魔王国の宰相

佐伯アルト

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Ⅱ 魔王国の改革

7節 外交 〜獣人編 ②

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 村に被害を出さないようにする為、エイジは直ぐにその場から離れる。やはりヤツは彼がお目当てのようだ、しっかり見られている。と思った直後、幻獣の周りに紫炎が浮いたと思うと、エイジに向かって飛んできた。

「あっつ!」

 咄嗟に躱したが、横を通り抜けたその炎はかなり熱かった。やはり、纏っている魔力は尋常ではない。敵が万全なら、幹部の本気くらいに相当するかもしれないだろう。そしてあの炎は、やはり魔術によるものではない。認識を改める必要がある。今までと違い、これはかなり本気でなければ勝てない相手だ。

「能力解放率、平時10%から戦闘時20%に上昇」

 現在解放可能、つまり完全に制御できるのが三割強。まだ幾らか余裕はあるが、ここまでで仕留めたい。そして本気の合図、アロンダイトを持ち、強化する。

 敵との距離は目算300m強。本気で走れば数秒だ。数秒後の未来予知を発動して弾道を予測、そして突撃。向かってくる炎を避け、斬り払い、一気に距離を詰める。

「ハァッ!」

 肉薄し、剣の腹で相手の肩を殴って吹き飛ばす。

__この幻獣は先程まで人型だった。恐らく捕獲に成功すれば利用価値がある。殺すつもりはない。しかし倒すのは殺すより難しい。できないようなら諦めよう__

 吹き飛ばされた九尾が態勢を立て直し、火炎弾を再び放ってくる。

「チッ、『liquid wall(リキッド・ウォール)』!」

 水属性の防御魔術で防ぐ。それから__

「『cold curtain(コールド・カーテン)』」

 冷気を纏い、炎の威力を軽減させる。そして飛び上がり__

「『punish thunder(パニッシュ・サンダー)』!」

 雷撃を撃ち出す。おまけに、落下する前に強化済みの武器を十本射出。着地するや否や__

「『tailwind(テイルウィンド)』」

 風で自分を吹き飛ばし、攻撃を躱す。幻獣は自らの全方位に熱波を放つが、纏った冷気が相殺し、然程熱くない。そして再び距離を詰めつつ跳び上がり、アロンダイトを左手に、右手に大剣を持ち、大上段からの一撃を喰らわせる。その反動で退がったところで__

「『darkness impulse(ダークネス・インパルス)』‼︎」

 魔術を撃ち怯ませたが、尾の反撃が来る。それをジャンプで躱し、真下を通ったところに槍を突き刺す。

「ギャァァ!」

 ちゃんと効いているようだ。と、顔がこちらを向き、口から炎を吐き出す。

「ッ、『upheaval(アップヒーバル)』!」

 着地して地面に手をつく。緑色の魔術陣が展開され、そこから隆起した岩盤が炎を防ぐ。同時に__

「『eruption(イラプション)』」

 幻獣に向けて手を突き出す。その先、腹の下に魔術陣が展開されると、噴火するように爆発。これまた地属性魔術で、強く腹を打つ。

「まだ、倒れないか……」

 強化した武器はC+相当で、放っている魔術も軒並みランク3、一部に至っては4なのだ。発声こそしないものの、わざわざ脳内詠唱している。幾らかは効いてはいるようだが、果たして。

「グルルゥ……ガァ!」

 般若の如き怒りの形相でこちらを睨む幻獣。その様子は、ここからが本番とばかりだ。

「へえ……こいよ」

 だが、今までは余裕があった。意外となんとかなりそうだな、とばかりに剣を下げる。次の瞬間__

「なにっ……ぐぁ!」

 油断したばかりに反応が遅れた。幻獣の突進をまともに喰らい、打ち上げられる。そこに飛び上がり、肉薄したダッキの尻尾叩きつけもノーガードで受けてしまい、地面に強かに打ち付けられる。

「かはっ⁉︎」

 肺から空気が抜け、呼吸がままならなくなる。混乱しているエイジ目がけ、九尾はトドメの火炎玉を吐き出した。


 着弾した火炎玉は爆ぜ、周囲を火の海に変えた。そんな中から__

「いってえじゃねえか……」

 エイジはふらつきながら立ち上がった。口から血を一筋垂らし、服は所々が焼け爛れ、顔は煤まみれ。側から分かる程に、中々のダメージを負っていた。しかし、その眼の闘志は衰えず、それどころか更に鋭く。

「ペッ……やってくれやがって」

 口内の血を吐き、垂れた血を拭うと、獰猛な笑みすら見せた。

「らぁッ!」

 魔力弾を作ると牽制に投げつけ、近くに刺さっていた愛剣を召喚して、再び接近。魔力弾を息の一吹きで掻き消した九尾は、前足で叩きつけ迎撃する。だがそれは、突如足裏からの魔力爆破で、慣性を無視したかのような急制動を見せたエイジによって躱され、胸に数発の武器を浴びる。そこにエイジは、もう片足で再び魔力を噴射し突っ込む。だが幻獣は胸に浅く刺さった武器を無視して、全身から熱波を発しつつ、もう片方の前足で剣を防ぎ、鍔迫りのようになる。

 そこで暫し拮抗する。エイジは熱波を受けながらも剣に魔力を込め続け、遂に幻獣の爪が溶け始めたところで__

「かぁ……!」

 力負けし、吹き飛ばされてしまう。その勢いのまま転がり、肩から巨木にぶつかり止まる。

 動かなくなったエイジに、やや警戒しながら狐は忍び寄る。そして九尾の体一つ分にまで近づいたところで、彼の指が動く。気づいた幻獣は動きを止め、彼の様子を見る。

 エイジは、先ほどよりゆっくりと立ち上がる。その眼は、静かで、それでいて凄まじい怒りと、冷酷な殺意を湛えていた。その目を見たダッキは、一歩後ずさる。

「……フーッ」

 息を吐く。それと同時に魔術が発動。多重に回復魔術がかけられ、一気に全快。さらに破れた服は逆再生のように修復され、足元に展開された魔術陣が彼の体をスキャンするかのように上ると、煤や埃といった汚れもまた全て消えた。見た目だけだが、すっかり戦闘前の状態に戻る。

