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Ⅲ、二人の皇子
37、脱出成功!と思いきや……
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俺が水魔法を発動させると同時に、レモが聖魔法を放った。
「ユリア!?」
俺が耳もとで声をかけると、
「はっ! わたし寝てた!?」
「いや、瘴気を吸い込んだんだろう。具合は――」
「うわーっ、お花がちっちゃくなっちゃった!」
「なんだって!?」
ユリアの腕に抱かれた透明な氷のかたまり――その中心に手のひらサイズの食虫花が見える。
「根っこ切ったから死んじまったとか?」
「それとも私が聖魔法で浄化しちゃった!?」
顔を見合わせる俺とレモ。
「これ、証拠品になるかな?」
力ない声で問う俺に、
「一応、持って帰るしか――」
あきらめにも似た口調で答えるレモ。
「はーい! バッグに入れておくね!」
ユリアだけが元気に返事すると、亜空間収納ハンドバッグに放り込んだ。
「もう! こんなザコばっかじゃ証拠集めもできないじゃない!」
レモがプンプンしながら、上へと飛翔してゆく。
「この天井、結界が張ってあるわね」
俺たちが落ちてきた穴は、今やすっかりふさがっている。
「ユリアを頼む」
俺は抱えていたユリアをレモにあずけて、腰の聖剣を抜いた。せまい空間でモンスター相手に振り回すのは困難だが、動かない対象を斬るなら問題ない。
「解呪!」
聖剣アリルミナスを一閃すると、光の帯が現れて天井は真っ二つに裂けた。
ガコンッ!
「「うわぁっ!」」
俺とレモの声が重なる。
「なんだよ、びっくりさせやがって」
「上に置いてあったソファが落ちてきたのね」
応接間で俺たちが座っていた、古臭いソファである。斜めに落ち込んで、すっかり出口をふさいでいる。
「もう、邪魔よ! 暴旋風撃!」
ブワッ、ガシャン! ドシン!
レモの風魔法で真上に吹き飛ばされたソファは、高い天井から下がるシャンデリアに当たって、また落ちてきた。シャレになんねーな……
「…………シャンデリア、割った気がする……」
自分の無計画な行動に、気まずそうなレモ。
「気にすんな。俺たちをこんなところに閉じ込めた皇子が悪いんだから。切り刻んで下に落とすぞ」
結界に守られていない、ただの家具だから聖剣を使う必要はない。俺は剣を腰に戻すと、
「凍れる刃よ、斬り刻め!」
氷の切っ先が古いソファを分割し――
「うわっ、ほこりっぽい!」
「キャー、嫌っ! 暴旋風撃!」
ブワーーーーッ!
レモがとっさに、風魔法でソファから噴き出した綿とほこりを飛ばした。
「とんでもねぇ目に遭った。とにかくこれで上の階に戻れるな」
応接間に上がると、室内は大惨事になっていた。シャンデリアは床に落ちて粉々になっているし、部屋中に棉ぼこりが舞い上がっている。皇子の姿はない。
「今の音は何だ!?」
あ。皇子の驚いている声がどこかから――
「あの者らが戻ってきたのでは?」
続いて聞こえる女の声。足早に廊下を歩いてくるようだ。
俺たちは窓から逃げようと、高い位置にある鍵をなんとかはずそうとする。
「そんなわけはない。今ごろモンスターの餌食になっているさ」
自信に満ちた皇子の声が近づいてくる。
「殿下、あの者らをあなどってはいけません」
「お前と違って僕は間違えを犯さぬ!」
声と同時に応接間の扉がひらいた。
「なんだこれは!?」
部屋の惨状に目をむく皇子。
「き、貴様ら――」
憎々しげに俺たちをにらみつける。
だが俺は、皇子のうしろから現れた瑠璃色の髪の女を凝視していた。
「あんたが―― ラピースラ・アッズーリか?」
「この姿で会ったことはないはずだけど?」
クスッと笑う瑠璃色の髪の女。俺はようやく因縁の宿敵と相まみえたのだ。
「俺が生まれた翌日、その姿で村を訪れて、俺の精霊力を封じたんだな?」
薄笑いを浮かべたまま答えない女に、レモも厳しい視線を送っていた。
「その肉体はロベリア叔母さんのものね?」
「おや、なつかしい名前を知っておるのだな。我のおかげでこの器は若さを保っておるのだから、感謝して欲しいね」
「そうね。それじゃあ、お礼を込めて聖魔法をプレゼントしてあげる」
レモは唇を笑みの形にゆがめて、印を結んだ。俺は同時に聖剣を構え、マントとベルトの聖石に精霊力をこめて結界を強化した。
「させぬわぁっ!」
ラピースラが吠えて、レモに襲いかかろうとする。
