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Ⅱ 魔王国の改革
7節 外交 〜獣人編 ①
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休暇後の執務作業も再び幾らか落ち着き、部下達に任せられるようになった頃。宰相はキリがいいからと、先日話題に上がった獣人とエルフについての問題を片付けることにした。前に進むには、後方の問題をなんとかしなくては。
「というわけで、オレはこれから二日間くらい出張で留守にする。あとは任せたよ」
と、告げた次の日の朝に、必要な量の水と食料を持ち、一人で城を発った。次の日にした理由は、最近城の動きは彼を中心にしているために、エイジがいきなりいなくなると混乱が起こり、大変な事になるからだ。単独行動が好きとはいえど、そこは宰相としてちゃんと弁えている。
城を出たあとは、数十キロひたすら北東に向かって移動した。まあ歩いてても仕方ない、と魔術で空を飛んだが。一応、出来が怪しいけど地図をもらったので、おおよその場所を頼りに進んでいるが、彼にとってはそんなものより千里眼の方がよっぽど信用できる。
昼過ぎまでかかって、地図に記されたおおよその場所まで飛んで行き、千里眼で森の中を見渡すと、見つけた。人口数百人の村。これが恐らく、獣人達の集落とみて間違いないだろう。
しかし、突然行っても怯えさせるだけだ。温和なコンタクトをとるには、どうすればいいだろう。そう考えながら、村から十分離れた森の中に降下する。良いアイデアが浮かばず、倒木に腰掛け考え込んでいると、
「キャー!」
悲鳴が聞こえた。こんな森の中での悲鳴なら、それは間違いなく獣人によるものだ。彼は取り敢えず、悲鳴の上がった方に向かう。すると視界が開け、岩に囲われ追い詰められた十歳ほどの少女が、棍棒を持った亜人族系魔物に襲われかかっていた。その魔物は、生息場所的に魔王国所属ではないだろう。
「い、いや……来ないで……イヤーーッ‼︎」
魔物が少女に飛びかかろうとした瞬間、弓を取り出し魔物の脳天を撃ち抜く。
「え、あれ?」
突然倒れた魔物に戸惑っているようだ。
「大丈夫? 怪我はないかい?」
エイジはゆっくり近づき、話しかける。その少女に近づきよく見ると、その少女にはキツネのような耳と尻尾が付いていた。
「あ、あなたは……?」
「ボクかい? ボクは通りすがりの旅人だよ」
黒コートを着ている軽装の男が旅人な訳ないけど。
「あ、ありがとうございます。あっ……」
グウゥ~という音がする。少女のお腹が鳴ったようだ。気が抜けて腹が減ったのだろう。
「これ、いるかい?」
後ろに手を回して、穴が見えないようにビーフジャーキーを取り出し、渡す。
「ねえ、ちょっとお話ししようか」
どうやらこの少女は、予想通り獣人族の村の住民らしい。名はイズナ。見た目通りキツネの獣人で、数時間前に好奇心から村の外に出たら迷ってしまったらしい。
「おにいさんは、どうしてこんなところに?」
「言ったろ、ボクは通りすがりの旅人だ。理由なんてないさ」
「え、でもこの辺りには魔王がいるって聞いたような」
「……__う、痛いところをついてくるな__」
返答に窮し、エイジの顔が僅かに歪む。
「でも、おにいさんってわたしを見ても驚かないし、助けてくれるし、優しいんだね」
「あ、アハハ……そうかい? ……__違いまーす。優しくないでーす。村との交渉材料になりそうだから助けただけでーす。オレは優しいお兄さんではなく腹黒い大人でーす。だからそんな純粋な眼でオレを見ないでくださーい。良心が痛いでーす__」
少女の視線が辛いエイジ。耐えられなくなってきたので、慌てて本題へ。
「じゃあ、君の村に行こうか。迷子なんだろ? 送っていくよ。実はボクもこの森の奥に用があるんだ」
イズナと手を繋ぎ、たまに現れる魔物を瞬殺しつつ、千里眼を頼りに村に向かう。途中から、やや遠くから監視されながら。
