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Ⅱ 魔王国の改革
8節 ダッキの魔王城生活 ④
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「ふぅー、やっと終わりましたわぁ!」
夕方。ダッキは借りているエイジの机に突っ伏した。やっと封印から解放されたばかりなのに、今度は机に拘束されるとは。魔王国のことに書類仕事など、新しく学ぶことが多く、慣れないことでどっと疲れてしまっていた。
「お疲れ様でした。やはり、あの方が見込んだだけのことはありますね。思っていたより飲み込みが早いです。この調子なら、すぐにでも同等の仕事もできるかもしれません」
そんなダッキをシルヴァが労り、称賛する。最初こそ宰相専用の机を使われることに凄まじい抵抗を示していた程だったが、半日過ごして彼女への理解が深まったことで、表情の険は幾分柔らかくなっていた。難色を示していた統括部の面々も、自分達以上の学習能力の前に、彼女の潜在能力と秘書の立場を認めざるを得なかった。
「お褒めいただき、ありがとうございます、シルヴァさん。ところで……あの人はドコにいらっしゃいますの?」
が、当のダッキの関心は別の所にあった。
それを聞くと、シルヴァの眉尻がピクリと動く。仕事はともかく、そちらはまだまだ受け入れられない。
「……さあ、知りません。護衛であるはずの私すら置いていったまま、よくいろんな所に行きますからね」
シルヴァの言葉は、エイジへの不満たらたらな様子であるが。ダッキは敏感にも、シルヴァが自分を警戒し、教えたがらないのが分かっている。そして、内心ほくそ笑む。
「あらあら、わたくしを彼の下に向かわせたくないのですわね? でもどうせ、休むと言っていたから寝室でございましょう。添い寝したので、場所は覚えていますのよ」
「……その前に、終業の片付けをしてください。整理をしないと、あの方は不機嫌になりますから」
「はいはい、わかりましたわよ。…………わ、きたなっ」
ぶーたれながら卓上整理を終えたダッキ。そして机の引き出しを開くと__雑然とした中身に驚く。
「この紙切れも、片付けちゃっていいですの?」
「あ、それはダメです‼︎ 捨ててはいけません!」
慌ててシルヴァが制止するのだが、普段冷静な彼女がそれ程焦るために、ダッキもコレに興味が湧いた。
「これまたどうしてですの?」
「我々にとっては紙切れでも、エイジ様にとっては非常に重要なメモなのです! 以前誤って捨てた者がいたのですが……その際、エイジ様は非常に悲しそうな表情をして、落ち込んでおられました。三時間は立ち直れなかった程ショックだったようで」
「……落ち込んだだけ、ですの?」
「はい、そうですが」
「怒鳴ったりはしなかったんですのね」
「ええ。彼は我々が失敗をした時、怒鳴るでもネチネチ説教するでもなく、ただ淡々とミスを指摘します。また、分からなかったところを問い糺し、間違えた理由を明解にするためか言い訳を求めますね」
「うわ、そっちの方が怖いですわね。でも、なんでそんなことをなさるのでしょう?」
「謝罪が欲しいのではなく、失敗した原因を考え、共に対処し、反省して次に活かすためだそうです」
そんな話をしている内に、他の総務職員は退室しており、夜の部へと交代していた。
「へぇ~、良い上司であろうとしているのですね。……じゃあ、片付けも終わりましたし、レッツゴーですわ!」
引き出しを閉めると、意気揚々と執務室から立ち去るダッキ。そのすぐ後ろには、ピッタリとシルヴァがストーキング。
「なんで付いてくるんですの」
「貴女のような不審人物を放置するわけにはいきませんから」
「残念ながら昨日一緒に寝ましたのに何にも起こりませんでしたのよ‼︎」
「昨日は初日なので。今日こそはと何かを企んでいるのでしょう」
どうにかして撒きたいところだが、魔王城の構造には明るくない上、目的地は既に割れている。監視付きは仕方ないと諦めつつ、彼の寝室の前へ。
