崩されたりと、まるで満足な攻撃ができない。

「どーだ、出頭押さえられて満足に攻撃できない気分は。実はオレさ、闇雲にガンガン攻めるより、こういう時間稼ぎ系の戦いの方が得意なんだよねぇ。この隙に相手の手の内割り出したりとか。多彩な能力が、その後押しもしてくれる」

 弾幕、硬直、幻影など。その気になれば、幾らでも惑わし続けられる自信がエイジにはあった。

「さあ、そろそろ負担が厳しくなってきたんじゃない? ギブアップする?」
「……くっ」

 先程までの気迫はいつしか消えていた。

「テミス!」
「無駄無駄」

 イヴァンの魔術、その一つ下のランクの同属性で易々と打ち消すエイジ。魔力の質は、次元が違う。その魔力が込められた術の威力もまた然り。

「うくっ……」

 その間に、テミスの装備から光が消える。つまりそれは、活動限界だ。

「だから言ったでしょ、長期戦は禁物だって。オレ、まだまだ余裕あるよ? じゃあちと、ハッチャケちゃおっかな」

 テミスに背を向け、部屋の端までのんびり歩いて移動するエイジ。無防備なんてものではないが、そこに攻撃を仕掛けられる者はいなかった。

 そして、彼は端の方まで着くと振り返り。

「君にこれが、受け止められるかな?」

 右足を引き、左手を刀身に添えながら、右手も引いて水平になるように剣を構える。

「あの構えは…!」

 アロンダイトを持ち出した時、最初に見せた、あの突きが来る。だが、先ほどと距離は四倍ほども離れているはずだが。

「ハァ!」
「……ッ! アァッ!」

 来る! そう感じた瞬間、テミスは一時的にレガリアを再起動。斬撃を放ち、彼がしたのと同じように、その突きの軌道を逸らしてみせた。

「ほおう、素晴らしい。今のは割と本気で打ったんだけど」

 勢いのあまり、端から端まで移動してしまったエイジ。だが彼はまだ、右手足が前に出た、突き終わりの体勢から動かない。

「んじゃ、それに敬意を表して。とっておきを見せてあげよう!」

 剣を両手持ちに変えると、左腰まで持っていき、上体を全力で捻る。そして魔力を込めてくと、刀身が青白く輝く。

「奥義ってやつだ」

 その刀身を見た瞬間、テミスは総毛立った。これは、避けねばまずい。

「逃げて下さい、お父様‼︎」

 そう叫びつつ、剣の軌道的に安全地帯と思われる左側へ、全力で飛び込む。

「ハァァァアア!!!」

 右足を軸とした回転斬り。放たれた瞬間、その軌道上に斬撃が飛んだ。その正体は、込められた魔力。左下の振り初めから右上の振り抜きまで、その軌道の跡はくっきりと残った。

 物陰から這い出してきたテミスは、斬撃痕を見てゾッとした。壁は大きく抉れ、その奥には煙に覆われた空が覗く。実に城の半分が切り裂かれたことになる。

「どうかな? 自分的には、初めて撃った割には結構凄いと思ったんだけど」

 凄いどころではない、と思ったが慌てて剣を構え、目の前に現れた彼に備える。

「とはいえ、溜めが長すぎて実戦には向かないかな……っと。ふむ、まだやる気か。いいねぇ、楽しいよ」

 距離を取り、レガリア再起動。テミスからしてみれば、楽しいなどとんでもない。

「じゃあ行くぞう!」

 一瞬で詰め寄り、上段斬りをかまそうとする。対するテミスは受け止めようとした。

「……えっ?」

 受け止めたはず。だがすり抜けた。

「はっ!」

 そのまま剣の腹で殴られる。

「ケホッ……なにが……?」
「よく思い出しなよ、最初のオレの剣の形を」

 彼の手には、先程の三分の一、通常の三分の二ほどの短い剣があった。大剣からいきなり刀身を短くしたことで、テミスの目測から外れ、防御をすり抜けたのだ。

「言ったでしょ、変形能力あるって」

 剣の腹でぽんぽんと左掌を叩きながら、呑気に構えている。

「うぅ……卑怯な!」
「これは試合じゃないんだ。命のやり取りの前に卑怯もクソもない。そうだろ?」

「……」
「それに、敵地の最奥で二対一。オレの方が不利なんだよ。このくらい許してもらおうか」

 こればかりは正論だ。言い返せず、睨むことしかできない。

「さあて。そら、こんなこともできるんだぞ、と」

 刀身が細く、レイピアとなる。そして魔力が込められ、青白く輝く。

「ほいっと」

 突きの軌道上、計五発の刺突が飛んでいく。先程の回転斬りと同じ要領だ。

「こんなに魔力を充填したり放出したりを繰り返すと、並の武器じゃすぐにダメになる。魔導金属製だからできる芸当だな」

 刺突は適当に撃ったため、ダイブするように緊急回避したテミスには当たっていない。刺突を打つと、再び大剣に戻す。

「ふっふふ、貴方も性格が悪い」
「おん?」

 テミスがふらふらと立ち上がりながら、含み笑いする。エイジも自分の性格が悪いことくらい分かっているが、どんなことなのかと気になる。

「私如き、殺そうと思えば、幾らでも殺せているはず。だが、今私は生きている」
「ああ、甚振ってるから? うん、言ったでしょう、可愛がってあげるって。すぐに終わってしまったらつまらないもの」
「本当、最低ですね」

 話しているうちにテミスは立った。エイジも構え直す。
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