__気付いてますよーっと__
そして__
「あ、ここ見覚えある!」
安心したらしく、目に見えてテンションが上がるイズナ。そして彼らが村の正門から入り、数歩進むと__
「止まれ、侵入者!」
前後左右360度を獣人に囲まれた。見たところ、皆弓などで武装している。
「その子を放せ!」
リーダー格の、恐らくオオカミの女獣人が吠える。
「はいはい、放しますよっと。さあ、行きなさい」
「おにいさん?」
「いいからいいから」
不思議に思いつつも、素直に側を離れるイズナ。彼があっさり解放した事に戸惑いながらも、周りの獣人は警戒を緩めない。
「私はこの村の自警団隊長のハティだ。何の用だ、ニンゲン!」
それを聞くとエイジは両手を軽く挙げ__
「私に敵対の意思はない。現に、彼女にも君らにも危害を加えていないだろう。納得していただけたかな? では、この村の村長に会わせてくれ。話がしたい。勿論、監視してもらって結構だ」
訝しみつつも、村の中へと通される。当然、まだ弓などを向けられたままだが。
この村の彼らを見て、エイジは気付いたことがある。それは獣人にも二種類いること。一つは人間ベースに耳と尻尾が付いた型。獣人の力を解放したエイジと同じタイプ。もう一つは動物がそのまま人型になった感じ。鼻柱が高く、全身が毛皮に覆われている。
これは、フィールドワークのレポートで読んだ特徴と合致する。故に、驚くことはない。
ここで、獣人について深掘りを。獣人は、厳密には魔族ではない。なぜなら、魔力を持たない個体が存在するからだ。人間や動物などのように、一般の生物である。しかし、その進化の過程では、間違いなく魔力の存在が関係している。でなければ、地球環境に酷似したこの世界では、既に自然淘汰されていてもおかしくない。
人間ベースの型をAタイプ、獣ベースの型をBタイプとしよう。Aタイプは人間に進化した後、獣の特徴を有した。Bタイプは、進化の過程で人間へと近づいていったらしい。同種同士のAとBの間に出来た子は半々の割合で、Aと人型なら必ずA、Bと同種の獣なら必ずBの子が生まれるらしい。
この二種類のタイプ、モデルとなる動物の種類や、特徴の違いから共存など不可能そうであるが、現に出来ている。というのも、獣人族自体が希少であり、大陸中かき集めても一万を超すかどうかといった程。つまり、絶滅の危機に瀕している。そのために、呉越同舟とでも言おうか、進化の過程は違えど似通った種族であるために、手を取り合ったというわけだ。今の魔王国の現状と通じるところがある。更に、人間に近しい知性を持つために、同胞を食そうなどという本能を、理性で押さえつけることもできる。
そんな彼らの生活は、定住しての狩猟採集。この森には、他にも多くの獣人の集落があるが、縄張りなどの関係で、移動するとトラブルが起こりかねないため避けるとか。幸いにも、この森は魔力に満ちて豊かである為、移動の必要性は薄い。といえ、村同士の関係は悪くないようで、困ったときは助け合うこともあるという。エイジが入った集落は、ここら一帯でも最大なのだとか。よって、この村と交渉が成功すれば、他の村も一緒に魔王国と友好的な関係を結んでくれることだろう。
そんなこんなで、村長と面会する事に成功する。ここまでくれば、あとは簡単だろう。どう警戒されずに村に入るかが問題だった。
「こんなところに、ニンゲンが何の用かな」
村長はどうやら犬系、ブルドックに似ていて、獣寄りの型だ。そして、かなり老いている。しかし、その皺だらけの顔の目はいまだ鋭く、不審者を睨め付けている。
「失礼、まずはお名前を。私はエイジと申します」
「儂は族長のバウムだ。して、なんだね。儂らを奴隷にでもしに来たか」
「ああ違います。二つ、違います。まず、私はあなた方に危害を加える気は全くありません。そして私は、人間ではなく魔王国の者ですよ」
周囲に動揺が広がる。どうやら魔族は、人間よりも余程恐怖の対象のようだ。族長もまた驚きで目が動揺する。
「そ、そんなアンタが、なんでこんな所に……」