「冷静に……狂え……三割だ‼︎」

 エイジが吠えると、彼の体中に光が浮き出る。それは、鎖や拘束具を模した、金色の術式。彼を雁字搦めにするそれらは、一際大きな光を放つと、一部が砕け散る。その瞬間、エイジの魔力は爆発的に上昇した。

「仕切り直しといこうか……覚悟しやがれ」

 回復したことで殺意や怒りはほんの僅か穏やかになったが、それでも重圧は増していた。

 エイジは、一歩踏み出す。次の瞬間、幻獣に視認できない速度で背後に回り込むと、後頭部を殴りつける。直撃した九尾は顎を地面に強打し、姿勢を保てなくなって、潰れたように這い蹲る。そこで真横に降り立ったエイジは、脇腹を蹴り飛ばす。その蹴りで九尾の巨体は30m以上軽く吹き飛んだ。今までとは比べ物にならない威力の攻撃を、一瞬のうちに叩き込まれ、獣は悲鳴をあげる暇すらない。そして吹き飛ばされた幻獣の動きが止まった瞬間、エイジは追撃として指先から何発もビームを撃つ。光線は着弾するたび小規模ながら爆ぜ、その土埃でダッキの姿は消えた。

 土埃で完全に視認できなくなったところで、エイジは光線を撃つのを止める。そして、千里眼を用いて敵の状態を確認する。

「健在。けど、少しは効いてる、か」

 幻獣は所々より出血しながらも、まだある程度の余裕が残っていると見受けられる。土埃が晴れる頃には体勢を立て直し、両者睨み合いとなる。

 睨み合い、間合いを測り、ジリジリと距離を詰める。そして__緊張が爆ぜ、両者が激突する。片や剣、片や爪。片や尻尾、片や足。片や火玉、片や魔術。パワーやスピードはおおよそ互角。しかし、回復したエイジがやや優勢か。両者幾度激突し、再び距離を取って着地。

 未だ涼しげなエイジに対し、ダッキは消耗し息が荒れている。勝負の優勢は決まったかに見える。されど__

「まだ決めきれんか。いいだろう、今度こそ本気だ! 種族値、三割解放!」

 能力とは別枠に完全封印していた魔族の力を、特徴が出ない程度に、解き放つ。そして、彼の力は再び大きく増加。その威圧感を感じ取ったか、幻獣の目には遂に怯えの色が浮かぶ。

 先ほど実力は伯仲していた。しかし、今となっては完全に力の差が浮き彫りとなった。エイジが歩き出し詰め寄っていくが、狐はその場から動けない。

 ある距離まで近づいたところで、エイジが飛び出す。それに合わせるよう、九尾は決死の形相で噛み付く。その牙はエイジを捉えた。はずであった。しかし空振りである。不思議に思ったのかダッキは数歩下がり、正面を見直す。するとそこには、三人のエイジの姿が。

「幻影だ、マヌケ」

 腕を組んで見下したり、手で煽ったり三人が思い思いに挑発する。それを見た幻獣は、暫し震えると鎌首をもたげ、火炎ブレスを照射する。十秒にも及ぶ攻撃の末に__

「危ないなぁまったく」

 茶褐色の翼を体の前面で交差させ、炎を防いだエイジの姿があった。その翼を勢いよく広げると突風が巻き起こり、周囲の炎さえ掻き消した。

 その風圧に乗って後退したダッキに向かって、翼を仕舞ったエイジは一気に飛びかかる。それに対しダッキは、既にこの突撃に何度も騙されてるので様子見。

「残念ホンモノ!」

 一気に懐に潜り込み、胸元にアッパーを喰らわせる。

「ギャァァァア!!!」

 九尾は悲鳴をあげてノックバック。そこへ、エイジは軽い足取りで悠々と近づく。一見無防備なエイジに、ダッキは両爪に炎を纏わせての引っ掻き。二方向から迫る攻撃を、きちんと一瞬で召喚した愛剣と盾で受け止め__

「隙だらけだぞっ、と!」

 顎をサマーソルトキックの要領で蹴り上げ__

「よいしょっとぉ!」

 戦鎚で頭部を横殴りにして吹き飛ばす。

「たんと味わえ! バースト‼︎」

 そこに追撃とばかりに武器を幾つも連続で召喚し、撃ち込んでいく。同時に、魔術もランク4のものを無詠唱で放つ。ダッキも迎撃しようと周囲に火玉を浮かべて放つが、手数に差がありすぎた。この猛攻は流石に堪えたようだ。起き上がったが、脚が震えて、うまく立ち上がれないようだ。

「ではそろそろ、トドメとしよう」

 アロンダイトを呼び出し、八相の構えをとる。そこに魔力を込めていくにつれ、刀身が神秘的な青白い輝きを放つ。言葉を解したのか、はたまた只ならぬ雰囲気を感じ取ったのかは定かではないが、相手も応えるように魔力を高めていく。そして同時に__

「アロンダイト、セイバーー!!!」
「グアアァァァ!!!」

 剣に込めた魔力を解き放ったビームと、全力の火炎放射がぶつかる。両者は最初は拮抗していた。しかし、剣の魔力が押し始め__

「ヒッ⁉︎ ギャアアァァァァァ………」

 遂に炎は押し負けて、九尾の狐は光の中へと消えていった。
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