「ごっしゅじんさま~! あなたのダッキですよ~! お仕事、ちゃーんと終わらせましたわ、褒めてくださいまし~!」
ノックもせず、部屋へ勢いよく押し入るダッキ。その寝室には何故か鍵がかかっておらず、するりと侵入してベットへ向かう。
「……ううん? …………あっ、しまった! 鍵かけるの忘れてた!」
エイジとモルガンが行為に夢中になること暫く。気づいた頃には、もう日が傾き始めてしていた。二度寝をするつもりが耽ってしまい、休むどころか更に疲れることに。だが、それによりスッキリしたこと、抱き心地の良い女が添い寝してくれたことで、安眠快眠超熟睡。何もかもを忘れて眠りこけていた。
「ご主人さま………えっ?」
「………ああ、見られた。しかも、よりによってダッキかよ。これは厄介なことになったな……」
半裸で如何わしい格好をした男女が、ベッドの上で抱き合っている。これはもう言い逃れできない、修羅場である。
「エ、エイジ様?」
「な、シルヴァ⁉︎ ああもう、厄介さ倍増だ……」
「……これは、どういうことですか?」
「説明してくださいまし!」
「はぁ……面倒なことになったな……どうしたもんか」
頭を押さえて、溜息を吐く。説得には相当手間がかかりそうだ。
「ワタシたちはァ、セフレってトコロねェ。関係を持ってて、愛情もあるけど、恋人ほどではないって感じよォ」
「なっ、おいモルガン⁉︎」
と、エイジが頭を整理しているうちに、モルガンがエイジに凭れ掛かりながら、そんなことを言う。また、割と的を射た発言でもある。
そして、こんなことを聞いて二人が黙っているはずもない。ダッキはいろんな感情が混じりあったかのような赤面になり、シルヴァはというと顔を思いっきり引き攣らせている。完全にやらかした、失望されたのでは、とエイジは絶望しかける。が__
「わたくしにはそんなことしてくれませんでしたのにぃ!」
突如ダッキが素っ頓狂なこと(少なくともその場にいた者たちにはそう受け取れる)を言い出す。暫く呆気にとられたエイジだったが__
「バカ言うな。ペットに欲情する飼い主などいるものか‼︎」
いち早く頭を整理し、この場を濁すチャンスだと思ってダッキイジリを始める。
「わたくしには欲情してくださらないのですか⁉︎ ほらっ、ほらぁ!」
肩や胸元をはだけさせて、蠱惑的な仕草をする。が、しかし__
「悪いな、行為後で今は賢者タイムだ。それに、インキュバスの特性で自分の性欲は完璧にコントロールできてしまう。しようと思わない限り、欲情しないんだ」
さらに必死過ぎて、本来持つ色気を出し切れていない。
「そ、そんなぁ……」
残酷な結果に、しょぼくれるダッキであった。
__まあ、そこまでしたいと言うのなら吝かではない。が、お預けも手だな。手を出すのはしばらく後にしよう。それまで焦らしたり、からかったりするのも面白そうだ__
などと考えるが、その場はまだ収まっていなかった。
エイジはシルヴァの方を恐る恐るチラリと見る。見なくても分かる剣呑なオーラ、正直こちらの方が問題である。シルヴァは堅物だ、裏でこのようなことをしていたとあっては軽蔑されよう。……そのはずだったが__
「……エイジ様、その、隠してください」
顔を逸らしていた。目を合わせようともしてくれない。
「ズボンは穿いてるけど」
「それでも、目の毒ですから……」
「あら、男の人の体を見たことがないんですの? 初心ですわねぇ。けど、確かにわたくしから見てもエッチな体つきしてますわ」
「そうでしょう? 抱かれると、とても心地いいのよ」
自慢するように、モルガンはエイジに自分の体を押し付ける。その柔らかい感触は、エイジの理性を蝕んでいく。
「ところで、エイジ様のテクはいかほど?」
「カレはね、すっごいわよ。特に愛撫。数回、ワタシもされるがままにしてたんだケド……どんどん上手くなって、ワタシの弱点も全部バレちゃってるの。それどころかどんどん開発されちゃって、最近はもうなす術なくイかされちゃうわ」