「それはですね族長さん、和平を結びにきたのですよ」
「わ、和平だと……」
「ええ、和平を結んでいただければ、我々はあなた方に一切危害を加えません。もし危害を加えるようなことがあれば、その者を厳重に罰しますよ。ただ、条件もありますがね」
「き、聞こうじゃないか」
和平は彼らにとっても望ましいようだ。しかし、どんな条件が出されるかビクビクして待っている。そんな彼らが条件を聞いたらどんな反応をするかワクワクしながら、エイジは書類を見せながら案を提示する。
「では。まずあなた方の村から、数十人程労働力をお借りします。当然重労働は強いませんし、魔族基準に合わせることなく、しっかりと休ませます。後は有志で兵役ですかね。勿論、衣食住満足できるように提供しますとも。そして、この村から魔族の町に移住していただければ、我々魔王国の一員として庇護下に入れます。先に述べた通り、危害を加えた者はこちらで厳重に裁きます。そして、獣人達の間で問題になっている奴隷について。我々はこれから人間達と関わりを持つ予定でございまして、奴隷にされている獣人達を発見次第解放、及び庇護対象として保護し、あなた達に受け渡します。以上です。どうでしょう?」
__どうよ、これ以上無いほどの好条件だろう? どうだ! どんな酷い条件が出されるか待ち受けていたところに超好条件の、メリットしかないような条約を持ちかけられた気分は。悩んでる悩んでる、フフフフフ……__
魔王国が守り、獣人たちはその分労働力を提供する。魔王国にとってのデメリットさえない、双方が満足できる条約だ。
「し、しかし……」
「何を悩むところがあるというのです。さては信用がないんですね?」
「い、いや……」
族長は言い淀んでしまう。エイジは嘘は吐いていない。それは、彼らとて本能的に分かっているはず。それを予期していたエイジは、すんなりと飲まれるはずだろうと考えていた。それ故に、即答されなかったことに苛立ちを見せる。とはいえその予想には、たかが獣人風情が複雑なことを考えるはずがない、という偏見もあったことは否定できないが。
「言わなくてもわかってますよ。では聞きますけど、これからも魔物や魔族、そして人からの脅威に震えながら過ごすおつもりですか? これからも敵だらけで先の見えない生活をするよりは、いっそ騙されようくらいの気持ちで受けてみてはいかがでしょう」
「だ、だが……」
ほとんど認めかけているのに、あと一歩というところから進まない。結論はとうに定まっているはずなのに、もどかしい。指で机を叩き、語気が強くなっていくエイジ。それに比例し、警護の獣人たちの間にも緊張が走る。そしてついに__
「あ~も~、歯切れが悪いなぁ! 正直言ってあなた方にこのまま居られると邪魔なんですよ! 従わないなら森ごと燃やしますよ! さあ、どうします⁉︎」
「それなら、そうされる前に貴様を殺すまでだ!」
ちょっと強請ろう。そう思ったが、本能の強い獣人は我慢弱く、手が出るのが早い。考える時間を与えなかったエイジも悪いが、なにせ他のことを早く進めたくて、かなり急いていた。何より、営業の経験など殆どないので、どうすりゃいいのかわからないのだ。
エイジが強い言葉を発すると、遂に本性を表したかと言わんばかりに、その場にいたハティが吠え、剣を抜く。
「ほ~う、そうですかぁ……」
エイジはゆらりと立ち上がる。そして一瞬で彼女の背後に回り込み、武器を取り上げ捻じ伏せる。
「ぐう……!」
「一応、こういう大事なこと任されるくらいには、オレ、魔王軍の中でも強いんだよねえ。君らが敵うとは思えないけど。どうする?」
周囲一帯に緊張と敵意が満ちる。そして、今にも仲間を助けようと獣人たちが飛び出そうとした時__
「止めるのだ‼︎」
族長が一喝し、彼等を諫めた。
「すまぬ、エイジ殿。儂が決断を渋ったばかりに。私達は貴方の条件を呑み、和平を結ぼうと思う」
「いえいえ、こちらこそすみません。つい怒鳴ってしまって。交渉に臨む者の態度ではなかったですね。では、こちらが契約書になります。こちらにサインを」