「近付くなっ!」
俺は聖剣を一閃した。ラピースラはうしろに飛んで、それをかわす。
かわりに皇子が腰の剣を抜いて俺に斬りかかってくる。俺がそれを受け止めると、斬り結んだままラピースラに指示した。
「今のうちに聖女をやれ」
「言われなくても――風舞鞭」
ラピースラの両手から風の鞭が生まれ、宙を切る。
「水よ、かの者を守りたまえ!」
「他人の心配をしている場合かな?」
皇子がくるりと剣を返し、華麗な突きを披露する。俺は出しっぱなしだった翼で天井へ飛ぶ。助太刀すべくレモを見下ろすと、彼女は聖魔法を中断して、
「相殺無風!」
風魔法でラピースラに対抗している。
皇子が俺を見上げて、
「早く降りて来いよ、魔物の坊や。僕の剣を受け止めた罪で投獄してやるから」
「斬りかかってきたのはあんただろう!?」
「愚か者め。帝国の臣民ならおとなしく斬られるのだ。みっともない亜人の分際で僕と戦うだと?」
皇子にしゃべらせておきながら、
「凍れる壁よ、四方にめぐりてかの者を守りたまえ!」
レモの周りに氷の壁を作って防御する。
「破っ!」
皇子が剣に魔力をこめて、氷壁に斬りつけた。あの剣、マジックソードだったのか! 俺は絨毯に降り立ち、皇子の剣を聖剣で受け止めた。
「皇子、なんでラピースラに味方するんだ!? あの女の望みは魔神復活だぞ!?」
ぐいぐいと力で押しながら、皇子は嘲笑した。
「はんっ、馬鹿な! あいつは魔神を信仰して、自分の妄想を神託だと勘違いしているだけの憐れな女だ」
ラピースラが魔神と交信しているとは、信じていないのか…… だが――
「あんた第一皇子なんだから、魔神信仰してる怪しいやつと組まなくたって将来は皇帝じゃねぇか!」
「当然だ!」
上段から襲い掛かる刃をはねのけて、
「じゃあなんで外部理事なんかに――」
「兵器転用できる魔物研究のためさ。亜人などという人間のできそこないは、僕の帝国にいらないんでね。滅ぼしてやるのさ!」
がぶーっ
「ぎゃーっ、いてぇぇぇ!」
窓から逃がしたはずのユリアが皇子の尻にかみついた。
─ * ─
「皇子、なんて嫌なやつなんだ!」
「ユリア、そんな男のケツ食ったら汚いよ!」
「ぺっ、しなさい!」
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「ユリア!?」
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ユリアの腕に抱かれた透明な氷のかたまり――その中心に手のひらサイズの食虫花が見える。
「根っこ切ったから死んじまったとか?」
「それとも私が聖魔法で浄化しちゃった!?」
顔を見合わせる俺とレモ。
「これ、証拠品になるかな?」
力ない声で問う俺に、
「一応、持って帰るしか――」
あきらめにも似た口調で答えるレモ。
「はーい! バッグに入れておくね!」
ユリアだけが元気に返事すると、亜空間収納ハンドバッグに放り込んだ。
「もう! こんなザコばっかじゃ証拠集めもできないじゃない!」
レモがプンプンしながら、上へと飛翔してゆく。
「この天井、結界が張ってあるわね」
俺たちが落ちてきた穴は、今やすっかりふさがっている。
「ユリアを頼む」
俺は抱えていたユリアをレモにあずけて、腰の聖剣を抜いた。せまい空間でモンスター相手に振り回すのは困難だが、動かない対象を斬るなら問題ない。
「解呪!」
聖剣アリルミナスを一閃すると、光の帯が現れて天井は真っ二つに裂けた。
ガコンッ!
「「うわぁっ!」」
俺とレモの声が重なる。
「なんだよ、びっくりさせやがって」
「上に置いてあったソファが落ちてきたのね」
応接間で俺たちが座っていた、古臭いソファである。斜めに落ち込んで、すっかり出口をふさいでいる。
「もう、邪魔よ! 暴旋風撃!」
ブワッ、ガシャン! ドシン!
レモの風魔法で真上に吹き飛ばされたソファは、高い天井から下がるシャンデリアに当たって、また落ちてきた。シャレになんねーな……
「…………シャンデリア、割った気がする……」
自分の無計画な行動に、気まずそうなレモ。
「気にすんな。俺たちをこんなところに閉じ込めた皇子が悪いんだから。切り刻んで下に落とすぞ」
結界に守られていない、ただの家具だから聖剣を使う必要はない。俺は剣を腰に戻すと、
「凍れる刃よ、斬り刻め!」
氷の切っ先が古いソファを分割し――
「うわっ、ほこりっぽい!」
「キャー、嫌っ! 暴旋風撃!」
ブワーーーーッ!