ダッキが後学のためとばかりに、食い入るように聞き始める。モルガンも興奮してエイジから体を離し、我が事のように誇らしげにしながら惚気ている。
「エイジくん、とっても丁寧に愛してくれるから、気持ちいいだけじゃなくて、すごく幸せな気分になれるの」
「……いい加減、そのような淫らな話は控えてください」
わななくシルヴァがいよいよ耐えられなくなり、怒気を含む声でやめさせようと口を挟んだ。
「でも、シルヴァさんだって興味津々ではありませんの」
「そ、そんなこと……エイジ様、どこへ行かれるおつもりですか」
猥談で盛り上がっているうちにトンズラここうとしたエイジは、呆気なくシルヴァに見つかり、敢え無く捕まってしまった。さあ、どんなお叱りの言葉が待っているのやら。
「はぁ~…………多少は仕方ないかと思いますが、そのようなふしだらな行為はお控えください。宰相としての名声に傷がつく恐れがありますので」
長いため息をついたあと、少々呆れたように注意する。だが、それだけで終わりのようだ。
「は、はーい……」
エイジは大人しく首肯し、反省した風にする。多少好感度は下がったかもしれないが、失望されなかったようで安心。していると__
「なにより、そのことでしたら、私がお相手いたしますから……」
__え、そっち⁉︎__
となるエイジ。でも、一応今更ではあるが硬派なところを見せておかねば、と考え__
「いや、オレは望まない相手とはしたくなくてね。好意を持つ相手からしたいと言われるまで手は出さないさ」
「……そうですか」
どことなく残念そうなシルヴァ。エイジも気づいていたが、残念ながら二人とも色々と不器用なので進展なしなのであった。
「何より、性交渉とは最上位の愛情表現だ。子をなすという行為であるからには責任を取る必要があり、決して一時の情や欲に流されてするものじゃない」
「高尚なことをおっしゃられているところ悪いのですけれど、愛人を持っている貴方が言っても説得力ありませんわよ」
「…………」
ド正論であり、エイジは閉口せざるを得なかった。
「まあでも、お堅い方というのはわかりますわ。尻の軽い女はお嫌いでしょう?」
「ああ、蛇蝎のごとく嫌悪している」
「んー、でしたら気になることがありますのよね。なぜ、お二人はそのような関係に? 恋人ではないのでしたよね」
「それはァ、ワタシが押し倒したの」
モルガンが妖しく微笑しながらエイジに巻きつく。それにシルヴァは眉を顰め、ダッキからも笑顔が消えた。といっても、嫌悪より真剣になったという感じ。
「なるほど、押し倒されたら合意と……でも、浮気な方は嫌いだそうですけど」
「あら、ワタシはカレとしかシたことないわよ」
「え、マジです⁉︎ そんな経験豊富そうなのに」
「カレとの経験なら豊富よ」
「でも以降も関係を続けているのは__」
「それは……構ってやらねぇと駄々こねるからだ。仮にも幹部だし、仕事放棄させるわけにもいかなくて」
エイジも割と苦い顔だ。ワガママに振り回されている苦労人らしい。優柔不断なところには非があるけど。
「一応言っておくが、ダッキ、お前がやっても通用しないからな」
何か言う前に牽制されて、口を噤んだ。
「さて、と……めちゃくちゃになってしまったが、話を戻そう。何の要件で来たんだ」
エイジの仕切り直しに秘書二人はハッとして、姿勢を正す。
「こちら、本日の報告書です」
「うん、ご苦労様。後で目を通させてもらうよ。で、ダッキの仕事ぶりはどうだった?」
「ダッキ様でしたら、筋がよく優秀で、即戦力になるかと。やや軽薄な節はありますが、落ち着いた時は冷静で、状況判断力や、人の本質を見極めることにも長けており、悔しいですが秘書としてもやっていけるでしょう。しかし、彼女が魔族語を解するとは意外でした」
「それはわたくしもですわ。わたくしは今まで魔族語に触れたことはないはずなのですけれど、なぜか元から知っていたかのようにスラスラと……不思議なこともあるものですわねぇ」
「そうだな。……ところで、落ち着いたダッキ? 想像できないんだが、どんな感じだ」
「それがですね__」
