魔王国の宰相

佐伯アルト

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Ⅱ 魔王国の改革

8節 ダッキの魔王城生活 ③

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 昼休憩、エイジがシルヴァにダッキを押し付けた後。彼が向かった先は寝室だ。宰相に就任してからというもの、施設制度設備の改革に統括部としての仕事、魔族化やそれに伴う鍛錬、出張して交渉したり幻獣と激闘を繰り広げたりと、かなりハードだったため心身ともに疲れている。少しでも休むために、至福の二度寝タイムなのである!

 二度寝には安眠抱き枕のフワフワモフモフがいないが、仕方ない。愛しのベッドに潜ろうと、毛布を捲る。だが__そこには先客がいた。

「ハァイ、エイジクン。待ってたわァ」
「モルガン⁉︎」

 そこには、スケスケで煽情的なネグリジェを纏ったサキュバス幹部が居たのだった。

「ここで何を⁉︎」
「ウフフ……ワタシがここにいるってことはァ、ヤルことは決まってるでしょう? つ、ま、りぃ、一緒に寝ましょ?」

 モルガンが言ったことには含蓄がある。言いたい事は、文字通り一緒に寝る、ということではなさそうだ。

「ご無沙汰で溜まってるでしょ? さあ、キて」

 フラフラと、甘い香りに誘われたように近づいて。

「ワタシのカラダ、スキにしてイイわよ?」

 据え膳食わぬはなんとやら。もう深くは考えず、身を任せることにした。


 一方その頃__

「……」
「…………」

 意外なことに、宰相執務室は静寂に満ちていた。なんとか秘書二人の手綱を握っていたエイジがいなくなったことで、彼女らは暴走、阿鼻叫喚の地獄絵図に……とはならなかったのである。これには職員たちも驚き、同時に胸を撫で下ろしていた。

「シルヴァさん、これはどのように処理したらいいでしょう」
「それでしたら、以前エイジ様は__」

 兎に角、ダッキがとても大人しい。マニュアルを読み込み、黙々と処理し、シルヴァとの関わりは業務連絡程度なのであった。

「しかし、随分と大人しくなったものですね」
わらわ、元来このようなタチでして」

 さっきまでのおちゃらけぶりは鳴りを潜め、真面目で落ち着いた雰囲気を醸し出す。加えて、どこか妙な迫力、凄みさえあるほど。

「さっきのは演技だったとでも?」
「そういうわけでもありませぬ。昂ると、ついあのように……妾といたしましても、あのようにしていた方が気楽で好ましくはあります」

「初めからそのような態度であれば、より要領よく運んだと思うのですが」
「今度はそちらがよくお喋りになりますのね」
「……」

 なんだか負けた気がして、シルヴァは黙する。

「先ほど我が主、宰相閣下がおっしゃっていたように、妾は後宮にてお勤めしておりました。その時もそうだったのですが……本気、真剣にならざるを得ない時は、このように素が出てしまいますのよ。手前でも、こちらの面は好ましく思っていない故、あまり出したくないのですが」

 されど平坦な声音で、疑問には答える。そして会話中、二人とも目も合わせず、各々淡々と書類を片付けていた。

「それと、獣の本能とでもいうべきか、人を見る目には自信がございまして。例えば、貴女が途端にお話しされるようになったのは、妾の態度の豹変が気になり、落ち着かないからでしょう?」

 シルヴァの眉が動く。図星だ。エイジの例があるとはいえ、シルヴァや部下たちも例外なく、ダッキの裏の貌(かたち)には動揺させられた。

「妾が先ほど戯れで申したこと。それも、あの方ならば収めてくれるだろうと信用してのこと。生真面目な貴女を、彼が不在の際に揶揄っては、冗談では済まないでしょうし」
「……なるほど。私も貴女を誤解していました。確かに彼が登用するだけの素養はある。モルガン様への負け惜しみも、諧謔(かいぎゃく)諧謔かいぎゃくということでしたか」
「あ、あれはマジですわ」

 途端にコロッと、さっきまでの軽薄な態度に戻ってしまった。

「わたくし、殿方を籠絡することには自信がございましたの。誘惑して誑かして、エイジ様をも虜にしようと思ったのに……あの方、美人耐性ができておりました‼︎ 堅物ほど堕とし易いのですから、チョロいと思いましたのに! わたくしと添い寝しても、興奮よりリラックスとか! 彼の方本気でわたくしのことペットと同列に思ってますわ!」

 そしてまたまた賑やかになってしまった。

「こちとら心臓バックバクでしたのにぃ! 堕とす前に堕とされちゃいますぅ! わたくしの方が出会うの早ければきっと負けてませんでしたわ‼︎」
「……私への揶揄いは」

「アレも本心ですわ。面白い反応でしたので、つい……ほら、今の状態って昂っておりますので、ちょっとおバカになってしまうというか、口が軽くなってしまうというか……」

「秘書に向いてないです。悔い改めなさい」
「ええ、ええ、察しておりましたわ! あの方、静かなわたくしの方が好みでしょう! ですが、彼を目にすると興奮してしまうのです! 抑えられないのですぅ!」

「フン、そうですか。普段は構いませんが、仕事中は控えてください」
「同じ穴のムジナでございましょう⁉︎ 言いました、わたくし、人を見る目があるって! 貴女だって、あのお方のことが大好きなのではございませんか!」

「ッ……いえ、素晴らしく尊敬できる方ではありますが、そういった感情ではありません!」
「わたくし、恋愛感情の好感とは申しておりませんわよ。墓穴ですわね」

「ッ‼︎」
「貴女がわたくしを警戒する理由。それは、あの方を盗られたくないからでしょう?」

「…………騒ぎ過ぎです。いい加減仕事に戻ってください」

 逃げたな、と思うダッキであったが、これ以上追及すると自分に対するシルヴァの警戒度を上げ過ぎてしまうであろうから、と止めることにした。ただ最後に一言__

「貴女、隠しているようですが、わたくしと同類の匂いがしますわね」
「! どういう意味です⁉︎」
「それはもちろん__」

 と、或るジェスチャーをする。その結果、シルヴァのダッキに対する警戒度は爆上がりしたのであった。

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