押さえていた手を離し、孔から格式張った羊皮紙を取り出す。そこには勿論、魔族語だけでなく獣人語も記されていて、エイジの言ったことと相違ないことが確認できる。
「儂らの村の紋様の印でもよいか?」
「ええ、貴方の同意が示せる物ならなんでも」
「ではこれで__ぬおっ!」
「ッ⁉︎ 何事だ!」
族長が印を捺そうとした瞬間、地響きが起こったのだ。恐らくこれは地震ではなく、魔力的なものによって引き起こされているものだろう。原因を探る為、エイジは族長の家から出る。すると__
「あれは、何だ……?」
400mほど離れた山の中腹に、祠のような横穴がある。千里眼を使うと、そこに人影が見えた。あれが震源だろうか。と、ソレを捕捉した次の瞬間、突然その姿が変化した。15mほどの、巨大な九つの尾を持つ、黄金色の狐の姿に変わったのだ。
「なんだあれは⁉︎」
「あ、あれは村の伝承に伝わる、ダッキという者らしい……数十年に一度目覚めては、辺り一帯を焼き払うという……儂も、初めて見た……」
あの狐は日本や中国に登場する妖怪、白面金毛九尾の狐と特徴が一致する。まさかここに来て和の化生に出くわすとは。そんでもって、あれはただの魔物ではない。幻獣と称される存在だ。
幻獣は、魔物魔獣の上位版のようなものだ。魔物より圧倒的に強大な魔力を持ち、その魔力そのものによる攻撃は、魔術を使わずとも非常に高い破壊力がある。幻獣は大抵知性に優れ、人語を解するものもいるらしい。その実力は上位の魔族に匹敵、或いは上回る。兎も角そんな存在に、彼は初めて遭遇した。
「あれ、これって結構ピンチかも……?」
敵は強大な存在である幻獣であり、頼れる魔王軍の仲間もいない。そしてソイツが目覚めて封印を破ったのは、エイジの魔力に反応したからなのかもしれない。つまり、彼を狙ってくるかもしれないということだ。その証拠に、現在もバッチリ目が合っている。
兎にも角にも、このままでは和平どころではない。攻撃されていないのは、今は距離が離れているからだろう。
しかし不幸中の幸いか、幻獣は封印を破った直後なので本調子ではないようにも見える。倒すなら今しかない。
「というわけで、オレはこれから二日間くらい出張で留守にする。あとは任せたよ」
と、告げた次の日の朝に、必要な量の水と食料を持ち、一人で城を発った。次の日にした理由は、最近城の動きは彼を中心にしているために、エイジがいきなりいなくなると混乱が起こり、大変な事になるからだ。単独行動が好きとはいえど、そこは宰相としてちゃんと弁えている。
城を出たあとは、数十キロひたすら北東に向かって移動した。まあ歩いてても仕方ない、と魔術で空を飛んだが。一応、出来が怪しいけど地図をもらったので、おおよその場所を頼りに進んでいるが、彼にとってはそんなものより千里眼の方がよっぽど信用できる。
昼過ぎまでかかって、地図に記されたおおよその場所まで飛んで行き、千里眼で森の中を見渡すと、見つけた。人口数百人の村。これが恐らく、獣人達の集落とみて間違いないだろう。
しかし、突然行っても怯えさせるだけだ。温和なコンタクトをとるには、どうすればいいだろう。そう考えながら、村から十分離れた森の中に降下する。良いアイデアが浮かばず、倒木に腰掛け考え込んでいると、
「キャー!」
悲鳴が聞こえた。こんな森の中での悲鳴なら、それは間違いなく獣人によるものだ。彼は取り敢えず、悲鳴の上がった方に向かう。すると視界が開け、岩に囲われ追い詰められた十歳ほどの少女が、棍棒を持った亜人族系魔物に襲われかかっていた。その魔物は、生息場所的に魔王国所属ではないだろう。
「い、いや……来ないで……イヤーーッ‼︎」
魔物が少女に飛びかかろうとした瞬間、弓を取り出し魔物の脳天を撃ち抜く。
「え、あれ?」
突然倒れた魔物に戸惑っているようだ。
「大丈夫? 怪我はないかい?」
エイジはゆっくり近づき、話しかける。その少女に近づきよく見ると、その少女にはキツネのような耳と尻尾が付いていた。