「や、やめてくださいまし!」
慌てて暴露をやめさせようとする。その動転ぶりに、寧ろ気になって仕方がない。
「あら、お仕事の話? つまんなそうだし、ワタシもう帰るわァ」
そんな皆に構わず部屋から出て行こうとするモルガンであったが、秘書二人の横をすれ違う時、挑発的な笑みを浮かべ、その瞬間三人の間に火花が散った。ように見えた。
「じゃあ、今日の添い寝係はわたくしですわね!」
「あ、じゃあナシにするわァ」
「……ダッキ、お前の部屋が決まった。オレの部屋から出て、正面から二つ左の部屋だ今夜からはそっちで__」
「いいんですの? わたくしという、フワフワモフモフで抱き心地のいい枕が居なくって」
「くっ……」
どうしよう、物凄く魅力的なのだが。
「……いや、今日は寝ないからいい」
「え、寝ないのですか?」
「ああ、さっきまで充分過ぎるほど寝てたからな。夜の部で働くつもりだ」
「ですが、明日のスケジュールでは、エイジ様は昼の部で働かれることになっています」
「……じゃあ、午前三時くらいまでにしておこう。これなら翌朝も起きられるはず。起きてなかったら叩き起こしてくれ」
ベッドから立ち上がると、能力で普段着に早着替え。
「鍵もかけるから。ほら、全員出てけ」
モルガンの腕を取り、ダッキの首根っこを掴むと、外へ引き摺り出した。
「そんなことしていいんですの?」
「そうよ、ムリしないでサボったら?」
「いや、どうせもう寝れないし。オレの苦手なことは、規則正しい生活だからな」
「それ、やばくないです?」
「ああ、指導者としては最悪だろうな」
「しかも、すぐどこかに姿を消されますよね」
「オレはどうにも落ち着きのない人間なのでね」
そんな話をしつつ、みんなを部屋から追い出すと鍵をかけてしまう。
「じゃ、そういうわけだから。今日はお疲れ様、また明日」
話も勝手に切り上げて、エイジは姿を消してしまったのだった。そして取り残された三人は、特に何かをすることもなく、誰からともなく解散した。
夕方。ダッキは借りているエイジの机に突っ伏した。やっと封印から解放されたばかりなのに、今度は机に拘束されるとは。魔王国のことに書類仕事など、新しく学ぶことが多く、慣れないことでどっと疲れてしまっていた。
「お疲れ様でした。やはり、あの方が見込んだだけのことはありますね。思っていたより飲み込みが早いです。この調子なら、すぐにでも同等の仕事もできるかもしれません」
そんなダッキをシルヴァが労り、称賛する。最初こそ宰相専用の机を使われることに凄まじい抵抗を示していた程だったが、半日過ごして彼女への理解が深まったことで、表情の険は幾分柔らかくなっていた。難色を示していた統括部の面々も、自分達以上の学習能力の前に、彼女の潜在能力と秘書の立場を認めざるを得なかった。
「お褒めいただき、ありがとうございます、シルヴァさん。ところで……あの人はドコにいらっしゃいますの?」
が、当のダッキの関心は別の所にあった。
それを聞くと、シルヴァの眉尻がピクリと動く。仕事はともかく、そちらはまだまだ受け入れられない。
「……さあ、知りません。護衛であるはずの私すら置いていったまま、よくいろんな所に行きますからね」
シルヴァの言葉は、エイジへの不満たらたらな様子であるが。ダッキは敏感にも、シルヴァが自分を警戒し、教えたがらないのが分かっている。そして、内心ほくそ笑む。
「あらあら、わたくしを彼の下に向かわせたくないのですわね? でもどうせ、休むと言っていたから寝室でございましょう。添い寝したので、場所は覚えていますのよ」
「……その前に、終業の片付けをしてください。整理をしないと、あの方は不機嫌になりますから」
「はいはい、わかりましたわよ。…………わ、きたなっ」
ぶーたれながら卓上整理を終えたダッキ。そして机の引き出しを開くと__雑然とした中身に驚く。
「この紙切れも、片付けちゃっていいですの?」
「あ、それはダメです‼︎ 捨ててはいけません!」
慌ててシルヴァが制止するのだが、普段冷静な彼女がそれ程焦るために、ダッキもコレに興味が湧いた。