レモがとっさに、風魔法でソファから噴き出した綿とほこりを飛ばした。
「とんでもねぇ目に遭った。とにかくこれで上の階に戻れるな」
応接間に上がると、室内は大惨事になっていた。シャンデリアは床に落ちて粉々になっているし、部屋中に棉ぼこりが舞い上がっている。皇子の姿はない。
「今の音は何だ!?」
あ。皇子の驚いている声がどこかから――
「あの者らが戻ってきたのでは?」
続いて聞こえる女の声。足早に廊下を歩いてくるようだ。
俺たちは窓から逃げようと、高い位置にある鍵をなんとかはずそうとする。
「そんなわけはない。今ごろモンスターの餌食になっているさ」
自信に満ちた皇子の声が近づいてくる。
「殿下、あの者らをあなどってはいけません」
「お前と違って僕は間違えを犯さぬ!」
声と同時に応接間の扉がひらいた。
「なんだこれは!?」
部屋の惨状に目をむく皇子。
「き、貴様ら――」
憎々しげに俺たちをにらみつける。
だが俺は、皇子のうしろから現れた瑠璃色の髪の女を凝視していた。
「あんたが―― ラピースラ・アッズーリか?」
「この姿で会ったことはないはずだけど?」
クスッと笑う瑠璃色の髪の女。俺はようやく因縁の宿敵と相まみえたのだ。
「俺が生まれた翌日、その姿で村を訪れて、俺の精霊力を封じたんだな?」
薄笑いを浮かべたまま答えない女に、レモも厳しい視線を送っていた。
「その肉体はロベリア叔母さんのものね?」
「おや、なつかしい名前を知っておるのだな。我のおかげでこの器は若さを保っておるのだから、感謝して欲しいね」
「そうね。それじゃあ、お礼を込めて聖魔法をプレゼントしてあげる」
レモは唇を笑みの形にゆがめて、印を結んだ。俺は同時に聖剣を構え、マントとベルトの聖石に精霊力をこめて結界を強化した。
「させぬわぁっ!」
ラピースラが吠えて、レモに襲いかかろうとする。
「近付くなっ!」
俺は聖剣を一閃した。ラピースラはうしろに飛んで、それをかわす。
かわりに皇子が腰の剣を抜いて俺に斬りかかってくる。俺がそれを受け止めると、斬り結んだままラピースラに指示した。
「今のうちに聖女をやれ」
「言われなくても――風舞鞭」
ラピースラの両手から風の鞭が生まれ、宙を切る。
「水よ、かの者を守りたまえ!」
「他人の心配をしている場合かな?」
皇子がくるりと剣を返し、華麗な突きを披露する。俺は出しっぱなしだった翼で天井へ飛ぶ。助太刀すべくレモを見下ろすと、彼女は聖魔法を中断して、
「相殺無風!」
風魔法でラピースラに対抗している。
皇子が俺を見上げて、
「早く降りて来いよ、魔物の坊や。僕の剣を受け止めた罪で投獄してやるから」
「斬りかかってきたのはあんただろう!?」
「愚か者め。帝国の臣民ならおとなしく斬られるのだ。みっともない亜人の分際で僕と戦うだと?」
皇子にしゃべらせておきながら、
「凍れる壁よ、四方にめぐりてかの者を守りたまえ!」
レモの周りに氷の壁を作って防御する。
「破っ!」
皇子が剣に魔力をこめて、氷壁に斬りつけた。あの剣、マジックソードだったのか! 俺は絨毯に降り立ち、皇子の剣を聖剣で受け止めた。
「皇子、なんでラピースラに味方するんだ!? あの女の望みは魔神復活だぞ!?」
ぐいぐいと力で押しながら、皇子は嘲笑した。
「はんっ、馬鹿な! あいつは魔神を信仰して、自分の妄想を神託だと勘違いしているだけの憐れな女だ」
ラピースラが魔神と交信しているとは、信じていないのか…… だが――
「あんた第一皇子なんだから、魔神信仰してる怪しいやつと組まなくたって将来は皇帝じゃねぇか!」
「当然だ!」
上段から襲い掛かる刃をはねのけて、
「じゃあなんで外部理事なんかに――」
「兵器転用できる魔物研究のためさ。亜人などという人間のできそこないは、僕の帝国にいらないんでね。滅ぼしてやるのさ!」
がぶーっ
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窓から逃がしたはずのユリアが皇子の尻にかみついた。
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