「あ、あなたは……?」
「ボクかい? ボクは通りすがりの旅人だよ」
黒コートを着ている軽装の男が旅人な訳ないけど。
「あ、ありがとうございます。あっ……」
グウゥ~という音がする。少女のお腹が鳴ったようだ。気が抜けて腹が減ったのだろう。
「これ、いるかい?」
後ろに手を回して、穴が見えないようにビーフジャーキーを取り出し、渡す。
「ねえ、ちょっとお話ししようか」
どうやらこの少女は、予想通り獣人族の村の住民らしい。名はイズナ。見た目通りキツネの獣人で、数時間前に好奇心から村の外に出たら迷ってしまったらしい。
「おにいさんは、どうしてこんなところに?」
「言ったろ、ボクは通りすがりの旅人だ。理由なんてないさ」
「え、でもこの辺りには魔王がいるって聞いたような」
「……__う、痛いところをついてくるな__」
返答に窮し、エイジの顔が僅かに歪む。
「でも、おにいさんってわたしを見ても驚かないし、助けてくれるし、優しいんだね」
「あ、アハハ……そうかい? ……__違いまーす。優しくないでーす。村との交渉材料になりそうだから助けただけでーす。オレは優しいお兄さんではなく腹黒い大人でーす。だからそんな純粋な眼でオレを見ないでくださーい。良心が痛いでーす__」
少女の視線が辛いエイジ。耐えられなくなってきたので、慌てて本題へ。
「じゃあ、君の村に行こうか。迷子なんだろ? 送っていくよ。実はボクもこの森の奥に用があるんだ」
イズナと手を繋ぎ、たまに現れる魔物を瞬殺しつつ、千里眼を頼りに村に向かう。途中から、やや遠くから監視されながら。
__気付いてますよーっと__
そして__
「あ、ここ見覚えある!」
安心したらしく、目に見えてテンションが上がるイズナ。そして彼らが村の正門から入り、数歩進むと__
「止まれ、侵入者!」
前後左右360度を獣人に囲まれた。見たところ、皆弓などで武装している。
「その子を放せ!」
リーダー格の、恐らくオオカミの女獣人が吠える。
「はいはい、放しますよっと。さあ、行きなさい」
「おにいさん?」
「いいからいいから」
不思議に思いつつも、素直に側を離れるイズナ。彼があっさり解放した事に戸惑いながらも、周りの獣人は警戒を緩めない。
「私はこの村の自警団隊長のハティだ。何の用だ、ニンゲン!」
それを聞くとエイジは両手を軽く挙げ__
「私に敵対の意思はない。現に、彼女にも君らにも危害を加えていないだろう。納得していただけたかな? では、この村の村長に会わせてくれ。話がしたい。勿論、監視してもらって結構だ」
訝しみつつも、村の中へと通される。当然、まだ弓などを向けられたままだが。
この村の彼らを見て、エイジは気付いたことがある。それは獣人にも二種類いること。一つは人間ベースに耳と尻尾が付いた型。獣人の力を解放したエイジと同じタイプ。もう一つは動物がそのまま人型になった感じ。鼻柱が高く、全身が毛皮に覆われている。
これは、フィールドワークのレポートで読んだ特徴と合致する。故に、驚くことはない。
ここで、獣人について深掘りを。獣人は、厳密には魔族ではない。なぜなら、魔力を持たない個体が存在するからだ。人間や動物などのように、一般の生物である。しかし、その進化の過程では、間違いなく魔力の存在が関係している。でなければ、地球環境に酷似したこの世界では、既に自然淘汰されていてもおかしくない。
人間ベースの型をAタイプ、獣ベースの型をBタイプとしよう。Aタイプは人間に進化した後、獣の特徴を有した。Bタイプは、進化の過程で人間へと近づいていったらしい。同種同士のAとBの間に出来た子は半々の割合で、Aと人型なら必ずA、Bと同種の獣なら必ずBの子が生まれるらしい。