「これまたどうしてですの?」
「我々にとっては紙切れでも、エイジ様にとっては非常に重要なメモなのです! 以前誤って捨てた者がいたのですが……その際、エイジ様は非常に悲しそうな表情をして、落ち込んでおられました。三時間は立ち直れなかった程ショックだったようで」
「……落ち込んだだけ、ですの?」
「はい、そうですが」
「怒鳴ったりはしなかったんですのね」
「ええ。彼は我々が失敗をした時、怒鳴るでもネチネチ説教するでもなく、ただ淡々とミスを指摘します。また、分からなかったところを問い糺し、間違えた理由を明解にするためか言い訳を求めますね」
「うわ、そっちの方が怖いですわね。でも、なんでそんなことをなさるのでしょう?」
「謝罪が欲しいのではなく、失敗した原因を考え、共に対処し、反省して次に活かすためだそうです」
そんな話をしている内に、他の総務職員は退室しており、夜の部へと交代していた。
「へぇ~、良い上司であろうとしているのですね。……じゃあ、片付けも終わりましたし、レッツゴーですわ!」
引き出しを閉めると、意気揚々と執務室から立ち去るダッキ。そのすぐ後ろには、ピッタリとシルヴァがストーキング。
「なんで付いてくるんですの」
「貴女のような不審人物を放置するわけにはいきませんから」
「残念ながら昨日一緒に寝ましたのに何にも起こりませんでしたのよ‼︎」
「昨日は初日なので。今日こそはと何かを企んでいるのでしょう」
どうにかして撒きたいところだが、魔王城の構造には明るくない上、目的地は既に割れている。監視付きは仕方ないと諦めつつ、彼の寝室の前へ。
「ごっしゅじんさま~! あなたのダッキですよ~! お仕事、ちゃーんと終わらせましたわ、褒めてくださいまし~!」
ノックもせず、部屋へ勢いよく押し入るダッキ。その寝室には何故か鍵がかかっておらず、するりと侵入してベットへ向かう。
「……ううん? …………あっ、しまった! 鍵かけるの忘れてた!」
エイジとモルガンが行為に夢中になること暫く。気づいた頃には、もう日が傾き始めてしていた。二度寝をするつもりが耽ってしまい、休むどころか更に疲れることに。だが、それによりスッキリしたこと、抱き心地の良い女が添い寝してくれたことで、安眠快眠超熟睡。何もかもを忘れて眠りこけていた。
「ご主人さま………えっ?」
「………ああ、見られた。しかも、よりによってダッキかよ。これは厄介なことになったな……」
半裸で如何わしい格好をした男女が、ベッドの上で抱き合っている。これはもう言い逃れできない、修羅場である。
「エ、エイジ様?」
「な、シルヴァ⁉︎ ああもう、厄介さ倍増だ……」
「……これは、どういうことですか?」
「説明してくださいまし!」
「はぁ……面倒なことになったな……どうしたもんか」
頭を押さえて、溜息を吐く。説得には相当手間がかかりそうだ。
「ワタシたちはァ、セフレってトコロねェ。関係を持ってて、愛情もあるけど、恋人ほどではないって感じよォ」
「なっ、おいモルガン⁉︎」
と、エイジが頭を整理しているうちに、モルガンがエイジに凭れ掛かりながら、そんなことを言う。また、割と的を射た発言でもある。
そして、こんなことを聞いて二人が黙っているはずもない。ダッキはいろんな感情が混じりあったかのような赤面になり、シルヴァはというと顔を思いっきり引き攣らせている。完全にやらかした、失望されたのでは、とエイジは絶望しかける。が__
「わたくしにはそんなことしてくれませんでしたのにぃ!」
突如ダッキが素っ頓狂なこと(少なくともその場にいた者たちにはそう受け取れる)を言い出す。暫く呆気にとられたエイジだったが__
「バカ言うな。ペットに欲情する飼い主などいるものか‼︎」
いち早く頭を整理し、この場を濁すチャンスだと思ってダッキイジリを始める。
「わたくしには欲情してくださらないのですか⁉︎ ほらっ、ほらぁ!」
肩や胸元をはだけさせて、蠱惑的な仕草をする。が、しかし__
