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I 宰相始動
10節 宰相候補の初陣 ①
しおりを挟む翌朝、前線基地に向かうまでの馬車の中。
「なんで俺まで……」
向かい側には、苦虫を噛み潰したような顔をしている男が一人。ご存知レイヴンだ。こうも嫌そうにされると同乗者も気分が悪い。
さて、エイジは昨晩の会議のことを全く知らないので、何故レイヴンがいるのかなんて理由は、自分で考えるしかない。そんな彼の予想は、自分の監視のためにベリアルが手配したからだろう、といったところだ。
__少なくとも護衛じゃないだろ。守ってくれなさそうだもんな。まあ、将軍なら全軍の長だから顔も広いだろうし、派遣先でいくらか融通が利くだろう。利用できる物はなんでも使うべきだ__
しかし、エイジに伴っているのはレイヴンだけではない。この馬車の前後には、それなりの数の兵士達がいる。しかも、馬だってただの馬じゃあない。馬系の魔獣やケンタウロス族が車を引いているのだ。
どうやら、彼の上司はそろそろ膠着した戦況を打破したいらしい。だとしたら、エイジには結構なプレッシャーだ。恐らくベリアルは彼の個人の武よりも指揮官、いや、参謀としての活躍に期待を寄せているようではあるが。
それにしても、なんでレイヴンはこうも自分に敵意を向けるのか。それについては、エイジも幾らか予想できていた。
恐らく、幹部達や幹部格達はベリアルが国を築こうとした時から居た者、若しくは一般市民からの叩き上げで出世した者達だろう。つまり、特別扱いで飛び級した自分は、嫉妬や僻みの対象という訳だ。レイヴンは多分前者だろう。魔王の右腕のように振る舞ってきたが、突然自分の立場を奪おうとする宰相という者が現れたことに焦りを感じているといったところだろうか、とエイジは結論づける。
兎に角、睨み合っていると無駄に気分が悪くなって疲れるだろうからと、エイジは目を閉じて馬車の揺れに集中する。タイヤはおろか、サスペンションも無いうえに舗装されていない道を突き進んでいるわけだから、乗り心地は最悪で酔いそうになる。しかし、暫くするとウトウトしてきたので、その感覚に身を任せて少し寝ることにした。夜のアレのせいで、寝不足だったのだから。
「いてッ⁉︎」
スヤスヤと気持ちよくしていたところで、突然脛を蹴られた。
「オイ、着いたぞ」
起こすにしても、もっと穏便な方法は無かったのだろうか。しかし、着くまで寝てしまうとは。半日程は掛かるらしいのだが。
馬車を降り、空を仰ぐ。明け方城を出たのに、もうすっかり日が暮れかけていた。時差を考慮すれば、確かに半日経っているかもしれない。
馬車を降りると、そこには四方を塀に囲まれた立方体のような石造りの、正に砦とも言うべき堅牢そうな建物があった。しかも、なかなかに大きい。
エイジが砦を吟味していると、向こうから巨体が迫って来た。アレが恐らく__
「ショウグンサマ、ヨクゾイラッジャイマジダ」
幹部のオーガ、ゴグだろう。しかし、エイジは拍子抜けしてしまった。他の幹部と比べても、ただ図体がデカいだけだ。身長2.5m位の存在感以外には、大したものを感じられない。本気のエリゴスと相対した彼からすれば、恐ろしさなど微塵も感じなかった。
__ああ、そうか。前線が膠着してるのはコイツの無能さのせいで、前線に居る理由は左遷されたからなんだろうな。魔王様は博愛精神をお持ちだから。種族ごとの平等という観点から見て、仕方なく亜人種を幹部にしたんだろう。ゴブリンなどは一般兵で数が多いから、上官に同族がいるかどうかで士気が変わるのかもしれない__
「……誤解しているようなら言っておくが。ゴグは決して無能ではない。幹部の中で唯一、戦闘能力のみでここまで成り上がったんだ。人間数十人程度なら敵ではない。お前とて、甘く見れば痛手を被ることになるぞ」
エイジの内心を読み取りでもしたのだろうか、レイヴンはゴグのフォローをする。
「また、戦線の膠着は、帝国を下手に刺激し、全面的な戦争状態に陥る事を危惧した魔王様による意図的なものだ。この絶妙な拮抗状態を保っているのは、ベリアル様が有能と見極めた幹部の手腕に依るものだということを留めておけ」
怪訝、どころか嫌悪感すら抱くエイジに釘を刺すと、レイヴンは彼に向き直る。
「ああ、増援を連れて来たぞ。中に案内しろ」
「ショウグンサマ、コノカタハ、ダレ?」
「コイツが、前伝えた宰相という奴だ」
「サイ……ショ、ウ?」
__ダメだ、それでも生理的に受け付けない。不潔だし品位がない。コイツが指揮官で、よくも前線崩壊しなかったな。あまり関わらないでおきたいぜ__
「生理的嫌悪感を抱く、というのはわからなくもない。だが、仮にも指導者がそのような偏見や差別をするのはどうかと思うぞ」
「……ああ、分かってるさ」
真っ当なことを言われては、反論のしようもない。やや不服だが、それでも返事をしておく。
「アンナイ、スル」
「来い」
促され、仕方なく付いていくことにした。
「……汚ねぇな」