この二種類のタイプ、モデルとなる動物の種類や、特徴の違いから共存など不可能そうであるが、現に出来ている。というのも、獣人族自体が希少であり、大陸中かき集めても一万を超すかどうかといった程。つまり、絶滅の危機に瀕している。そのために、呉越同舟とでも言おうか、進化の過程は違えど似通った種族であるために、手を取り合ったというわけだ。今の魔王国の現状と通じるところがある。更に、人間に近しい知性を持つために、同胞を食そうなどという本能を、理性で押さえつけることもできる。
そんな彼らの生活は、定住しての狩猟採集。この森には、他にも多くの獣人の集落があるが、縄張りなどの関係で、移動するとトラブルが起こりかねないため避けるとか。幸いにも、この森は魔力に満ちて豊かである為、移動の必要性は薄い。といえ、村同士の関係は悪くないようで、困ったときは助け合うこともあるという。エイジが入った集落は、ここら一帯でも最大なのだとか。よって、この村と交渉が成功すれば、他の村も一緒に魔王国と友好的な関係を結んでくれることだろう。
そんなこんなで、村長と面会する事に成功する。ここまでくれば、あとは簡単だろう。どう警戒されずに村に入るかが問題だった。
「こんなところに、ニンゲンが何の用かな」
村長はどうやら犬系、ブルドックに似ていて、獣寄りの型だ。そして、かなり老いている。しかし、その皺だらけの顔の目はいまだ鋭く、不審者を睨め付けている。
「失礼、まずはお名前を。私はエイジと申します」
「儂は族長のバウムだ。して、なんだね。儂らを奴隷にでもしに来たか」
「ああ違います。二つ、違います。まず、私はあなた方に危害を加える気は全くありません。そして私は、人間ではなく魔王国の者ですよ」
周囲に動揺が広がる。どうやら魔族は、人間よりも余程恐怖の対象のようだ。族長もまた驚きで目が動揺する。
「そ、そんなアンタが、なんでこんな所に……」
「それはですね族長さん、和平を結びにきたのですよ」
「わ、和平だと……」
「ええ、和平を結んでいただければ、我々はあなた方に一切危害を加えません。もし危害を加えるようなことがあれば、その者を厳重に罰しますよ。ただ、条件もありますがね」
「き、聞こうじゃないか」
和平は彼らにとっても望ましいようだ。しかし、どんな条件が出されるかビクビクして待っている。そんな彼らが条件を聞いたらどんな反応をするかワクワクしながら、エイジは書類を見せながら案を提示する。
「では。まずあなた方の村から、数十人程労働力をお借りします。当然重労働は強いませんし、魔族基準に合わせることなく、しっかりと休ませます。後は有志で兵役ですかね。勿論、衣食住満足できるように提供しますとも。そして、この村から魔族の町に移住していただければ、我々魔王国の一員として庇護下に入れます。先に述べた通り、危害を加えた者はこちらで厳重に裁きます。そして、獣人達の間で問題になっている奴隷について。我々はこれから人間達と関わりを持つ予定でございまして、奴隷にされている獣人達を発見次第解放、及び庇護対象として保護し、あなた達に受け渡します。以上です。どうでしょう?」
__どうよ、これ以上無いほどの好条件だろう? どうだ! どんな酷い条件が出されるか待ち受けていたところに超好条件の、メリットしかないような条約を持ちかけられた気分は。悩んでる悩んでる、フフフフフ……__
魔王国が守り、獣人たちはその分労働力を提供する。魔王国にとってのデメリットさえない、双方が満足できる条約だ。
「し、しかし……」
「何を悩むところがあるというのです。さては信用がないんですね?」
「い、いや……」
族長は言い淀んでしまう。エイジは嘘は吐いていない。それは、彼らとて本能的に分かっているはず。それを予期していたエイジは、すんなりと飲まれるはずだろうと考えていた。それ故に、即答されなかったことに苛立ちを見せる。とはいえその予想には、たかが獣人風情が複雑なことを考えるはずがない、という偏見もあったことは否定できないが。
「言わなくてもわかってますよ。では聞きますけど、これからも魔物や魔族、そして人からの脅威に震えながら過ごすおつもりですか? これからも敵だらけで先の見えない生活をするよりは、いっそ騙されようくらいの気持ちで受けてみてはいかがでしょう」