「悪いな、行為後で今は賢者タイムだ。それに、インキュバスの特性で自分の性欲は完璧にコントロールできてしまう。しようと思わない限り、欲情しないんだ」
さらに必死過ぎて、本来持つ色気を出し切れていない。
「そ、そんなぁ……」
残酷な結果に、しょぼくれるダッキであった。
__まあ、そこまでしたいと言うのなら吝かではない。が、お預けも手だな。手を出すのはしばらく後にしよう。それまで焦らしたり、からかったりするのも面白そうだ__
などと考えるが、その場はまだ収まっていなかった。
エイジはシルヴァの方を恐る恐るチラリと見る。見なくても分かる剣呑なオーラ、正直こちらの方が問題である。シルヴァは堅物だ、裏でこのようなことをしていたとあっては軽蔑されよう。……そのはずだったが__
「……エイジ様、その、隠してください」
顔を逸らしていた。目を合わせようともしてくれない。
「ズボンは穿いてるけど」
「それでも、目の毒ですから……」
「あら、男の人の体を見たことがないんですの? 初心ですわねぇ。けど、確かにわたくしから見てもエッチな体つきしてますわ」
「そうでしょう? 抱かれると、とても心地いいのよ」
自慢するように、モルガンはエイジに自分の体を押し付ける。その柔らかい感触は、エイジの理性を蝕んでいく。
「ところで、エイジ様のテクはいかほど?」
「カレはね、すっごいわよ。特に愛撫。数回、ワタシもされるがままにしてたんだケド……どんどん上手くなって、ワタシの弱点も全部バレちゃってるの。それどころかどんどん開発されちゃって、最近はもうなす術なくイかされちゃうわ」
ダッキが後学のためとばかりに、食い入るように聞き始める。モルガンも興奮してエイジから体を離し、我が事のように誇らしげにしながら惚気ている。
「エイジくん、とっても丁寧に愛してくれるから、気持ちいいだけじゃなくて、すごく幸せな気分になれるの」
「……いい加減、そのような淫らな話は控えてください」
わななくシルヴァがいよいよ耐えられなくなり、怒気を含む声でやめさせようと口を挟んだ。
「でも、シルヴァさんだって興味津々ではありませんの」
「そ、そんなこと……エイジ様、どこへ行かれるおつもりですか」
猥談で盛り上がっているうちにトンズラここうとしたエイジは、呆気なくシルヴァに見つかり、敢え無く捕まってしまった。さあ、どんなお叱りの言葉が待っているのやら。
「はぁ~…………多少は仕方ないかと思いますが、そのようなふしだらな行為はお控えください。宰相としての名声に傷がつく恐れがありますので」
長いため息をついたあと、少々呆れたように注意する。だが、それだけで終わりのようだ。
「は、はーい……」
エイジは大人しく首肯し、反省した風にする。多少好感度は下がったかもしれないが、失望されなかったようで安心。していると__
「なにより、そのことでしたら、私がお相手いたしますから……」
__え、そっち⁉︎__
となるエイジ。でも、一応今更ではあるが硬派なところを見せておかねば、と考え__
「いや、オレは望まない相手とはしたくなくてね。好意を持つ相手からしたいと言われるまで手は出さないさ」
「……そうですか」
どことなく残念そうなシルヴァ。エイジも気づいていたが、残念ながら二人とも色々と不器用なので進展なしなのであった。
「何より、性交渉とは最上位の愛情表現だ。子をなすという行為であるからには責任を取る必要があり、決して一時の情や欲に流されてするものじゃない」
「高尚なことをおっしゃられているところ悪いのですけれど、愛人を持っている貴方が言っても説得力ありませんわよ」
「…………」
ド正論であり、エイジは閉口せざるを得なかった。
「まあでも、お堅い方というのはわかりますわ。尻の軽い女はお嫌いでしょう?」
「ああ、蛇蝎のごとく嫌悪している」
「んー、でしたら気になることがありますのよね。なぜ、お二人はそのような関係に? 恋人ではないのでしたよね」
「それはァ、ワタシが押し倒したの」