砦内部はやはりと言うべきか、酷い有様だった。掃除がされてないどころか、そこらへんに汚物が転がっていたりした。視覚的にも嗅覚的にも、やや潔癖気味のエイジからしたら耐えられない。例え彼じゃなくても耐えられない。レイヴンは落ち着いている様に見えるが、先程魔術を発動したようだ。彼もなんかしらの防御処置を取ったのだろう。
「だから俺も来たくなかったんだ……」
そんなぼやきが聞こえた気がした。
不快感に耐えつつ、案内されるまま暫く進むと、やや広い部屋が現れた。恐らく指揮官室なのだろう、ここは他よか少しはマシだった。
「フン、無知なお前の為に戦況を解説してやろう。ありがたく思うがいい」
なんかムカッとする言い方である。しかし、ここで突っかかってもいい事はない。エイジは大人の余裕を持って、説明を聞いた。
説明を纏めるところがないが、無理矢理にでも纏めると。この辺りには国境防衛の為の帝国の兵士の支部拠点があるようで、今までは攻めたり攻められたりの小競り合い程度の戦いしかされてこなかったらしい。帝国も市民にさえ被害が出なければ良い、つまり前線さえ維持できればいいので、あまりやる気もないらしい。
しかし、こちらの偵察によると、最近は敵に少しずつ動きがあるようだ。主に、兵士の数が多くなっていると。つまり、向こうさんもそろそろこの戦況にケリをつけるつもりらしい。動くのは、早ければ明日からだそうだ。つまり、増援の到着は割とギリギリだった訳だ。
しかも、レイヴンの説明は上手くて、更には無駄に声も良い。その点は聞いててイライラしないから良いのだけど、見下されてるような気もして、なんか余計ムカつく。
「以上だ」
さて、ではこれを踏まえて作戦を立てようか。
「質問があるんだが」
「なんだ?」
「コイツら、ナメられてる?」
「………………多分な」
どうやらそうらしい。言いにくそうだが認めざるを得ないようだ。
人間も、魔族の中でも亜人族に対しては見下している傾向がある。数ばかりが多く、知能や技能、魔力も有する者同士を比べれば量も技術も人間が優っているためだ。力や体格には優れていても、その分数が少なかったり、小回りが効かず不器用だったり。人間からしても、上位の魔族からしてみても、雑兵以上の評価は出るまい。
「そういや、オレはこの世界の亜人族について詳しく知っちゃいないんだが。コイツらって人間襲ったり、犯したりはするのか?」
「襲うことはある。食料やらを奪う為にな。だが……後者は無い。同族でもない者と生殖行為に及ぼうなどというのは、極めて特殊な性的嗜好を持つ者だけだ」
「そう、それは良かった。コイツらを根絶やしにしなくて済みそうだ」
「そうだとしても、コイツらは繁殖能力が凄まじい。駆除しても駆除しても、虫けらのように湧いて出てきやがるからな」
「お前だって、随分偏見あるじゃないか。魔族を束ねる幹部としてどうなんだ?」
「…………」
ブーメランがキレイに刺さり、決まり悪そうに目を逸らした。
「それはともかくだ。ナメられているとして、それがどうなる」
「つまりこの状況は、敵の寝首を掻くのに絶好のチャンスって訳だ」
「なるほど。今まで執られたことがないような作戦を立てれば、敵を簡単に嵌めることができるということだな」
「ああ。その策を、今からオレが立てる。その代わりレイヴンは伝達なり説得なり、この作戦がうまくいくような根回しを頼む」
「何故監査役に過ぎん俺が、そんなことをせねばならんのだ」
「頼む‼︎ これも魔王国のためだ!」
手を合わせて頭を下げる。
「チッ、仕方ないな」
レイヴンは渋々とした様子で引き受けた。これで不安要素が一つ減った。正直コイツがいなければ、ここの兵士たちはエイジの言葉など聞き入れもせず、戦いにならなかっただろう。
「じゃあ、戦略を考えよう」
「あまり待たせるなよ。今日はもう遅いのだからな」
その、約五分後。
「できたぞ」
「早すぎないか⁉︎」
レイヴンが驚いたようにエイジを見る。
「ああ、多分これでいける」
「……詳しく聞かせろ」
かくかくしかじか。その説明を聞いていたレイヴンは、最初は驚嘆し、後々には怪訝そうな顔つきに。
「大丈夫なのか、それ?」
「ああ。単純な作戦だが、効果は大きい。簡単な指示だから亜人族らでも分かるし、敵はまさかこちらが戦術を使うなどとは思わないだろうからな。しかも、こんなスケールのものとは、ね」
「だが、その攻撃でいくらか味方を巻き込むかもしれん」
「戦争では小より大をとらないとな。少なくとも、敵にやられるよりは少ない数で済むはずだ」
「というかそもそも、こんな事をお前が出来るのか?」
「できもしねぇ事を提案なぞしねえよ」
「ハァ、分かった。もし成功したら俺もお前を認めてやる。しかし、もし失敗したら、分かるな?」
念押しするレイヴンに凄まれた。しかし、彼には千里眼を使わずとも確信がある。
「ああ、任せとけ」
そして早くも明日には作戦を開始できるよう、二人は動き出したのだった。
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