「だ、だが……」
ほとんど認めかけているのに、あと一歩というところから進まない。結論はとうに定まっているはずなのに、もどかしい。指で机を叩き、語気が強くなっていくエイジ。それに比例し、警護の獣人たちの間にも緊張が走る。そしてついに__
「あ~も~、歯切れが悪いなぁ! 正直言ってあなた方にこのまま居られると邪魔なんですよ! 従わないなら森ごと燃やしますよ! さあ、どうします⁉︎」
「それなら、そうされる前に貴様を殺すまでだ!」
ちょっと強請ろう。そう思ったが、本能の強い獣人は我慢弱く、手が出るのが早い。考える時間を与えなかったエイジも悪いが、なにせ他のことを早く進めたくて、かなり急いていた。何より、営業の経験など殆どないので、どうすりゃいいのかわからないのだ。
エイジが強い言葉を発すると、遂に本性を表したかと言わんばかりに、その場にいたハティが吠え、剣を抜く。
「ほ~う、そうですかぁ……」
エイジはゆらりと立ち上がる。そして一瞬で彼女の背後に回り込み、武器を取り上げ捻じ伏せる。
「ぐう……!」
「一応、こういう大事なこと任されるくらいには、オレ、魔王軍の中でも強いんだよねえ。君らが敵うとは思えないけど。どうする?」
周囲一帯に緊張と敵意が満ちる。そして、今にも仲間を助けようと獣人たちが飛び出そうとした時__
「止めるのだ‼︎」
族長が一喝し、彼等を諫めた。
「すまぬ、エイジ殿。儂が決断を渋ったばかりに。私達は貴方の条件を呑み、和平を結ぼうと思う」
「いえいえ、こちらこそすみません。つい怒鳴ってしまって。交渉に臨む者の態度ではなかったですね。では、こちらが契約書になります。こちらにサインを」
押さえていた手を離し、孔から格式張った羊皮紙を取り出す。そこには勿論、魔族語だけでなく獣人語も記されていて、エイジの言ったことと相違ないことが確認できる。
「儂らの村の紋様の印でもよいか?」
「ええ、貴方の同意が示せる物ならなんでも」
「ではこれで__ぬおっ!」
「ッ⁉︎ 何事だ!」
族長が印を捺そうとした瞬間、地響きが起こったのだ。恐らくこれは地震ではなく、魔力的なものによって引き起こされているものだろう。原因を探る為、エイジは族長の家から出る。すると__
「あれは、何だ……?」
400mほど離れた山の中腹に、祠のような横穴がある。千里眼を使うと、そこに人影が見えた。あれが震源だろうか。と、ソレを捕捉した次の瞬間、突然その姿が変化した。15mほどの、巨大な九つの尾を持つ、黄金色の狐の姿に変わったのだ。
「なんだあれは⁉︎」
「あ、あれは村の伝承に伝わる、ダッキという者らしい……数十年に一度目覚めては、辺り一帯を焼き払うという……儂も、初めて見た……」
あの狐は日本や中国に登場する妖怪、白面金毛九尾の狐と特徴が一致する。まさかここに来て和の化生に出くわすとは。そんでもって、あれはただの魔物ではない。幻獣と称される存在だ。
幻獣は、魔物魔獣の上位版のようなものだ。魔物より圧倒的に強大な魔力を持ち、その魔力そのものによる攻撃は、魔術を使わずとも非常に高い破壊力がある。幻獣は大抵知性に優れ、人語を解するものもいるらしい。その実力は上位の魔族に匹敵、或いは上回る。兎も角そんな存在に、彼は初めて遭遇した。
「あれ、これって結構ピンチかも……?」
敵は強大な存在である幻獣であり、頼れる魔王軍の仲間もいない。そしてソイツが目覚めて封印を破ったのは、エイジの魔力に反応したからなのかもしれない。つまり、彼を狙ってくるかもしれないということだ。その証拠に、現在もバッチリ目が合っている。
兎にも角にも、このままでは和平どころではない。攻撃されていないのは、今は距離が離れているからだろう。
しかし不幸中の幸いか、幻獣は封印を破った直後なので本調子ではないようにも見える。倒すなら今しかない。
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