モルガンが妖しく微笑しながらエイジに巻きつく。それにシルヴァは眉を顰め、ダッキからも笑顔が消えた。といっても、嫌悪より真剣になったという感じ。
「なるほど、押し倒されたら合意と……でも、浮気な方は嫌いだそうですけど」
「あら、ワタシはカレとしかシたことないわよ」
「え、マジです⁉︎ そんな経験豊富そうなのに」
「カレとの経験なら豊富よ」
「でも以降も関係を続けているのは__」
「それは……構ってやらねぇと駄々こねるからだ。仮にも幹部だし、仕事放棄させるわけにもいかなくて」
エイジも割と苦い顔だ。ワガママに振り回されている苦労人らしい。優柔不断なところには非があるけど。
「一応言っておくが、ダッキ、お前がやっても通用しないからな」
何か言う前に牽制されて、口を噤んだ。
「さて、と……めちゃくちゃになってしまったが、話を戻そう。何の要件で来たんだ」
エイジの仕切り直しに秘書二人はハッとして、姿勢を正す。
「こちら、本日の報告書です」
「うん、ご苦労様。後で目を通させてもらうよ。で、ダッキの仕事ぶりはどうだった?」
「ダッキ様でしたら、筋がよく優秀で、即戦力になるかと。やや軽薄な節はありますが、落ち着いた時は冷静で、状況判断力や、人の本質を見極めることにも長けており、悔しいですが秘書としてもやっていけるでしょう。しかし、彼女が魔族語を解するとは意外でした」
「それはわたくしもですわ。わたくしは今まで魔族語に触れたことはないはずなのですけれど、なぜか元から知っていたかのようにスラスラと……不思議なこともあるものですわねぇ」
「そうだな。……ところで、落ち着いたダッキ? 想像できないんだが、どんな感じだ」
「それがですね__」
「や、やめてくださいまし!」
慌てて暴露をやめさせようとする。その動転ぶりに、寧ろ気になって仕方がない。
「あら、お仕事の話? つまんなそうだし、ワタシもう帰るわァ」
そんな皆に構わず部屋から出て行こうとするモルガンであったが、秘書二人の横をすれ違う時、挑発的な笑みを浮かべ、その瞬間三人の間に火花が散った。ように見えた。
「じゃあ、今日の添い寝係はわたくしですわね!」
「あ、じゃあナシにするわァ」
「……ダッキ、お前の部屋が決まった。オレの部屋から出て、正面から二つ左の部屋だ今夜からはそっちで__」
「いいんですの? わたくしという、フワフワモフモフで抱き心地のいい枕が居なくって」
「くっ……」
どうしよう、物凄く魅力的なのだが。
「……いや、今日は寝ないからいい」
「え、寝ないのですか?」
「ああ、さっきまで充分過ぎるほど寝てたからな。夜の部で働くつもりだ」
「ですが、明日のスケジュールでは、エイジ様は昼の部で働かれることになっています」
「……じゃあ、午前三時くらいまでにしておこう。これなら翌朝も起きられるはず。起きてなかったら叩き起こしてくれ」
ベッドから立ち上がると、能力で普段着に早着替え。
「鍵もかけるから。ほら、全員出てけ」
モルガンの腕を取り、ダッキの首根っこを掴むと、外へ引き摺り出した。
「そんなことしていいんですの?」
「そうよ、ムリしないでサボったら?」
「いや、どうせもう寝れないし。オレの苦手なことは、規則正しい生活だからな」
「それ、やばくないです?」
「ああ、指導者としては最悪だろうな」
「しかも、すぐどこかに姿を消されますよね」
「オレはどうにも落ち着きのない人間なのでね」
そんな話をしつつ、みんなを部屋から追い出すと鍵をかけてしまう。
「じゃ、そういうわけだから。今日はお疲れ様、また明日」
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タヌキ汁
ファンタジー
国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。
これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。
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