魔王国の宰相

佐伯アルト

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I 宰相始動

10節 宰相候補の初陣 ②

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 そして、翌朝のこと。砦にはベッドなど無かったので、エイジは指揮官室の壁にもたれ掛けて寝ていた。と、俄に城内が騒がしくなり、エイジも目を覚ます。何事かと思い警戒していると、何と帝国の兵士と思われる者が一人、部屋に入って来たではないか!

「な、何事だ⁉︎」
「落ち着け。貴様、擬態が解けていないぞ」

 レイヴンが慌てふためくエイジを制する。すると、目の前の兵士がぐにゃりと溶け、真っ黒い影のようなモノになった。

「コイツはシェイプシフターだ。偵察をさせておいた」

 成る程、こんなスパイを派遣していたのか。周到なことだ。

「それで、何が起こった。報告しろ」
「はい、それが……帝国軍がこちらに向けて侵攻を開始しました!」

「なんと、もう動き出すなんて。早めに行動しておいてよかったぜ……おい、将軍!」
「ふん、貴様に言われるまでもない。将軍レイヴンが命ず。総員、配置につけ‼︎」


 砦の前に駐屯兵ら二千名に加え、増援千人を展開し終えた直後のこと。彼らの視界に敵兵達が入った。兵数は魔王国軍との対比で数えるに、およそ二千五百。数は魔王国側が上回っているが、過半は亜人族であり、帝国兵より戦闘能力は劣る。単純な兵力で言えば、同等かやや帝国軍が上回るだろうか。

 その敵の進軍は速かったが、昨日夜遅くまで二人が迎撃準備をしておいた甲斐もあり、兵達は迅速に行動した。即座に迎撃陣形を作り上げ、敵の侵攻に備える。

「あの作戦でいくんだな?」
「ああ。責任重大だぜ……武者震いして来やがった」

 彼が打診し、城を出る前に保険として魔王様から貰っておいた虎の子を作戦に組み込んだ。無くてもなんとかなったかもしれないが、一応貰っておいてよかったといえる。

「じゃあ、兵士達の指揮は任せたぞ!」
「ああ、分かっている」

 指揮を出すのはエイジではなく、場数を踏み経験豊富、且つ彼等に顔が利く将軍レイヴンだ。と、確認し合っているうちに、敵が間合いに入った。

「ではお前達、戦闘開始だ‼︎」
『ウオオオォォォ!!!』

 鬨の声が上がる。場に満ちていた緊張が弾け、人間対魔族達の戦いが開幕した。


 本来この戦いは防衛を目的とするものだが、この作戦ではそれ以上に敵に大打撃を与え再起不能にする事が狙いだ。兵の配置は左右をやや厚めに配置し、中央はわざと手薄にしている。謂わば、鶴翼の陣みたいなもの。そして、中央後方に幹部格三人が陣取っている。つまり、幹部自らも戦いに出る訳だ。


 戦闘開始直後、激突した両軍の先鋒により、前線は拮抗していた。だが、暫くすると手薄な中央が押され始める。

「ここまでは、お前の想定通りの推移だ」

 そして恐らく、帝国軍はこちらの作戦を全く警戒せず進軍してくるだろう。何せ、遠慮もなく陣形を突き破り、引き裂き、勢いを増して進撃を続けているのだから。

「狙い通り。飛んで火に入る夏の虫ってな」

 この作戦の要は上級魔術を用いたものなのだが、この砦に配置されている戦闘員は低級の亜人種ばかりで、高度な魔術は使用されないと敵は想定する。そこを突く訳だ。

「そろそろだ。準備を始めろ」

 遂に敵兵たちは、中央の兵士たちの壁を三分の二程突破して来ていた。

「へいへい、りょーかいりょーかい」

 そしてエイジは、周りに魔道具や触媒を広げ、ゴグの背後で準備を始めた。

「随分気の抜けた返事だ。やる気あるのか」
「アホ言え、こちとら初陣で緊張しまくりだ! 無理に気を抜きでもしなけりゃ手元が狂う!」

 スムーズに、そう見えるようで割と段取り悪く作業している。知っている人が見れば、グダグダと並べ、オタオタと加工し、手際良いとは言えない手つきなのを見ると、焦ったく感じられるだろう。勿論、すぐ側で見ているレイヴンも気が気じゃない。それでもなんとか形になっているのを見て、自身も指揮に集中し直す。

 こんなことならもっと早く始めれば良いだろうが、そうもいかない訳がある。ギリギリまで待つのは、敵に作戦を気取られないためだ。大掛かりであるため、最初から待ち構えていては立て直しが利かない。

「ふぅ……こっちはなんとか準備完了だ。そっちは⁉︎」

 そして、エイジのいる陣地からも幾人かの敵が見え始めた頃、レイヴンへ問いかける。

「敵は十分深くまで食い込んできた。俺の準備もできている。いつでも構わん」
「オーライ! 最終段階に入る!」

 それを聞いたエイジは、最後の工程に取り掛かった。両手を突き出し、詠唱を始めたのだ。

「『其の光は即ち星の輝き也。其の光は即ち星の慈悲也。そして我は、其の光を以って汝らに瞬く間の死と云う救済を与える者也』!」

 迫り来る敵の軍勢の存在を意識の外へ追い出し、ゆっくり一句ずつ噛み締めるように、術式を詳細に想起しつつ、自身の体を流れる魔力の奔流を感じながら、その言霊ことだまを紡ぐ。

「ゴグ、こちらに引きつける。敵の注意を惹け」
「リョウガイ……ヴオォォォォオオ‼︎」

 ゴグが雄叫びを上げると、敵の流れが変わる。勢いが彼向けて真っ直ぐとなった。敵軍の首級を捉えたとあらば、功名心としても、戦術的にも、ターゲットがそちらに集中するのは必定である。

「よし、カムフラージュと囮の役割ご苦労。ゴグ、逸れろ。俺たちも離れるぞ!」
「魔王軍よ、覚悟し__は?」

 遂に最後の壁が破れ、敵兵が突っ込んで来た。しかし、その目の前にあるものに気付くと、彼等は足を止め、愕然として目を見開いた。だが、もしその場にいたなら、誰でもそうなるだろう。何故なら、彼らの目の前にあったのは、直径3mにもなる巨大な魔術陣だったのだから。

 その威容を前に、兵士らは足が竦む。これ程までに濃密な魔力が込められた、このような規模の術など見たことがない。しかし、それが齎す影響だけは本能的に察したようだ。そして__逃げ場など何処にもないということにも気づいてしまった。正面には砲口、後方には味方、側面には敵兵たち。味方に危機を知らせようにも、遅すぎた。

「レイヴン‼︎」
「……ああ」

 エイジの声を聞いた彼は、天に向け魔術を放った。打ち上げられた光弾は上空で弾け、戦場全体を照らし出す。その瞬間、魔王の兵士達は左右に割れ、目の前にいるのは動揺している敵兵のみとなった。そしてその瞬間、エイジは叫び__

「痛みも感じぬままに逝くがいい。穿て! 『Aurora Extinction(アウローラ・エクスティンクション)』‼︎」

 その魔術を放った。
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